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認知症の症状

 

認知症の症状とご家族の不安:金銭に関する妄想、暴言、そして警察を呼ぶ行為の背景と対応

 

ご家族の予期せぬ言動に直面し、「嫁があたしのお金を盗んだ!とわめきちらしたり、近所中に言いふらしたり、警察呼んだり、そこまでひどいの?」というお気持ちを抱えていらっしゃることに、深く心を痛めていらっしゃることと拝察いたします。大切なご家族がこれまでの性格とは異なる行動を見せることは、大きな混乱と不安をもたらすことでしょう。

こうした行動は、ご本人の性格が変わってしまったわけではなく、多くの場合、認知症という病気によって引き起こされる症状です。本稿では、ご家族が経験されているような金銭に関する妄想、暴言、そして警察を呼ぶといった行動がなぜ起こるのか、それが認知症のどのような症状と関連しているのかを詳しくご説明します。また、ご不安な気持ちに寄り添いながら、具体的な対応策と専門機関への相談の重要性をお伝えします。

 

認知症の始まり方:突然の「ぼけ」は稀なのか

 

「突然ぼけが始まるものなの?」という疑問は、認知症に関する一般的な誤解の一つかもしれません。多くの認知症、特に最も患者数の多いアルツハイマー型認知症は、通常、時間をかけてゆっくりと進行していく特徴があります 1。初期には「もの忘れ」から始まり、徐々に理解力や判断力の低下、集中力の散漫といった症状が現れ、段階的に進行していきます 2。症状を早期に発見し、適切な治療を開始することで、その悪化を遅らせることが期待できます 3

しかし、「突然ぼけが始まる」と感じるような急激な認知機能の変化が見られる場合、それは典型的な認知症の始まり方とは異なる、別の原因が背景にある可能性も考えられます。

  • せん妄 (Delirium): 環境の変化、体調不良(発熱や激しい痛み)、不眠、薬剤の影響などが原因で、一時的に強い「寝ぼけ」のような錯乱状態に陥ることがあります 6。せん妄は突然発症し、数時間から数週間にわたり症状が継続しますが、時間と共に症状が変動するのが特徴です。多くの場合、原因を取り除けば改善が見られます 6
  • 脳血管性認知症 (Vascular Dementia): 脳梗塞や脳出血といった脳血管障害(脳卒中)が原因で脳の神経細胞が破壊されることで発症する認知症です。脳血管障害は突然起こるため、それに伴う認知症状も突然現れることがあります。運動麻痺や言語障害などの神経症状を伴うことも特徴です 2
  • 慢性硬膜下血腫 (Chronic Subdural Hematoma): 頭部打撲から1〜3ヶ月後に脳の隙間に血がたまる病気で、高齢者に多く見られます。本人が覚えていないほどの軽微な打撲でも起こる可能性があります。頭痛や歩行障害、運動麻痺とともに、意欲低下や見当識障害などの認知機能障害が現れることがあります。この病気はCT検査で簡単に診断でき、脳の手術によって症状が完全に治る可能性がある、非常に重要な疾患です 2

認知機能の急激な変化は、単なる「ぼけの始まり」として見過ごすべきではありません。せん妄や脳血管性認知症、特に治療によって改善が期待できる慢性硬膜下血腫など、緊急性のある、あるいは治療可能な別の状態である可能性を示唆しています。ご家族が「突然おかしくなった」と感じたら、すぐに専門医に相談することが極めて重要です。この迅速な対応が、ご本人の状態改善に大きく寄与する場合があります。

 

認知症の主な症状:中核症状と行動・心理症状(BPSD)

 

認知症の症状は、大きく分けて「中核症状」と「行動・心理症状(BPSD)」の二つに分類されます。ご家族が直面している「お金を盗んだと叫ぶ」「近所中に言いふらす」「警察を呼ぶ」といった行動は、主にBPSDに該当します。

 

認知症の「中核症状」:脳の機能低下による直接的な症状

 

中核症状とは、脳の神経細胞の障害によって直接的に引き起こされる認知機能の低下を指します。これらは認知症の診断において中心となる症状であり、ほぼ全ての人に初期から認められます 7

