細胞内の呼吸(栄養素の酸化反応)において、酸素分子は電子伝達系において使われます。解糖系やクエン酸回路では酸素分子は使われません。「解糖系ではどうして酸素分子が使われないの?」という疑問は、素朴なものですが奥深いと思います。この質問に対する答えには、いろいろな角度からの回答があるでしょう。
解糖系が進化の過程で現れたときにはまだ地球上に酸素がなかったから
46億年前に地球ができたとき、大気中に酸素は存在していませんでした。38億年前に最初の生命が誕生し、それがその後バクテリア(細菌)とアーキア(archaea 古細菌)とに分かれました。27億年前に、光合成をする藍藻(シアノバクテリア)が繁殖し、二酸化炭素と水から有機物と酸素が作られました。生物がエネルギー代謝において酸素分子を利用するようになったのは、それ以降だというわけです。それ以前は、酸素を必要としない解糖系でエネルギーを産生していました。
人類が現れるずっと前、原始地球においては、酸素を使ってエネルギーを取り出す方法はまだ、編み出されていませんでした。地球上にはもともと酸素はありませんでしたし、あったとしても、その頃の生物にとって、酸素は毒(酸化)でしかなかったからです。その当時、生物たちはすでに、酸素を使わずにエネルギーを取り出す方法を獲得していました。後に「解糖系」とよばれる方法(嫌気呼吸ともよばれます)です(図1)。
酸素を使わず、呼吸する?|呼吸する(1)2015/07/30 看護roo! https://www.kango-roo.com/learning/1615/ 新訂版 解剖生理をおもしろく学ぶ 増田 敦子(了徳寺大学医学教育センター教授) 2015年1月19日 サイオ出版
- https://en.wikipedia.org/wiki/Great_Oxidation_Event
大気中に酸素が蓄積されて以降は、酸素を使う細菌も出現します。好気性細菌です。それに対して酸素を使わない細菌は嫌気性細菌と呼ばれます。
酸素は電子を受け取る力が強いので最終段階で活躍する
グルコースの酸化は、段階的に起こります。酸化還元電位の階段を降りていくようなものです。その階段の一番下に位置するのが酸素分子です。つまり電子を受け取るちからが何よりも強いのです。
電子を放出する(酸化)側とともに、放出された電子を受け取る(還元)側が存在して初めて、電子伝達の大きな力が働きます。酸素は非常に強力な求電子性をもっており、電子伝達を起こす大きな力となっています。
https://jrecin.jst.go.jp/html/compass/e-learning/34-677/data/1-タンパク質合成/faq/naiyou.html
呼吸のところの講義で、電子伝達は、酸化還元電位の勾配に従って行なわれる、という話をしましたよね。基本的に、還元力の強い物質(酸化還元電位がマイナス方向に大きい物質)から酸化力の強い物質(酸化還元電位がプラス方向へ大きい物質)へと電子は流れます。つまり、電子伝達をする成分を順番に並べると、その酸化還元電位はだんだんとプラスの方向へ大きくなっていくことになります。http://www.photosynthesis.jp/lec/rikadai5-5.html
- 標準酸化還元電位 (pH = 7) https://www.dbp.akita-pu.ac.jp/~esuzuki/CHEM/Folder6/biordx2a.html NAD+ / NADH -0.32 FAD / FADH2 -0.22 フマル酸 / コハク酸 +0.03 ユビキノンox / ユビキノンred +0.10 Fe3+ / Fe2+ +0.78 O2 / H2O +0.82
- 電子伝達成分の酸化還元電位 https://www.bio.phys.tohoku.ac.jp/~ohki/Physics_C/Aug11.pdf
好気性生物 好気性細菌
酸素分子を電子受容体として利用する細菌がミトコンドリアの起源だという説があります。
Under aerobic conditions, if the bacterial species can conduct aerobic respiration, oxygen acts as the final electron acceptor for the electron transport chain located in the plasma membrane of prokaryotes.
https://bio.libretexts.org/Bookshelves/Microbiology/Microbiology_Laboratory_Manual_%28Hartline%29/01%3A_Labs/1.21%3A_Bacterial_Oxygen_Requirements
好気性生物とは、酸素を利用した代謝機構を備えた生物のことです。細胞が呼吸を行う過程で、例えば糖や脂質のような基質を酸化してエネルギーを得るために酸素を利用します。ほとんど全ての動物、真菌類、そしていくつかの細菌は酸素がないと生育できない偏性好気性の生物です。https://www.wdb.com/kenq/dictionary/aerobic-organism-and-anaerobic-organism
生育に分子状酸素の存在を必要とする細菌。 グラム陰性細菌、グラム陽性細菌にわたり広く分布し、多様な有機炭素化合物を栄養源として用いる。 酵素は呼吸の際の最終的な電子伝達受容体として利用される。 代謝系としてTCA回路(クエン酸回路)をもち、炭素化合物の最終産物は 多くの場合二酸化炭素であるが、一部の細菌では部分的な酸化にとどまり酢酸などを蓄積する。(酢酸菌)。 呼吸の際の電子伝達と共役して生じる膜内外の電気化学的プロトン勾配を主とした電気科学的エネルギーを利用してATPが合成される。 電子伝達系とATP合成系の酵素は細胞膜に結合していて、その主要な構成要素は真核生物のミトコンドリアのものと類似している。 ある種の好気性細菌が共生によってミトコンドリアに進化したとの説もある。(共生説)。https://www.microbio.med.saga-u.ac.jp/Lecture/kohashi-sb1/part9/
細菌におけるエネルギー代謝
Bacterial Metabolism
In the final stage of respiration, ATP is formed through a series of electron transfer reactions within the cytoplasmic membrane that drive the oxidative phosphorylation of ADP to ATP. Bacteria use various flavins, cytochrome, and non-heme iron components as well as multiple cytochrome oxidases for this process.
