低酸素を感知した細胞はVEGFなどを分泌するけど、低酸素感知のメカニズムは?

最も中心的で直接的なメカニズムは、酸素分子(O2)そのものの濃度を感知するシステムです。このメカニズムの解明は、2019年のノーベル医学生理学賞の対象にもなりました。

Oxygen Regulation in Cells, Nov. 5, 2020, 1/1 HASP@Hope チャンネル登録者数 614人

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👑 中核となるメカニズム:HIF-1αの安定化

低酸素応答の主役は、**HIF-1(Hypoxia-Inducible Factor 1: 低酸素誘導因子1)**という転写因子(遺伝子のスイッチを入れるタンパク質)です。

HIF-1は、HIF-1αとHIF-1βという2つのパーツが合体したものです。このうち、HIF-1βは常に細胞内に存在しますが、HIF-1αは酸素濃度によってその運命が劇的に変わります。

1. 通常酸素(酸素が十分ある)の場合

  1. 水酸化: **PHD(プロリン水酸化酵素)**という酵素が、**酸素(O2)**を材料に使って、HIF-1αタンパク質を「水酸化」します。

  2. 目印: 水酸化されたHIF-1αには、「分解せよ」という目印(ユビキチン)がVHLというタンパク質によって付けられます。

  3. 分解: 目印が付いたHIF-1αは、プロテアソームという細胞内の”シュレッダー”で直ちに分解されてしまいます。

  4. 結果: VEGFなどの遺伝子スイッチはオフのままです。

2. 低酸素(酸素が足りない)の場合

  1. PHDの不活性化: PHD酵素がHIF-1αを水酸化するために必要な**酸素(O2)**が不足します。

  2. 安定化: PHD酵素が働けないため、HIF-1αは水酸化されず、分解の目印も付きません。

  3. 蓄積と核移行: 分解を免れたHIF-1αは細胞内に蓄積し、HIF-1βと合体して核内へ移動します。

  4. 転写誘導: HIF-1複合体は、VEGFや赤血球産生を促すエリスロポエチン(EPO)、解糖系酵素などの遺伝子のスイッチをオンにします。

  5. 結果: VEGFが細胞外に分泌され、新しい血管を作るよう(血管新生)促します。


💡 「ATP/ADP比」との関係

「ATP/ADP比の低下」は無関係かというと、そうではありません。これは第二のセンサー、あるいはエネルギー状態の監視役として重要です。

  • 低酸素とATP: 低酸素状態では、ミトコンドリアでの効率的なATP産生(酸化的リン酸化)が止まります。これにより、細胞のATPは減少し、ADPやAMPの割合が増えます(=ATP/ADP比の低下、AMP/ATP比の上昇)。

  • AMPKの活性化: この「エネルギー危機」を感知するのがAMPK(AMP活性化プロテインキナーゼ)という酵素です。

  • HIFへの影響: 活性化したAMPKは、HIF-1αの安定化を(PHDとは別の経路で)助けたり、HIF-1による転写を促進したりするなど、低酸素応答を増強する方向に働くことが知られています。

まとめ

  • 主要な酸素センサー: PHD酵素です。酸素分子(O2)の有無を直接感知し、HIF-1αの分解を制御します。

  • 主要な応答因子: HIF-1αです。酸素がないと安定化し、VEGFなどの遺伝子をオンにします。

  • エネルギーセンサー: AMPKです。低酸素によるATP/ADP比の低下(エネルギー不足)を感知し、HIF-1の応答を補助・増強します。

つまり、細胞は「酸素分子の不足(PHD)」と「エネルギー不足(AMPK)」の両方から低酸素状態を認識し、VEGFの分泌といった適応反応を引き起こしているのです。

酸素分子が直接、酸化反応に使われる?

はい、その通りです。鋭いご質問ありがとうございます。

酸素分子(O2)は、単に反応を助ける(酸化剤となる)だけではなく、化学反応の**「基質(材料)」として直接**使われます。

🧬 PHD酵素の反応メカニズム

HIF-1αを水酸化するPHD酵素は、「ジオキシゲナーゼ(Dioxygenase:二酸素添加酵素)」という分類の酵素です。

これは、酸素分子(O2)を2つの酸素原子(O)に分け、その両方を異なる基質に組み込む(添加する)反応を触媒するという意味です。

具体的には、以下の反応が同時に起こります。

  1. HIF-1α への組み込み:

    • 酸素分子(O2)の一方の酸素原子(O)が、HIF-1αの特定のプロリン残基に付加されます。

    • これにより、プロリン残基に**水酸基(-OH)**がくっつきます。これが「水酸化」です。

  2. α-ケトグルタル酸 への組み込み:

