「救急外来の研修医が上腸間膜動脈症候群(SMA症候群)を急性胃腸炎と誤診して高校生が死亡」という報道

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上腸間膜動脈症候群(SMA症候群)とは

上腸間膜動脈症候群(SMA症候群)とは、上腸間膜動脈(superior mesenteric artery; SMA)と、腹部大動脈(descending aorta; DA)との間に存在する十二指腸水平脚が圧迫され、通過障害が生じて腸閉塞症状を呈する疾患です。典型的案症状としては、食後の腹痛、嘔気、嘔吐、食欲不振があります。原因としては、腹部手術や急激な体重減少により、十二指腸周囲の脂肪組織(下図のfad pad)が減少して発症することが多いとされます。

図出典:日本静脈経腸栄養学会雑誌33(1):659-662:2018 文献1:森谷ほか 上腸間膜動脈症候群に対する治療.手術65:827-830,2011.

  1. 上腸間膜動脈(SMA)症候群とは 2023年11月20日 ひらたクリニック やせ願望のある若い女性で、食後に嘔吐を繰り返す神経性食思不振症などの心療内科的な疾患との鑑別が難しいこともあります。食べられないと体重がさらに減り、脂肪もより少なくなって上腸間膜動脈-大動脈角がさらに急になり、十二指腸を圧迫して症状が悪化します。また急激なダイエットによって出現することもあります。

上腸間膜動脈症候群(SMA症候群)の症例報告、鑑別診断

  1. 思春期早発症の9歳女児に急性発症した上腸間膜動脈症候群の1例 信州医誌,71⑷:219~223,2023 (PDF)  体重減少などの典型的なリスク因子のない思春期早発症の9歳女児において急性腹症として発症したSMA 症候群の1例を経験した 普段摂取している量と比較して多い量の食事を摂取した。食後約30分経過してから嘔吐が複数回あり,夜間救急外来を受診し,急性胃腸炎の診断で帰宅した。第2病日も症状が続くため夜間に救急外来を再診した。嘔吐が続き経口摂取困難であったため小児科に紹介となった。‥ 【入院後経過】検査結果からSMA 症候群が原因と考 えられる十二指腸水平脚での腸閉塞と診断し,胃管に よる減圧を行いながら小児外科のある高次医療機関に 転院搬送した。 【転院後経過】画像所見からSMA 症候群と診断され, 絶飲食,補液,胃管による減圧で保存的加療が行われ た。
  2. NST介入により栄養改善をみた上腸間膜動脈症候号の1女児例 日本静脈経腸栄養学会雑誌33(1):659-662:2018 https://www.jstage.jst.go.jp/article/jspen/33/1/33_659/_pdf/-char/ja 11歳女児 主訴:体重減少、食欲低下 (親類の死別が起因) 近医を受診し、神経性食思不振症が疑われた。体重増加、栄養管理目的で大学病院に入院。入院後、腹痛、嘔気、下痢が持続。腹部超音波検査で、SMADとDAの分岐角が急峻であることが認められSMA症候群の疑い。腹部造影CTの所見と併せて、SMA症候群と診断。
  3. 急性腹症としての鑑別が必要であった 上腸間膜動脈症候群の1 例 日小外会誌 第57巻7 号 2021年12月,pp. 1105-1111 doi: 10.11164/jjsps.57.7_1105 https://www.jstage.jst.go.jp/article/jjsps/57/7/57_1105/_pdf/-char/ja 当科受診の1 週間前から間欠的に臍周囲の痛みが出現した.嘔吐や下痢はなく,周囲に明らかな感染 症の流行はなかった.徐々に痛みが増強したため,当院 の救急外来を受診した.急性虫垂炎が疑われ当科に緊急 入院した.‥ 絶食・補液で経過観察をしたところ腹痛は軽快した.しかし,翌日に食事を開始したところ再び心窩部痛が出現した ‥ 本人と母に改めて病歴を聴取したところ, 友人とダイエットに夢中になり3 か月で5 kg の体重減 少があった ‥  造影CT で、胃や十二指腸下行脚にガスや内容物の貯留を認 め,十二指腸水平脚は大動脈と上腸間膜動脈の間で狭小化しており本症と診断
  4. 急性胃拡張による胃壊死をきたした上腸間膜動脈症候群の1 例 日臨外会誌 82(1),66―71,2021 (PDF) 職場の飲み会で暴飲・暴食をし,その翌日 から腹痛・嘔吐の症状が出現し,排便・排ガスが停止 した.症状の改善がなく2 日後に近医を受診し,急性腹症が疑われたため当院に紹介となった.‥ 腹部CT(Fig. 1):胃から十二指腸水平脚までが著明に拡張し,十二指腸は大動脈とSMAに挟まれるように狭窄し,その肛門側の十二指腸や小腸は虚脱して いた.
  5. 腹部超音波検査が診断および治療方針決定に有用であった上腸間膜 動脈症候群の1 例 日消誌2010;107:1283―1289 (PDF) 37 歳男性,統合失調症により他院に入院中,腹痛と頻回の嘔吐が出現したため当院に転院した. 腹部超音波検査にて上腸間膜動脈症候群と判断し,さらに体位による十二指腸内容物の通過状態を観察 したところ,右側臥位で大動脈と上腸間膜動脈間の幅が最も広がり内容物の通過が良好であったため食 後30 分の右側臥位を指導した
  6. 緊急開腹術を施行した上腸間膜動脈症候群の1例 (PDF)日臨外会誌 50 (1), 121-125, 1989