  • 記憶障害: 新しい出来事を覚えられない、ついさっきの行動や見聞きした内容を忘れてしまうのが特徴です。加齢によるもの忘れとは異なり、忘れたこと自体を思い出せない点が挙げられます 3。例えば、同じ話を繰り返したり、約束を忘れたり、鍵や財布をなくしたりすることがあります 9
  • 見当識障害: 時間、場所、人物に関する認識が困難になります。時間の感覚が薄れ、現在の日付や曜日が分からなくなり、進行すると自分がどこにいるのか、目の前の人が誰なのかも分からなくなることがあります 4
  • 理解力・判断力の低下: 複雑な状況を理解したり、適切な判断を下したりすることが難しくなります 3。買い物の計算が難しくなったり、周囲の会話についていけなくなったり、信号が赤になりそうなのに渡ろうとしたりする例が見られます 9
  • 実行機能障害: 計画を立てて順序良く物事を遂行する能力が低下します 8。手慣れた料理が作れなくなったり、買い物の段取りが難しくなったり、お金の管理ができなくなったりする変化もみられます 3
  • 失行・失認・失語:
  • 失行: 体は動かせるのに、やり方が分からなくなり行動できなくなる状態です。例えば、シャツのボタンをはめられない、鍵を開けられないといったことが挙げられます 7
  • 失認: 感覚器からの情報(見たもの、聞いたもの)を認識できない状態です。目の前のものが何か分からない、部屋を間違えるといったことがあります 7
  • 失語: 言葉を理解したり、適切に話したりすることが困難になる状態です 8

 

認知症の「行動・心理症状(BPSD)」:中核症状と環境要因から生じる二次的な症状

 

BPSDは、中核症状に加えて、ご本人の性格、身体状態、周囲の環境、介護者の対応などが複雑に絡み合って生じる様々な精神症状や行動障害を指します 7。これらの症状は介護者の負担を大きくする要因となることがあります。

  • 興奮・不穏、暴言・暴力: 不安や混乱、感情のコントロールができない、自尊心が傷つけられた、体調不良、周囲の感情に巻き込まれるなどが原因で起こります 9。ご家族が経験されている「わめきちらしたり、近所中に言いふらしたり」といった行動は、この範疇に入ります。これは、感情の抑制が難しくなったり、社会的な判断力が低下したりすることから、周囲の状況を適切に認識できず、感情がそのまま表に出てしまうために起こると考えられます。
  • 妄想: 現実にはないことを強く信じ込む症状です。特に「物盗られ妄想」は、財布や貴重品がなくなった際に、身近な家族や介護者が盗んだと思い込むことが多く見られます 10
  • 幻覚・幻視: 実際には存在しないものが見えたり聞こえたりする症状です 1
  • 徘徊: 時間や場所の認識が曖昧になり、目的なく歩き回ったり、家を出て迷子になったりする行動です 10
  • 介護拒否: 介護される意味が理解できない、自分のタイミングで物事を進めたい、嫌な思いをしたなどの理由から、食事や入浴、着替えなどを拒むことがあります 8
  • 抑うつ・無気力(アパシー): 認知機能の低下を自覚することによる不安や焦燥感、自信の喪失から、気分が落ち込んだり、何事にも意欲が湧かなくなったりします 1
  • 叫声・奇声: 自分の不快感や要求をうまく言葉で伝えられないストレス、恐怖や不安、幻覚・妄想などが原因で、大声を出したり奇声を上げたりすることがあります 10
  • 性格の変化・易怒性: これまで温厚だった人が急に怒りっぽくなる、周囲の出来事に関心がなくなる、無表情になるなどの変化が見られます 3

ご家族が直面している「お金を盗んだと叫ぶ」「近所中に言いふらす」といった行動は、ご本人の性格や悪意からくるものではなく、認知症の中核症状(記憶障害や判断力低下など)が、ご本人の不安や自尊心の低下、あるいは周囲の環境と複雑に絡み合って生じる「二次的な症状」です。例えば、実行機能障害によって今までできていた家事ができなくなり、家族に叱責されたことで自信を失い、抑うつ状態になることがあります。また、見当識障害によって時間や場所が分からなくなり、買い物に出たつもりが道に迷い、徘徊につながることもあります 10

このメカニズムを理解することは、単に「困った行動」として捉えるのではなく、「病気が引き起こしている症状」として認識する上で極めて重要です。ご本人の「悪意」ではなく「病気」が原因であると理解することで、介護者の精神的負担が軽減され、より適切な対応へと繋がります。