    • もう一方の酸素原子(O)は、α-ケトグルタル酸(TCA回路の構成員でもある)という別の基質に組み込まれます。

    • α-ケトグルタル酸は、この酸素原子を受け取ることでコハク酸と**二酸化炭素(CO2)**に分解されます。

この反応全体が起こるためには、以下の材料がすべて揃っている必要があります。

  • 基質1: HIF-1α(水酸化される側)

  • 基質2: 酸素分子(O2)

  • 基質3: α-ケトグルタル酸

  • 補因子: **鉄(Fe2+)**イオン(酵素活性の中心)


結論

低酸素状態になると、この反応の必須の「材料」である**酸素分子(O2)**が不足します。

その結果、PHD酵素は触媒反応(HIF-1αの水酸化)を行うことができなくなり、HIF-1αは分解を免れて安定化するのです。まさに酸素分子そのものの濃度を直接感知する、非常に合理的なセンサーと言えます。

おっしゃる通りです。鋭いご指摘です。

これは、がん細胞が「発明」したメカニズムではなく、正常な発生過程や組織修復で使われる、生命にとって必須のメカニズムを「悪用(ハイジャック)」しているに過ぎません。


👶 正常発生におけるHIF-1の役割

ご指摘の通り、胎児の発生、特に血管系の構築において、このHIF-1メカニズムは主役級の働きをします。

  1. 生理的な低酸素の発生:

    • 胎児(胚)が成長して細胞の塊が大きくなってくると、中心部の細胞は、母体からの酸素が拡散してくる距離が遠くなります。

    • これにより、発生中の組織の内部は**「生理的低酸素(Physiological Hypoxia)」**状態になります。

  2. HIF-1αの安定化:

    • この酸素不足をPHD酵素が感知し、HIF-1αが分解されずに蓄積します。

  3. VEGFの誘導と血管新生:

    • 安定化したHIF-1αがVEGF遺伝子のスイッチを入れます。

    • VEGFが分泌されると、それを目印にして既存の血管から新しい血管が枝分かれして伸びていき(=血管新生)、低酸素領域に酸素と栄養を届けます。

このプロセスは、胎盤の形成、心臓や脳をはじめとするあらゆる臓器の形成に不可欠です。もしHIF-1やVEGFの経路がうまく働かないと、血管系が正常に発達できず、胚は発生を続けることができません。


🩹 その他の正常な役割

発生時だけでなく、出生後もHIF-1は重要な役割を持ちます。

  • 創傷治癒(Wound Healing):怪我をして組織が損傷し、血管が切れると、その領域は低酸素状態になります。HIF-1が活性化し、VEGFを誘導して新しい血管の再生(血管新生)を促し、組織の修復を助けます。
  • 高地順応:高地などの低酸素環境に行くと、全身でHIF-1(やHIF-2)が活性化します。これにより腎臓で**エリスロポエチン(EPO)**の産生が促され、赤血球が増産されて酸素運搬能力が上がります。
  • 虚血(Ischemia):心筋梗塞や脳梗塞などで一時的に血流が途絶えた際にも、残った細胞でHIF-1が活性化し、どうにか生き延びようとします。

♋ がん細胞との関係(まとめ)

がん細胞は、この「発生」や「修復」という正常な生存戦略をそっくりそのまま悪用します。

  • がん細胞は無秩序に増殖するため、すぐに内部が低酸素状態になります。

  • 正常細胞と同様にHIF-1αを安定化させ、VEGFを大量に分泌します。

  • これにより、自分の栄養補給路となる「がんの血管」を無理やり新生させ、さらに増殖・転移する足がかりを得るのです。

したがって、ご質問の「正常発生でも使われるか?」という点については、**「はい、まさにその通りで、そちらが本来の機能です」**というのが答えになります。

プロンプト:これはがん細胞に限らず、正常発生でも使われるメカニズムだよね?血管新生のときに。

Gemini 2.5 Pro:

おっしゃる通りです。鋭いご指摘です。

これは、がん細胞が「発明」したメカニズムではなく、正常な発生過程や組織修復で使われる、生命にとって必須のメカニズムを「悪用(ハイジャック)」しているに過ぎません。


👶 正常発生におけるHIF-1の役割

ご指摘の通り、胎児の発生、特に血管系の構築において、このHIF-1メカニズムは主役級の働きをします。

  1. 生理的な低酸素の発生:

