解糖系とは
解糖系とは、グルコースを分解してピルビン酸にまでする過程です。酸素が十分にある環境下では、ピルビン酸はそのあと、アセチルCoAになって、TCA回路(クエン酸回路)に入ります。酸素がない状態では、ピルビン酸は乳酸になります。激しい運動をする場合、酸素の供給がおっつかなくて筋肉に乳酸が貯まることになるわけです。
解糖系で押さえておくべき事実
解糖系の中間代謝産物を全部把握しておいたほうが気持ちいいのですが、それより大事なことがあります。個々の化合物の名前を覚えるよりも大事です。
- グルコースから出発して多段階の反応を経て、最後はピルビン酸(2分子)になる。
- 解糖系は細胞質で起こる。
- 最終産物のピルビン酸はそのあと、ミトコンドリア内に輸送されて、アセチルCoAの産生の材料となり、そのアセチルCoAがTCA回路に入る。
- 解糖系では、酸素(O2)は必要ない(使われない)。
- 解糖系では、グルコース1分子に対して、ATPが2分子生じる(2個消費され4つ生成するので、正味が2分子)
- 解糖系で、グルコース1分子あたり、NADHが2分子生じる。
- グルコースは六炭糖で、解糖系の過程で2つに分かれて炭素3つからなるピルビン酸が2つできる。
- 酸素が無い条件では、ピルビン酸はそのまま乳酸に代謝される。この反応ではNADHが消費される。
解糖系の反応のまとめ
グルコースC6H12O6 + 2NAD+ + 2Pi + 2ADP → ピルビン酸 2分子 + 2NADH + 2ATP + 2H2O
グルコース1分子(および、NAD+ 2分子、ADP 2分子、無機リン酸H3PO4 2分子)から、ピルビン酸が2分子、NADH 2分子、ATP 2分子、水が2分子生じます。途中の反応を忘れても、この結果を覚えておきましょう。NADHとATPがそれぞれ2分子生じるということです。
- マクマリー生化学反応機構第2版 175ページ
解糖系の暗記
解糖系は生化学の基本的な反応です。ぜひ、暗記したいものですが、10個の反応を覚えられるものでしょうか?自分がやってみたところでは、4~5回、反応を白い紙に書いているうちになんとか覚えられました。しかし、むやみに構造式を書いていても頭に入りません。ポイントポイントをおさえたほうが、頭に入りやすいです。
グルコースは炭素6個からなる化合物で、解糖系ではそれが2つに分かれるので、ピルビン酸は炭素3つの化合物ということになります。ピルビン酸はα‐ケト酸、つまりαの位置の炭素がケトン期です。酸というのはカルボン酸(カルボキシ基)というわけなので、構造式を覚える手がかりになります。カルボキシ基のとなりがαの位置ですので、ピルビン酸の構造式は、HOOC-C(=O)-CH3 と覚えられると思います。
さてグルコースからピルビン酸に至る過程は、暗記できそうなことなのでしょうか。グルコースは炭水化物でアルデヒドであり、多価のアルコールで炭素6個の鎖からなるということはまず押さえておきましょう。水酸基と水素の位置関係がどうであっても解糖系の反応とは関係ないので、異性体の構造を無視して考えることにします。また、環状と鎖状の2通りの構造をとりえますが、直鎖で書いたほうが頭に入りやすいので、直鎖で覚えることにします。
C6をC3に分裂させる際に、できるだけ同じ構造式のものにしたいので、1位と6位がリン酸化されます。また、アルドール開裂の反応でC3とC3に分かれるように、グルコースのアルデヒド基(ホルミル基)は、一つ内側に異性化反応で移されてフルクトースに変換されています。
R-C(=O)-CR’-C(OH)-R” の形が、アルドール開裂で、R-C(=O)-CR’ と、 CHO-R” に分かれるわけです。
また、高エネルギーリン酸結合をもつ化合物ができたら、その次のステップ(反応)では、リン酸基をADPに転移して、ATPを生成しています。
こういったポイントを覚えておけば、構造式や反応はかなり覚えやすくなります。
グルコース
グルコースは炭素6個からなる炭水化物なのでC6(H2O)6と水和の形で化学式が書けます。これはアルデヒドなので、
HC(=O)-CHOH-CHOH-CHOH-CHOH-CH2OH と書けます。アルデヒド基がついた炭素が1番で、順番に番号が振れますが、縦にかいたとき、4,5,6番の炭素の右側に水酸基が来ます。3番目だけ左側に水酸基。で、2番目も右側に水酸基。これで、異性体に関しても正しく書いたことになります。
まず最初の反応は、グルコースのリン酸化です。六炭糖はhexose(ヘキソース)。ヘキソースをリン酸化する酵素なのでヘキソキナーゼが触媒します。ヘキソキナーゼが、ATPからもらったリン酸基を、グルコースの6位の炭素の水酸基に転移します。この反応で、ATPが1分子、消費されグルコース6リン酸が生成します。
反応①:酵素ヘキソキナーゼが、グルコースにATPのγ‐リン酸を転移し、グルコース6リン酸を生成するする。ATP1分子がここで使われた。ATPはADPに加水分解された。
