タンパク質の節約(protein sparing)という概念について

生化学の教科書を読んでいたら、タンパク質を節約するために炭水化物や脂質を分解してエネルギーを得るといった説明があって、「え、そういうことなの?」と意外に感じました。グラムあたりのエネルギー量はタンパク質は、

三大栄養素のエネルギー量

栄養素 エネルギー量
炭水化物(糖質) 4 kcal/g
脂質 9 kcal/g
タンパク質 4 kcal/g

となっています。この表をみるとたしかに糖質とタンパク質からは同じ程度のエネルギーが得られるので、タンパク質を分解してもいいのではと思えます。

余談ですがこの表の数値を出したのは、19世紀のドイツの生理学者・化学者ウィルバー・オーリン・アトウォーター(Wilbur Olin Atwater)(1844–1907) です。彼は、食品の燃焼熱(カロリー)を測定し、アトウォーター係数(Atwater factors)という概念を導入・算出しました。 これが、今でも使われている「炭水化物4・タンパク質4・脂質9 kcal/g」という基本的な数値の元になっています(Atwater, W. O. (1895). “The Chemical Composition of American Food Materials.” USDA.)。ちなみに、アルコール(エタノール)のエネルギーは7 kcal/g もあり、脂質よりは少ないけど、炭水化物・タンパク質よりは高いというのは要注意です。

タンパク質の節約(protein sparing)

タンパク質の節約(protein sparing)という概念は、エネルギー代謝の文脈でとても重要な生理的現象で、炭水化物や脂質が十分に存在することで、体がタンパク質をエネルギー源として使う必要がなくなるという意味です。

通常の代謝状態では、体は炭水化物(主にグルコース)と脂質(脂肪酸、ケトン体)を主なエネルギー源として使用します。これにより、タンパク質(アミノ酸)はエネルギー源として分解されにくくなり、主に構造・酵素・ホルモンなどの合成に使われます。このように、炭水化物や脂質が「タンパク質の分解を抑える」働きをするため、「タンパク質の節約作用」と呼ばれます。

炭水化物や脂質が不足した場合、どうなるでしょうか。飢餓や極端な低炭水化物ダイエット(例:ケトジェニックダイエット)では、 糖新生(gluconeogenesis) が活発化し、筋肉などのタンパク質が分解されてアミノ酸がエネルギー源として利用されます。 長期的には筋肉量が減少し、代謝や免疫機能にも悪影響を及ぼします。

タンパク質の節約を解説している教科書の例

以下、ChatGPT 4oの回答で、実際にそうかの確認はしていません(ChatGPTの回答は、デタラメなことがあります)。自分が読んだのはストライヤーだったのかもしれません。最近、いろいろな本を読んだのでどれだっかた忘れました。

  • Lehninger Principles of Biochemistry(Lehninger生化学) 最新版では「Chapter 17: Metabolic Integration」や「Chapter 22: Amino Acid Catabolism」あたりで、 “Under normal dietary conditions, carbohydrates and fats provide the bulk of the energy needs, sparing proteins for biosynthesis.” といった記述が出てきます。
  • Biochemistry by Berg, Tymoczko, Stryer(通称 Stryer 生化学) 代謝の章で「protein sparing effect of carbohydrates」について解説があります。
  • 標準生化学 第7版(医学書院)https://www.igaku-shoin.co.jp/book/detail/18068  第21章「栄養とエネルギー代謝」などで、炭水化物・脂質のエネルギー供給の役割とタンパク質分解の抑制について解説があります。

タンパク質節約作用とは、炭水化物・脂質の摂取により、アミノ酸がエネルギー源として使われるのを抑制することです。タンパク質節約作は生命維持に重要で、筋肉などのタンパク質の無駄な分解を防ぎます。飢餓状態や極端なダイエットではこの節約機構が崩れ、筋肉量の減少や代謝低下を招きます。

年を取ると筋肉が落ちます。自分も50歳くらいのときの自分の写真を見たときに腕が老人の腕のように細くなっていることを見てビックリしました。普段自分では気づけなかったのですが、自分が写った写真の中の自分を客観的に見ることで、自分の変化に気づいたというわけです。最近は、足(太もも、ふくらはぎ)もげっそりと痩せたなあと思います。

「タンパク質の節約」という概念を知ったことで、歳を取って筋肉量が減るのは、まさにタンパク質の節約をしなくなったから、つまりエネルギー代謝の戦略に変化が生じているからなのではと思い立ちました。

