グルコース-アラニン回路(Cahill cycle; Glucose-alanine cycle)とは:筋肉と肝臓とが作る代謝ネットワーク

人間は栄養源となる食べ物を食べて、それを分解することによりエネルギーとなるブドウ糖を得ています。しかし、食事と食事との間、あるいは長い間食べることがなくて飢餓状態になると、体の中に蓄えておいたエネルギー源を使わなければなりません。

筋肉は、貯めておいたグリコーゲンを分解してグルコースをつくり、解糖系でATPを産生します。飢餓が長く続くと、筋肉を構成するタンパク質を分解してエネルギー源にします。

筋肉で分岐鎖アミノ酸が代謝されるとき、アミノ酸のアミノ基がピルビン酸に転移されてアラニンが生じ、アラニンが血中を通って肝臓に運ばれ、そこでアミノ基は尿素へと変換され、アラニンは再びピルビン酸になって糖新生の経路でグルコースになり再び血中に入って筋肉にグルコースが届けられるという代謝サイクルがあり、グルコース-アラニン回路あるいはCahill cycleと呼ばれるようです。

マークス臨床生化学の教科書におけるグルコース-アラニン回路の説明

マークス臨床生化学(第5版)の541ページの図32-8をみると、筋肉でアミノ酸からアミノ基が外れてα-ケト酸になり、そのアミノ基はα-ケトグルタル酸に転移されてグルタミン酸を生成します。今度はそのグルタミン酸からピルビン酸にアミノ基が転移して、グルタミン酸は再びα-ケトグルタル酸に戻り、ピルビン酸はアラニンになります。そのアラニンは肝臓に運ばれて、グルコースに変換され再び血中に放たれて、筋肉で取り込まれて解糖系に入るので、回路が完成します。マークス臨床生化学の説明はわかりやすいと思いました。ちなみに肝臓の方の経路は、簡単に、

アラニン→窒素→尿素→尿、

アラニン→炭素→グルコース

としか書かれていません。マークスは同じ541ページの図32-9では、筋肉を含めた末梢組織でのグルタミン産生の経路の説明もされています。そこでは由来は明示していませんがアンモニウムイオンNH4+をαケトグルタル酸が取り込んでグルタミン酸となり、さらにもう一度アンモニウムイオンNH4+を取り込んでグルタミンになることが説明されています。αケトグルタル酸はアンモニア分子を2分子取り込めるわけです。グルタミンもまた血中に出て肝臓に行きます。ここでアミノ基がアンモニアとして遊離して尿素になり尿中に排泄されます。

ハーパー生化学の教科書におけるグルコース-アラニン回路の説明

Harper’s Illustrated Biochemistry 30th Editionの邦訳、イラストレイテッド ハーバー・生化学原書30版(丸善出版)の337ページ図28-6にグルコース-アラニン回路の説明があります。それによると、アミノ酸から由来するアミノ基 -NH2がピルビン酸に転移されてアラニンが生成しています。ただこの教科書はグルコース-アラニン回路の肝臓の経路でも、アラニン→ -NH2 →尿素 と描いているので、アンモニアは表立って表現されていません。

コリ回路(乳酸回路)との関連でいうと、筋肉においてピルビン酸ができるところが共通で、コリ回路の場合は解糖系でできたピルビン酸が乳酸にまで代謝されて、乳酸が血流を通じて肝臓に運ばれます。一方、グルコース-アラニン回路では、筋肉でピルビン酸がアミノ基受容体として働きアラニンに変換され、アラニンが血流にのって肝臓にいきます。似た回路はまとめて覚えたほうがよいのですが、ハーパーの教科書の222ページ図19-5では2つの回路がひとまとめに描かれていて、理解を助けます。

  1. Exercise-induced changes in amino acid levels in skeletal muscle and plasma J Phys Fitness Sports Med, 2(3): 301-310 (2013) DOI: 10.7600/jpfsm.2.301 この論文にもグルコース-アラニン回路の図がありますが、Amino acid  → -NH2  → Alanine と描かれています。

レーニンジャーの生化学の教科書グルコース-アラニン回路の教科書による説明(?)

