膜性腎症について:原因から予後まで
膜性腎症(まくせいじんしょう、Membranous Nephropathy: MN)は、腎臓の糸球体(しきゅうたい)という血液をろ過するフィルターの基底膜に免疫複合体が付着し、膜が厚くなることで機能が障害される病気です。主に、大量のタンパクが尿に漏れ出る「ネフローゼ症候群」を引き起こします。
ここでは、膜性腎症の概要、自己免疫との関連、原因となる抗体、予後、そして疫学について詳しく解説します。
どんな病気?
腎臓の糸球体は、毛細血管が毛玉のように集まった構造をしており、血液をろ過して尿の元を作っています。このろ過機能を担うのが「糸球体基底膜」です。膜性腎症では、この基底膜に抗体などの免疫複合体が沈着することで膜が厚くなり、フィルター機能に異常が生じます。その結果、本来は体内に留まるべきアルブミンなどのタンパク質が尿中に大量に漏れ出てしまいます。
主な症状として、以下のようなネフローゼ症候群の症状が現れます。
- 高度なタンパク尿: 尿が泡立つ原因となります。
- 低アルブミン血症: 血液中のタンパク質が減少し、血管内に水分を保てなくなります。
- 浮腫(むくみ): 顔、特にまぶたや足に顕著に現れます。
- 脂質異常症(高コレステロール血症)
膜性腎症は、原因によって大きく2つに分類されます。
- 一次性(特発性)膜性腎症: 明確な原因が見当たらないもので、膜性腎症全体の約70〜80%を占めます。後述する自己免疫の仕組みが関与していると考えられています。
- 二次性膜性腎症: 他の病気(B型肝炎などの感染症、全身性エリテマトーデスなどの自己免疫疾患、がん)や薬剤(非ステロイド性抗炎症薬など)が原因で発症します。
自己抗原との関係と抗体産生
近年の研究により、一次性膜性腎症の多くは、腎臓の糸球体を構成する細胞「ポドサイト」の表面にあるタンパク質を「自己抗原」として誤って攻撃してしまう自己免疫疾患であることがわかってきました。
体内で作られた「自己抗体」が、この自己抗原と結合して免疫複合体を形成し、糸球体基底膜に沈着することで病気が引き起こされます。現在、原因として主に以下の自己抗体と自己抗原の組み合わせが特定されています。
自己抗体 | 自己抗原 | 頻度 |
抗PLA2R抗体 | M型ホスホリパーゼA2受容体 (PLA2R) | 約70〜80% |
抗THSD7A抗体 | トロンボスポンジン1型ドメイン含有7A (THSD7A) | 約3〜5% |
抗NELL1抗体 | Neural epidermal growth factor-like 1 (NELL1) | まれ |
その他 | SEMA3B, PCDH7など | ごくまれ |
特に抗PLA2R抗体は、一次性膜性腎症に特異性が高く、血液検査でこの抗体の有無や量を測定することが、診断や治療効果の判定、再発のモニタリングに非常に重要となっています。
予後(病気の経過)
膜性腎症の経過は様々ですが、一般的に進行は緩やかです。予後は大きく3つのパターンに分かれます。
- 自然寛解: 約30%の患者さんは、特別な治療をしなくても自然にタンパク尿が減少・消失し、治癒(寛解)します。
- 持続: タンパク尿が続きますが、腎機能は長期間にわたって安定している状態です。
- 進行: 腎機能が徐々に低下し、治療を行わない場合、約10年で最大3分の1程度の患者さんが末期腎不全に至り、透析や腎移植が必要になる可能性があります。
予後は、年齢、性別、診断時の腎機能、そして尿タンパクの量によって左右されます。高血圧や高度のタンパク尿が持続する場合は、腎機能が悪化するリスクが高いと考えられています。
治療は、ステロイドや免疫抑制薬を用いて自己抗体の産生を抑えることを目的とします。早期に診断し、適切な治療を行うことで、多くの患者さんで寛解が期待できます。完全寛解に至った場合の5年生存率は90%以上と良好ですが、再発する可能性(完全寛解後で30〜50%)もあるため、定期的な経過観察が必要です。
疫学(どんな人に多いか)
- 発症年齢: 成人に多く、特に50〜60歳代に発症のピークがあります。小児での発症はまれです。
- 性別: 男性にやや多く、男女比は約1.3〜2:1と報告されています。
- 頻度: 成人のネフローゼ症候群を引き起こす代表的な疾患の一つです。日本の腎生検レジストリのデータによると、腎生検が行われる症例全体の約9.4%を膜性腎症が占めており、そのうち約78%が一次性(特発性)であったと報告されています。
このように、膜性腎症はかつて「原因不明」とされていましたが、自己抗原の発見により病態の理解が大きく進み、診断や治療法も大きく変わりつつある疾患です。
(Gemini 2.5 Pro)