また、ご本人が自身の能力低下を自覚し、それを認めたくないという気持ちが、妄想や攻撃的な言動につながることもあります 9。例えば、財布をどこかに置き忘れた事実を認めると、これまで家計を管理してきた誇りを失うと感じ、「誰かが盗った」と思い込んでしまうことがあります 15。これは、ご本人が失われゆく能力に対して感じる恐怖や自尊心の傷つきからくる防衛反応であり、この背景を理解することが、ご本人への接し方を変え、介護者の心の負担を軽減する第一歩となります。

以下に、認知症の主な症状をまとめた表を示します。

表1:認知症の主な症状:中核症状と行動・心理症状(BPSD)

症状の分類 症状名 具体的な症状例
中核症状 記憶障害 新しい出来事を覚えられない、同じ話を繰り返す、約束を忘れる、鍵や財布をなくす 3
見当識障害 日付や曜日が分からない、自分がどこにいるか分からない、目の前の人が誰か分からない 4
理解力・判断力の低下 買い物の計算ができない、周囲の会話についていけない、危険な状況を判断できない 3
実行機能障害 料理の手順が分からない、買い物の段取りができない、お金の管理が難しい 3
失行・失認・失語 服のボタンがはめられない(失行)、目の前のものが何か分からない(失認)、言葉が出にくい・理解できない(失語) 7
行動・心理症状 (BPSD) 興奮・不穏、暴言・暴力 不安や混乱から大声を出す、怒りっぽくなる、他人に暴力を振るう、近所中に言いふらす 9
物盗られ妄想 家族や介護者が自分の物を盗んだと思い込む 10
幻覚・幻視 実際には存在しないものが見えたり聞こえたりする 1
徘徊 目的なく歩き回り、家を出て迷子になる 10
介護拒否 食事や入浴、着替えなどを拒む 8
抑うつ・無気力(アパシー) 気分が落ち込む、何事にも意欲が湧かない、表情が乏しくなる 1
叫声・奇声 自分の不快感を伝えられず大声や奇声を上げる 10
睡眠障害 昼夜逆転、夜間の不眠 7

 

「お金を盗まれた」という訴えと妄想について

 

ご家族の「嫁があたしのお金を盗んだ!」という訴えは、認知症でよく見られる「物盗られ妄想」という被害妄想の一種です。認知症の方の約15%にみられる症状であり、特に身近な人、介護に長く関わる人が疑われるケースが多いとされています 15

この妄想の主な原因は、認知症による記憶障害を受け入れたくないという気持ちにあります 15。ご本人が財布をどこかに置き忘れても、その事実を認めることが、これまで家計を管理してきた誇りを失うことにつながると感じることがあります。家族から「役に立たない」と思われることを恐れ、「誰かが盗った」と考えるようになるのです 15。物盗られ妄想は、認知症の初期症状として現れることが多く、1年以上続く場合もありますが、認知症が進行すると消失するケースも多いとされています 15

このような妄想に対して、ご家族が「そんなことはない」「盗んでいない」と頭ごなしに否定したり、ご本人の訴えを無視したりすることは、ご本人の自尊心を深く傷つけ、かえって不安な気持ちを増幅させてしまう可能性があります 14。その結果、ご家族に対する不信感が強まり、症状がさらに悪化したり、暴言や暴力につながったりすることもあります 15

大切なのは、ご本人の訴えをまずは受け入れる姿勢を示すことです。たとえそれが事実と異なっていても、「そう思われるのですね」「それは大変でしたね」と共感を示し、ご本人の気持ちに寄り添うことが、ご本人の不安を和らげる第一歩となります 16。その後、「一緒に探してみましょうか」と声をかけ、ご本人と一緒に物を探すのが良い方法です。もしご家族が先に見つけても、さりげなくご本人が見つけられるように誘導することで、ご本人が自信を取り戻し、物忘れへの不安が少しずつ解消されていく可能性もあります 15。無理にお金や財布を取り上げることも、ご本人の自尊心を奪い、不信感を生む可能性があるため、小銭を入れた財布くらいは持てるような配慮も必要です 14

 

暴言・暴力、そして警察を呼ぶ行為の背景

 

ご家族が「わめきちらしたり、近所中に言いふらしたり、警察呼んだり」といった行動は、認知症の様々な側面から引き起こされることがあります。

 

暴言・暴力の背景

 

