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セレンディピティとアブダクション

科学研究の進展のためには、観察結果から導き出されるわけではない理論、そんな観察結果を導きだせるような理論を思い付く必要があります。どうして思いつけるの?という意外性のある発想に辿り着くの過程がabductionです。また、その過程で必要になるのがセレンディピティ selendipityです。セレンディピティと言う言葉は人によって意味の広さが異なるかもしれませんが自分の理解としては、予想外の事実を見て(実験結果など)その重要性に気付いたり、その予想外の結果を生みだした原因(仮説)のアイデアを得ることです。

Serendipity, in science, is the ability to discover, invent, create, or imagine a finding — a hypothesis, an explanation, a rule, a theory, a law — without deliberately having looked for it.  https://link.springer.com/chapter/10.1007/978-3-7908-1792-8_14

セレンディピティによる発見は、理論を思いつくことである場合もあれば、予期せぬ観察である場合もあります。

  1. セレンディピティと科学の発見 英文タイトル:Serendipity and Scientific Discovery. Especially from Nobel Lecture by Koichi Tanaka

A man cannot inquire either about what he knows or about what he does not know. For he cannot inquire about what he knows, because he knows it, and in that case is in no need of inquiry; nor again can he inquire about what he does not know, since he does not know about what he is to inquire.

(PLATO, Meno, in 2 PLATO 300-01 (W.R.M. Lamb trans., Harvard Univ. Press 1990) https://link.springer.com/chapter/10.1007/978-3-7908-1792-8_14)

人ってさ、自分が知ってることとか知らないことについて「問い求める」ことってできないんだよね🤔。だって、知ってることならもう知ってるから、わざわざ問い求める必要ないじゃん?で、知らないことについては、それが何なのか分かんないから、問い求めること自体できないって話!(訳:ChatGPT 4o)

To find something truly new or unknown, an unpredictable element is also needed: most often a surprising observation followed by a correct abduction (from the Latin, ab-ducere). The observation surprises because it shows something new, which is then explained by a good abduction. For the art of making such an unsought finding, there exists in English even one single word: “serendipity.”

何か本当に新しいものや未知のものを見つけるには、予測不可能な要素も必要です。それは多くの場合、驚くべき観察とそれに続く適切なアブダクション(ラテン語の ab-ducere に由来)によって成り立ちます。 その観察が驚きを与えるのは、新しい事実を示しているからであり、その後、それが適切な仮説によって説明されます。このような意図せずして発見を得る技術には、英語ではたった1つの言葉が存在します――「セレンディピティ」です。(訳:ChatGPT 4o)

A mass of facts is before us. We go through them. We examine them. We find them a confused snarl, an impenetrable jungle. We are unable to hold them in our minds. We endeavor to set them down upon paper; but they seem so multiplex intricate that we can neither satisfy ourselves that what we have set down represents the facts, nor can we get any clear idea of what it is that we have set down. But suddenly, while we are poring over our digest of the facts and are endeavoring to set them into order, it occurs to us that if we were to assume something to be true that we do not know to be true, these facts would arrange themselves luminously. That is abduction. […] (Peirce 1958a, footnote 12, pp. 531–532).

Discoveries through serendipity are thus associated with the type of reasoning that Peirce (1839–1914) called abduction, which complements deduction and induction. Abduction involves a more intuitive and exploratory way of reasoning, which allows one to provide the best explanation possible of a surprising and unexpected fact (Peirce 1958b).

https://link.springer.com/article/10.1007/s11245-018-9571-3

所属する文化のパラダイムに疑問を持たぬように親や周囲の人々から指導を受ける時点で、「社会を理解する」というかたちで、多くの人はこの関心度を低下させてしまう。これは疑問に対する「真の理解」ではなく、文化的で円滑な生活を送るためにこれらの疑問を不問に付すというパラダイムを理解したに過ぎず http://www.japancreativity.jp/images/monograph/2016vol.20+SIG_merged-42-45.pdf

  1. Ronald S. Lenox: “Educating for the Serendipitous Discovery, Journal of Chemical Education,” Vol.62, No.4, pp282-285,(1985)
  2. Abduction in the Everyday Practice of Science: The Logic of Unintended Experiments Frederick Grinnell https://muse.jhu.edu/pub/3/article/745412
  3. On serendipity in science: discovery at the intersection of chance and wisdom June 2019Synthese 196(April) DOI:10.1007/s11229-017-1544-3 Authors: Samantha Copeland  https://www.researchgate.net/publication/319863582_On_serendipity_in_science_discovery_at_the_intersection_of_chance_and_wisdom https://link.springer.com/article/10.1007/s11229-017-1544-3

 

 