Respiration takes place when any organic compound (usually carbohydrate) is oxidized completely to CO2 and H2O. In aerobic respiration, molecular O2 serves as the terminal acceptor of electrons. For anaerobic respiration, NO3–, SO42–, CO2, or fumarate can serve as terminal electron acceptors (rather than O2), depending on the bacterium studied.
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/books/NBK7919/
参考
- 微生物が使う通貨としての電子 加藤 淳也 バイオメディア https://www.sbj.or.jp/wp-content/uploads/file/sbj/9807/9807_biomedia_2.pdf 一般の酵素反応であれば,余ったエネルギーのお釣りは利用できないが,電子分岐酵素はお釣りを出してくれる.電子分岐酵素は一つの水素が2個持っている電子それぞれを,違う価値(酸化還元電位)を持った電子伝達体に分配することができる.すなわち,2個の水素から価格の高い(酸化還元電位が低い)フェレドキシンに電子を渡しつつ,残りを使って価格の安い(酸化還元電位が高い)NADHを作ることができる.1
- 5分でわかる!酸素を利用しない呼吸 TryIt https://www.try-it.jp/chapters-10282/sections-10366/lessons-10383/
- https://ja.wikipedia.org/wiki/解糖系 エムデン-マイヤーホフ経路(以下EM経路)は、真核生物、嫌気性真正細菌の糖代謝系である。… エントナー-ドウドロフ経路(以下ED経路)は好気性の真正細菌によく見られる代謝系である。関与している酵素の数は少なく5種類程度である[1]。この系も無酸素状態で稼動する。
- 好気性細菌 こうきせいさいきん aerobic bacteria。https://atomica.jaea.go.jp/dic/detail/dic_detail_1323.html 酸素の存在するときに、空気中あるいは酸素からエネルギーを獲得して生育する細菌。もっぱら呼吸によりエネルギー代謝を行い、発酵によっては増殖に必要なエネルギーを獲得することができない。代表的な病原菌としては結核菌、百日咳菌、緑膿菌などがある。
- 第5章 細菌のエネルギー産生経路 http://jsv.umin.jp/microbiology/main_005.htm
- 27億年前の「ご先祖様」が体内にバクテリアを取り込むまでわれわれ真核生物の祖先はアーキアだった!? 産総研マガジン さがせ、おもしろ研究!ブルーバックス探検隊がいく https://www.aist.go.jp/aist_j/magazine/bb0030.html ドメインには「真核生物」「バクテリア」「アーキア」の3つがある。… バクテリアはいわゆる「細菌」であり、アーキアはかつて「古細菌」と呼ばれたこともあった。… 海底堆積物の中から、MK-D1株というアーキアが見つかりました。これを培養して、そのゲノムを解析したところ、これまでは真核生物しか持っていないと思われていた遺伝子がたくさんありました。… 筋肉などを構成するアクチンという遺伝子は、基本的に真核生物しか持っていないと考えられていました。しかしMK-D1はゲノム上にアクチンを持っていて、実際にそれを使って生きている… アクチンなど真核生物に近い遺伝子を持つアーキアがいることは2015年の時点でわかっていました… もしアーキアが真核生物の祖先ならば、進化のプロセスのどこかの時点で、「アーキアがバクテリアを取り込む」という大事件があったはずだ。… アーキアは、もともとは、まだ酸素がなかった地球で生きていました。ところが、約27億年前、光合成をする生物シアノバクテリアが大繁殖して、地球に酸素が大量発生します。それまで無酸素環境で生きていた生物にとって、酸素は猛毒でした。… 代謝でいえば、アーキアは無酸素代謝、バクテリアのほうは有酸素代謝と、それぞれが別々の方法でエネルギーを得ていて、相反する能力がせめぎ合っている状態でした。1つの生命体となるには、重複する機能をなくして、一本化する必要がありました
- 微生物の糖代謝経路に見られる新規な進化学的関係(PDF) 生化学 第79巻 第11号 エ ン ト ナー・ドゥドロフ経路(以下 ED 経路)は好気性の真正細 菌によく見られ,主に嫌気的条件下で働く.反応に関与す る酵素の数は5個であり,これは EM 経路の10種類以上 に比べてはるかに少ない.グルコースはリン酸化されグル コース6-リン酸となったあと,脱水素酵素・ラクトン加 水分解酵素・脱水酵素・アルドラーゼによって最終的にピ ルビン酸とグリセルアルデヒド3-リン酸を生ずる.
- https://ja.wikipedia.org/wiki/古細菌
- https://www.kyorin-u.ac.jp/univ/user/medicine/seika1/exams/H24exams/H24%20M1%20Teiki(2)%2017+18%20saitennkijyunn.pdf
- TCA cycle signalling and the evolution of eukaryotes Dylan G. Ryan,2 Christian Frezza,2 and Luke A.J. O’Neill1 Curr Opin Biotechnol. Author manuscript; available in PMC 2020 Nov 18. Published in final edited form as: Curr Opin Biotechnol. 2020 Oct 30; 68: 72–88. Published online 2020 Oct 30. doi: 10.1016/j.copbio.2020.09.014 PMCID: PMC7116391 EMSID: EMS103921 PMID: 33137653 https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC7116391/