質問:弁理士受験ノウハウ&体験の本(ちょっと古め)を見てたら吉藤 幸朔 『特許法概説』 がは、弁理士試験を受験する人の「基本書」として挙げられていたんだけど、こんな古い本を今でも読むべきなの?特許法は、改正につぐ改正があったけど?
Gemini:結論から申し上げますと、弁理士試験の「受験対策」として、今その本(吉藤『特許法概説』)をメインに据えて読むことは、絶対にお勧めしません。おっしゃる通り、特許法は「改正の歴史」そのものであり、1982年の法律知識で現在の試験に臨むのは、「地図を持たずに登山する」よりも危険(古い地図を信じて遭難するリスクがある)だからです。なぜかつては「バイブル」と呼ばれ、今は「取り扱い注意」なのか、その理由と現在の最適解を整理します。
1. なぜ「受験用」としては危険なのか
最大の理由は、ご懸念の通り**「法改正による情報の陳腐化」**です。
1982年以降、特許法は根本的な部分で何度も大改正されています。吉藤先生の本には、現在の試験で最重要となる以下の条文や概念が存在しない、あるいは全く内容が異なります。
- 特許法104条の3(特許無効の抗弁):
先ほどの「特許侵害訴訟」の話題で触れたこの条文は、2004年の改正で導入されたものです(キルビー判決を受けて)。吉藤本には載っていません。
- 職務発明(35条):
企業の知財戦略の要ですが、何度も改正されており、当時の解釈とは全く異なります。
- 特許異議申立制度:
廃止されたり復活したりしており、手続の流れが当時とは別物です。
- 国際的な調和(TRIPS協定など):
1994年のTRIPS協定以降の国際的なルールや、存続期間の変更などが反映されていません。
リスク:
「今はもう存在しない条文」や「今は逆の結論になる判例」を正しいと誤認して覚えてしまう危険性が極めて高いです。
2. それでもなぜ「名著」として名前が挙がるのか
吉藤幸朔先生は、特許庁の審査・審判の実務に精通し、法改正にも携わったレジェンドです。
この本がすごいのは、単なる解説ではなく**「法の趣旨(なぜその条文があるのか)」**が、これ以上ないほど深く、論理的に書かれている点です。
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「趣旨(青本)」の原液: 現在の予備校テキストや基本書に書かれている「趣旨」の説明の多くは、元をたどれば吉藤先生の考え方がベースになっています。
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実務家・学者の教養: ベテランの弁理士や研究者が、「法の根底にある思想」を確認するために読み返す本としては、今でも一級品です。
3. 現在の受験生はどうすべきか
「最新の法律に対応した基本書」または「予備校テキスト」を使用してください。
もし、学術的な興味ではなく「弁理士試験合格」が最優先であれば、以下の基準で選ぶべきです。
現在の「スタンダード」とされる基本書(例)
吉藤本の代わりに、現在多くの受験生や実務家が参照しているのは以下のような書籍です(必ず最新版を選んでください)。
- 中山 信弘『特許法』(弘文堂):
現在の学術的な権威です。非常に分厚いですが、法解釈の深さは吉藤本に匹敵します。ただし、初学者には難解すぎる嫌いがあります。
- 高林 龍『標準特許法』(有斐閣):
判例を重視しており、実戦的です。
- 島並 良 他『特許法入門』(有斐閣):
「入門」とありますが、レベルは高く、論理的で読みやすいです。受験生にも人気があります。
- 予備校のテキスト(LEC、TACなど):
合格だけを目指すなら、これが最強です。
学者の本は「自説(通説ではない説)」が含まれることがありますが、予備校本は「試験に出る通説・判例」に絞って、最新の改正を完全に反映しているからです。
まとめ:吉藤本との付き合い方
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試験勉強用: 買わなくていいです(読まなくていいです)。 混乱の元です。
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合格後: 実務家になってから、「特許法の歴史的背景を知りたい」「条文の深い意味を味わいたい」と思った時に、古本で手に入れて、今の法律との違いを楽しみながら読むのが正解です。