アブダクション abductionとは 仮説形成により科学的な研究を進める方法論

科学は如何にして進展するのか、科学研究はどのように行われているのかについて調べていったときに必ず遭遇するキーワードが、アブダクション abductionです。自分は英単語として「誘拐」という意味ではabductionを知っていましたが、科学的な推論の文脈におけるabductionは全く知らなかったのでとても新鮮でした。

deduction(演繹)、induction(帰納)、abduction(アブダクション)

deduction(演繹)、induction(帰納)、abduction(アブダクション)の3つは、科学研究の方法論を語るうえで欠かせない重要な概念です。

演繹は、ある事柄から論理的に別の事柄(結論)を導き出すことです。例えば「ユークリッドの公理」から「三平方の定理(ピタゴラスの定理)」を導く過程は、「演繹」という過程です。数学では、「公理」を受け入れて、公理から論理的な様々な「定理」を導きますので、数学は演繹を使って研究を進めている学問だと言えます。

演繹の例:すべての人間はいつか死ぬ(一般的な法則)。私は人間である(具体的な事実)。私はいつか死ぬ(演繹により得られる具体的な結論)。

上の例はあまりパワフルに感じません。それは一般的な法則がすでに十分わかりやすいからでしょう。しかし数学のように、一見単純にみえる公理を認めただけで、非常に豊かな数学が作られるのを目の当たりにすると、演繹の凄さを感じます。つまりシンプルにみえる公理の中に、豊かな数学が詰まっているのです。

帰納は、いくつかの観察結果に基づいて、それを一般化するものです。例えば、ハクチョウを観察したところどのハクチョウの個体も羽の色が白いということが認められたので、「ハクチョウの羽は白い」と結論づけるのが、帰納という推論の過程です。重要なこととして、「演繹」は論理的に正しいのですが、「帰納」は必ずしも論理的に正しいわけではありません。実際今の例だと、オーストラリアに旅行してみたら、黒いハクチョウがいたので、ハクチョウの羽は白いという主張は必ずしも正しくないということになります。このように、反例が一つ見つかることで、帰納によって推論されて得られた結論は反証されてしまいます。だからといって「帰納」を使ってはいけないというわけではありません。むしろ逆で、科学研究において「帰納」は、演繹と並んで、非常に重要な方法論です。

さてアブダクションとは何でしょうか。科学史的に有名な発見を例に説明しましょう。ニュートンの万有引力の法則のおかげで、惑星の運動をニュートン力学で説明がつきます。ところが、天王星の動きを精密に観察したところ、ニュートン力学で予測される軌道からズレて動いていることがわかりました。このとき、天王星のさらに外側にまだ見つかっていない「未知の惑星が存在する」と仮定すれば、天王星の動きがニュートン力学で説明できます。なので、「未知の惑星が存在する」と考えてしまおうというのが、アブダクションです。

「未知の惑星が存在する」ならば、「天王星の動きの説明がつく」。

なので「未知の惑星が存在する」と結論される。

というわけです。これは、

AならばB. 今、Bなので、A と言っているようなものです。

A「未知の惑星が存在」、B「天王星の動きがニュートン力学で説明可能される」

記号で書けば、

A⇒B  B⇒A

となります。A⇒Bだからといって、B⇒Aが成り立つといは言えません。これは高校の数学で論理学を習った人なら常識でしょう。別に高校の数学を覚えていない人でも「逆は真ならず」といういいまわしは聞いたことがあるはずです。逆は成り立たないのです。ところが「逆が成り立っている」として、それを仮説として採用するというのが、科学研究におけるアブダクションの考え方です。

今の説明を聞いてスンナリ納得できた人はかなりススンデいます。なぜなら、アブダクションという考え方は、科学研究の進展のロジックを高名な科学者(ベーコン 1561-1626、デカルト 1596-1650、ミル 1806 -1873)たちが、あーでもない、こーでもないと考えてきて、比較的最近になって提案されて(パース 1839-1914)、受け入れられた考え方だからです。それまでは、科学研究の方法と言えば、演繹か帰納だったのです。

  1. What’s the difference between deductive reasoning and inductive reasoning? References By Alina Bradford, Mindy Weisberger, Nicoletta Lanese last updated March 7, 2024 説明動画 https://cdn.jwplayer.com/previews/7sN0CWgE (3:01) 演繹、帰納、アブダクションの説明と例示

袋と豆の例

演繹と帰納とアブダクションの違いを、袋から豆を取り出す状況で説明します。

演繹:白い豆がたくさん入った袋があります。袋に手を突っ込んで、豆を取り出して、何色の豆か調べます。白い豆の袋から取り出すので、取り出した豆の色は白いです。

事実:袋の中の豆は白い

検証:これらの豆を袋から取り出した

結果:取り出した豆は白い(論理的な帰結)