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  1. https://m3e-medical.com/montore_pages/96KA024 18歳の女子。2か月前から摂食後に悪心と嘔吐とを生じるようになり来院した。腹痛はない。上半身を前屈して食事をすると悪心と嘔吐とは軽減するという。身長156cm,体重37kg。腹部は全体に陥凹し,腸雑音の亢進はなく,圧痛もない。CA19-9 26U/mL(基準37以下)。上部消化管造影写真を示す。 最も考えられるのはどれか。
  2. https://medu4.com/114F25 健常人の腹部造影CTの連続スライス(A〜F)を別に示す。急激な体重減少などにより腹部大動脈との間隙に十二指腸が挟まれ、食後の嘔吐や腸閉塞の原因となり得る血管はどれか。

上腸間膜動脈症候群(SMA症候群)の誤診?

日本赤十字社愛知医療センター名古屋第二病院で「救急外来の研修医が上腸間膜動脈症候群(SMA症候群)を急性胃腸炎と誤診した医療過誤により高校生が亡くなった」というニュースがありました。ところが、病院ウェブサイトに公開されている内容が報道と全然違っていて非常に驚かされました。

S MA 症候群を適切に治療できなかったことによ り 死亡に至らせた事例について 2024 年 6 月 日本赤十字社愛知医療センター名古屋第二病院

2023 年 5 月、 10 代 の 患者 さん が 腹痛、嘔吐を中心とする消化器症状を主訴に救急搬送されました。 2 年次研修医が診察し 、 CT で胃の過拡張所見を認め まし たが 採血結果を正常範囲内と判断し、急性胃 腸炎 の 診断 となり、 帰宅と し ま した。その後、 患者 さん は 嘔吐症状が持続するため 救急外来に 再受診 し 、 電話相談を2回 しま し た 。 いずれも 2 年次研修医が 対応し 、 翌日に近医再診と判断 し ご家族へ伝え ま し た。 翌日、近医に て 緊急処置が必要と判断され、当院の一般消化器外科へ紹介受診 されま した。 外科では SMA 症候群の疑いと診断 し 、 腸閉塞の治療が必要と考え 、 消化器内科 を 紹介 、 入院とな りました 。 当 初、 脱水所見が著明で炎症反応の上昇がある が 、大きな電解質異常 が ないこと から、 胃管挿入はなされ ず 絶食 と補液を治療方針とし、改善がなければ後日追加検査を行う方針 と しま した。 入院から 3 時間後、 患者さんに 冷汗と脈拍触知微弱、大量嘔吐 がありました 。 その時点で 点滴と 胃管 挿入 を 準備 しま したが、患者 さん に 過活動性せん妄 (末梢静脈ルート自己抜去、医療者への危険行為、 病棟内徘徊などの異常行動) が出現したため 治療継続 が 困難と判断 し、 ご 家族に来院を依頼しました。 ご 家族来院後、 点滴ルートを再確保し脱水の補正を図りました。過活動性せん妄は いったん 落ち着い たものの 易怒性が残っていたため、 当番医は患者 さん の年齢を考慮し 鎮静剤を通常の半量 投与しまし た。 なお せん妄が助長される恐れから、 胃管 挿入は行いませんでした。 その後、患者 さんが発熱し 解熱 剤 を 投与 しました が、投与 後も眠れていないのを確認したため、看護師が残り の鎮静剤 を投与しまし た。 また、心電図モニターについても 体動 制限がせん妄の助長となると考え、 装着 せず に 退室しました。 患者 さん は 同日深夜に心停止に至 り、 1 6 日後に死亡 され ました。