認知症の方が暴言や暴力に及ぶ理由は複数あり、ご本人の心身の状態と密接に関わっています 9

  • 不安や混乱: 現状やこれから起こることが上手く理解できず、常に不安や混乱と隣り合わせで心細い状態にあります。自分の置かれている状況をうまく言葉で伝えることが困難な場合、その不安や不快感がイライラとなり、暴言や暴力として表出することがあります 9
  • 感情のコントロールができない: 認知症で大脳の前頭葉と呼ばれる部分が萎縮すると、感情を抑制して冷静な思考や行動が困難になります 9。そのため、感じたストレスにうまく対処できず、乱暴な言葉や大声、叫び声として表出してしまうと考えられます 12。ご家族が経験されている「近所中に言いふらす」といった行動も、この感情のコントロールの難しさや、社会的な状況判断の低下が背景にある可能性があります。
  • 自尊心が傷つけられた: 認知症の方は病識がないまま自分の能力が低下しているため、自尊心が傷つけられると過敏に反応してしまいます 9。できないことを注意されたり、能力を否定されたりすると、強い怒りや反発につながることがあります 10
  • 体調不良・不調: 認知症の方は体調不良や身体の痛みを正確に認識して周囲に伝えるのが難しいため、体の不調が大きなストレスになります 9
  • 幻覚や妄想: 実際には存在しない人や物が見えてしまう「幻視」や、起きていないことが実際起こったように感じてしまう「妄想」が原因で、恐怖や不安から大声を出したり、攻撃的になったりすることもあります 12

 

認知症の種類と特徴的なBPSD

 

認知症の種類によって、現れやすい行動・心理症状には特徴があります。

  • アルツハイマー型認知症: 最も患者数が多いタイプで、徘徊や妄想、うつや無関心(アパシー)などの症状が現れやすいとされています。物忘れなどの記憶障害からゆっくりと進行し、自分の物を盗まれたと思い込む「物盗られ妄想」もしばしば現れます 10。理解力や判断力の低下、感情のコントロールがうまくできないことが、暴言や暴力につながることもあります 13
  • 脳血管性認知症: 感情のコントロールができない「感情失禁」が特徴的で、怒りや悲しみの感情が急に現れやすい傾向があります。症状の現れ方に波がある「まだら認知症」も特徴です 10
  • レビー小体型認知症: 実在しないものが見える幻視が特徴的です。症状が一日の中でも大きく変動する日内変動や、体が動かしにくくなるパーキンソン症状、眠っているときに大声で叫んだり体を大きく動かしたりするレム睡眠行動障害があることも特徴です。幻覚や妄想による恐怖や不安から混乱状態に陥り、暴力的になることがあります 10
  • 前頭側頭型認知症: 感情のコントロールや言語機能に関わる脳の部位に障害が生じるため、初期段階では物忘れよりも異常行動や暴言、性格の変化が多くみられます。「本能の赴くままに行動する」という行動パターンが出現し、興奮による暴力や暴言が最も多いのが特徴です 10

 

警察を呼ぶ行為の背景

 

認知症の方が警察を呼ぶ背景には、強い不安や混乱、そして妄想や幻覚が関係しています。

  • 被害妄想や幻覚・幻視: 部屋に誰もいないのに「泥棒がいる」と訴えたり、訪問介護員を泥棒と思い込んだり、財布を置いた場所を忘れて「盗まれた」といって警察を呼んでしまうケースがあります 16。これらはご本人が現実にはないことを強く信じ込んでいるため、ご本人にとっては「助けを求める」正当な行動なのです。
  • 監禁されているという思い込み: 留守番中に、自分が監禁されていると思い込んで警察に通報することもあります 16

警察を呼ぶ行為は、ご本人の不安の裏返しであり、その不安が解消されない限り、同様の行動を繰り返す可能性があります 16。ご家族がご本人の話を否定したり、無視したりすると、自尊心が傷つき、不安な気持ちがさらに増大し、悪循環に陥ってしまうことがあります 16

以下に、認知症の種類と特徴的な行動・心理症状(BPSD)の関連をまとめた表を示します。

表2:認知症の種類と特徴的な行動・心理症状(BPSD)

