血液型と抗原と抗体、血液型不適合臓器移植について

血液型は、A型、B型、AB型、O型がありますが、これらは特異的な抗原の有無によって分類された型です。A型の人は、A型抗原を、B型の人はB型抗原を、AB型の人はA型抗原とB型抗原を持っており、O型の人はA型抗原もB型抗原も持っていません。

血液型により持っている抗体も異なります。A型の人は、B型に対する抗抗体を持ち、B型の人はA型に対する抗体を持っています。AB型の人は、どちらの抗原に対する抗体も持っていません。O型の人は、両方に対する抗原を持ちます。

  1. 「血液型不適合腎移植:血液型が異なる場合の腎移植」 亀田メディカルセンター

臓器移植のことを考えた場合、血液が不一致だと移植できない(拒絶反応が起きる)というわけではなくて、移植提供者側の血液型の抗原に対する抗体を受ける側の人が持っているかどうかが決めてになります。

AB型の人は、抗体を持っていないのでA型の人もB型の人も移植臓器の提供者になれます。O型の人は抗体を両方のタイプ持っているので、O型の人に移植できるのはO型の人のみになります。

血液型が「不一致」でも「適合」になる場合があるというわけです。

なお医療技術が進展した今の時代、「不適合」だから腎臓移植ができないということでもなくて、レシピエントから、抗体を除去して移植するという方法(血液型不適合腎移植)があるそうです。

  1. 患者さんが腎移植に抱く3つの誤解(今井直彦)寄稿 2013.06.03 医学会新聞

血液型不適合腎移植

  1. 【腎臓病の体験談】出産の夢をかなえた患者さん。膠原病から腎不全になり、透析から血液型不適合の腎移植を成功して26年目 NPO法人 腎臓サポート協会 2015年08月18日
  2. ABO 血液型不適合腎移植 Update 高橋公太 日腎会誌 2008;50(7):880-886.

血液型不適合肺移植

  1. 血液型不適合で肺移植、10代女性に 京大病院が世界初  2022年4月12日 20:46 日本経済新聞

 

参考

  1. ABO血液型不適合腎移植は、生存・生着を改善するか/Lancet 2019/05/13
  2. 2010年 臓器移植法改正 本人の書面による同意がなくても家族の承諾だけで提供可能に
  3. 1997年10月 臓器移植法 施行  脳死者からの臓器提供が合法化

C型肝炎ウイルスについて

C型肝炎ウイルスの感染者数

日本人のC型肝炎患者数は推計100万~150万人。 https://news.yahoo.co.jp/articles/0c52a59a73da4d09d7687bc37427a331b7fa6ea6

国内にはC型肝炎ウイルスのキャリアは約200万人いるとされています。 https://medical-checkup.info/article/44965342.html

C型肝炎ウイルス感染の経過

約15~45%の感染者では、治療を受けなくても感染後6か月以内に自然にウイルスが排除 残る60~80%の感染者は、慢性HCV感染症へと進展 https://www.forth.go.jp/moreinfo/topics/2017/12081116.html

C型肝炎ウイルスに感染すると70%が持続感染者となる。 https://news.yahoo.co.jp/articles/0c52a59a73da4d09d7687bc37427a331b7fa6ea6

治療でウイルスを排除しなければ肝臓の線維化が進み、「慢性肝炎→代償性肝硬変→非代償性肝硬変→肝臓がん」と進行。非代償性肝硬変、肝臓がんでは死に至るリスクもある。https://news.yahoo.co.jp/articles/0c52a59a73da4d09d7687bc37427a331b7fa6ea6

沈黙の臓器」ともいわれる肝臓は、肝硬変となっても、はじめのうちは特に症状を感じることはありません。こうした自覚症状がほとんどない状態を「代償性肝硬変」と呼びます。しかし、実際には肝臓の機能は正常よりも低下しており、肝臓が無理に働き続けるため、肝機能の低下が進みやすい状態です。肝機能の低下がさらに進むと、肝臓が本来の働きを発揮しきれなくなることで、腹水や黄疸、肝性脳症、浮腫(むくみ)などの様々な症状が自覚されるようになります。この状態を「非代償性肝硬変」と呼びます。https://www.hcvcanbecured.jp/kankohen/decompensation/

C型肝炎に感染すると約70%の割合で慢性肝炎に移行する https://cgatakanen-support.net/before/liver_cancer.html

慢性肝炎は自覚症状がないまま10年~30年が経過し、肝硬変に進行する。https://cgatakanen-support.net/before/liver_cancer.html

日本の肝がんの原因の65%がC型肝炎と言われ、年間3万人以上が肝がんで亡くなっています。 https://cgatakanen-support.net/before/liver_cancer.html

肝癌の90%以上は肝硬変を伴っていることから、肝硬変の死因の60%以上は肝癌によるもの http://www.kanazawa-med.ac.jp/~hiromu/new_page_10.htm

肝癌による死亡者数は全世界で年間70万人にも上ります※3肝癌のうち約60-70%はC型肝炎ウイルス(HCV)感染が原因とされています。https://www.osaka-cu.ac.jp/ja/news/2017/170920

肝がんで亡くなる人の数は、肺、大腸、胃、膵臓に続き5番目 https://cgatakanen-support.net/before/liver_cancer.html

C型肝炎ウイルス感染の治療

今年8月、直接的抗ウイルス薬のひとつ「エプクルーサ」が適応拡大となり、C型肝炎の進行にかかわらず使えるようになった。しかも1日1回1錠、12週間服用すればよく、安全性が高い上に、ウイルスを100%排除できる。より使い勝手のいい薬https://news.yahoo.co.jp/articles/0c52a59a73da4d09d7687bc37427a331b7fa6ea6

今では「直接的抗ウイルス薬」という飲み薬が複数種類登場しており、ほぼ全員がウイルスを排除できる。https://news.yahoo.co.jp/articles/0c52a59a73da4d09d7687bc37427a331b7fa6ea6

抗ウイルス薬はC型肝炎患者の95%以上を完治 https://www.forth.go.jp/moreinfo/topics/2017/12081116.html

2014年以後、DAA(Direct acting antivirals; 直接型抗ウイルス薬)の開発に伴い、C型肝炎患者数が減少。 https://www.mhlw.go.jp/content/10901000/000781258.pdf

C型肝炎治療(第ガイドライン8 2020版)年7月日本肝臓学会肝炎診療ガイドライン作成委員会編 https://www.jsh.or.jp/lib/files/medical/guidelines/jsh_guidlines/C_v8_20201005.pdf