    • 胎児(胚)が成長して細胞の塊が大きくなってくると、中心部の細胞は、母体からの酸素が拡散してくる距離が遠くなります。

    • これにより、発生中の組織の内部は**「生理的低酸素(Physiological Hypoxia)」**状態になります。

  2. HIF-1αの安定化:

    • この酸素不足をPHD酵素が感知し、HIF-1αが分解されずに蓄積します。

  3. VEGFの誘導と血管新生:

    • 安定化したHIF-1αがVEGF遺伝子のスイッチを入れます。

    • VEGFが分泌されると、それを目印にして既存の血管から新しい血管が枝分かれして伸びていき(=血管新生)、低酸素領域に酸素と栄養を届けます。

このプロセスは、胎盤の形成、心臓や脳をはじめとするあらゆる臓器の形成に不可欠です。もしHIF-1やVEGFの経路がうまく働かないと、血管系が正常に発達できず、胚は発生を続けることができません。


🩹 その他の正常な役割

発生時だけでなく、出生後もHIF-1は重要な役割を持ちます。

  • 創傷治癒(Wound Healing):怪我をして組織が損傷し、血管が切れると、その領域は低酸素状態になります。HIF-1が活性化し、VEGFを誘導して新しい血管の再生(血管新生)を促し、組織の修復を助けます。
  • 高地順応:高地などの低酸素環境に行くと、全身でHIF-1(やHIF-2)が活性化します。これにより腎臓で**エリスロポエチン(EPO)**の産生が促され、赤血球が増産されて酸素運搬能力が上がります。
  • 虚血(Ischemia):心筋梗塞や脳梗塞などで一時的に血流が途絶えた際にも、残った細胞でHIF-1が活性化し、どうにか生き延びようとします。

♋ がん細胞との関係(まとめ)

がん細胞は、この「発生」や「修復」という正常な生存戦略をそっくりそのまま悪用します。

  • がん細胞は無秩序に増殖するため、すぐに内部が低酸素状態になります。

  • 正常細胞と同様にHIF-1αを安定化させ、VEGFを大量に分泌します。

  • これにより、自分の栄養補給路となる「がんの血管」を無理やり新生させ、さらに増殖・転移する足がかりを得るのです。

したがって、ご質問の「正常発生でも使われるか?」という点については、**「はい、まさにその通りで、そちらが本来の機能です」**というのが答えになります。

化学反応式

ご要望の化学反応式を以下に示します。

HIF-1αのプロリン残基(Pro)が水酸化される反応です。

酸素分子($O_2$)の2つの酸素原子が、それぞれどこへ行くかに着目すると、この酵素が「ジオキシゲナーゼ(二酸素添加酵素)」と呼ばれる理由がよくわかります。

🧪 PHDによるHIF-1α水酸化の化学反応式

$$\text{HIF-1}\alpha(\text{Pro}) + \alpha\text{-KG} + O_2 \xrightarrow{\text{PHD} / Fe^{2+}} \text{HIF-1}\alpha(\text{Pro-OH}) + \text{Succinate} + CO_2$$

【反応式の内訳】

  • 左辺(材料)

    1. HIF-1α(Pro):HIF-1αタンパク質中の特定のプロリン残基

    2. $\alpha$-KG$\alpha$-ケトグルタル酸(2-オキソグルタル酸)

    3. $O_2$:酸素分子

  • 右辺(生成物)

    1. HIF-1α(Pro-OH):水酸化されたプロリン残基(ヒドロキシプロリン)

    2. Succinate:コハク酸

    3. $CO_2$:二酸化炭素


🔍 酸素原子(O)の追跡:ここがポイント

酸素分子($O=O$)の2つの原子は、以下のように別々の物質に取り込まれます。

  1. 1つ目の酸素原子(O):HIF-1αのプロリン残基にくっつき、**水酸基(-OH)**を構成します。
    • これが「水酸化」の実体であり、VHLに捕まる目印となります。

  2. 2つ目の酸素原子(O):$\alpha$-ケトグルタル酸が酸化分解されてコハク酸になる際に、そのカルボキシ基(-COOH)の一部として取り込まれます。

⚙️ 鉄($Fe^{2+}$)の役割

酵素の中心にある**2価の鉄イオン($Fe^{2+}$)**は、この反応の「焼き網」のような場所です。

鉄イオンは、酸素分子($O_2$)と$\alpha$-ケトグルタル酸を同時に捕まえ、酸素分子を開裂させて反応性の高い状態にし、一気に反応を進めます。

そのため、鉄が欠乏したり、鉄が酸化されて3価($Fe^{3+}$)になってしまったりすると、酸素があってもこの反応は進まなくなります(=HIF-1αが安定化してしまう)。