脂肪酸の分解は、β酸化と呼ばれます。β酸化という名前の由来は、脂肪酸の構造は、端にカルボキシ基がついた炭素鎖の形HOOC-C-C-C-C-C-C をしているわけですが、まずこれがアシルCoAのかたちC-C-C-C-C-C-C-C-C(=O)-S-CoAになり、もともとカルボキシ基がついた炭素(α炭素)の隣の炭素(β炭素)Cが酸化されてC(=O)となるからです。その際端の炭素2つ(カルボキシ基およびα炭素)は切り離されアセチルCoA(構造式H3C-C(=O)-S-CoA)になります。残された炭素鎖のほうは、CoAが結合することにより、炭素2つ分短くなったアシルCoAになります。
一回のβ酸化に必要な補酵素は、FAD,NAD+,CoAで、一回のβ酸化で産生されるものは、FADH2,NADH,炭素2つ分短くなったアシルCoAです。電子運搬体であるFADH2とNADHはもちろん、電子伝達系に入ってATPをつくることができます。つまり、脂肪酸は長い炭素鎖を持っているため、β酸化を繰り返すことにより多量のFADH2とNADHとアセチルCoAを作ることができるのです。アセチルCoAもクエン酸回路に入ることで酸化されてエネルギー代謝に寄与します。
血管内皮細胞への遊離脂肪酸の取り込みと組織への輸送
- Endothelial Cell Receptors in Tissue Lipid Uptake and Metabolism February 2021Circulation Research 128(3):433-450 DOI:10.1161/CIRCRESAHA.120.318003
- https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S1550413120302576
- https://www.mdpi.com/2073-4425/13/12/2301 Upregulation of FAPB4 could also increase FA efflux to perivascular cells
遊離脂肪酸のミトコンドリアマトリックス内への輸送の方法
β酸化はミトコンドリア内で起こります。そのためには脂肪酸をミトコンドリア内に輸送しなければなりません。細胞外から細胞質側へ脂肪酸を取り込むのは、脂肪酸トランスポーターがその役を果たします。
ではミトコンドリアの外膜はどうやって通過するのでしょうか。
細胞に取り込まれた脂肪酸は、細胞質でアシルCoA合成酵素の働きにいよってCoAと結合して、アシルCoAになります。
細胞質にあるアシルCoAは、ミトコンドリア外膜にあるCPT1(カルニチンパルミトイルトランスフェラーゼ1)の働きで外膜を通過すると同時に膜間腔(ミトコンドリア外膜と内膜との間の空間)でカルニチンと結合してアシルカルニチンになります。
- イラストレイテッド生化学 275ページ
- https://themedicalbiochemistrypage.org/carnitine-palmitoyltransferase-1-cpt1-deficiency/ 分かりやすい図
- https://www.mdpi.com/1422-0067/24/19/14857
- https://www.researchgate.net/figure/L-Carnitine-functions-as-a-cofactor-for-long-chain-fatty-acids-across-the-inner_fig2_373689252
- https://www.wikilectures.eu/w/Entry_of_fatty_acids_into_the_mitochondrial_matrix
- https://www.creative-proteomics.com/resource/acylcarnitine-functions-and-analysis-methods.htm
ミトコンドリア内膜上にあるカルニチントランスロカーゼ(carnitine translocase)の働きにより、アシルカルニチンはミトコンドリアマトリックス内に入ります。ここでミトコンドリア内膜上のCPT2の働きにより再度、アシルCoAに戻されます。そして、β酸化の経路へと入ります。
- https://pharmaxchange.info/2013/10/activation-and-transportation-of-fatty-acids-to-the-mitochondria-via-the-carnitine-shuttle-with-animation/ この解説記事中の図が実に見やすい。
- Fatty Acid beta-Oxidation AOCS Lipd Library
- 畠山『生化学』図6-3カルニチンによる脂肪酸のミトコンドリア内への輸送
