発生反復説~砂時計モデル

ヘッケルが唱えた発生反復説「個体発生は系統発生を繰り返す」という言葉は、トカゲとヒトの胎児がそっくりな図とともに、自分の心に食い込んできました。ヒトが発生する途中で一度トカゲになるわけでも、一度サルになってから人間になるわけでもないので、「個体発生は系統発生を繰り返す」という言葉は誤解を招きやすい表現です。種に特異的な構造は発生の後期に現れるという解釈が妥当なのだと思います。

しかし、カエルの発生を学んだあとで哺乳類の発生を学ぶと、最初から全然違うことに啞然としてしまいます。カエルの場合は、精子侵入点の逆側が将来の背側になります。受精卵の時点で、背側の構造が、一見、一様な球体のどこにできるかが決定されてしまっているわけです。それに対して、哺乳類では、卵割が進んで胚盤胞のなったときに外側の細胞層(栄養膜)と内部細胞塊にまず分化します。つまり、卵割期においては哺乳類ではどちら側が背中側になるかは決定していないわけです。そもそも栄養膜は胎盤をつくったりするので、卵割した割球の全てが個体の体になる両生類とは全然、最初からして違うわけです。

そのような初期の違いにもかかわらず、中胚葉誘導の分子メカニズムを勉強すると、同じようなシグナル分子が使われていることにまた驚かされます。最初の多様さが、一度収斂して、普遍性を垣間見ることができるわけです。そしてもちろん発生が進んで体のそれぞれの臓器が作られるときにはまた生物種固有の多様性が生じます。このように多様性ー普遍性ー多様性という形をとることから、「発生反復説」に代わって、「砂時計仮説」というものが提唱されています。

  1. ミニマル発生学 岡敦子