認知症の種類 特徴的なBPSD 暴言・暴力、警察を呼ぶ行為との関連
アルツハイマー型認知症 物盗られ妄想、徘徊、抑うつ、無関心 10 理解力・判断力低下、感情コントロール困難、自尊心損傷から暴言・暴力、物盗られ妄想による警察への通報 13
脳血管性認知症 感情失禁(怒りや悲しみが急に出る)、まだら認知症、意欲低下 10 感情失禁により、怒りや悲しみが急激に表出し、暴言・暴力につながりやすい 13
レビー小体型認知症 幻視、日内変動、パーキンソン症状、レム睡眠行動障害 10 幻視・妄想による恐怖・混乱から興奮状態となり、暴力的になる、警察を呼ぶ 13
前頭側頭型認知症 異常行動、暴言、性格変化、脱抑制(本能のまま行動) 10 感情コントロール困難、脱抑制が顕著で、興奮による暴力や暴言が最も多い 13

 

「そこまでひどいのか」という問いへの理解

 

ご家族が経験されている「お金を盗んだとわめきちらしたり、近所中に言いふらしたり、警察呼んだり」といった行動は、確かに非常に厳しく、ご家族にとって深い苦痛と負担を伴うものです。2015年度の厚生労働科学特別研究事業による調査では、かかりつけ医が家族から最も困る症状として、物忘れとともに、暴力や徘徊など興奮性のBPSDが挙げられています 10。これは、ご家族が感じている「ひどさ」が、専門家や他の介護者も共通して認識する、認知症の特に困難な側面であることを示しています。

これらの行動・心理症状(BPSD)は、認知症の進行に伴って出現しやすくなります。例えば、アルツハイマー型認知症の進行度を評価するFASTスケールでは、中程度の段階(FAST4~5)で、暴力や暴言、徘徊といった他者との関係性に影響を及ぼす周辺症状が出現しやすくなり、対応が困難になる傾向があるとされています 19

認知症が進行すると、記憶力だけでなく、理解力、判断力、実行機能など様々な認知機能が低下し、日常生活に介助が必要な場面が増えていきます 4

  • 初期: 軽度の物忘れや時間感覚の混乱が見られますが、日常生活に大きな支障はありません 4
  • 中期: 記憶障害が深刻化し、自立した生活が困難になります。場所の見当識障害が多く見られ、徘徊につながることもあります。この時期に、物盗られ妄想や暴言・暴力、幻覚、介護拒否といったBPSDが出現・増加し、介護の負担が大きくなります 4
  • 末期: 認識力が著しく低下し、人を認識できなかったり、言葉が理解できなくなったりと、コミュニケーションを取ること自体が難しくなります。食事や入浴、排泄などの基本的な生活動作が自力ではできなくなり、常に介助が必要となります。歩行障害や運動障害もみられ、最終的には寝たきりになることも少なくありません 4。尿失禁や便失禁の頻度が増加し、強迫的または反復的な行動が見られることもあります 8

ご家族が現在直面されている行動は、認知症の進行段階において、特に介護が困難になる時期に現れやすい症状です。ご本人の行動がご家族の社会生活に影響を及ぼし(例:近所中に言いふらすことによる周囲との関係性の変化)、介護者の精神的負担が増大することは、認知症介護の現実として広く認識されています。ご家族が感じている「ひどさ」は、この病気の進行と、それに伴う介護負担の増大を正確に捉えたものです。この理解は、ご家族が適切な支援を求めるための重要な一歩となります。

以下に、認知症の進行段階と主な症状、介護の目安をまとめた表を示します。

表3:認知症の進行段階と主な症状・介護の目安

進行段階 主な症状 介護の目安
前兆(軽度認知障害MCI) 軽度の物忘れが見られるが、日常生活に支障はほとんどない 4 早期発見・治療で認知症の発症を遅らせる、または防ぐことが期待できる 3
初期 物忘れ、理解力・判断力低下、集中力低下、趣味への関心喪失、性格変化 3 早期発見・治療で症状の進行を緩やかにすることが可能。注意深い観察と、ご本人の自尊心を尊重したサポートが重要 3
中期 記憶障害が深刻化、見当識障害(場所・時間)、徘徊、自立生活困難。物盗られ妄想、暴言・暴力、幻覚、介護拒否などのBPSDが出現・増加 4 サポートが必要な場面が増加。対応が困難なBPSDへの専門的ケアや療養環境の整備が不可欠。介護者の負担が増大しやすい時期 19
末期 意思疎通困難、身体機能低下(歩行、食事、排泄など)、寝たきり。失禁、異食、重度のBPSD(強迫行為など) 4 常に介助が必要。医療的サポートも必要となり、誤嚥性肺炎などの感染症リスクが増大。多職種連携でのケアと、ご家族の精神的サポートが極めて重要 8

 

ご家族ができること:初期の対応と専門機関への相談

 