- https://ja.wikipedia.org/wiki/カルニチン
β酸化の4ステップ
β酸化はβ炭素が酸化されてβ炭素(3位)とα炭素(2位)との間で切れると覚えれば単純ですが、なぜそんな場所で開裂することが可能なのでしょうか。
炭素鎖を簡単のためRとしておきます。β炭素を太字Cにしておきます。
ステップ1:脱水素反応
α炭素とβ炭素から水素がとれて、間に二重結合が導入される
アシルCoA R-CH2-CH2-CH2-C(=O)-S-CoA + FAD
(酵素:アシルCoAデヒドロゲナーゼ)
→ trans-α,β-エノイルCoA R-CH2-CH=CH-C(=O)-S-CoA + FADH2
ステップ2:水和反応
trans-α,β-エノイルCoA R-CH2-CH=CH-C(=O)-S-CoA + H2O
(酵素:エノイルCoAヒドラーゼ)
→ β-ヒドロキシアシルCoA R-CH2-C(-OH)CH2-C(=O)-S-CoA
ステップ3:脱水素反応
β-ヒドロキシアシルCoA R-CH2-CH(-OH)-CH2-C(=O)-S-CoA + NAD+
(酵素:β-ヒドロキシアシルCoAデヒドロゲナーゼ)
→
β-ケトアシルCoA R-CH2-C(=O)-CH2-C(=O)-S-CoA + NADH + H+
ステップ4:チオーㇽ開裂(Thiolytic cleavage; thiolysis)
-ケトアシルCoA R-CH2-C(=O)-CH2-C(=O)-S-CoA
(酵素:β-ヒドロキシアシルCoAデヒドロゲナーゼ)
→ アシルCoA R-CH2-C(=O)-S-CoA + アセチルCoA CH3-C(=O)-S-CoA
- IX. Mitochondrial beta-oxidation Four enzymes and reactions Fatty Acids tutorial Net BioChem library.med.utah.edu
- 脂肪酸のβ酸化 sc.fukuoka-u.ac.jp
- Trudy McKee, James R. McKee『マッキー生化学: 分子から解き明かす生命』387ページ(グーグルブックス)
- 畠山『生化学』図6-4 β酸化 b. β酸化の反応
この4ステップが一つのサイクルとなり、脂肪酸の炭素鎖が2つずつ短くなっていきます。偶数個の炭素からなる脂肪酸だった場合は、最後の2つはアセチルCoAなのでそれで完了。
プロピオニルCoAの行先
脂肪酸の炭素数が奇数個だった場合は、最後に3個の炭素が残ることになります。つまり
プロピオニルCoA CH3-CH2-C(=O)-S-CoA が最後に残ります。プロピオニルCoAは、以下の反応でスクシニルCoAに変換されてクエン酸回路に入り、糖新生に使われます。
プロピオニルCoA CH3-CH2-C(=O)-S-CoA + HCO3- + ATP
→ D-メチルマロニルCoA -O-C(=O)-C(-CH3)-H-C(=O)-S-CoA
→ L-メチルマロニルCoA -O-C(=O)-C(-CH3)-H-C(=O)-S-CoA
(酵素:メチルマロニルCAムターゼ、補酵素B12)
→スクシニルCoA -O-C(=O)-CH2-CH2-C(=O)-S-CoA
ムターゼというのは補酵素としてビタミンB12を使って、官能基を一つとなりの炭素に移す働きをします。
補酵素B12を必要とするこれらの酵素反応においては,ある炭素に結合した水素とその隣りにある炭素に結合した置換基(Y)の場所が入れ替わる. たとえば,メチルマロニル⊖CoA転位酵素(ムターゼ)は,ある炭素に結合したHとその隣りの炭素に結合したC(=O)SCoA基の場所が入れ替わる反応を触媒する.(718ページ 第18章 酵素触媒反応の機構・ ビタミンの有機化学 ブルース有機化学概説 オンライン提供 化学同人)
- Paula Yurkanis Bruice『Organic Chemistry 8th edition』Chapter 23 The Organic CHemistry of the Coenzymes, COmpouds Derived from Vitamins page 1142~page 1143 23.6 VITMIN B12: THE VITAMIN NEEDED FOR CERTAIN ISOMERIZATIONS
ムターゼで移動された官能基は-COO-かと思ったら、ブルースの教科書の説明によれば、-C(=O)-S-CoAの方でした。
不飽和脂肪酸のβ酸化
飽和脂肪酸の場合は上記の説明でよいとして、不飽和脂肪酸の場合、すなわち二重結合が出てきたときにどのような反応になるのでしょうか。
- http://www.sc.fukuoka-u.ac.jp/~bc1/Biochem/betaoxid.htm