抗アミロイド療法に関する特許戦略

抗アミロイド療法(Anti-Amyloid Therapy)とは、アルツハイマー病の原因物質の一つとされるアミロイドベータ(Aβ)」を脳内から除去することで、病気の進行そのものを遅らせようとする治療法(疾患修飾療法)のことです。

「知財・特許」の観点から見ると、現在この分野は「いかに先行特許(他社抗体)を回避しつつ、特定の凝集形態(エピトープ)を狙い撃ちするか」という、極めて高度な特許網の構築合戦が行われています。以下に、知財視点でのポイントと関連特許の事例をまとめました。

1. 抗アミロイド療法の仕組みと知財の勘所

従来の認知症薬(アリセプト等)が「症状緩和」であったのに対し、抗アミロイド療法は抗体医薬を用いて「原因物質の除去」を狙います。特許的なポイントは、「Aβのどの『形態』をクレームするか」です。Aβは単量体(モノマー)→凝集体(オリゴマー/プロトフィブリル)→沈着(プラーク)と形を変えますが、各社が狙う「形」が異なります。

  • レカネマブ(エーザイ/バイオジェン):毒性の高い「プロトフィブリル(可溶性凝集体)」を標的とする特許。

  • ドナネマブ(イーライリリー):蓄積して固まった「N3pG(ピログルタミル化Aβ)プラーク」のみを標的とする特許。

2. 具体的な関連特許・公開公報(日本)

知財のご関心に合わせて、現在公開されている具体的な公報番号を挙げます。これらは製法、投与用法、バイオマーカーなどの周辺特許を含みますが、各社の戦略が読み取れます。

A. レカネマブ (Lecanemab) 関連

エーザイはスウェーデンのBioArctic社からライセンスを受けており、基本特許はBioArctic由来のものが多いです。現在は投与方法やバイオマーカーでの権利化が進められています。

  • 特表2024-525559:「アルツハイマー病治療用バイオマーカー」(血漿Aβ42/40比などの測定に関する発明)

  • 商標登録第6586420号:「レケンビ」(商標権もしっかり確保されています)

B. ドナネマブ (Donanemab) 関連

イーライリリーは、特定の変性したAβ(N3pG)を狙う抗体技術で権利化を図っています。

  • 特表2024-503025:「抗N3pGluアミロイドベータ抗体及びその使用」(具体的な投与レジメン、ARIAなどの副作用管理に関する記載が含まれる)

  • 特表2024-522627:「二重特異性結合分子」(次世代型として、血液脳関門を通過しやすくする技術などの可能性)

3. 日本の特許法的な注目点(弁理士試験的視点)

この分野は特許法上も非常に面白い論点を含んでいます。

  • 特許権の存続期間の延長登録(特許法67条4項)

    これらの医薬品は開発・治験に長期間を要するため、本来の特許期間(20年)に加え、最大5年の延長登録出願がなされるケースがほとんどです。「処分を受けるために必要な期間」の認定が実務上の肝になります。

  • 進歩性の判断(選択発明)

    「Aβを標的とする」という公知のアイデアに対し、「特定の凝集段階(プロトフィブリルなど)を狙うことで、副作用(ARIA)を抑えつつ効果を出した」という点で、**予期せぬ効果(顕著な効果)**を主張して特許性を確保している点が興味深いです。

現在の臨床データや知財戦略について、より視覚的に分かりやすく解説されている動画がありましたのでご紹介します。

アルツハイマー病の新しい治療薬(前編)レカネマブについて – 国立長寿医療研究センター

この動画は、レカネマブが具体的にAβの「どの形態」に結合して除去するのか(=特許の技術的範囲の核心部分)を、専門家が図解で解説しており、権利範囲の技術的意義を理解するのに役立ちます。

特許請求の範囲(クレーム)のドラフティングにおいて、「何を構成要件として差別化しているか」を意識しながら見ると面白いかもしれません。

(Gemini)