レーニンジャーの生化学の教科書には、ヌクレオチドの分解などにより多くの組織において遊離アンモニアが生成アンモニアはグルタミンの形で血液中を通って肝臓に送られて、肝臓で尿素の形になることが説明されています。

アンモニアがグルタミンの形になるのは、二段階の反応を経由します。まずL-グルタミン酸 -OOC-CH2-CH2-CH(NH3+)-COO-  が酵素グルタミンシンテターゼの働きによってリン酸化されてγ-グルタミルリン酸 (PO4 2-)-C(=O)-CH2-CH2-CH(HN3+)COO- になります。このときリン酸を供与したATPがADPになります。次に同じく酵素グルタミンシンテターゼの働きによってアンモニアNH4+がγ-グルタミルリン酸に結合し、L-グルタミン NH2-C(=O)-CH2CH2CH(NH3+)COO- が生成します。

さて、アンモニアの運び手としてグルタミンがまず紹介されましたが、グルタミンだけでなく、アラニンもアンモニアの運び手になります。筋肉と肝臓の間にできるグルコース-アラニン回路においては、アンモニアの運び手はアラニンなのです。

アミノ酸のアミノ基はα-ケトグルタル酸に転移され、このアミノ基転移の結果グルタミン酸が生成します。このグルタミン酸は、上で説明した反応によってアンモニアを取り込んでグルタミンになることもできますが、酵素アラニンアミノトランスフェラーゼ(alanine aminotransferase; ALT)の働きで、α-アミノ基がピルビン酸に転移されてアラニンを生成します。α-アミノ基が抜けることでグルタミン酸はα-ケトグルタル酸になります。

この教科書(レーニンジャーの新生化学[下]第7版 廣川書店)の977ページにグルコース・アラニン回路の説明がありその項目タイトルは「アラニンはアンモニアを骨格筋から肝臓へと運ぶ」となっています。また図18-9では、筋肉タンパク→アミノ酸→NH4+ →グルタミン酸 という流れが示されています。項目タイトルおよび図中のこのアンモニアもしくはアンモニウムイオンNH4+はどこから来たのでしょうか。本文の説明を読んでも、このような流れは書かれていなかったと思います。アミノ酸のα-アミノ基はα-ケトグルタル酸に転移されてその結果グルタミン酸が生成すると説明されていたわけです。

アミノ酸をエネルギー源として分解する筋肉やある種の他の組織では、アミノ基はアミノ基転移によってグルタミン酸として集められる(図18-2(a))。(977ページ)

図18-2(a)の図は肝臓の例として化学反応が紹介されていますが、同じ反応が筋肉でも起きるといっています。なのでこの977ページ図18-9の図の「筋肉タンパク→アミノ酸→NH4+ →グルタミン酸」は、本文と合わないように思います。

 

ストライヤーの生化学の教科書グルコース-アラニン回路の教科書による説明(?)

ストライヤーの教科書『ストライヤー基礎生化学第4版』(東京化学同人)の411ページ図30-1をみると、「筋肉」の側での化学反応の経路において、

分岐アミノ酸⇒NH4+ ⇒ アラニン

という流れが示されています。しかしこれも、レーニンジャーと同様、本文を読む限りそのような説明は見当たりません。哺乳類でアミノ酸分解に関わる主要な部位は肝臓であると前置きしたうえで、アミノ酸のα-アミノ基が2-オキソグルタル酸に転移され、グルタミン酸ができ、つぎに酸化的脱アミノ反応によってアンモニウムイオン(NH4+)ができることが説明されています。これは肝臓を念頭に置いた話。

次のセクションで、末梢組織に関する説明があります。肝臓では分岐アミノ酸(ロイシン、バリン、イソロイシン)の脱アミノ化ができないこと、筋肉においては長時間の運動や飢餓時にはこれら分岐アミノ酸をエネルギー源として使うこと、アミノ基転移反応によりグルタミン酸が作られ、窒素がピルビン酸に転移してアラニンができて血中に出ることが書かれています。