肝硬変

慢性肝炎が肝硬変まで進行すると、手掌紅斑と言って手のひらが赤くなってきたり、からだが黄色くなる黄疸という症状が出現したり、むくみが出たり、おなかに水がたまる腹水によって妊婦さんのようにお腹が膨らんだりすることがあります。さらに鼻血などが出やすくなったり、出血が止まりにくくなったりする症状がみられることがあります。
https://www.kanen.ncgm.go.jp/cont/010/c_gata.html

肝臓がん・肝癌

肝臓がんの治療 http://keijinkai-hp.net/chiryo/kanzo.html

肝臓がんの統計と他との比較

https://jams.med.or.jp/event/doc/123013.pdf

肺癌による死亡者数 死亡数(2020年) 75,585人(男性53,247人、女性22,338人)https://ganjoho.jp/reg_stat/statistics/stat/cancer/12_lung.html

大腸癌による死亡者数 死亡数(2020年) 51,788人(男性27,718人、女性24,070人)https://ganjoho.jp/reg_stat/statistics/stat/cancer/67_colorectal.html

胃癌による死亡者数 死亡数(2020年) 42,319人(男性27,771人、女性14,548人)

https://ganjoho.jp/reg_stat/statistics/stat/cancer/5_stomach.html

肝癌による死亡者数 死亡数(2020年) 24,839人(男性16,271人、女性8,568人)

 

ATPの高エネルギーリン酸結合とは?結合エネルギーの大きさにあらず。放出されたエネルギーはどこに蓄えられていた?

ATPは高エネルギーリン酸結合に蓄えていたエネルギーを放出するのか?

ATPは、高エネルギーリン酸結合をもっているのでエネルギーを蓄えることができるといった説明を目にすることがあります。

ATPがADPに加水分解されるときに、高エネルギーリン酸結合が切れ、たくわえられていた化学エネルギーが放出される。(畠山『生化学』24ページ)

ATPというのは実は高校の生物基礎で勉強するので、そこではどう教えているんだっけと思ってみてみると、教育産業の動画ですが、

この2番目のリン酸と3番目のリン酸、実はここにはエネルギーが蓄えられている。エネルギーが蓄えられているんだけど、ここの結合のことを高エネルギーリン酸結合っていうふうに言います。ここにはエネルギーが実は蓄えられているから、ここの リン酸を取ると、ここの高エネルギーリン酸結合のエネルギーが外に放出されて、このエネルギーを例えば熱を作るとか筋肉を収縮させるみたいなことに使ったりするんだね。(TryIt 5分でわかる!ATPの構造

自分がこの動画で勉強したわけでは勿論ないのですが、高校レベルだと学習塾などではこういう説明がなされているのかもしれません。さすがに教科書であればもっと正確に記載しているのだろうと思います。この2例からわかるように、学習者が、結合にエネルギーが蓄えられていると誤解してしまうような説明が巷にあることは、自分のもやもやの一因かなと思います。

上の解説のような、化学結合にエネルギーが蓄えられているという表現は、自分には理解しづらいものでした。原子と原子のほうがエネルギー準位が高くて、結合したほうがエネルギーが低くなるからこそ、結合しているわけです。結合を切り離すためにはむしろエネルギーが必要なわけですから、エネルギーを蓄えているというのがしっくりきません。

上の教科書をもう一回じっくり読んでみると、

どのようにしてATPにエネルギーが貯蓄されているのだろうか。ATPのリン酸基は、リン酸結合でつながっている。このリン酸基の酸素原子(O)には電子がかたよっており、酸素原子同士は反発している。この結合は、高エネルギーリン酸結合とよばれる。ATPがADPに加水分解されるときに、高エネルギーリン酸結合が切れ、たくわえられていた化学エネルギーが放出される。(畠山『生化学』24ページ)

最初に静電的な反発のことが説明されていたので、リン原子と酸素原子との間の結合そのものにエネルギーが蓄えられていたという意図での説明では実はなかったのかもしれないと思い直しました。自分が読み違えてしまっただけかもしれません。高校化学の塾の動画は、高校レベルだから仕方がないのかもしれませんが、結合にエネルギーが蓄えられているという説明だったと思います。

別の教科書を見てみると、

化合物の特定の共有結合の加水分解によって大きなエネルギーが放出される場合、その化合物を高エネルギー化合物と言い、加水分解を受ける共有結合を高エネルギー結合という。(三輪・中『生化学』173ページ)

上の説明だと、呼び名の説明をしているだけであって、エネルギーが何に由来するのかといった原理的な説明をしているわけではないので、記述としては正しいのだと思います。だからといって、説明してもらった気はしないので、分かった気にはなりにくいです。

まあ、「高エネルギーリン酸結合が切れ、たくわえられていた化学エネルギーが放出される」という説明は、どこにたくわえられたていたのかはハッキリとは書かれていないので、「結合にたくわえられていた」と誤解して読んでしまいそうです。

 

エネルギーはリン原子と酸素原子との間の結合そのものに由来するわけではない

もしもATPの「高エネルギー」がリン酸エステルのPとOとの結合にだけ由来するというのであれば、ATPがADPになるときに放出されるエネルギー、ADPがAMPになるときに放出されるエネルギー、AMPがアデノシンになるときに放出されるエネルギーがどれも同じであるべきでしょう。実際のところ、これらの値はいくつなのでしょうか。

The hydrolysis of ATP to ADP + P, and that of ADP to AMP + P, have , values of -30.5 kJ/mol, while the hydrolysis of AMP to adenosine and P has a value of -14.2 kJ/mol. (study.com)

AMPの加水分解による自由エネルギーの値は、ATPやADPの加水分解のときの約半分のようです。これをみても、結合そのものに由来するエネルギーではなさそうです。

ストライヤーやヴォ―ト(VOET)の生化学の教科書にその点がはっきりと書かれていました。

”高エネルギー”化合物における”エネルギー”の由来 加水分解が大きな負のΔGo’値(習慣で-25kJ・mol-1より負)をもつ結合を”高エネルギー”結合(high energy bondまたはenergy-rich bond)とよび、その結合をふつう波印(~)で表す。ATPはAR-P~P~Pとなる。Aはアデニン、Rはリボシル基、Pはリン酸基を表す。しかしATPのアデノシル基にリン酸基を付けるリン酸エステル結合と、ATPのα、β、およびβとγのリン酸基の結びつける”高エネルギー”結合とは電子的にあまり差があるとは思えない。事実これらの結合に変わった性質はなく、”高エネルギー”結合という言葉は正しいとはいえない(いずれにしても”結合エネルギー”は共有結合している原子を加水分解ではなく切離すのに必要なエネルギーと別に定義されている)。(ヴォ―ト基礎生化学第5版 300ページ)