真実⇒結果 が言えます。

帰納:何色の豆が入っているのかは知らないですが豆が入った袋があります。袋に手を突っ込んで、豆を取り出してみたら白色でした。また、同様に取り出したらまた白でした。再度同じことをしたらまた白でした。3回白かったので、実験結果を一般化して、袋の中身は全部白いのだと結論します。

仮説:袋の中の豆は白い(仮説)

検証:これらの豆を袋から取り出した(仮説の検証方法:袋から豆を取り出して色を調べる)

結果:取り出した豆は白い(検証)

仮説⇒結果(反証されなかったので、この仮説はもっともらしい)

アブダクション:白い豆が床にいくつかこぼれています。床に豆の入った袋が置いてあります。床にこぼれた豆は、その袋からこぼれ落ちた豆なのでしょう。

事実:袋の中の豆は白い

仮説:これらの豆はその袋から取り出された

観察された事実:ころがっている豆は白い

観察された事実⇒仮説

考えてみると、この場合は、袋の中の豆が白いという仮説だけでなく、これらの豆はその袋から取り出されたということも仮説として立てることができます。袋の中の豆が白いことを仮説にすると、帰納法と同じになってしまうので、ここでは「その袋から取り出された」ことを仮説としました。こうすれば、 帰納法の例とは異なる状況になります。

Suppose we know that a bag is full of white beans. We see white beans in the corridor, and we say, “These beans probably come from that bag.” The argumentation can be schemed as follows: – We see White beans (𝐴); – We know that if the beans come from that bag then they are white (𝐶 → 𝐴); – Then we say that probably those beans come from that bag (𝐶). In other words: we observe a fact 𝐴, we know that if a fact 𝐶 would be true, certainly 𝐴 would be true so it is reasonable to assume that 𝐶 is true https://iris.unito.it/retrieve/3504748d-e94e-4e18-8976-bc53c6b9d43f/Thesis%20Final%20-%20PhD%20-%20BarberoM.pdf

別の例で考えると、5大陸がもともとは一つの大きな大陸だったという大陸移動説があります。

仮説:一つの大きな大陸が5個の分かれて移動してそれぞれの現存する大陸になった

観察事実:それぞれの大陸の縁の形がジグソーパズルのようにピッタリ合う。

仮説⇒観察事実

という関係があります。今、観察事実が正しいので、仮説がもっともらしいと考えられます。もちろん、別の仮説でも説明がつくかもしれないので、あくまで仮説にすぎません。しかしもっともっともらしい仮説がほかになければ、とりあえずこの仮説を暫定的にでも受け入れておくしかないでしょう。

 

アブダクションに関する書籍

  1. 米盛裕二 アブダクション Abuduction 仮説と発見の論理 2007年 勁草書房 :学術書です。重要人物の業績を適宜引用、紹介しながら科学的な研究における推論や仮説形成の方法論が解説されています。アブダクションという書籍タイトルですが、アブダクションと帰納との違いが何かを論じているので当然のことながら「帰納」の話も多いです。
  2. 羽田康祐 k_bird 問題解決力を高める「推論」の技術 2020/1/8 フォレスト出版

 

参考論文

  1. Anatomy of the Unsought Finding. Serendipity: Origin, History, Domains, Traditions, Appearances, Patterns and Programmability PEK VAN ANDEL Brit. J. Phil. Sci. 45 (1994), 631-648  https://www.wur.nl/upload_mm/5/a/b/28cef998-bcc4-43de-9b2e-250b3169729e_Pek%20van%20Andel.pdf パースの著書の文章などもたくさん引用されており、米盛裕二氏の著作と併せて読むと良い。
  2. On serendipity: The happy discovery of unsought knowledge Robert M. Davison 24 October 2018 https://doi.org/10.1111/isj.12229
  3. The Antinomies of Serendipity How to Cognitively Frame Serendipity for Scientific Discoveries Published: 02 June 2018 Volume 39, pages 939–948, (2020)

アブダクションとベイズとの関係

アブダクションのことを学ぶと、それってベイズの定理もしくは事後確率そのものじゃないかと思いました。実際、そのものだと思います。パースのアブダクションを、定量的に扱っているのがベイジアンだと言っていいでしょう。パースは仮説を得ることに主眼(主目的)を置いているのに対して、ベイジアンは得られた仮説のもっともらしさを定量している(複数の仮説があれば、どの仮説が一番ありそうか)というところに違いがありますが、いわんとしていることは同一だと思います。

1. Abduction (Peirce’s Concept)

Definition: Abduction, according to Peirce, is a form of reasoning that starts with an observation and seeks the simplest or most likely explanation. It’s often referred to as “inference to the best explanation.”