そのあと、窒素がアラニンだけでなくグルタミンを使って輸送されることもできるという説明があります。その場合は、グルタミン酸とアンモニウムイオンからグルタミンができます。この段落の説明が、まだ筋肉を念頭においたものなのか、末梢全般の話としているのかは不明瞭です。

いずれにしても図30-1のように アンモニウムイオン⇒アラニン という反応は本文中にはありませんので、図と本文が合わないように思います。

 

レーニンジャーとストライヤーという2つの大教科書に書かれた内容がしっくりこないので、もやもやしますね。本文を読むだけなら何も問題はないのですが。

 

医学書院の畠山『生化学』の教科書による説明(?)

畠山『生化学』第14版148ページ図8-8を見ると、筋肉における代謝経路の図で、アミノ酸→NH3→グルタミン酸 と描かれています。一方、147ページ図8-7では、アミノ酸のアミノ基がα-ケトグルタル酸に転移されてグルタミン酸を生じており、筋肉中でアンモニアが産生されるのかどうかのはっきりした説明がないように思います。図はレーニンジャーの教科書と似ているので、レーニンジャーなどの図を参考に描かれたのかもしれません。

 

医学書院の三輪・中『生化学』第13版の教科書による説明

三輪・中『生化学』第13版(2014年)にはグルコース-アラニン回路という名前を出しての説明はありませんが、筋肉でアミノ酸のアミノ基がピルビン酸に渡されてアラニンが生成し、そのアラニンが血中を通って肝臓に入り最終的にアンモニアが尿素として処理される反応の説明はありました。また、アミノ酸から受け取ったアミノ基は骨格筋ではアンモニアにはならないという説明もありました。

肝臓では、アミノ酸からアミノ基を受け取って生じたグルタミン酸は、グルタミン酸脱水素酵素glutamate dehydrogenaseによる酸化的脱アミノ反応の作用を受けて、受け取ったアミノ基がアンモニアNH3のかたちで遊離する(219ページ)

肝臓筋肉以外の多くの組織では、アミノ酸からアミノ基を受け取ってできたグルタミン酸からまずアンモニアが遊離する(図14-8)。(220ページ)

「と」が何と何を結ぶのかがこの文自体からは断定できませんが、その前に肝臓では遊離アンモニアがせいせいすると書いてあるので、「筋肉以外の多くの組織」という意味が決まります。筋肉以外のと書いてあるので、筋肉ではアミノ酸由来のアンモニアは存在しないのでしょう。

 

筋肉中でアンモニアが産生されるのか-

三輪・中『生化学』第13版(2014年)には、「肝臓筋肉以外の多くの組織では、アミノ酸からアミノ基を受け取ってできたグルタミン酸からまずアンモニアが遊離する」と書いてあったので、筋肉でアミノ酸由来のアンモニアは生じないと理解したのですが、生じるとする文献もどうやらいくつもあるようです。混乱させられますね。結局は、文献をひとつひとつ見ていくほかなさそう。

  1. Hungry for your alanine: when liver depends on muscle proteolysis J Clin Invest . 2019 Nov 1;129(11):4563-4566. doi: 10.1172/JCI131931. Theresia Sarabhai, Michael Roden この論部の図1を見ると、aa + NH4+ → Glutamate と読み取れる図があります。このアンモニアイオンはどこから来たのかは描かれていません。
  2. 運動時のアンモニア代謝 グルタミン酸脱水素反応 glutamate- + NAD+ + H2O → 2-oxoglutarate2- + NADH +H+ + NH4+ 反応場所は肝、脳、筋肉、腎 アンモニアの上昇は筋肉での産生の増大 Errikson LS et al., Ammonia metabolism during eercise in man. Clin.Physiol.1985:5:325-336.

他の関連論文

  1. Muscle amino acid metabolism at rest and during exercise: role in human physiology and metabolism A J Wagenmakers Exerc Sport Sci Rev . 1998;26:287-314. PubMed

 

その他の参考記事

  1. 骨格筋におけるアミノ酸代謝調節の分子機序 アミノ酸研究 Vol 14,No l.(2020)