どう考えれば納得のいくのかと思ってあれこれ調べていたら、より正確な説明では、この高エネルギーリン酸結合というものは、(リン酸エステルのリン原子と酸素原子との結合に由来するエネルギーというわけではなく)加水分解されたときにエネルギーをたくさん放出するからそう呼ばれるということのようです。ウィキペディアや、メジャーな生化学の教科書には詳細な説明がありました。

反応の自由エネルギー変化が大きいのであって、P-O間の結合エネルギーは一般の化合物と比べて特に大きいわけではない点に注意が必要である。‥ 「高エネルギー」という用語は、負の自由エネルギー変化の直接的な原因が結合それ自身の切断によるものではないため誤解を招きかねない。これらの結合の切断は、ほとんどの結合の切断と同様に吸エルゴン的であり、エネルギーを放出するよりむしろ消費する。負の自由エネルギー変化はそれよりむしろ、加水分解後に生じる結合(またはATPによる残基のリン酸化)が加水分解前に存在する結合よりもエネルギー的に低いという事実から来ている(これには、リン酸結合自身だけでなく、反応に関与する「全て」の結合が含まれる)。この効果は反応物と比較した生成物の共鳴安定化および溶媒和の増大など数多くの原因によるものである。(高エネルギーリン酸結合 ウィキペディア)

 

高エネルギーリン酸結合というのは、結合エネルギーが高いという意味では決してありませんよという丁寧な説明をしている教科書もありました。

高エネルギー結合とは、この結合を切断(開裂)するためのエネルギー(結合エネルギー)が高いことではない。(カラーイラストで学ぶ集中講義生化学改訂第2版 9ページ)

ここまではっきり言ってくれると、紛れがなくていいですね。「高エネルギーリン酸結合」と言う言葉の中には、「結合」、「エネルギー」という言葉が含まれてしまっているため、非常に誤解を招きやすいと思います。 他の生化学の教科書でもこの点を明瞭に説明していました。

高エネルギーリン酸結合(~P)は通常いわれている結合エネルギーと同じ内容を意味していない。リン酸結合エネルギーは、リン酸化合物が加水分解され、リン酸が生成されたときの生成物と反応物の自由エネルギーの差であるが、通常いわれている結合エネルギーは、2原子間の結合を切断するのに必要なエネルギーを意味している。小野寺ほか『生化学』朝倉書店 85ページ)

中垣ら『生物物理化学』だったかマクマリー『有機化学概説』だったか、どっちか忘れましたが、高エネルギーリン酸結合は、化学熱力学でいう結合エネルギーが大きい結合という意味ではなく、逆で、結合エネルギーが小さい結合だと述べられていました。

数十年前の高校の生物の教科書を見ると「切れやすい」結合なのエネルギーが高いという説明をしていました。切れやすいということはとりもなおさず結合エネルギーが小さいということです。化学熱力学でいう結合エネルギーは結合を切断するのに要するエネルギーのことです。

高エネルギーリン酸結合のエネルギーはどこから?

じゃあエネルギーはどこに蓄えられていたのという話なのですが、ウィペディアや上の教科書(小野寺ほか『生化学』)によれば、ATPにリン酸が3つ結合しているわけですが、マイナスイオンになっている酸素が4つも密集していて電気的な反発があり不安定なこと、P=Oの結合でも電子は酸素のほうに引き寄せられるのでPはプラスに偏っていること(δ+)そのP同士が、プラスとプラスで反発するので不安定なことなどが挙げられています(他に、生成物のほうが電子の共鳴によって安定だそう)。加水分解による生成物は、そういった静電的な反発が減って安定になるので、その差が自由エネルギー変化というわけです。

自分の疑問に生化学の教科書はどう答えてくれるのか?という興味で、もう少し他の教科書も見てみます。

「高エネルギー結合」という用語は、ATP加水分解のΔG0’で定義される生物学的用語である。ATPとほぼ同等あるいはそれ以上のエネルギーの放出を伴って加水分解される結合はどれも高エネルギー結合と呼ばれる。‥ これらの分子に共通する特徴は、すべての高エネルギー結合が「不安定」でその加水分解がかなりの自由エネルギーを生む点であり、これは分子内での電子共鳴のため生成物がはるかに安定だからである。(マークス臨床生化学 5th edition 251~252ページ)

この教科書は、高エネルギー結合という言葉は生物学で使う言葉ですよと言っています。つまり化学で出てくる言葉とは別物ということなんですね。この教科書は、静電反発には触れずに、電子共鳴による安定化が、大きなエネルギーの由来だと説明していました。不安定ということはエネルギーが高いという意味ですから、この説明なら頭に入りやすいです。

ストライヤーの生化学の教科書に至っては、そもそも高エネルギー結合という言葉を前面に出していません。そのかわりの表現として、ATPはリン酸基転移ポテンシャルが高いという言い方をしています。ひとしきり説明を終えたあとに、注釈的な扱いで、説明があります。

ATPはしばしば高エネルギーリン酸化合物とよばれ、そのリン酸無水物結合は高エネルギー結合といわれる。そして、このような結合を表記するのに~Pがよく用いられる。といっても、結合それ自体は特別なものではない。上記の理由により、加水分解されるときに大量のギブズエネルギーが放出されるという意味において高エネルギー結合なのである。(ストライヤー 基礎生化学 第4版 東京化学同人 193ページ)

上記の理由というのは、静電的反発、共鳴安定化、エントロピーの増大、水和による安定化 の4つで、それぞれの解説がなされています。ADPに結合した~Pに対してもよりも、無機リン酸に遊離した場合のほうが水分子が四方八方からアクセスできるので、水和しやすいというのは理解できます。また、エントロピー増大というのは、単純に1分子(ATP)が2分子(ADPとPi)になったからというわけです。加水分解なので水分子が一つ減っていますが、水の濃度を考えれば加水分解で使われる水のことは無視してよいそうです。共鳴安定化というのは、いくつの配置をとりえるかということで、HPO4 2- であれば、4つのOとの間でPとの二重結合が形成できて共鳴するそうです。水素がついている酸素との間に二重結合ができるときは、-P=OH+ となっています。ところがAMP~P~Pにおいては、このような配置(共鳴構造式)は実現しないため、共鳴する配置の数が一つ少ない、つまり共鳴による安定性と言う意味では、無機リン酸よりも不安定なのだそう。

さすがストライヤーの教科書ですね。化学的な説明が詳細でした。

ハーパーの生化学でも、基転移ポテンシャル(group transfer potential)という語の方が、”高エネルギー結合”よりもよいとする人もいる。(イラストレイテッド ハーパー・生化学 原書30版 丸善出版 136ページ) と説明しています。ハーパーの教科書では、ATPがADPに加水分解されることに伴う自由エネルギー変化の説明として、ATP4-にある4つの負の電荷間の反発が、ADP3で3つになることでやわらげられていること、遊離したリン酸は3つの電荷が4つの酸素原子間に振り分けられてて共鳴混成体を形成することで安定化するということを説明しています(137ページ 図11-6)。

