# アムジェン対サノフィ特許論争:機能的クレームの有効性に関する日米の判断対比
## 1. 序論:論争の概要と核心的論点
本報告書は、高コレステロール血症治療薬であるPCSK9(プロタンパク質転換酵素サブチリシン/ケキシン9型)を標的とする抗体を巡り、アムジェン社(Amgen Inc.)とサノフィ社(Sanofi)との間で繰り広げられた国際的な特許権侵害訴訟について、その核心的な論点と、米国および日本における司法判断の対比を、根拠となる特許法の条文や判決文を引用しつつ分析するものです。
この論争の核心は、**抗体の機能**によってその技術的範囲を定義する**機能的クレーム**(上位概念クレーム)が、各国の特許法における**記載要件**(米国ではWritten DescriptionおよびEnablement、日本ではサポート要件および実施可能要件)を満たすか否かという点に集約されます [1] [2]。
アムジェンが権利行使を試みた特許クレームは、PCSK9の特定の残基に結合し、かつPCSK9とLDL受容体との結合を阻害するという**機能**によって、無数の抗体を含む広範なクラスを定義していました。
## 2. 米国における判断:実施可能要件(Enablement Requirement)の観点
米国における訴訟は、連邦最高裁判所まで争われ、2023年5月18日にアムジェン敗訴の判決が確定しました [2]。
### 2.1. 根拠条文と判断の焦点
米国連邦最高裁判所は、アムジェンの特許が米国特許法第35編第112条(a)項に規定される**実施可能要件**(Enablement Requirement)を満たさないと判断しました。
> **米国特許法第35編第112条(a)項(35 U.S.C. § 112(a))**
> “The specification shall contain a written description of the invention, and of the manner and process of making and using it, in such full, clear, concise, and exact terms as to enable any person skilled in the art to which it pertains, or with which it is most nearly connected, to make and use the same…” [3]
この条文は、特許明細書が、当業者が**過度の実験**(undue experimentation)をすることなく発明を実施できる程度に、その製造および使用の方法を記載していなければならないと定めています。
### 2.2. 判断の理由
最高裁は、アムジェンの明細書に記載された26個の抗体の例示と、それらを作製するための2つの一般的な方法だけでは、クレームが定義する**膨大な数の抗体**のクラス全体を、過度の実験なしに作製・使用できるとは言えないと結論付けました [2]。
裁判所は、開示された方法が、クレームの範囲全体を実施可能にするための**共通の特徴**を特定しておらず、単に「**研究課題を設定したにすぎない**」(”research agenda”)と指摘しました。すなわち、クレームの範囲が広大であるのに対し、明細書の開示がその広範な技術的範囲を裏付けるには不十分であるという点が、実施可能要件違反の決め手となりました。
## 3. 日本における判断:サポート要件(Written Description Requirement)の観点
日本における訴訟では、2025年4月16日の知的財産高等裁判所(知財高裁)判決(令和5年(ネ)10107号)において、アムジェンの特許が**サポート要件**に違反するとして、特許権侵害に基づく請求が棄却されました [1]。
### 3.1. 根拠条文と判断の焦点
知財高裁は、特許法第36条第6項第1号に規定される**サポート要件**を主要な論点としました。
> **特許法第36条第6項第1号**
> 「特許請求の範囲の記載は、発明の詳細な説明に記載されたものでなければならない。」 [4]
この要件は、特許請求の範囲に記載された発明が、明細書の発明の詳細な説明によって裏付けられていること、すなわち、発明の詳細な説明に記載された事項によって、請求項に係る発明が**課題を解決できる**と当業者が認識できることを要求します。
### 3.2. 判断の理由
知財高裁は、クレームが「参照抗体と競合する、PCSK9とLDLRの結合を中和する抗体」という機能的クレームであることに対し、明細書には、抗体が参照抗体と競合するという事実のみから、直ちに中和機能を備えると評価できるほどの**合理的なメカニズムの開示**がなされていないと判断しました [1]。
特に、より包括的な「競合」概念と「中和」機能との関係の不明確性に着目し、機能的クレームを裏付ける**技術的裏付けが不十分**であるとして、サポート要件違反を認定しました。これは、機能的クレームを用いる際には、それを裏付ける合理的なメカニズムの開示が不可欠であることを改めて示したものです。
## 4. 日米の判断の対比と論点の共通性
アムジェン対サノフィの特許論争における日米の判断は、異なる法制度の下で異なる記載要件を適用しながらも、実質的には**広範な機能的クレームの有効性**という共通の論点に帰着しました。
| 項目 | 米国(連邦最高裁) | 日本(知財高裁) |
|---|---|---|
| 最終判断 | アムジェン敗訴(特許無効) | アムジェン敗訴(特許無効) |
| 主要な論点 | 実施可能要件(Enablement Requirement) | サポート要件(Written Description Requirement) |
| 根拠条文 | 35 U.S.C. § 112(a) | 特許法第36条第6項第1号 |
| 判断の核心 | 過度の実験なしにクレーム範囲全体を実施できるか(実験の負担を重視)。 | クレームが発明の詳細な説明に記載されたものと言えるか(技術的裏付けを重視)。 |
| 共通する問題 | 機能で定義された上位概念の抗体クレームの範囲が広大であるのに対し、明細書の開示がその広範な技術的範囲を裏付けるには不十分であった点。 | |
米国では、クレームの範囲全体をカバーするために必要な**実験の負担**(過度の実験)が実施可能要件違反の根拠となりました。一方、日本では、クレームの範囲が明細書に記載された**技術的知見**によって裏付けられているか(課題解決の可能性)という**技術的裏付け**の観点からサポート要件違反が認定されました。
両国の判断は、バイオ医薬品、特に抗体のような複雑な技術分野において、**機能的クレーム**を設定する際には、そのクレームが包含する広範な技術的範囲に見合うだけの**具体的かつ網羅的な開示**が明細書に求められるという、重要な実務的指針を示しています。
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### 参考文献
[1] 「2025.04.16 「アムジェン v. サノフィ」 知財高裁令和5年(ネ)10107 ― 機能的クレームにおけるサポート要件の適用と無効理由の再主張の可否 ―」. 医薬系 “特許的” 判例ブログ.
[2] 「【速報】【米国】【特許】Amgen v. Sanofiアメリカ連邦最高裁判決」. TMI総合法律事務所 Our Eyes.
[3] 「2164-The Enablement Requirement」. United States Patent and Trademark Office (USPTO) Manual of Patent Examining Procedure (MPEP).
[4] 「第 2 節 サポート要件(特許法第 36 条第 6 項第 1 号)」. 特許庁 審査基準.
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Prompt used: アムジェンvsサノフィの特許論争の論点をまとめて。アメリカでの判断と日本での判断を対比させて。必要に応じて特許法の条文や判決文を引用して、根拠を示しながら。