ABS(Access and Benefit-Sharing)とは?研究にどう関係する?

質問:ABSが関係するのはどういうとき?アフリカのビクトリア湖に行って、そこに生息する魚をサンプリングして、(殺して固定したサンプルを)持って帰る場合、関係する?生きていないから、関係ない?

Gemini:

結論から言うと、**そのケースは「ABS対応が必要」である可能性が極めて高い(ほぼ確実)**です。

「生きていないから関係ない」というのは、よくある誤解ですので注意が必要です。

なぜ「死んでいても(固定標本でも)ダメなのか」、理由を整理します。

1. なぜ「死んだ魚」でも対象になるのか?

ABS(名古屋議定書)が保護対象としているのは、「生き物そのもの(生命)」ではなく、**「遺伝資源(Genetic Resources)」**だからです。

  • 遺伝資源とは?

    • 定義:遺伝の機能的単位(DNAやRNA)を含む素材。

  • ポイント:

    • 魚が死んでいても、ホルマリンやエタノールで固定されていても、その細胞の中には**DNA(遺伝情報)**が残っています。

    • そのDNAを解析したり、成分を調べたりする目的で持ち帰るのであれば、それは「遺伝資源の利用」とみなされます。

イメージ

「本(魚)」がボロボロで読めなくなっていても(死んでいても)、中に書いてある「文章(DNA情報)」をコピーして使うなら、著作権料(利益配分)を払ってね、という理屈に近いです。

2. 「ビクトリア湖(アフリカ)」という場所の重要性

ビクトリア湖は、ケニア、タンザニア、ウガンダの3カ国にまたがっています。この3カ国はいずれも名古屋議定書の締約国であり、生物資源の持ち出しに関して非常に厳しい国々です。

  • サンプリング(採集)行為そのもの:

    • ABS以前に、その国で研究目的の採集をするための「研究許可(Research Permit)」が必要です。

  • 持ち出し(輸出):

    • 死んだ標本であっても、海外へ持ち出すための「輸出許可」が必要です。

    • この輸出許可を取るプロセスの中で、「ABS契約(利益配分などの合意)」が結ばれているかどうかが厳しくチェックされます。

3. 「関係ない」ときがあるとすれば?

ABSが「関係ない」と言えるのは、以下のような非常に限られたケースだけです。

  • 純粋な「商品(コモディティ)」として扱う場合

    • 現地の市場で魚を買い、夕食としてホテルで食べる(研究に使わない)。

    • ※ただし、「市場で買った魚を研究用に持ち帰る」場合は、ABSの対象になります(出所が変わっても、利用目的が研究ならアウトです)。

  • DNAが完全に破壊されている、または対象外と明記されている場合

    • 国によっては「加工済みの皮革製品」や「精製された抽出物」を対象外とする場合もありますが、アフリカ諸国は「派生物(成分など)」も含めて広く規制していることが多いです。

まとめ

アフリカのビクトリア湖で、研究のために自分で魚をサンプリングして持ち帰るなら、生きていようが死んでいようが、100%「ABSの手続き」が必要です。

【もし無許可で持ち帰ったらどうなる?】

  1. 空港で没収・逮捕: 現地の空港税関で「研究許可証」と「ABS許可証」の提示を求められ、持っていなければ没収、最悪の場合は逮捕・勾留されるリスクがあります。

  2. 論文が出せない: いざ研究して論文を書こうとしたとき、主要な学術誌は「ABS遵守の証明」の提出を求めるようになっています。

質問:ABSの手続きを怠った研究者が、その国から出国して自分の国に帰ろうとしたときに、空港で逮捕された事件ある?

Gemini:

はい、実際にあります。

脅しではなく、空港で逮捕・拘束される事例は世界中で発生しており、日本人研究者が当事者になったケースもあります。

先ほどの質問にあった「死んでいるから大丈夫だろう」「学術目的だから大丈夫だろう」という油断が、まさに逮捕につながった実例をご紹介します。


1. 【最近の衝撃事例】死んだ虫を拾っただけで逮捕(スリランカ)

あなたの「魚の死骸なら大丈夫?」という疑問に一番近い、非常に恐ろしい事例です。

  • 時期・場所: 2020年、スリランカ

  • 当事者: ロシアの生物学者ら3名

  • 何をした?: 国立公園周辺で、死んでいる昆虫や小動物を拾い集め、持ち帰ろうとした。

  • 彼らの主張: 「研究用に写真を撮るためだった」「死骸を拾っただけ(殺していない)」

  • 結果:

    • 空港ではなく滞在中に逮捕されましたが、出国禁止・長期拘束。

    • 裁判で約400万円以上の罰金刑(支払えなければ懲役刑)となりました。

    • 最終的に支援団体が罰金を肩代わりして帰国できましたが、約2年間も拘束されました。

  • 教訓: 「死骸(死んでいるサンプル)」であっても、無許可採取は密猟・密輸と同じ扱いを受けます。


2. 【有名な事例】著名な科学者が監獄へ(インド)

これはABS業界で最も有名な「チェコの昆虫学者事件」です。

  • 時期・場所: 2008年、インド(ダージリン)

  • 当事者: チェコの著名な昆虫学者2名

  • 何をした?: 研究のために昆虫を採集していた。

  • 結果:

    • **インドの生物多様性法(ABS法)**および野生生物保護法違反で逮捕。

    • 一人は有罪判決を受け、懲役3年の実刑判決(のちに国外逃亡)。もう一人は高額な罰金刑。

    • 世界中の科学者が「彼らは密売人ではなく純粋な研究者だ」と嘆願書を出しましたが、インド裁判所は**「法律は法律である」**として厳しく処罰しました。

  • 教訓: 「純粋な学術研究」であっても、許可がなければ犯罪者です。


3. 【日本人の事例】空港の手荷物検査で発覚(エクアドル、インドなど)

日本人研究者も例外ではありません。

  • エクアドル(2019年): 日本の大学教員が、現地の空港で荷物の中に「標本(昆虫)」を入れているのをX線検査で見つかり、その場で環境犯罪違反の容疑で逮捕されました。

  • インド(2015年): 日本人2名が、空港から出国しようとした際、荷物に昆虫や爬虫類が入っているのが見つかり、逮捕・拘留されました。


なぜ「空港」でバレるのか?

「小さなサンプルならバレない」と思うのは昔の話です。現在は以下の理由で非常に厳格です。

  1. X線技術の向上: 有機物の形状を高精度で判別できます(乾燥した魚や昆虫の標本は映ります)。

  2. 専門官の配置: 生物多様性に厳しい国(ブラジル、オーストラリア、東南アジア諸国など)の税関には、生物サンプルの持ち出しを専門にチェックする職員がいることがあります。

  3. 「許可証」の提示義務: 怪しいものが見つかった瞬間、「輸出許可証(Export Permit)」と「ABS許可証」の提示を求められます。これを持っていないと、その場で「密輸(Smuggling)」として処理されます。

結論

アフリカのビクトリア湖から魚の固定標本を持って帰ろうとして、空港で呼び止められた場合、**「許可証」を持っていなければ、最悪の場合は逮捕、良くても没収・罰金・国外退去処分(+今後その国に入国禁止)**になります。

脅かすわけではありませんが、無許可で持ち帰る」という選択肢は、研究生命を絶たれるリスクがあると考えてください。