ヴォ―ト(VOET)の生化学の教科書にも、高エネルギーの由来が説明されています。この教科書では、理由として、共鳴安定化、静電反発力の差、溶媒和のエネルギーの差が挙げられています。ちなみに、α、β、γというのはAMP、ADP,ATPの順につくリン酸の呼称。AR-P~P~Pの三つの線(結合)のうち、-は、「リン酸エステル結合」、~は「リン酸無水物結合」と呼ばれます(ヴォ―ト基礎生化学第5版 299ページ)。AR-Pの結合はリン酸エステル結合で、~はリン酸無水物結合、と種類(呼称)が違うんですね。今まで混同していました。この「リン酸無水物結合」の方が、高エネルギー結合と呼ばれて~という記号をわざわざ使って表記します。

  1. リン酸エステル結合はリン酸とヒドロキシ基の間で起こるエステル結合です。リン酸無水物結合はリン酸同士の間で起こる縮合です。YAHOO!JAPAN知恵袋
  2. リン酸無水結合 2個のリン酸が脱水して重合した結合(ピロリン酸結合)で、生体における高エネルギー結合。 ウェブリオ
  3. 酸無水物とエステル結合の違い YAHOO!JAPAN知恵袋 エステルは、アルコールと酸が結合したもの 大きく脱水縮合という枠があって、その中にエステル化や酸無水物

ひとくちメモ 共鳴 化学構造における電子の非局在化を共鳴という。ある分子の構造式が2通りも、3通りもの方法で描けるとき、多数の方法で描ける分子ほど共鳴による安定化が大きい。(ヴォ―ト基礎生化学第5版 300ページ)

  1. 7.6: ATP as Energy carrier LibreTexts(Chemistry) Table of common cellular phosphorylated molecules and their respective free energies of hydrolysis, under physiological conditions.
  2. 生命エネルギーの通貨ATP 〜ATPのエネルギー放出の分子メカニズム〜 東北大学 化学結合が切れるのに、エネルギーが放出されるとは、どういうことでしょうか?これまでの生物学の教科書には、そのエネルギー放出のメカニズムについていくつかの推測が書かれていますが、まだ本当のことは分かっていないのです。

確かに教科書の説明は、意外なことにあまり断定的に書かれていません。確定的なことは言えないということなのでしょうか。こんな古典的な内容が、実はメカニズムという点では現在の研究対象になるというのは面白いものです。比較的最近の科研費研究にもこのテーマがありました。

反応に関与する分子を量子化学の方法で扱い、周りの水分子を経験的分子力場で扱うQM/MM法を用いた。特に、最近提案された平均場近似に基づく方法(溶質の波動関数を溶媒平均場の下で決定し、得られた平均波動関数を溶媒に埋め込む)を用いて、反応に伴う自由エネルギープロファイルを定量的に計算した。その結果、全自由エネルギーの変化は溶質分子内のエネルギー寄与(リン酸基間のクーロン反発)と、溶質–溶媒間の静電相互作用による安定化(溶媒和自由エネルギー)の大きなキャンセレーションによって生じていることが分かった。溶質分子内におけるクーロン反発は末端リン酸基を解離させる力として働くが、まわりの水分子はリン酸基の解離を抑制する方向の力を与えており、両者のつりあいが反応速度を決めていることになる。その結果、誘電率の低い溶媒(有機溶媒)では、溶媒和による反応の抑制効果が十分でなくなり、末端リン酸は非常に解離しやすい状態となることが分かる。これは、酵素中(低誘電率のタンパク環境)におけるATP加水分解を促進する物理的な原因の一つであると考えられる。(研究課題/領域番号 21118508 多中心プロトン移動を含むATP加水分解とその自由エネルギープロファイルの理論研究 研究期間 (年度) 2009 – 2010)

 

高エネルギーリン酸結合は誤解を招く呼称

上で参照した教科書に書いてあったとおり、高エネルギーリン酸結合というのは、非常に誤解を招きやすい表現だと思います。名は体を表さない一例でしょう。初学者は、この落とし穴にはまらないようにしたいものです。

実際、教える側の一部もこの誤解をしたまま教えているようなフシがあります。

 

参考記事(その他)

  1. ATPの加水分ӂで、AMPとピロリン酸になるときがあるが、なぜATP→ADPとリン酸ではなく、ピロリン酸とAMPとに分解されるのか。ATPからひとつずつリン酸がとれるのではなく、一度にピロリン酸がとれるのか。→それだけのエネルギーが必要な時は、いきなりAMPに分解されます。sci.kumamoto-u.ac.jp/bio.iden/takano

 

なぜATPをエネルギー通貨として使うのか?と考えてみると、グルコースを酸素により、水と二酸化炭素にするときに発生するギブズの自由エネルギーは非常に大きいわけで、いきなりこの反応を起こしてしまうと、その場で使わない限り、無駄になってしまうわけです。これって、2万円の商品券があるんだけど、使うさいにお釣りは出ませんというようなものです。500円の商品券が2万円分あれば、それで400円の品物を買ったり(お釣りがでないので無駄が少しでますが)、950円のものを買ったりできて、使いやすいということになります。エネルギーは発生させたら何かに「共役」させて使わないと無駄になるので、使いやすい、適当な大きさで貯めておけることが大事なんですね。

 

教科書を何冊も読み比べると、理解がしやすいと思いました。一冊だけだと、ある部分は詳しくても別の部分はあまり詳しく説明していないということがあります。

 

ギブスの自由エネルギーとは何か?最もわかりやすい説明

ギブスの自由エネルギーが何かを知るために熱力学の教科書を開いても、その定義式G=H-TSからわかるように、まずエンタルピーHが何か、そしてエントロピーSが何かを知っておく必要があり、教科書の章を遡って読み始めない限り、理解に達しません。数式を負いながらの理解はなかなか大変です。そこで、言葉による、最もわかりやすい説明がないかと調べてみました。

それが何か?なぜそれを考えたのか(定義したのか)?それで何ができるのか?それは何ではないか。といった視点での理解も大事かと思います。

Thermodynamics and Chemical Dynamics 131C. Lecture 14. The Gibbs Energy. UCI Open チャンネル登録者数 28.5万人