(1) CT 画像の評価が不十分で、急性胃拡張に対する減圧治療ができていなかった。
救急外来で撮影 した CT における 胃の過拡張像は、上級医に相談するべき画像所見で したが相談 していません でした 。翌日の専門外来 受診時 ・入院後 においても、 胃管で減圧を図るべき 状態でした が、 その 処置が開始できていませんでした。

( 2 )脱水症の評価が不十分で、治療の開始に遅れが生じていた。
来院時の 嘔吐・下痢症状から、脱水症の指標である採血結果に注意を払うべきでした。この時アルブミンとラクテートに異常値を示してい まし たが、その他の採血結果についてはほぼ正常範囲内で あり、 救急外来診療に関わったすべての医師は異常値に 気付きませんでした 。 また、専門外来受診時 は急性腎障害を伴う高度脱水症の所見がありましたが、 補液量は十分な量でなく、 当直時間帯に大量補液を開始しましたが、総じて治療に遅れが生じていていました。

(以下、略 原文PDFをお読みください)

https://www.nagoya2.jrc.or.jp/patient/iryouanzen/publication_case/

上の、病院の説明で非常に気になるのは、患者が「せん妄」を起こしたため適切な治療ができなかったとしている点です。本当に治療が妨げられるほどのせん妄があったのか、病院の責任逃れではないのか非常に気になりました。この事件の報道でせん妄に言及したニュース記事は見当たりませんでした。

病院のオフィシャルな説明文を読む限り、患者に「せん妄」があったかどうかは治療の遅れと死亡との因果関係や責任を判断するうえで非常に大きなポイントになると思うのですが、なぜ報道しないのでしょうか。病院は記者会見をしていてそれに基づいて報道がなされているので、この記者会見ではせん妄の説明がなかったのでしょうか。気になります。ニュースによっては、「早期に胃管を挿入して減圧するなど、適切な処置をしていれば救命できた可能性が高かった」と言っていますが、せん妄については触れていません。

早期に胃管を挿入できなかったのは患者が「せん妄」を起こしたためと言う言い逃れとも受け取れるような病院側の説明になっており、一番の論点になるはずの事実(?)が報道されないというのは一体どういうことなのか、不思議でなりません。記者会見の質疑応答で誰もこれを問いたださなかったのでしょうか。

ヤフーニュースで経過を説明した記事をまとめると以下のようになります。このニュース記事の内容だと、肝心なこと(=なぜSMA症候群の疑いと診断されたあとに適切な処置がなされなかたのか)が、報道されていません。これにかぎらずどの報道も、研修医の誤診が死亡原因であるかのような論調です。