フレイル

フレイル(frailty)とは高齢者でみられる体力・筋力・活動性の低下のことで、特に骨格筋量の減少(サルコペニア)が中心的な特徴です。疲れやすく、転倒しやすくなり、慢性疾患や入院のリスクも上がります。フレイルにおける筋肉量の減少(サルコペニア)は、エネルギー代謝の破綻、とくにタンパク質の節約がうまくいかなくなっている状態として説明できます。

健常な場合、食事から十分な炭水化物や脂質が得られていれば、筋タンパク質は分解されずに温存されます(=タンパク質節約作用)。 筋肉は「非常時のエネルギー源」として備蓄されているにすぎません。 それに対して、高齢者の場合、食欲低下(食事摂取量の減少)、消化・吸収機能の低下 、活動量の低下による筋肉使用頻度の減少などの高齢者に特有の変化が生じていますので、エネルギー(カロリー)が足りなくなったときに体は筋タンパク質を分解してエネルギーに変換してしまいます。つまり、「タンパク質節約」が機能しなくなった結果、筋肉量が減っていくのです。

フレイルの予防

フレイルの予防には炭水化物・脂質が有効でしょうか?それに対しては理論的根拠があります。炭水化物・脂質をしっかり摂取することで、体はタンパク質をエネルギー源として使わずに済み、タンパク質は筋肉合成や修復に専念できるようになります。 実際、フレイル予防・改善の食事ガイドラインでも、エネルギー摂取の確保は極めて重要とされます。

実際の栄養指導では 推奨されることとして、 炭水化物や脂質を「恐れず」摂る(とくに脂質は高齢者には大切) 、高たんぱく・高エネルギー食(例:間食、補助飲料、オイルの使用)、低栄養(PEM: Protein-Energy Malnutrition)の回避が挙げられています。

  1. 日本老年医学会 フレイル診療ガイド 2020 「高齢者の栄養介入ではエネルギー摂取量の確保が前提となる」と明記。
  2. ESPEN guideline on clinical nutrition and hydration in geriatrics (2019) 高齢者ではまず「エネルギー不足を補い、次にタンパク質摂取を強化すべき」と示唆。
  3. Morley JE et al. “Frailty: diagnosis and management.” J Am Med Dir Assoc. 2013. 「protein-sparing effect of adequate caloric intake」と明記。

まとめると、こんな感じ。

観点 健常状態 フレイル状態
主なエネルギー源 炭水化物・脂質 タンパク質(筋肉)にシフトしやすい
タンパク質の利用 合成・修復中心 エネルギー供給に浪費される
栄養対策 バランス食 高エネルギー・高たんぱく+十分な糖質と脂質

筋肉量の維持における運動の重要性

筋肉は、「使っていると維持される」、「使わないと減らされる」*という、すごくコスト意識の高い組織です。仕組みとして、運動しない場合には、筋肉が刺激されないと、「あ、もうこの筋肉いらないのね」と体が判断します。 エネルギーが不足しているときには、筋肉をアミノ酸に分解して糖に変えて(糖新生)使ってしまういます。 これは、生命維持のための合理的な選択だけど、結果としてフレイルやサルコペニアの原因になります。 それに対して運動している場合はどうかというと、 筋繊維に機械的刺激(mechanical loading)が加わると、筋合成シグナル(mTOR経路など)が活性化されます。 「この筋肉は使われてる!維持・増強しなきゃ!」というシグナルになり、分解が抑えられます。 しかも、運動によって筋肉がグルコースを使いやすくなります(インスリン感受性↑)。こうして、糖代謝もうまく回るというわけです。

たとえていうなら、筋肉って、「仕事をもらってないとクビにされる契約社員」みたいなもので、 ちゃんと運動という仕事を与えられてると、会社(体)は「いてもらわないと困る!」ってなります。 でも仕事がなくて、しかも会社の経営が苦しい(エネルギー不足)と、「ちょっと人員整理しなきゃ…」ってなるわけです。

フレイル・サルコペニア予防のゴールデンコンビとしては、運動(特にレジスタンス運動)によって筋合成の刺激、代謝の活性化を起こし、栄養(高たんぱく+エネルギー十分)によって筋肉合成に必要な材料とエネルギーを供給することです。この2つが揃って初めて筋肉は守られます。片方だけだと不十分というのが重要なポイントです。