ギブスの自由エネルギーを考えるわけ

ある変化が自発的に生じるかどうかは、熱力学の第二法則「孤立系のエントロピーは増大する」というもので判断できます。「系」というのは、任意に決められるわけですが、系と系の外側に区別できるようなものです。例えば、お湯をわかすヤカンを系と考え、ヤカンの外側の部分と区別して考えることができます。ピストンがついたシリンダーであれば、そのシリンダーが系と考えられます。人間という個体を系と考えてもよいし、細胞一つを系と考えてもいいでしょう。ただし重要なことは、系と系と外側との間に、物質の移動やエネルギーの移動があるかどうか。エネルギーの移動も物質の移動もない系が、孤立系と呼ばれます。厳密にいうと、孤立系なんて存在しないんじゃないのということにもなります。すると宇宙全体が、唯一実在する孤立系なのかもしれません。そこで、通常は、自分の興味の対象としての「系」とそれを取り囲む周囲の「系」そしてこの周囲の系は、そのさらに外側とは物質もエネルギーも移動しないと考え、「系」+「その周囲」を合わせて孤立系と考えます。教科書によって使う言葉が多少違うけれども、指している内容は同じです。

熱力学第2法則によれば、全系のエントロピーは減少しない。

∆S全系 =∆S反応+∆S熱浴 ≥0                           (1.2)

しかし、この式そのものはあまり便利ではない。これが述べているのは、全系のエントロピーが減少しないということだけであって、肝心の反応系における変化については何も分からない。‥ 我々にとっては、熱浴に関する詳細は興味がなく、反応系で何が起こるかが関心事である。そこで、上の式から反応系に関する情報だけを抽出することが望ましい。この目的のために、反応系の「ギブス自由エネルギー」という量を次のように定義する。

∆G反応 =∆H反応−T∆S反応                           (1.3)

(京都大学OCW 安藤耕司 第1章 熱力学の復習  第4回 自発的過程と自由エネルギー 基礎物理化学B )

ギブスの自由エネルギーとは

ウェブ上に大部の大学化学の教科書が公開されていました。

自由エネルギー変化は、以前に特定された自発性の指標ΔS宇宙と直接関連しており、プロセスの自発性についての信頼できる指標です。‥ 自由エネルギーG=ΔH−TΔSは、プロセスによって生成されるエネルギーΔHと、周囲に失われるエネルギーTΔSを表しているものと解釈することができます。生成されたエネルギーと失われたエネルギーの差は、そのプロセスによって有用な仕事をするために利用可能な(すなわち「自由な」)エネルギーΔGです。(第16章 熱力学 Chemistry 2nd Edition)

生物版もありました。

熱力学の第二法則によれば、すべてのエネルギー伝達は熱のような使用不可能な形でエネルギーを失うことを含み、その結果エントロピーが生じることを思い出してください。ギブズの自由エネルギーは、私たちがエントロピーを考慮したうえで利用可能であるような、化学反応で起こるエネルギーのことを特に指しています。言い換えれば、ギブズの自由エネルギーは、使用可能なエネルギー、つまり仕事をするために利用可能なエネルギーのことです。 ‥ ΔGを計算するには、系の総エネルギー変化からエントロピーとして失われたエネルギー量(ΔSと表示)を引きます。科学者たちはこの系の総エネルギー変化のことをエンタルピーと呼び、私たちはそれをΔHと示します。ΔGの計算式は次のとおりです。ここで、記号Tはケルビン単位での絶対温度(摂氏温度 + 273)を表します: ΔG = ΔH — TΔS (第6章 代謝 生物学 第2版  Japanese translation of “Biology 2e”)

生化学の教科書によくある反応前後のエネルギーの模式図の縦軸は何エネルギーか

エネルギーにいろいろな種類(エンタルピー、ギブス自由エネルギーなど)があるのなら、反応前後でのエネルギー差を示した生化学の教科書によくある図の縦軸は何なのだろうと思いました。教科書によっては単に「エネルギー」と書いてあり、別の教科書には「自由エネルギー」と書いてあります。ΔG=ΔHーTΔSなので、A+B→C+Dの反応におけるエネルギーの差ΔGは、ΔHからTΔSを引いたものであり(つまりΔH=ΔG+TΔS)、そのように図示している教科書もありました(集中講義生化学 MEDICAL VIEW)。A+Bのところの線から活性化エネルギーを超えてC+Dの線まで降りる(ΔGが負の場合)わけですが、示されている値は「自由エネルギー」なので、縦軸は自由エネルギーということになろうかと思います。

 

参考となる教科書やウェブ記事

  1. 『集中講義 生化学』 MEDICAL VIEW社 8ページ 自由エネルギーとはなにか?
  2. 「エントロピーから読み解く生物学」を読み解く -.hiroshima-u.ac.jp
  3. https://icho.csj.jp/36/pre/P-5ans.pdf
  4. https://www.bio.phys.tohoku.ac.jp/~ohki/Physics_C/Aug11.pdf
  5. http://kek.soken.ac.jp/sokendai/wp-content/uploads/15phy_MSS.pdf
  6. 結合エネルギーとは 技術情報館 SEKIGIN 分子の持つ全結合を切断するためのエネルギーの総和である。
  7. 反応熱とは 技術情報館 SEKIGIN 最初の状態と最終状態の結合エネルギーの差に基づき,出入りする熱を反応熱という
  8. 結合エネルギーと反応熱 fromhimuka.com 結合エネルギーを通常は発熱、吸熱の場合を分けずに絶対値で表します。(反応熱)=(生成物の結合エネルギーの和)-(反応物の結合エネルギーの和)ただ、この関係が成り立つのは「反応物も生成物も気体」に限ります。

 

なぜ、お昼ご飯のあとに眠くなるのか、その理由は何?

仕事でも学校の授業でも、お昼ご飯を食べたあとはなぜかとても眠くなります。あの睡魔の理由は一体何なのでしょうか?2つの説があります。一つは消化のために血流が胃腸に集中して、脳の血流が足りなくなるから。脳に行く栄養(グルコース)が不足して脳の働きが鈍るというものです。もう一つの説は、「血糖値スパイク」と呼ばれるもので、食事を摂ると消化により血糖値が上昇するので、膵臓からインスリンが分泌されて血糖値を下げようとします。つまり血糖値は食事によって、一度上昇してそのあと下降するわけです(急激な上昇とそのあとの下降が、スパイクと呼ばれます)。すると血糖値を下げ過ぎて脳でグルコースが不足してしまうわけですね。

どれだけ科学的なエビデンスがあることなのかは、不勉強でよくわかりませんが、ネットの記事でよく見かけるのがこの2つの説です。

  1. https://www.toshin.com/question_stop/questions/145 本来十分な睡眠時間を取れていれば日中は食べても眠くなりません。(柳沢 正史 先生)
  2. https://dododododo.jp/878/
  3. https://www.verywellhealth.com/why-am-i-sleepy-after-eating-lunch-3014827
  4. https://www.sleepfoundation.org/nutrition/why-do-i-get-sleepy-after-eating
  5. https://www.washingtonpost.com/wellness/2022/09/26/tired-sleepy-after-lunch-afternoon/

