特70条1項 特許請求の範囲 切餅の上面の切り込みの解釈【明細書の役割】

(特許発明の技術的範囲)
第七十条 特許発明の技術的範囲は、願書に添付した特許請求の範囲の記載に基づいて定めなければならない。

特許法 https://laws.e-gov.go.jp/law/334AC0000000121#Mp-Ch_4-Se_1-At_70

 

【請求項1】
角形の切餅や丸形の丸餅などの小片餅体の載置底面ではなく上側表面部に、周方向に長さを有する若しくは周方向に配置された一若しくは複数の切り込み部又は溝部を設けたことを特徴とする餅。
【請求項2】
角形の切餅や丸形の丸餅などの小片餅体の平坦頂面や載置底面ではなく上側表面部の側周表面に、周方向に長さを有する若しくは周方向に配置された一若しくは複数の切り込み部又は溝部を設けたことを特徴とする請求項1記載の餅。

【発明の詳細な説明】

【0007】
一方、米菓では餅表面に数条の切り込み(スジ溝)を入れ、膨化による噴き出しを制御しているが、同じ考えの下切餅や丸餅の表面に数条の切り込みや交差させた切り込みを入れると、この切り込みのため膨化部位が特定されると共に、切り込みが長さを有するため噴き出し力も弱くなり焼き網へ落ちて付着する程の突発噴き出しを抑制することはできるけれども、焼き上がった後その切り込み部位が人肌での傷跡のような焼き上がりとなり、実に忌避すべき状態となってしまい、生のつき立て餅をパックした切餅や丸餅への実用化はためらわれる。

特開2004-147598 【出願人】【識別番号】593201958【氏名又は名称】越後製菓株式会社  https://www.j-platpat.inpit.go.jp/p0200

質問:越後製菓の特許の明細書 【0007】からすると、「上面ではなく」と解釈すべきだと思うんだけど。地裁ではそう判断して、高裁ではそれがひっくり返ったんだけど。高裁の解釈は、側面であることを述べるために「上面ではなく」と書いたにすぎない、なぜなら「読点」が使われていないからという理由だったんだけどさ、たしかに、その1文だけから判断したらそうだけど、別の場所ではっきりと、上面に切り込みを入れると醜くなるって書いてたわけだよね、なぜそれが問題にならなかったの?

Gemini:ご特許明細書の記述【0007】と、それに関する裁判所の判断について解説します。特に、なぜ「上面ではなく」という解釈が地裁と高裁で分かれ、高裁では他の記述が問題にならなかったのかという点に焦点を当てます。


🧐 【0007】の記述と解釈の対立

特許明細書【0007】の記述は、以下の通りです。(便宜上、区切りを明確にします。)

一方、米菓では餅表面に数条の切り込み(スジ溝)を入れ、膨化による噴き出しを制御しているが、(A)同じ考えの下切餅や丸餅の表面に数条の切り込みや交差させた切り込みを入れると、(B)この切り込みのため膨化部位が特定されると共に、切り込みが長さを有するため噴き出し力も弱くなり焼き網へ落ちて付着する程の突発噴き出しを抑制することはできるけれども、(C)焼き上がった後その切り込み部位が人肌での傷跡のような焼き上がりとなり、実に忌避すべき状態となってしまい、生のつき立て餅をパックした切餅や丸餅への実用化はためらわれる。

1. 地裁の解釈:上面に否定的な記述

地裁(知的財産高等裁判所・大合議判決以前の東京地裁)は、この文章を読んで、以下のように解釈しました。

  • (A)でいう「切餅や丸餅の表面」とは「上面」を指す。

  • (C)の記述は、上面に切り込みを入れると「傷跡のような焼き上がり」になり、実用化はためらわれるという、従来の技術(上面への切り込み)に対する否定的な評価を述べている。

  • したがって、この明細書は、切り込みを上面に入れる技術を避けていることを示している。

2. 知財高裁の解釈:否定的な記述ではない(対比)

その後、知財高裁(大合議判決)は、地裁の判断を覆しました。高裁の解釈は以下の通りです。

  • 読点」(、)の欠如:高裁は、文脈を判断する際に、文章の句読点にも着目しました。もしこれが「上面への切り込み」を否定しているなら、(C)の前に強い区切り(読点など)があるはずだ、と。