認知症のご家族を支えることは、計り知れない精神的・身体的負担を伴います。しかし、適切な知識と支援を得ることで、ご本人もご家族もより穏やかな日々を送ることが可能になります。

 

ご家族ができる初期の対応

 

ご本人の行動・心理症状(BPSD)に対しては、以下のような対応が有効です。

  • 否定しない、共感する: ご本人の言動が事実と異なっても、頭ごなしに否定したり、無視したりすることは避けましょう 14。ご本人の訴えをまずは受け入れ、「そう思われるのですね」と共感を示すことが、ご本人の不安を和らげ、落ち着きを取り戻すきっかけになります 16
  • 物理的・感情的な距離をとる: 暴言や暴力が見られる場合、一旦その場を離れ、物理的・心理的に距離をとることで、お互いが冷静になる時間を作ることが大切です 13。力で対抗したり、感情的に言い返したりすることは、症状をさらに悪化させる可能性があります 18
  • 関心を別の方向へ向ける: ご本人が興奮している場合、話題を変えたり、関心がありそうな別の活動に誘ったりすることで、気分転換を図れることがあります 13
  • 丁寧でわかりやすいコミュニケーション: 認知症の方は、周囲の会話速度についていけない、言葉を理解できないといった症状があるため、ゆっくりと、短い言葉で、丁寧な話し方を心がけましょう 9。会話が難しい場合は、スキンシップやアイコンタクト、優しい声かけや明るい笑顔が安心感を与えます 16
  • 自尊心を尊重する: 無理にお金や財布を取り上げず、小銭入れを持たせるなど、ご本人が「できること」を奪わない配慮が必要です 14。簡単な家事や作業をお願いするなど、役割を持ってもらうことも、自信を取り戻す良い方法です 16

 

専門機関への相談の重要性

 

ご家族の認知症の疑いがある場合、できるだけ早く専門機関を受診し、診断を受けることが重要です 3。早期に適切な治療を開始することで、症状の進行を遅らせることが期待できます 4

ご本人が受診を拒否する場合でも、ご家族だけで抱え込まず、まずは「もの忘れ外来」や精神科、心療内科を設置する病院に相談してみることをお勧めします 3。もの忘れ外来の中には、ご本人不在でも家族からの相談に対応しているところもあります 3。かかりつけ医に協力を仰ぐのも良いでしょう 3

また、ご家族自身のストレス軽減のためにも、介護保険サービスや行政サービス、地域包括支援センターなどの活用を検討することが非常に大切です 16。これらの機関は、認知症に関する専門的な情報提供、介護サービスの紹介、介護者の相談支援など、多岐にわたるサポートを提供しています。ご家族だけで全てを抱え込まず、外部の支援を積極的に活用することで、介護負担を軽減し、ご家族自身の心身の健康を守ることができます。

認知症の症状はご本人だけでなく、ご家族の生活にも大きな影響を及ぼします。ご家族が「突然おかしくなった」と感じた時や、金銭に関する妄想、暴言、警察を呼ぶといった行動に直面した時、それは病気が進行しているサインである可能性が高いです。このような状況では、ご本人の悪意ではなく、病気による症状であることを理解し、専門家や支援機関の力を借りることが、ご本人とご家族双方にとって最善の道となります。

 

まとめ

 

認知症は、もの忘れだけでなく、理解力・判断力の低下、実行機能障害といった「中核症状」に加え、ご家族を深く悩ませる「行動・心理症状(BPSD)」を伴う複雑な病気です。ご家族が経験されている「お金を盗んだとわめきちらす」「近所中に言いふらす」「警察を呼ぶ」といった行動は、記憶障害や自尊心の傷つき、感情のコントロールの困難さ、幻覚・妄想などが複雑に絡み合って生じる、認知症の典型的な症状です。これらの行動は、ご本人の性格や悪意からくるものではなく、病気が引き起こしていることを理解することが、ご家族の心の負担を軽減する第一歩となります。

認知機能の急激な変化が見られた場合は、せん妄や脳血管性認知症、慢性硬膜下血腫など、治療可能な原因が背景にある可能性もあるため、速やかに専門医を受診することが極めて重要です。また、ご本人の妄想や暴言に対しては、頭ごなしに否定せず、共感を示し、ご本人の不安に寄り添うことが大切です。

