特80 中用権と特176 後用権利
| 通称 | 条文番号 | 正式な名前(長いですが…) |
| 中用権 | 特許法 第80条 | 無効審判の請求登録前の実施による通常実施権 |
| 後用権 | 特許法 第176条 | 再審により回復した特許権等の効力の制限 |
※ 第112条の3は、「特許権の回復後の通常実施権」と呼ばれます
1. 中用権(第80条)
~「無効になった元・特許権者」を救う権利~
これが本来の「中用権」です。かなり特殊なケースです。
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どんな時?
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Aさんが特許を持っていたが、間違い(冒認出願など)があって無効になった。
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代わりに、正当な権利者Bさんに特許が認められた。
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Aさんは、自分の特許が無効になるとは知らずに(善意)、ビジネスをしていた。
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どうなる?
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Aさんは、Bさんの新しい特許権を使わせてもらう権利(中用権)を得ます。
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重要: この場合、AさんはBさんに**「相当の対価」を払う必要があります**。
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(理由:Bさんには何の落ち度もなく、Aさんは無権利だった期間に利益を得ていたからです)
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2. 後用権(第176条)
~「再審でひっくり返された第三者」を救う権利~
これは前回解説した通りです。
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どんな時?
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特許が無効等の確定審決を受けた後に、再審で復活した場合。
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どうなる?
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無効だと思ってビジネスを始めた第三者に権利が与えられます。
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重要: これも「相当の対価」を払う必要があります。
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【試験・実務用】4つの権利の整理表
ここが一番の落とし穴になりやすいので、表にまとめました。
特に「お金(対価)がいるか、いらないか」の違いが試験でよく出ます!
| 権利の名前 | 条文 | 状況(キーワード) | 対価の支払い |
| 先使用権 | 79条 | 出願前からやってた | 不要 (タダ) |
| 中用権 | 80条 | 無効になった元権利者の救済 | 必要 (有料) |
| (回復後の権利) | 112条の3 | 特許料の払い忘れからの回復 | 不要 (タダ) |
| 後用権 | 176条 | 再審で復活した時の救済 | 必要 (有料) |
覚え方のコツ:
「先使用権」と「払い忘れ(112条の3)」は、特許権者側がまだ権利を持っていないか、ミスをしているので、使う側はタダでOK。
「中用権(80条)」と「後用権(176条)」は、相手(正当権利者・復活した権利者)も保護する必要があるため、バランスを取って有料(対価が必要)。
「中用権=80条=有料」「後用権=176条=有料」のセットで暗記してしまうのが一番安全です!
無効審判の請求登録
「訴え(文句)が出された事実」に過ぎません。まだ「無効(特許が死んだ)」とは決まっていない段階です。なぜ「決着」ではなく「文句が出た段階」を基準にするのか?
1. 「無効審判の請求登録」の正体
これは、特許庁にある「特許原簿(とっきょげんぼ)」という「特許の戸籍」のようなものに、一行メモが書き込まれることを指します。
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書き込まれる内容: 「この特許に対して、無効にしてくれという審判が請求されました(戦いが始まりました)」
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意味: 「この特許は、将来死ぬかもしれませんよ!みんな気をつけてね!」という世間への警告(イエローカード)です。
まだ特許は有効(生きています)ですが、「係争中」という札が立った状態です。
2. なぜ、ここが「運命の分かれ道」になるの?
中用権(80条)の条文では、この「警告(請求登録)」が出る「前」から事業をしていた人だけを救う、と書いてあります。なぜ「無効が確定した時」まで待ってくれないのでしょうか?それは、「知っていたか(悪意)、知らなかったか(善意)」を区別するためです。
A. 警告(請求登録)の「前」からやっていた人
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状況: 特許は平和そのもの。「この特許は大丈夫だ」と信じて工場を建てた。
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評価: 純粋な被害者。救ってあげるべき(中用権ゲット)。
B. 警告(請求登録)の「後」に始めた人
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状況: 戸籍を見れば「この特許、無効審判で揉めてるな(死ぬかもな)」とわかったはず。
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心理: 「今は特許があるけど、どうせ無効になって消えるだろ。見切り発車で工場建てちゃえ!」
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評価: リスクを承知で博打を打った人。救う必要なし(中用権なし)。
つまり、法律はこう言いたいのです。
「『無効にしてくれ』という看板(請求登録)が出た後に、のこのことビジネスを始めたヤツまで守る義理はないよ。看板が出てたんだから、リスクがあるのはわかってたでしょ?」
3. 時系列で見る「安全地帯」
図解イメージで見ると一発です。
【安全地帯】 【危険地帯】
(救われる) (救われない)
↓ ↓
----|-------------------|-------------------|------> 時間
特許権 ★ここが境界線★ 審決確定
発生 「無効審判の 「はい、無効!」
請求登録」 (特許死亡)
(イエローカード) (レッドカード)
真ん中の★は「まだ訴えの事実に過ぎない」段階です。しかし、法律上は「ここから先は自己責任ゾーン」という入り口の意味を持つのです。
まとめ
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「無効審判の請求登録」の意味: 「この特許、怪しいですよ!今から喧嘩しますよ!」という警告の看板が立ったこと。
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なぜそこが基準?: 看板を見た後にビジネスを始めた人は、「特許が消えることに賭けたギャンブラー」だから、保護する必要がない(と法律が判断している)からです。
「判決の確定」ではなく「揉め事のスタート」を基準にすることで、「ちゃっかり便乗しようとした人」を排除している、と考えると分かりやすいですよ!
