解糖系について勉強していると、グルコースからピルビン酸にいたるまでの経路にでてくる反応で、フルクトース1,6ビスリン酸 CH2(-OPO4 2-)-C(=O)-CH(OH)-CH(OH)-CH(OH)-CH2(-OPO4 2-)が2つに分かれて、ジヒドロキシアセトンリン酸 CH2(-OPO4 2-)-C(=O)-CH2(OH)とグリセルアルデヒド3-リン酸 CH(=O)-CH(OH)-CH2(-OPO3 2-) が生成する反応があります。これはアルドール開裂(アルドール反応の逆反応)と呼ばれるもので、この反応を理解するためには、アルドール反応が何なのかを勉強する必要があると感じました。
カルボニル基 -C(=O)-に隣接する炭素は、α炭素と呼ばれ、そのα炭素に結合している水素はα水素と呼ばれるのだそうです。このα水素が水素イオンとして脱離することによって、α炭素がマイナスの電荷を帯びます。これが、エノラートイオンと呼ばれるそう。
アルドール反応とは
新しい炭素-炭素結合を作ることが出来る 有機化合物の基本骨格を、二つのフラグメントを結合する形で繋げ、より複雑なものに出来る。 炭素をつなげる王道反応:アルドール反応 (1) Chem-Station
aldol反応とは、α水素を有するアルデヒド(またはケトン)が酸もしくは塩基の存在下、2分子間で起きる付加反応のことです。生成物はβ-ヒドロキシルアルデヒドまたはβ-ヒドロキシルケトンとなります。ここでいう「β」はβ位のことで、カルボニル基の隣(=α位)のさらに隣(=β位)という意味です。(aldol反応・aldol縮合 yaku-tik.com)
解糖系の場合、ジヒドロキシアセトンリン酸 CH2(-OPO4 2-)-C(=O)-CH2(OH)とグリセルアルデヒド3-リン酸 CH(=O)-CH(OH)-CH2(-OPO3 2-) の2つが構成要素で、アルドール反応の生成物が、フルクトース1,6ビスリン酸 CH2(-OPO4 2-)-C(=O)-CH(OH)-CH(OH)-CH(OH)-CH2(-OPO4 2-) なので、確かに、生成物のβ位の炭素には水酸基(アルデヒド由来)になっていて納得です。
アルドール反応のエッセンス部分は、炭素から水素イオンが脱離して、炭素がマイナスイオンになっているのを(-)と書いておくと、
-C(=O)-C(-) + CH(=O) ⇒ -C(=O)-C-C(OH) –
ということになります。
アルドール反応(アルドールはんのう、aldol reaction)はα位に水素を持つカルボニル化合物が、アルデヒドまたはケトンと反応してβ-ヒドロキシカルボニル化合物が生成する反応で、求核付加反応のひとつ。 アルデヒド同士がこの反応を起こすとアルドールを生成することから、この名で呼ばれる。(アルドール反応 ウィキペディア)
アルドールとは、アルデヒド+アルコールの造語だったんですね。知ってすっきり。「アルデヒド同士がこの反応を起こすとアルドールを生成」という説明で、ようやく気付きました。
なぜこんな反応が起きるのか?カルボニル基のとなりの炭素(α炭素)に水素がある化合物の場合、
R-C(=O)-CH2-R (ケト型) は、R-C(-OH)=CH-R(エノール型)の配置もとれるのだそうです。二重結合(en)をもつアルコール(-ol)なのでエノールという名称になるわけですね。この水素が脱離した分子は、エノラート(enolate)と呼ばれるそうです。R-C(=O)-CH-R α炭素がマイナスの電荷を帯びることになります(水素は水素イオンとして脱離)。このマイナス電荷の炭素が、もう一方のケトンあるいはアルデヒドの分子内にある、プラス電荷気味になっているカルボニル基の炭素に対して「求核置換」の攻撃をするわけですね。
- アルドール反応・アルドール縮合:酸・塩基によるエノラート合成 Hatsudy:総合学習サイト
さて、エノラートという言葉を学んだので、もういちどアルドール反応の定義に戻ります。これが厳密な定義なのかな。
アルドール反応の定義は以下の通りである。【α水素をもつカルボニル化合物から発生したエノラート(エノール)がもう一つのカルボニル化合物へ求核付加し、β-ヒドロキシカルボニル化合物を与える反応】(炭素をつなげる王道反応:アルドール反応 (1) Chem-Station)
アルドール反応・アルドール付加・アルドール縮合という名称