  • 2023年5月28日、高校生が腹痛下痢などを訴え、日本赤十字社愛知医療センター名古屋第二病院(名古屋市昭和区)の救急外来を2回受診。2回とも(それぞれ別の研修医が)「急性胃腸炎」と診断し、かかりつけのクリニックを受診するよう指示して帰宅させる。
  • 5月29日にクリニックを受診した結果、緊急対応が必要と判断され、再び来院。SMA症候群の疑いと診断され入院した。嘔吐脱水症状に苦しむ。
  • 5月30日には容体が急変して心肺停止
  • 6月15日にSMA症候群による腸閉塞高度脱水のため死亡
  1. 救急外来を1日2回受診も誤診 男子高校生が死亡 名古屋の日赤病院  6/17(月) 18:19 毎日新聞 YAHOO!JAPANニュース
  2. “誤診”で16歳男子高校生が死亡 研修医が採血結果の異常を見逃す 十二指腸の通過障害を「急性胃腸炎」と誤診 2024年6月17日(月) 18:43
  3. 日赤名古屋第二病院で重大医療過誤 適切治療行わず高校生死亡 06月17日 18時58分 NHK 東海 NEWS WEB
  4. 名古屋日赤、誤診で高校生死亡 1日2回受診でも治療遅れ 2024年6月17日 18:57 (2024年6月17日 21:05更新) 日本経済新聞
  5. 研修医が誤診、高校生死亡 上級医に相談せず―日赤名古屋第二病院 時事通信 社会部2024年06月17日21時04分配信 早期に胃管を挿入して減圧するなど、適切な処置をしていれば救命できた可能性が高かったとみられるという。

上腸間膜動脈症候群(SMA症候群)の症状

  1. NST介入により栄養改善をみた上腸間膜動脈症候号の1女児例 日本静脈経腸栄養学会雑誌33(1):659-662:2018

上腸間膜動脈症候群の外科的治療方法

  1. 若年者の上腸間膜動脈症候群に対して行った単孔式腹腔鏡下十二指腸空腸吻合術の1例 https://www.jstage.jst.go.jp/article/jjgs/49/3/49_2015.0027/_html/-char/ja 日本消化器外科学会雑誌/49 巻 (2016) 3 号 症例は20歳の女性で,17歳のときに上腸間膜動脈症候群と診断された.以来,保存的加療にて経過を見ていたが,良好な結果を得られなかった.若年女性であるという点を考慮して,術創を最小限に留めるために単孔式腹腔鏡下十二指腸空腸吻合術を施行した.

血液検査におけるアルブミンの値について

  1. アルブミン(albumin、ALB)の読み方|栄養状態を読む検査2017/01/05 血清アルブミン値が高値になるのは、脱水により血管内の水分が減少し、濃縮効果によることが考えられます。

血液検査における乳酸(ラクテート)の値について

  1. 敗血症の診断・管理補助としてのラクテート(乳酸) ラクテート(乳酸)とPCTは、敗血症と敗血症性ショックの診断・管理補助に補完しあう診断補助マーカーです 血中ラクテート濃度は、敗血症患者の全身性組織血流低下のマーカーとして使用され、細胞性障害を反映します。
  2. ラクテートはなぜ測定するのか? ラクテートレベルは、組織の酸素需要と酸素供給間の不均衡を早期に示唆する高感度の指標であり、以下の目的で使用されます。患者転帰の予後指標循環性ショック患者における細胞灌流低下のマーカーショック後の適切な蘇生の指標蘇生治療モニタリングのマーカーラクテート検査がどの程度臨床的に有用であるかは、臨床背景によって異なります。

参考・関連

  1. 急性腹症とは? 初期研修医の心得 ①腹痛をみたら、まず消化器以外の疾患から考える心血管・呼吸器・泌尿器・産婦人科・内分泌系など原因はさまざま⇒致死的疾患のr/oから入る! ②「急性胃・腸炎」「便秘」「消化管潰瘍」とゴミ箱診断しない あくまでこれらは除外診断!単に「イレウス」も× ③ERの一点で診断をつけようとしない初期には所見がそろわなくても、新たな症状が現れたらすぐ再診させる 他にも「女性を見たら妊娠と思え」とか 鎮痛薬を使うときは上級医・外科医に一報入れるとか(禁忌ではない)

上腸間膜動脈 Superior Mesenteric Artery (SMA)

  1. Superior Mesenteric Artery by James Pickering, PhD Lecturio.com
  2. Superior Mesenteric Artery – Arterial Supply to the GI Tract by James Pickering, PhD Lecturio.com
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