大学の生化学の授業動画(MIT講義その他)・YOUTUBE動画

大学の生化学の授業動画(MIT講義その他)・YOUTUBE動画などのまとめ。順不同。

Science Simplified

@sciencesimplified3890 チャンネル登録者数 1.81万人

  1. EVERY SINGLE METABOLIC PATHWAY YOU NEED TO KNOW FOR BIOCHEMISTRY MCAT IN 30 MINUTES!!! メリハリのついた説明。
  2. Beta Oxidation and Fatty Acid Oxidation (EVERYTHING YOU NEED TO KNOW BIOCHEMISTRY MCAT) 

The Immunerd

The Immunerd @theimmunerd3706 チャンネル登録者数 308人

  1. Biochemistry 101: Carbohydrates (Lecture 6 of 12) The Immunerd チャンネル登録者数 308人 音声が不明朗(音量が小さい)のと明瞭(音量大きい)のが交互になっていた。

MIT

MIT 7.05 General Biochemistry, Spring 2020 Instructor: Matthew Vander Heiden

  1. 12. Carbohydrates/Introduction to Membranes

Web of Scienceの使い方:自分の大学の文献の検索方法

Web of Scienceで文献を検索しようとして、

https://www.webofscience.com/wos/woscc/basic-search のページで

著者所属 – 拡張 を選び、XXXXXXX Universityのように大学名を入れて「検索」ボタンを押したのですが、「検索結果が見つかりません。スペルを確認するか検索範囲を広げてください。」という非情なメッセージが表示されるだけで、何も検索できませんでした。そんな馬鹿なと思いましたが、一体どうしてでしょうか。PubMEDのように簡単に検索できるのかと思ったのですが、思ったより使い方がわかりにくいようです。試しに、

「タイトル」を選んで、適当なキーワード(英語)を入れてみたら数百件ヒットしました。検索結果を眺めていてようやく気付いたのですが、どうやら所属大学での検索方法が違っていたようです。Universityとスペルアウトしがのが失敗でした。

XXX Univ のように略語しか受け付けていなかったのです。クセがありますね。Web of Scienceを使える環境にいるのに、普段ほとんど使わないのはこういう最初のハードルの高さのせい。

アラートを登録しておけば、毎日か毎週か毎月、新着文献をメールでお知らせしてくれるのも便利。

グルコース-アラニン回路(Cahill cycle; Glucose-alanine cycle)とは:筋肉と肝臓とが作る代謝ネットワーク

人間は栄養源となる食べ物を食べて、それを分解することによりエネルギーとなるブドウ糖を得ています。しかし、食事と食事との間、あるいは長い間食べることがなくて飢餓状態になると、体の中に蓄えておいたエネルギー源を使わなければなりません。

筋肉は、貯めておいたグリコーゲンを分解してグルコースをつくり、解糖系でATPを産生します。飢餓が長く続くと、筋肉を構成するタンパク質を分解してエネルギー源にします。

筋肉で分岐鎖アミノ酸が代謝されるとき、アミノ酸のアミノ基がピルビン酸に転移されてアラニンが生じ、アラニンが血中を通って肝臓に運ばれ、そこでアミノ基は尿素へと変換され、アラニンは再びピルビン酸になって糖新生の経路でグルコースになり再び血中に入って筋肉にグルコースが届けられるという代謝サイクルがあり、グルコース-アラニン回路あるいはCahill cycleと呼ばれるようです。

マークス臨床生化学の教科書におけるグルコース-アラニン回路の説明

マークス臨床生化学(第5版)の541ページの図32-8をみると、筋肉でアミノ酸からアミノ基が外れてα-ケト酸になり、そのアミノ基はα-ケトグルタル酸に転移されてグルタミン酸を生成します。今度はそのグルタミン酸からピルビン酸にアミノ基が転移して、グルタミン酸は再びα-ケトグルタル酸に戻り、ピルビン酸はアラニンになります。そのアラニンは肝臓に運ばれて、グルコースに変換され再び血中に放たれて、筋肉で取り込まれて解糖系に入るので、回路が完成します。マークス臨床生化学の説明はわかりやすいと思いました。ちなみに肝臓の方の経路は、簡単に、

アラニン→窒素→尿素→尿、

アラニン→炭素→グルコース

としか書かれていません。マークスは同じ541ページの図32-9では、筋肉を含めた末梢組織でのグルタミン産生の経路の説明もされています。そこでは由来は明示していませんがアンモニウムイオンNH4+をαケトグルタル酸が取り込んでグルタミン酸となり、さらにもう一度アンモニウムイオンNH4+を取り込んでグルタミンになることが説明されています。αケトグルタル酸はアンモニア分子を2分子取り込めるわけです。グルタミンもまた血中に出て肝臓に行きます。ここでアミノ基がアンモニアとして遊離して尿素になり尿中に排泄されます。

ハーパー生化学の教科書におけるグルコース-アラニン回路の説明

Harper’s Illustrated Biochemistry 30th Editionの邦訳、イラストレイテッド ハーバー・生化学原書30版(丸善出版)の337ページ図28-6にグルコース-アラニン回路の説明があります。それによると、アミノ酸から由来するアミノ基 -NH2がピルビン酸に転移されてアラニンが生成しています。ただこの教科書はグルコース-アラニン回路の肝臓の経路でも、アラニン→ -NH2 →尿素 と描いているので、アンモニアは表立って表現されていません。

コリ回路(乳酸回路)との関連でいうと、筋肉においてピルビン酸ができるところが共通で、コリ回路の場合は解糖系でできたピルビン酸が乳酸にまで代謝されて、乳酸が血流を通じて肝臓に運ばれます。一方、グルコース-アラニン回路では、筋肉でピルビン酸がアミノ基受容体として働きアラニンに変換され、アラニンが血流にのって肝臓にいきます。似た回路はまとめて覚えたほうがよいのですが、ハーパーの教科書の222ページ図19-5では2つの回路がひとまとめに描かれていて、理解を助けます。

  1. Exercise-induced changes in amino acid levels in skeletal muscle and plasma J Phys Fitness Sports Med, 2(3): 301-310 (2013) DOI: 10.7600/jpfsm.2.301 この論文にもグルコース-アラニン回路の図がありますが、Amino acid  → -NH2  → Alanine と描かれています。

レーニンジャーの生化学の教科書グルコース-アラニン回路の教科書による説明(?)