特80 中用権と 112条の3 との比較
中用権(80条):
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正式:無効審判の請求登録前の実施による通常実施権
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通称:中用権
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112条の3:
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正式:特許権の回復後の通常実施権
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通称:(特になし。「回復後の実施権」などと呼ぶ)
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2. 最大の違いは「お金(対価)」
ここが実務でも試験でも一番大事な区別です。
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中用権(80条)→(対価が必要)
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112条の3 → 無料(対価は不要)
覚え方のイメージ
中用権(80条): 本来の権利者同士の争い(無効審判)に巻き込まれた話なので、ビジネスとして「使用料」は払うべき。
112条の3: 元の権利者がウッカリ特許料を払い忘れた(権利者の自爆)のが原因。そんなダメな権利者のために、第三者がお金を払う必要はない(ペナルティ的な意味合い)。
3. なぜ混同しやすいのか?
多くのテキストや予備校の講義では、これらを「法定通常実施権」という大きなグループの中で一緒に教えます。どちらも「権利が一度死んで、生き返ったときの空白期間(ブランク)を埋めるための救済措置」という構造(仕組み)がそっくりだからです。
中用権の解説:ドラマ仕立てで
中用権(特許法80条)をします。中用権とは、一言で言うと「自分の特許がダメになったけど、お店を続けられる権利」です。ドラマ仕立てで解説します。
【ストーリー】ある日、特許が消えた!
登場人物は2人です。
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Aさん(あなた): 「素晴らしい掃除機」を発明して、特許を取った人。
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Bさん(ライバル): 実は同じ発明について、正当な権利を持っていた人。
第1幕:Aさんの勘違いと成功
あなたは「すごい掃除機」の特許を取りました。「よし、これで安泰だ!」と信じて、借金をして工場を建て、掃除機を製造・販売し始めました。ビジネスは順調です。
第2幕:悪夢の通知
ある日、ライバルのBさんが現れてこう言いました。
「その特許、実は間違いで登録されたものだよね? 本当の権利者は僕なんだ。君の特許を無効にする審判を請求したよ!」
第3幕:敗北
特許庁で審理が行われた結果、なんとBさんの言い分が認められました。
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あなたの特許は「無効(最初からなかったこと)」になりました。
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代わりに、Bさんの特許が確定しました(あるいはBさんの特許権が残りました)。
第4幕:絶体絶命
Bさんは言います。
「はい、君の特許は消えたね。今、この掃除機の特許を持ってるのは僕だ。君が工場で掃除機を作ってるのは、僕の特許権の侵害だ。今すぐ工場を壊して、店をたため!」
ここで登場するのが「中用権(80条)」
この状況、あなた(Aさん)があまりに可哀想ですよね?「特許庁が一度はOK出したから、それを信じて工場まで作ったのに!」そこで法律は、あなたに救いの手を差し伸べます。これが中用権です。
法律の声:
「Aさんは、自分の特許を信じて真面目にビジネスをしていたんだ。Bさんの権利も大事だけど、Aさんの工場を今すぐ潰すのは社会的な損失だ。
だからAさん、そのまま工場を動かしていいよ。」
これが中用権の正体です。
ただし、タダではない(重要!)
ここで法律は、勝者であるBさんの顔も立てないといけません。あなたは「他人の権利(Bさんのもの)」を使って商売をすることになるからです。
法律の声:
「Aさん、店を続けていいと言ったけど、今はBさんが本当の持ち主だ。
だから、Bさんにはちゃんと『家賃(ライセンス料)』を払いなさい。」
これが「相当の対価」の支払いです。
まとめ:中用権が成立する条件
この権利をもらうためには、以下の3つの条件をクリアしている必要があります。
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「無効審判の請求登録」より前からやっていること
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Bさんが「文句(審判)」を特許庁に登録する前から、あなたがビジネス(または準備)を始めていること。
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「文句」が出た後に慌てて工場を作ったなら、それは「ヤバいとわかっててやった」ので救われません。
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自分の特許が無効理由を含んでいると「知らなかった」こと
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「実はこの特許、ダメっぽいな…」と知りながらやっていたなら、保護されません(善意であること)。
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対価(お金)を払うこと
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タダ乗りは許されません。
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最終確認図
シンプルにこれだけ覚えてください。
| あなた(Aさん)の状況 | 中用権(80条)の結論 |
| 自分の特許を信じて工場を作った | → 工場は続けられる!(中用権あり) |
| でも特許は無効になった | → お金(対価)は払え! |
これが、中用権のすべてです。この「自分の権利が消えて、相手にひっくり返されたけど、お金を払って使い続ける」という図式だけを頭に入れてください。