自分が混乱したのは、アルドール縮合という言葉です。上記の説明では、縮合(例えば水分子が脱離するなど)していなくて、単に結合しただけです(付加反応)。付加反応のことを縮合と呼ぶ人もいるようですが、アルドール反応は実際にこの付加反応が生じたあと、次に続く反応で縮合も生じるので、それを(もしくはそれも含めて)アルドール縮合と呼ぶのかもしれません。
【縮合】2分子またはそれ以上の有機化合物が反応して、簡単な化合物の脱離を伴いながら新しい化合物を生成する反応をいう。たとえば、酢酸とエタノール(エチルアルコール)から酢酸エチルを生成するエステル化の反応は、酢酸とエタノールの両分子から簡単な化合物である水が脱離して、より大きい分子である酢酸エチルを生成するので縮合反応である。縮合反応ということばはかなり広く用いられていて、アルドール縮合のように、2種類の分子があわさって一つの大きな分子が生成するだけで、簡単な分子がとれないという例外的な縮合反応もある。(縮合 コトバンク)
コトバンクにはアセトアルデヒドCH3CHO 2分子が「アルドール縮合」して
HC(=O)-CH3 + HC(=O)-CH3 → HC(=O)-CH2-CH(OH)-CH3
アルドールが生成される反応が例として挙げられています。
アルドール縮合反応の名称は、アルデヒドやケトンが2分子関わってこれらが縮合によって生成する、それぞれβ-ヒドロキシアルデヒド類(β-アルドール)およびβーヒドロキシケトン類(β-ケト―ル)から名付けられた。一般にはこれらのβーヒドロキシ化合物の脱水によって生成するα、βー不飽和アルデヒド、およびケトン類を含んで総称されている。(糖尿病とメイラード反応 須山亨三 仙台大学紀要 2006 Vol.38. No.1. pp47-71)
ここまでくれば、
薬剤師国家試験平成30年度第103回一般理論問題問106 は簡単に答えがわかります。
生体において解糖や糖新生は、アルドラーゼにより触媒される可逆過程(アルドール反応及び逆アルドール反応)を含む。Aの構造式として正しいのはどれか。1つ選べ。ただし、構造式はすべて鎖状構造を示している。(PDF 第103回薬剤師国家試験問題及び解答(平成30年2月24日、2月25日実施) 厚生労働省)
生化学におけるアルドール反応の例
解糖系でC6がC3に分かれるところが、アルドール反応の逆反応(アルドール開裂)でした。重要なエネルギー代謝経路でアルドール反応が起きている別の例としては、クエン酸回路にアセチルCoAが入るときの反応があります。アセチルCoAのアセチル基がオキサロ酢酸に付加されて、クエン酸ができるわけですが、最初にこの反応を見たとき、CoAのチオール基側の炭素が骨格として繋がるのかと思ったのですが、どうやらそうではないようで、一体どういう反応でメチル基側の炭素が繋がるのだろうと不思議でした。これがまさにアルドール反応によるものと知り、なるほどと思いました。
アセチルCoA CH3-C(=O)-S-CoA のメチル基の炭素がまさに、カルボニル基の隣、すなわちα炭素で、それについている水素がα水素です。この水素が水素イオンとして脱離して、炭素がマイナスの電荷をもち、オキサロ酢酸 O=C–COOH-CH2(COOH) のカルボニル基の炭素(プラスに電荷が偏っている)を攻撃するわけですね。アルドール反応により、
O=C(-S-CoA)-CH2-C(OH)(COOH)-CH2COOH
加水分解(H2O)により、HS-CoA とクエン酸 HOOC–CH2-C(OH)(COOH)-CH2COOH になります。
- アルドール反応 クエン酸 (health.joyplot.com) アセチルCoAとオキサロ酢酸がアルドール反応によりカップリングした後、チオエステル部分が加水分解を受けて生成される。
- 加水分解(ウィキペディア)水分子 (H2O) は、生成物の上で H(プロトン成分)と OH(水酸化物成分)とに分割して取り込まれる。
参考
- ブルース有機化学概説(第3版) オンライン提供「18章 酵素触媒反応の機構・ビタミンの有機化学」(p.678〜729)
- 有機化学 改訂2版 (丸善出版 2016年)奥山 格, 石井 昭彦, 箕浦 真生 plus on the web ウェブチャプター23 生体物質の化学 23E 代謝の化学
- 第24回 エノール・エラノートの反応(1) 名城大学理工学部応用化学科