レーニンジャーの生化学の教科書には、ヌクレオチドの分解などにより多くの組織において遊離アンモニアが生成アンモニアはグルタミンの形で血液中を通って肝臓に送られて、肝臓で尿素の形になることが説明されています。

アンモニアがグルタミンの形になるのは、二段階の反応を経由します。まずL-グルタミン酸 -OOC-CH2-CH2-CH(NH3+)-COO-  が酵素グルタミンシンテターゼの働きによってリン酸化されてγ-グルタミルリン酸 (PO4 2-)-C(=O)-CH2-CH2-CH(HN3+)COO- になります。このときリン酸を供与したATPがADPになります。次に同じく酵素グルタミンシンテターゼの働きによってアンモニアNH4+がγ-グルタミルリン酸に結合し、L-グルタミン NH2-C(=O)-CH2CH2CH(NH3+)COO- が生成します。

さて、アンモニアの運び手としてグルタミンがまず紹介されましたが、グルタミンだけでなく、アラニンもアンモニアの運び手になります。筋肉と肝臓の間にできるグルコース-アラニン回路においては、アンモニアの運び手はアラニンなのです。

アミノ酸のアミノ基はα-ケトグルタル酸に転移され、このアミノ基転移の結果グルタミン酸が生成します。このグルタミン酸は、上で説明した反応によってアンモニアを取り込んでグルタミンになることもできますが、酵素アラニンアミノトランスフェラーゼ(alanine aminotransferase; ALT)の働きで、α-アミノ基がピルビン酸に転移されてアラニンを生成します。α-アミノ基が抜けることでグルタミン酸はα-ケトグルタル酸になります。

この教科書(レーニンジャーの新生化学[下]第7版 廣川書店)の977ページにグルコース・アラニン回路の説明がありその項目タイトルは「アラニンはアンモニアを骨格筋から肝臓へと運ぶ」となっています。また図18-9では、筋肉タンパク→アミノ酸→NH4+ →グルタミン酸 という流れが示されています。項目タイトルおよび図中のこのアンモニアもしくはアンモニウムイオンNH4+はどこから来たのでしょうか。本文の説明を読んでも、このような流れは書かれていなかったと思います。アミノ酸のα-アミノ基はα-ケトグルタル酸に転移されてその結果グルタミン酸が生成すると説明されていたわけです。

アミノ酸をエネルギー源として分解する筋肉やある種の他の組織では、アミノ基はアミノ基転移によってグルタミン酸として集められる(図18-2(a))。(977ページ)

図18-2(a)の図は肝臓の例として化学反応が紹介されていますが、同じ反応が筋肉でも起きるといっています。なのでこの977ページ図18-9の図の「筋肉タンパク→アミノ酸→NH4+ →グルタミン酸」は、本文と合わないように思います。

 

ストライヤーの生化学の教科書グルコース-アラニン回路の教科書による説明(?)

ストライヤーの教科書『ストライヤー基礎生化学第4版』(東京化学同人)の411ページ図30-1をみると、「筋肉」の側での化学反応の経路において、

分岐アミノ酸⇒NH4+ ⇒ アラニン

という流れが示されています。しかしこれも、レーニンジャーと同様、本文を読む限りそのような説明は見当たりません。哺乳類でアミノ酸分解に関わる主要な部位は肝臓であると前置きしたうえで、アミノ酸のα-アミノ基が2-オキソグルタル酸に転移され、グルタミン酸ができ、つぎに酸化的脱アミノ反応によってアンモニウムイオン(NH4+)ができることが説明されています。これは肝臓を念頭に置いた話。

次のセクションで、末梢組織に関する説明があります。肝臓では分岐アミノ酸(ロイシン、バリン、イソロイシン)の脱アミノ化ができないこと、筋肉においては長時間の運動や飢餓時にはこれら分岐アミノ酸をエネルギー源として使うこと、アミノ基転移反応によりグルタミン酸が作られ、窒素がピルビン酸に転移してアラニンができて血中に出ることが書かれています。

そのあと、窒素がアラニンだけでなくグルタミンを使って輸送されることもできるという説明があります。その場合は、グルタミン酸とアンモニウムイオンからグルタミンができます。この段落の説明が、まだ筋肉を念頭においたものなのか、末梢全般の話としているのかは不明瞭です。

いずれにしても図30-1のように アンモニウムイオン⇒アラニン という反応は本文中にはありませんので、図と本文が合わないように思います。

 

レーニンジャーとストライヤーという2つの大教科書に書かれた内容がしっくりこないので、もやもやしますね。本文を読むだけなら何も問題はないのですが。

 

医学書院の畠山『生化学』の教科書による説明(?)

畠山『生化学』第14版148ページ図8-8を見ると、筋肉における代謝経路の図で、アミノ酸→NH3→グルタミン酸 と描かれています。一方、147ページ図8-7では、アミノ酸のアミノ基がα-ケトグルタル酸に転移されてグルタミン酸を生じており、筋肉中でアンモニアが産生されるのかどうかのはっきりした説明がないように思います。図はレーニンジャーの教科書と似ているので、レーニンジャーなどの図を参考に描かれたのかもしれません。

 

医学書院の三輪・中『生化学』第13版の教科書による説明

三輪・中『生化学』第13版(2014年)にはグルコース-アラニン回路という名前を出しての説明はありませんが、筋肉でアミノ酸のアミノ基がピルビン酸に渡されてアラニンが生成し、そのアラニンが血中を通って肝臓に入り最終的にアンモニアが尿素として処理される反応の説明はありました。また、アミノ酸から受け取ったアミノ基は骨格筋ではアンモニアにはならないという説明もありました。

肝臓では、アミノ酸からアミノ基を受け取って生じたグルタミン酸は、グルタミン酸脱水素酵素glutamate dehydrogenaseによる酸化的脱アミノ反応の作用を受けて、受け取ったアミノ基がアンモニアNH3のかたちで遊離する(219ページ)

肝臓筋肉以外の多くの組織では、アミノ酸からアミノ基を受け取ってできたグルタミン酸からまずアンモニアが遊離する(図14-8)。(220ページ)

「と」が何と何を結ぶのかがこの文自体からは断定できませんが、その前に肝臓では遊離アンモニアがせいせいすると書いてあるので、「筋肉以外の多くの組織」という意味が決まります。筋肉以外のと書いてあるので、筋肉ではアミノ酸由来のアンモニアは存在しないのでしょう。

 

筋肉中でアンモニアが産生されるのか-

三輪・中『生化学』第13版(2014年)には、「肝臓筋肉以外の多くの組織では、アミノ酸からアミノ基を受け取ってできたグルタミン酸からまずアンモニアが遊離する」と書いてあったので、筋肉でアミノ酸由来のアンモニアは生じないと理解したのですが、生じるとする文献もどうやらいくつもあるようです。混乱させられますね。結局は、文献をひとつひとつ見ていくほかなさそう。

  1. Hungry for your alanine: when liver depends on muscle proteolysis J Clin Invest . 2019 Nov 1;129(11):4563-4566. doi: 10.1172/JCI131931. Theresia Sarabhai, Michael Roden この論部の図1を見ると、aa + NH4+ → Glutamate と読み取れる図があります。このアンモニアイオンはどこから来たのかは描かれていません。
  2. 運動時のアンモニア代謝 グルタミン酸脱水素反応 glutamate- + NAD+ + H2O → 2-oxoglutarate2- + NADH +H+ + NH4+ 反応場所は肝、脳、筋肉、腎 アンモニアの上昇は筋肉での産生の増大 Errikson LS et al., Ammonia metabolism during eercise in man. Clin.Physiol.1985:5:325-336.