若者がフレイルにならない理由

若い人ってあんまり運動してなくても筋肉がある程度保たれています。なのに、高齢者は同じくらい動かないだけで、筋肉がガクンと減ります。これには、実は生理学的に説明がつきます。

若者がフレイルにならない理由のポイントは「同化能力(anabolic capacity)」と「ホルモン」です。

① 筋肉合成能力が高い(Anabolic resistance がない)

若者の筋肉はアミノ酸や運動刺激に対してすごく敏感です。 少しのたんぱく質摂取でも、しっかり筋合成が起きます。 「筋肉を作れ」という信号に、体がちゃんと反応してくれているというわけです。 一方、高齢者はAnabolic resistance(同化抵抗性)があって、 同じ食事・同じ運動しても、筋肉合成の反応が弱いため、 運動していないと、筋肉量はじわじわ減っていきます。

② 成長ホルモン・テストステロン・インスリンなどの影響

若い体は、ホルモン環境が豊かです。成長ホルモン(GH)やテストステロンは、筋合成を促進します。 インスリン感受性も高く、エネルギー代謝も効率的です。 ところが、年をとると、これらのホルモンが自然に減ってきて、 筋肉を維持・合成する能力が全体的に下がります。

③ 筋衛星細胞(muscle satellite cells)の活性が高い

若者の筋肉には、修復・再生用の幹細胞が元気に働いています。 怪我してもすぐ回復しますし、筋肥大も起きやすいです。ところが 高齢になると、この衛星細胞の数や活性が減少してしまいます。

たとえていうなら、若者の筋肉は「貯金が多く、金利も高く、給料も入る」状態です。一方、高齢者の筋肉は、「貯金が少なく、金利も低く、収入も減って、支出が増えてる」ようなものです。だからこそ、高齢者には積極的に運動栄養で“筋肉投資”をしてあげる必要があります。

PubMedを”protein sparing”で検索すると499件の論文がヒットしました。”protein saving”だと17件でした。

  1. Biochem J. 1941 Apr;35(4):534–537. doi: 10.1042/bj0350534 Protein catabolism and protein sparing under adrenaline Charles Reid https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC1265523/pdf/biochemj00986-0094.pdf The administration of carbohydrate lowers protein catabolism in the normal organism. This can readily be shown by giving carbohydrate to a normal fasting animal when the excretion of N promptly decreases. On the other hand, the excretion of N is not lessened by giving carbohydrate to a fasting depancreatized animal. Evidently the protein-sparing action of carbohydrate is linked in some way with the physiological role of insulin.

がんに伴う体重減少(カヘキシア:cachexia)

がんに伴う体重減少(カヘキシア:cachexia)は、がん患者によく見られる病的な筋肉・脂肪の消耗状態であり、単なる「食べていないから痩せる」とは違って、 炎症、 代謝異常、 筋タンパク質分解の促進 が複雑に絡んだ、代謝性疾患の一種です。カヘキシアで起きていることしては:

① タンパク質節約がうまく働かない :本来、体が飢餓状態になると、 脂質をケトン体に変えて脳に供給し、 タンパク質の分解を最小限に抑える「節約モード」に入ります。 ところがカヘキシアでは、 慢性炎症性サイトカイン(IL-6、TNF-αなど)が働き、 筋タンパク質の異化(分解)を強制的に促進しています。 つまり、「節約」しようとしてもできない状況になっているのです。

② 代謝の再編成(metabolic reprogramming):がん細胞は糖を猛烈に消費(好気的解糖:Warburg effect)し、宿主のエネルギーを奪います。 さらに、宿主側でも異常な糖新生・脂肪分解・タンパク質分解が起こります。 結果として、 筋肉が分解され続け、体脂肪も減り、どんなに栄養を与えても回復が難しい状態になります。

③ インスリン抵抗性の増加 :カヘキシアではしばしばインスリン抵抗性が見られ、 筋肉への糖の取り込みが悪化します。 筋合成が阻害され、異化が優位になった状態です。

以上のように、がん患者の体重減少は、単なる「栄養不足」ではなく、制御不能な代謝異常として理解することが重要です。代謝異常の核心として「タンパク質節約の破綻」があります。

  1. Fearon K, et al. Definition and classification of cancer cachexia: an international consensus. Lancet Oncol. 2011.
  2. Argilés JM, et al. Cancer cachexia: understanding the molecular basis. Nat Rev Cancer. 2014.