Process:

  • Observation: Something surprising or unexplained occurs.
  • Hypothesis: Formulate a plausible explanation that could make the observation intelligible.

Example:

  • Observation: The grass is wet.
  • Abduction: It might have rained last night.
  • Core Feature: It focuses on the generation of hypotheses rather than their validation.

2. Bayesian Abduction

Definition: Bayesian abduction extends Peirce’s concept by incorporating probabilistic reasoning, often using Bayes’ theorem to update the likelihood of hypotheses given new evidence.

Process:

Prior Probability ( 𝑃 ( 𝐻 ) P(H)): The initial probability of a hypothesis 𝐻 H.

Evidence Likelihood ( 𝑃 ( 𝐸 ∣ 𝐻 ) P(E∣H)): The probability of the evidence 𝐸 E if the hypothesis 𝐻 H is true.

Posterior Probability ( 𝑃 ( 𝐻 ∣ 𝐸 ) P(H∣E)): The updated probability of 𝐻 H after considering 𝐸 E, calculated as: 𝑃 ( 𝐻 ∣ 𝐸 ) = 𝑃 ( 𝐸 ∣ 𝐻 ) 𝑃 ( 𝐻 ) 𝑃 ( 𝐸 ) P(H∣E)= P(E) P(E∣H)P(H) ​

Key Feature: Bayesian abduction formalizes the evaluation of hypotheses based on their probability, making the abductive reasoning process quantitative. Key Differences Aspect Abduction (Peirce) Bayesian Abduction Nature Qualitative reasoning to generate plausible hypotheses. Quantitative reasoning to evaluate and rank hypotheses. Focus Plausibility of hypotheses. Probability of hypotheses given evidence. Evaluation Informal and intuitive. Formal and mathematical (Bayes’ theorem). Purpose Hypothesis generation. Hypothesis evaluation and ranking.

Example: Diagnosing Disease

Peirce’s Abduction

  • Observation: A patient has a fever and cough.
  • Hypothesis: The patient might have the flu.
  • Reasoning: The flu is a plausible explanation for these symptoms.

Bayesian Abduction

  • Observation: A patient has a fever and cough.
  • Hypotheses: 𝐻 1 H 1 ​ : The flu ( 𝑃 ( 𝐻 1 ) = 0.3 P(H 1 ​ )=0.3). 𝐻 2 H 2 ​ : COVID-19 ( 𝑃 ( 𝐻 2 ) = 0.1 P(H 2 ​ )=0.1).
  • Update: Using Bayes’ theorem, update 𝑃 ( 𝐻 1 ∣ 𝐸 ) P(H 1 ​ ∣E) and 𝑃 ( 𝐻 2 ∣ 𝐸 ) P(H 2 ​ ∣E) given the observed evidence (fever and cough) to decide which hypothesis is more likely.

Summary

  • Peirce’s Abduction: A creative, qualitative process for generating explanations.
  • Bayesian Abduction: A probabilistic, quantitative approach that evaluates and ranks explanations using formal Bayesian methods.
  • While Bayesian abduction can be seen as a modern extension of Peirce’s idea, it focuses on hypothesis evaluation rather than generation, emphasizing the formal and probabilistic assessment of competing explanations.

At their core, both Peircean abduction and Bayesian abduction aim to explain observed phenomena by identifying plausible hypotheses. The key distinction lies in how they approach the reasoning process: Peircean abduction is qualitative and intuitive: It’s about hypothesis generation—the creative leap to a potential explanation. It doesn’t require numbers or probabilities; instead, it relies on plausibility and coherence.

Bayesian abduction is quantitative and formal: It focuses on hypothesis evaluation—assessing and ranking explanations based on evidence. It uses probabilistic frameworks like Bayes’ theorem to guide this evaluation.

Why They’re Linked but Not Identical

Peircean abduction provides the foundation: it gives us a way to think about forming hypotheses in the first place. Bayesian abduction takes it further by formalizing how to evaluate and refine those hypotheses once they’re proposed.

Analogy: A Detective Solving a Mystery

  • Peircean abduction: The detective observes a clue (e.g., a broken window) and hypothesizes that it might be a burglary.
  • Bayesian abduction: The detective then gathers more evidence (e.g., fingerprints, a missing TV) and uses probabilities to evaluate if burglary is the most likely explanation compared to, say, an accident or prank.

In essence, they are two sides of the same coin: both aim to infer the best explanation, but they operate on different levels—one is the spark of insight, and the other is the logical testing of that insight.

(ChatGPT 4o)