結論から言うと、「全てのタンパク質を系統解析で遡っていけば最終的にたった一種類の祖先タンパク質に行き着く」といった単純な状況ではありません。以下にその理由と背景を説明します。
1. LUCA(最後の共通祖先)段階でも多様性が存在した
現生生物(細菌、古細菌、真核生物)は、「LUCA(Last Universal Common Ancestor)」と呼ばれる共通祖先から分岐したと考えられています。しかしLUCAは、単純な単一分子や「たった一つのタンパク質」ではなく、既に複数の遺伝子や複雑な代謝系、複数種の機能タンパク質を備えた、ある程度完成度の高い生命体的存在だったと考えられています。したがって、LUCAの時点ですでに多様なタンパク質が存在していました。
2. タンパク質進化は「1本の幹」ではなく「網状進化」
進化の過程で、遺伝子重複、遺伝子の水平伝播(特に原核生物間)、領域再編成、シャッフリング、機能改変などが多数起こります。このためタンパク質の系譜は一本の綺麗な系統樹というより、多くの枝分かれや再結合が入り組んだ「網(ネットワーク)」状になっています。よって、時間を遡ればどこか一点に収束するというより、ある程度の原始的な「領域(ドメイン)」や機能を持った「一群の祖先的タンパク質集合」へと行きつくことになります。
3. 普遍的な「最初の一つのタンパク質」は同定困難
全生物に共通するタンパク質として、リボソーム関連タンパク質、翻訳因子、RNAポリメラーゼサブユニットなどが極めて広範に保存されています。しかし、これらは複数の要素から成り立っており、かつLUCAに至る前段階から徐々に機能や配列が洗練されてきたと考えられています。
「すべてのタンパク質の祖先となった単一のタンパク質」という概念は、現状の進化生物学の知見からはあり得ず、むしろ汎用的かつ必須機能を担う複数の原始的タンパク質(あるいはペプチド様分子)の集合が最初期に存在していたと考える方が妥当です。
まとめ
したがって、系統樹をタンパク質配列から描いた場合、たとえそれがどれほど精巧でも、全てを一本の枝に遡って「これが唯一無二の最初のタンパク質だ」と断定できるようなシナリオは想定されていません。生命の起源時には既にある程度のタンパク質多様性があり、そこから分岐・多様化が進んできたとするのが科学的理解です。