他の関連論文

  1. Muscle amino acid metabolism at rest and during exercise: role in human physiology and metabolism A J Wagenmakers Exerc Sport Sci Rev . 1998;26:287-314. PubMed

 

その他の参考記事

  1. 骨格筋におけるアミノ酸代謝調節の分子機序 アミノ酸研究 Vol 14,No l.(2020)

コエンザイムA(Coenzyme A; CoA; 補酵素A)とは

CoAの構造は結構複雑です。CoAが反応してアセチルCoAなどになるときに使われるのはシステアミンのSH(チオール基)の部分です。全体の構造はというと、3’-ホスホアデノシン(3′-Phosphoadenosine リボースの3位の炭素にリン酸が結合)に二リン酸が結合して(つまりは3’-ホスホアデノシン-5′-二リン酸)、さらにパントテン酸(pantothenic acid)、システアミン(cysteamine)HSCH2CH2NH2が結合したものです。

パントテン酸はβ‐アラニンの構造を含んでいます。β‐というのは、通常のアミノ酸がα‐位の炭素にアミノ基がついているのにたいして、β‐位の炭素にアミノ基がついている構造。

α‐アラニンの構造は、  (COOH)CH(NH2)CH3 太字にしたのはα‐位の炭素。最後のCH3は側鎖のメチル基。それに対して

β‐アラニンの構造は、  (COOH)CH2CH2NH2  太字にしたのがβ‐位の炭素。

パントテン酸は、β‐アラニンとパントイン酸とが結合した構造をしています。パントイン酸のIUPAC名は(R)-2,4-ジヒドロキシ-3,3-ジメチルブタン酸。構造式は、

(COOH)-CH(OH)C(CH3)2CH2OH

炭素4つつながっているので「ブタン」で、カルボキシ基から1位、2位、3位、4位の炭素ですが、3位の炭素にはメチル基が2つ結合しています。また、2位と4位の炭素にはそれぞれ水酸基が結合しています。

もう一度おさらいをすると、CoAの構造は、

システアミン + パントテン酸 + 3ホスホアデノシン5二リン酸

と覚えるのが良いのではないでしょうか。パントテン酸はビタミンB5と呼ばれることもあります3ホスホアデノシン5二リン酸 は、ADP(アデノシン二リン酸)の3位の水酸基にリン酸がついた構造。

Coenzyme A Chemistry Molecular Memory

 

酸の名称

なんとかic  acidとなんとかateとの違いはというと、acetic acid はCH3COOH(酢酸)のことであり、それがイオン化したCH3COO- がacetateと呼ばれるようです。今まで混同していて、そういう違いがあることを知りませんでした。

The main distinction between acetate and acetic acid is that acetic acid is a neutral compound, while acetate is an anion with a net negative electric charge. https://byjus.com/chemistry/acetate/

クエン酸とは?レモンが酸っぱい理由

レモンが酸っぱい理由

このサプリにはビタミンCが檸檬何個分入っていますという広告が氾濫しているため、レモン(檸檬;Citrus limon)と聞くとビタミンCがすぐ思い浮かびます。しかし、レモンのあの酸っぱい理由は、クエン酸が多量に含まれているせいなのだそうです。

一般消費者の中にはレモンの酸味の主成分はビタミンCと思われている方もおり、それは梅と同じでクエン酸であることを聞いて驚く方もいる。(レモン類に含まれる健康機能性成分について 愛知淑徳大学 健康医療科学部 健康栄養学科 教授 三宅 義明 食品分析開発センターSUNATEC)

Lemon is sour due to the presence of citric acid. (Questions & Answers CBSE Biology Grade 12 Kreb’s cycle)

レモンのクエン酸含有量

クエン酸は、レモンから初めて単離精製されました。レモンは柑橘類(Citrus)なので、その名前からCitric AcidあるいはCitrateと命名されています。クエン酸はレモンやライムなど柑橘類に多く含まれる化合物です。

  1. What Is Citric Acid, and Is It Bad for You? (HealthLine)

レモン1個にビタミンCは20mg(果汁)もしくは120mg(皮も含めたまる1個)含まれるのだそうですが、クエン酸は4gも含まれているそうです。

  1. レモン1個に含まれるビタミンCはレモン?個分 全農ET研究ブログ
  2. レモンからクエン酸(citric acid)の分離 : 酸をより身近に感じるために(<特集>天然物を素材とする化学実験) 山本 道雄 化学と教育/43 巻 (1995) 4 号/

クエン酸の構造

クエン酸は炭素数が6で、トリカルボキシ酸と呼ばれるとおり、カルボキシ基が3つあります。炭素3つの鎖にそれぞれカルボキシ基(-COOH)が結合しており、真ん中の炭素には水酸基も結合しています。構造式は、CH2(COOH)C(OH)(COOH)CH2(COOH)になります。このように一列で表示するとわかりにくいですが、構造式を普通に書くと、覚えやすい構造だということがわかります。

クエン酸回路

生化学では、クエン酸と言えば、エネルギー代謝で解糖系の次に習う「クエン酸回路」が有名です。クエン酸回路は、クエン酸がトリカルボキシ酸(tricarboxy acid)であることからTCA回路とも呼ばれます。発見者の名前にちなんでクレブス(Krebs)回路と呼ばれることも多いです。

脂肪酸合成の出発材料

クエン酸はミトコンドリア内では、クエン酸回路の構成要素であり、クエン酸シンターゼという酵素の働きによって、アセチルCoAからアセチル基をもらって、オキサロ酢酸がクエン酸になります。このようにクエン酸回路で活躍するクエン酸ですが、脂質合成においても重要です。

クエン酸はミトコンドリアを出て細胞質に運ばれて、別の酵素の働きによって、そこでクエン酸回路のときとは逆にオキサロ酢酸になり、アセチルCoAが作られます。このアセチルCoAが、脂肪酸合成の出発材料になります。

  1. 畠山『生化学』p120
  2. 脂肪酸の合成  生化学の知識 脂質と血栓の医学
  3. 生化学 管理栄養士国家試験徹底解説