患者の治療方法では特許は取れない?CAR-Tはどうなの?

質問:「治療は特許保護の対象外」だと、例えば患者のT細胞と採取して遺伝子導入してまた同じ患者に戻すCAR-T治療は、定義のうえで「治療」になってしまって特許が取れないのでしょうか?

Manus:

CAR-T細胞療法のような技術が特許の対象になるか、というご質問ですね。これは非常に専門的な分野ですので、正確な情報に基づいて回答させていただきます。

まず、ご認識の通り、医師が行う手術、治療、診断といった医療行為そのものは、日本では特許の対象外とされています。 これは、特許によって医療行為が独占されると、患者が最適な治療を受ける機会が妨げられる可能性があるためです。

しかし、CAR-T細胞療法のような技術は、単なる「治療」という行為だけではなく、様々な要素を含んでいます。そのため、工夫次第で特許を取得することが可能です。

### CAR-T細胞療法で特許を取得する方法

CAR-T細胞療法に関連する発明は、主に以下のカテゴリーで特許化されています。

1. **物(プロダクト)に関する発明**:
* **CAR-T細胞そのもの**: 遺伝子導入されたCAR-T細胞という「物」として特許を取得できます。 例えば、「特定の遺伝子配列(CAR)が導入されたT細胞」といった形で権利を主張します。
* **CAR遺伝子**: T細胞に導入するキメラ抗原受容体(CAR)の遺伝子配列自体も特許の対象となります。
* **治療薬・医薬組成物**: CAR-T細胞を含む医薬組成物(医薬品)として特許を取得する方法が一般的です。

2. **方法(プロセス)に関する発明**:
* **CAR-T細胞の製造方法**: 患者から採取したT細胞に遺伝子を導入し、培養してCAR-T細胞を製造する一連のプロセスも特許の対象となります。
* **品質管理方法**: 製造されたCAR-T細胞の品質を評価・管理する方法も特許になり得ます。

### 特許請求の範囲(クレーム)の表現方法

特許を取得するためには、「医療行為」に該当しないように特許請求の範囲(クレーム)を記述する必要があります。

* **NGな表現**: 「患者にCAR-T細胞を投与する**方法**。」
* これは「治療方法」そのものを指すため、特許になりません。

* **OKな表現**:
* 「有効成分としてCAR-T細胞を含有する、〇〇(疾患名)治療**用医薬組成物**。」
* これは「物」の発明として扱われるため、特許の対象となります。
* 「患者からT細胞を採取し、該T細胞にCAR遺伝子を導入し、培養する工程を含む、CAR-T細胞の**製造方法**。」
* これは人体から切り離された細胞を処理する「製造方法」であり、医療行為には該当しません。

このように、CAR-T細胞療法は、治療方法そのものではなく、そこで用いられる「細胞」や「医薬組成物」、またはその「製造方法」といった形で特許を取得するのが一般的です。実際に、CAR-T細胞療法に関連する多くの特許が世界中で成立しています。

CAR-T細胞療法に関する具体的な特許の事例ですね。承知いたしました。どのような特許が存在するのか、具体的な事例を調べてみましょう。CAR-T細胞療法に関する具体的な特許事例について、代表的な製品である「キムリア」や「イエスカルタ」に関連する特許、そして日本国内での特許事例を調査しました。

### CAR-T細胞療法の主要な特許事例

CAR-T細胞療法に関する特許は、2015年頃から急激に増加しており、企業や大学、研究機関による激しい開発競争が繰り広げられています。 特許の対象は多岐にわたりますが、主に以下のカテゴリーに分類されます。

* **CAR-T細胞そのもの(物の発明)**:
* 特定の構造を持つCAR(キメラ抗原受容体)をコードする核酸配列。
* その核酸配列が導入されたT細胞。
* **CAR-T細胞を含む医薬組成物**:
* CAR-T細胞を有効成分として含む、特定の疾患(例:B細胞性急性リンパ芽球性白血病など)の治療用医薬組成物。
* **製造方法**:
* 患者からT細胞を採取し、遺伝子導入を行い、培養・増殖させる一連の製造プロセス。
* **周辺技術**:
* CAR-T細胞の有効性を高めるための併用薬(例:インターロイキン)。
* 治療の安全性を高めるための副作用管理技術。

### 具体的な製品と関連特許

CAR-T細胞療法の代表的な製品として、ノバルティス社の「**キムリア(Kymriah)**」とギリアド・サイエンシズ(カイト・ファーマ)の「**イエスカルタ(Yescarta)**」が知られています。 これらの製品を巡っては、激しい特許紛争も起きています。

* **キムリア(ノバルティス)**:
* ペンシルベニア大学で開発された技術を基に製品化されました。
* 関連特許としては、CD19を標的とするCARの構造や、それを含むT細胞、医薬組成物などが挙げられます。
* ノバルティスは複数の特許によってキムリアの技術を保護する戦略をとっています。 2019年には、欧州で異議申し立てを受けていた特許の一つを放棄した事例もありますが、これは多数の関連特許の中の一つであり、製品開発には重要ではないと判断されたためです。
* 日本でも2019年3月に製造販売が承認されています。

* **イエスカルタ(ギリアド・サイエンシズ/カイト・ファーマ)**:
* こちらもCD19を標的とするCAR-T細胞療法で、キムリアと並んで最初に承認された治療薬の一つです。
* 関連特許を巡り、ブリストル・マイヤーズ スクイブ(ジュノ・セラピューティクス)との間で大規模な特許侵害訴訟がありました。 この訴訟の中心となったのは、CARをコードするポリヌクレオチド(DNA)に関する特許(米国特許第7,446,190号)でした。 この事例は、CAR-T細胞療法の分野における特許の重要性を示しています。

### 日本国内の特許事例

日本でもCAR-T細胞療法に関する研究開発・特許出願が活発に行われています。

* **ブライトパス・バイオ株式会社と信州大学の共同出願**:
* 2024年10月、「CAR発現免疫細胞を含む細胞集団の製造方法」に関する特許査定を受けたと発表しました。
* この特許は、人工的に作製した抗原提示細胞を用いてCAR-T細胞を製造する方法に関するもので、標的抗原やT細胞の種類を限定しない、権利範囲の広い特許とされています。

* **ティーセルヌーヴォー株式会社**:
* がん抗原の一種である「GD2」を標的とする新しいCAR-T細胞療法に関する特許を取得しています。 GD2は、神経芽腫などの小児がんや、トリプルネガティブ乳がんなどで過剰に発現することが知られています。

これらの事例からわかるように、CAR-T細胞療法の特許は、CARの基本的な構造だけでなく、その改良(例:安全性を高める、標的を増やす)、製造プロセスの効率化、品質管理の方法など、非常に多岐にわたる技術が保護の対象となっています。