認知症の進行に伴い、介護の負担は増大しますが、ご家族だけで抱え込む必要はありません。もの忘れ外来や精神科、地域包括支援センターなど、様々な専門機関や行政サービスがご家族を支えるために存在します。早期の診断と介入、そしてご家族が積極的に外部の支援を活用することが、ご本人とご家族双方の生活の質を維持し、より穏やかな日々を送るための鍵となります。ご家族は決して一人ではありません。

引用文献

  1. 認知症は一気に進む?原因やタイプ別の進行速度、対策まで – LIFULL 介護, 6月 14, 2025にアクセス、 https://kaigo.homes.co.jp/manual/dementia/symptom/speed/
  2. 認知症疾患について – 和歌山県立医科大学, 6月 14, 2025にアクセス、 https://www.wakayama-med.ac.jp/med/bun-in/dementia/ninchisyou/index.html
  3. 認知症の始まり・兆候とは?早期発見のためにできることを解説 – 丹沢病院, 6月 14, 2025にアクセス、 https://www.tanzawahp.or.jp/pr/2024/03/15/dementia-strat/
  4. 認知症のレベル別一覧表。認知症の進行度別の状態とは? – あらたまこころのクリニック | 名古屋市瑞穂区の心療内科・精神科, 6月 14, 2025にアクセス、 https://www.mentalclinic.com/disease/p10740/
  5. 認知症にはどのような症状がある?治療法もあわせて解説 – ルネクリニック, 6月 14, 2025にアクセス、 https://renee-clinic.jp/report/405/
  6. 入院が原因で認知症が発病することはあるの? | MIRAI病院 | 香川県坂出市, 6月 14, 2025にアクセス、 https://www.mirai-hospital.com/column/7701/
  7. 周辺症状(BPSD)について – 佐藤病院(精神科・内科), 6月 14, 2025にアクセス、 https://midori-satohp.or.jp/feature/feature-80/
  8. 認知症はどう進行していく?進行段階や原因について徹底解説! – みんなの介護, 6月 14, 2025にアクセス、 https://www.minnanokaigo.com/guide/dementia/progress/
  9. 認知症の4つの初期症状とは?段階ごとの対応方法も解説 – LIFULL 介護, 6月 14, 2025にアクセス、 https://kaigo.homes.co.jp/manual/dementia/symptom/
  10. 認知症にみられるBPSD(周辺症状/行動・心理症状)とは? – 朝日生命, 6月 14, 2025にアクセス、 https://anshinkaigo.asahi-life.co.jp/activity/ninchisho/column2/15/
  11. 認知症の症状とは?初期症状や進行に伴う変化を解説 – ONODERAナーシングホーム, 6月 14, 2025にアクセス、 https://onodera-nursinghome.com/column/1130/
  12. 認知症の方が奇声を発してしまう原因とは?対処法や治療法もご紹介します! – 安心介護, 6月 14, 2025にアクセス、 https://i.ansinkaigo.jp/shokai/articles/dementia/shokai-dementia-cry_2
  13. 認知症による暴力に周囲はどう対応する?対処法を解説 – ルネクリニック, 6月 14, 2025にアクセス、 https://renee-clinic.jp/report/434/
  14. 親が認知症になったら…代表的なお金の管理方法とよくある金銭トラブル – りそな銀行, 6月 14, 2025にアクセス、 https://www.resonabank.co.jp/kojin/column/shoukei/column_0008.html
  15. 【認知症学会理事監修】認知症の被害妄想や作り話への対応方法を解説 – みんなの介護, 6月 14, 2025にアクセス、 https://www.minnanokaigo.com/guide/dementia/support/delirium/
  16. 認知症の方が警察を呼ぶときの対処法は?場面や原因を解説!, 6月 14, 2025にアクセス、 https://www.mcsg.co.jp/kentatsu/dementia/2535
  17. 認知症になると顔つきが変わる?特徴や変化の原因を解説 – 朝日生命, 6月 14, 2025にアクセス、 https://anshinkaigo.asahi-life.co.jp/activity/ninchisho/column2/13/
  18. 認知症による暴力・暴言行為が見られたら 理解を深めて適切な対応を, 6月 14, 2025にアクセス、 https://wellnesslab-report.jp/pj/gamma-tech/column/causes-dementia-violence.html

認知症を分類するFASTとは?活用方法やステージごとの症状の詳細を解説, 6月 14, 2025にアクセス、 https://wellnesslab-report.jp/pj/gamma-tech/column/care-dementia-fast.html

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