グルコース6リン酸
HC(=O)-CHOH-CHOH-CHOH-CHOH-CH2O-PO3 2- 名称は、glucose 6-phosphate
さて、次の反応は、異性化です。異性化(isomerization)なので使われる酵素はイソメラーゼ(isomerase)。グルコース6リン酸を異性化する酵素なので、glucose-6 phosphate isomarase(グルコース6リン酸イソメラーゼ)。酵素名は、そのまんまやんけ!覚えるなと言われても、すでに覚えてしまっていますね。
反応②:グルコース6リン酸イソメラーゼが、グルコース6リン酸を異性化して、アルデヒドの部分をケトンに変える。それによって名前がフルクトースに変わるので、生成物は、フルクトース6リン酸です。
フルクトース6リン酸
CH2(OH)-C(=O)-CH(OH)-CH(OH)-CH(OH)-CH2OPO3 2- 名称はfructose 6-phosphate(フルクトース6リン酸)
次に、再びATPを使って、1位の炭素の水酸基にリン酸を付加します。fructose phosphateは、別名、phosphofructoseです。phosphofructoseをリン酸化するリン酸化酵素(kinase)なので、使われる酵素は、phosphofructokinaseです。この酵素名も、そのまんまなので、覚えられますね。
反応③:ホスホフルクトキナーゼが、フルクトース6リン酸の1位の炭素の水酸基に、ATPのγ‐リン酸基を転移して、フルクトース1,6リン酸を生成します。これですでにATPを2つも使ってしまいました。ATPを産生する目的のはずの解糖系で、いきなりATPを2分子も使っちゃっていいのか?って不安になる人がいるかもしれませんが、このあと、ATPを4つつくることになるので、差し引きで、正味2分子のATPが解糖系で作られることになります。ご安心ください。
フルクトース1,6リン酸
CH2(OPO3 2-)-C(=O)-CH(OH)-CH(OH)-CH(OH)-CH2OPO3 2- 名称は fructose 1,6-bisphosphate(フルクトース1,6リン酸)
さて、ここまではC6(炭素6個)化合物でした。次の反応で、このC6が真っ二つに分かれて、C3化合物になります。わかれる場所は、
CH2(OPO3 2-)–C(=O)-CH(OH)-CH(OH)-CH(OH)-CH2OPO3 2-
CH2(OPO3 2-)–C(=O)-CH(OH)- ココの結合 -CH(OH)-CH(OH)-CH2OPO3 2-
さて、アルデヒド基とヒドロキシ基の両方の官能基を持つ化合物はアルドール(aldol)と呼ばれるそうです。今の場合、アルデヒド基というかケトン基ですが、aldolを開裂させる(分解させる)のでその酵素名がaldolase(アルドラーゼ)というのだと思います。
反応④:アルドラーゼが、炭素6つからなる化合物のフルクトース1,6リン酸を、真っ二つに分けて炭素3つからなる分子にする。水酸基側は、端がアルデヒド基になる。
- CHEM 407 – 解糖系 – 4 – アルドラーゼのメカニズム Biochemistry with Dr. Mauser(YOUTUBE)
- アルドール開裂/縮合 アルドラーゼにより3炭素の化合物へ分解 生体分子有機化学 2014年12月11日分第10回:糖の代謝(続) 担当:岸村 顕広 この講義ノートは非常に詳しくてわかりやすいと思います。開裂する前に、なぜグルコースをフルクトースに変えたのかが、解説されていて、なるほどと思いました。
- 第24回 エノール・エノラートの反応(1)(PDF) 名城大学理工学部応用科学科 わかりやすいくて詳細な説明。
- アルドール反応・アルドール縮合:酸・塩基によるエノラート合成 Hatsudy:総合学習サイト
アルドール開裂は、アルドール(付加)反応の逆反応です。アルドール反応は有機化学の世界で非常に重要な反応なそうで、知識を別記事で纏めておきます。
⇒ アルドール反応とは
グリセルアルデヒド3リン酸:開裂してC3化合物に
左側半分は、
CH2(OPO3 2-)-C(=O)-CH2(OH) になり(ジヒドロキシアセトンリン酸)、右半分は
HC(=O)-CH(OH)-CH2-OPO3 2- (グリセルアルデヒド3リン酸)になります。酸素や水素の数は前後で変わりません。ジヒドロキシアセトンリン酸は、イソメラーゼによって、グリセルアルデヒド3リン酸になりますので、ここまでで、グルコース1分子から、2分子のグリセルアルデヒド3リン酸が生成されました。
反応⑤:トリオースリン酸イソメラーゼが、ジヒドロキシアセトンリン酸を異性化して、グリセルアルデヒド3リン酸にします。これにより、グルコース1分子から、グリセルアルデヒド3リン酸が2分子できたことになります。
トリオースというのは、三炭糖のことです。
1,3‐ビスホスホグリセリン酸:高エネルギーリン酸結合
反応⑥:グリセルアルデヒド3リン酸デヒロゲナーゼが、グリセルアルデヒド3リン酸の1位の炭素の水素を奪い、NAD+に渡して(NAD+ →NADH)、グリセルアルデヒド3リン酸の1位の炭素に無機リン酸をリン酸基として付加することにより、1,3-ビスホスホグリセリン酸(1,3-bisphosphoglycerate)
O=C~(OPO3 2-)-CH(OH)-CH2-OPO3 2- ができます。ここで~で表したのは、いわゆる高エネルギーリン酸結合です。ここに来る前のリン酸基の結合は、高エネルギーリン酸結合ではありません。1位の炭素には酸素が二重結合しているので、マイナスチャージが近いところにマイナスチャージをたくさんもったリン酸基がついているため、エネルギー的に不安定で「高エネルギー」な状態なのだと思います。
さて、これでATPを産生する準備ができました。この高エネルギー結合のリン酸基がADPに渡されてATPを生成します。
3-ホスホグリセリン酸
反応⑦:ホスホグリセリン酸キナーゼが1,3-ビスホスホグリセリン酸を脱リン酸化することにより、
O=C(OH)-CH(OH)-CH2-OPO3 2- 3-phosphoglycerateができます。キナーゼは本来リン酸化酵素の意味ですが、ここでは逆反応も触媒するため、キナーゼという名前になっています。
2-ホスホグリセリン酸
次に、
反応⑧:2-ホスホグリセリン酸ムターゼにより、リン酸基が3位から2位の炭素のほうに移されます。
O=C(OH)-CH(-OPO3 2- )-CH2-OH
ホスホエノルピルビン酸:高エネルギーリン酸結合
反応⑨:エノラーゼという酵素により2-phosphoglycerateが脱水されて、また、炭素間に二重結合が導入され、
O=C(OH)-C(~OPO3 2- )=CH2 phosphoenolpyruvate(ホスホエノルピルビン酸)になります。enolaseは、phosphopyruvate hydrataseとも呼ばれます。このリン酸基は高エネルギー結合になります。そして、この高エネルギー結合のリン酸基がADPに渡されてATPを生成します。それにより
ピルビン酸
反応⑩:ピルビン酸キナーゼが、ホスホエノルピルビン酸を脱リン酸化し、そのリン酸をADPに与えてATPを産生します。ホスホエノルピルビン酸は、ピルビン酸 O=C(OH)-C(=O)-CH3 になります。
以上、10個の反応でした。覚えるまで紙に書いていると、4~5回書くうちに、覚えてしまいます。
解糖系を理解するには、どのステップの反応で高エネルギー結合のリン酸ができたかを押さえておくと、その次でATPが産生されるので、理解が深まると思いました。
ピルビン酸の構造式を覚えるためには、ピルビン酸は、α‐ケト酸だと覚えておけば、思い出して書けそうです。グルコースが2つに割れてできたので炭素3つの化合物であり、酸なのでカルボキシ基をもっており、そこから数えてαの位置にケトン基があるというわけです。
乳酸
酸素が無い状態だと、ピルビン酸がTCA回路に入るためにアセチルCoAにならずに、さらに代謝されて乳酸になります。
反応⑪:乳酸デヒドロゲナーゼが、ピルビン酸に水素をあたえて乳酸 HOOC-CH(OH)-CH3 にします。この酵素は逆反応も触媒するので、逆反応の場合は脱水素酵素ということでこの名があります。
参考図書
- マークス臨床生化学 原書 964ページ FIGURE 22.6 Reaction of glycolysis.
参考ウェブサイト
- 生化学II 講義補助資料:解糖系の諸反応説明 bio.tottori-u.ac.jp/~mizobata
- 2)解糖の10段階反応 Bio-Science~生化学・分子生物学・栄養学などの『わかりやすい』まとめサイト~
解糖系を歌で覚える方法
- グルコース解糖系のゴロ、覚え方 「もしもしかめよ〜」の音程で歌おう
- The Glycolysis Song bcpprojects (YOUTUBE)
- Glycolysis! (Mr. W’s Music Video) sciencemusicvideos(YOUTUBE) 説明が細かくて、ノリも良い動画。
- Glycolysis Time sciencemusicvideos(YOUTUBE)
- Glycolysis Do Re Mi englishgalmd (YOUTUBE)
生化学の教科書
- マークス臨床生化学第5版(原書)第22章 Generation of adenosine triphosphate from glucose, fructose, and galactose: Glycolysis page 953~
- 畠山 生化学(医学書院)第4章 糖質代謝 1解糖系 p74~