  • 技術の対比:この文章は、従来の技術(表面の切り込み)にもメリット(突発噴き出しの抑制)はあるが、同時にデメリット(忌避すべき焼き上がり)もあるという「対比・紹介」をしているに過ぎない、と判断しました。

  • 「ためらわれる」の解釈:「実用化はためらわれる」という表現は、「特許発明(側面の切り込み)の優秀さ」を際立たせるために、従来の技術を過度に否定的に描写している(ディス・クローズ)にすぎず、発明者が本当に上面への切り込みを排除したわけではないと解釈しました。


🔑 なぜ「別の場所での明確な記述」が問題にならなかったのか?

ご指摘の通り、特許明細書全体を読めば、発明者が上面への切り込みの醜さを明確に述べている箇所があったとすれば、その解釈は変わるべきです。しかし、裁判で焦点となったのは、「特許の請求の範囲」の解釈です。

1. 請求の範囲と明細書の関係

特許権の範囲は、「特許請求の範囲」(特許法第70条第1項)の記載に基づいて定められます。明細書(【0007】の記述を含む)は、この請求の範囲を解釈するための補助資料として使われます。

2. 高裁の判断の核心

知財高裁は、明細書全体や【0007】の記述に「切り込みを上面に入れないこと」が、この発明の必須の構成要件である、とは書かれていないと判断しました。明細書は「発明の技術的範囲を明確にするための記載」であるという原則から見て、裁判所は、発明者が単に「上面の切り込みのデメリット」を説明しているに過ぎず、そのデメリットを解消するために側面に切り込みを入れることを付加的に提案している、と解釈しました。つまり、高裁は以下の論理を採用しました。

  1. 特許請求の範囲には、「上面に切り込みを設けない」という要件は明記されていない。

  2. 明細書の【0007】などの記載は、上面への切り込みを「醜いから絶対にやらない」という発明の限定(技術的範囲の除外)を意図しているとまでは言えない。

  3. もし、発明者が「上面への切り込みを排除する」ことを発明の重要な限定と考えるなら、それを特許請求の範囲に明確に記載するか、明細書内でより明確に限定しているはずである。

最終的に、高裁は越後製菓の特許の技術的範囲を広く解釈し、佐藤食品工業の製品(上面にも側面にも切り込みがある)も越後製菓の特許権の範囲内であると判断しました。これは、特許明細書という特殊な文書において、単なるデメリットの記載(ディス・クローズ)と、発明の技術的範囲を限定する記載とを区別した、高度な解釈の結果と言えます。

質問:仮に越後製菓が側面限定として特許を取ってしまっていたら、サトウの「側面+上面」特許は、越後製菓を侵害しないの?特許の一部になってることには変わりないんじゃないの?

Gemini:仮に越後製菓が「側面のみに切り込みがある切餅」という発明で特許を取得していた場合、佐藤食品工業の「側面と上面の両方に切り込みがある切餅」が越後製菓の特許を侵害するかどうかは、特許侵害の基本原則である全要件充足の原則に基づいて判断されます。結論から言うと、侵害しない可能性が非常に高いです。


1. 🔑 全要件充足の原則(Literally Infringement)

特許侵害が成立するための基本的な判断基準は、「特許請求の範囲に記載された発明のすべての構成要件を、侵害品がすべて備えていること」です。

越後製菓の仮想的な特許(側面限定)

越後製菓が取得した特許請求の範囲の構成要件を、仮に以下のように定めていたとします。

要件番号 越後製菓の特許請求の範囲(仮定)
A 切餅であること。
B 切餅の側周表面のみに切り込み(スリット)を有すること。
C (他の要件…)

佐藤食品工業の製品(侵害品)

佐藤食品工業の製品の構成は以下の通りです。

構成 佐藤食品工業の製品
A’ 切餅である。
B’ 切餅の側周表面に切り込み(スリット)を有する。
C’ 切餅の平坦上面にも切り込みを有する。

侵害判断

特許侵害が成立するためには、佐藤食品工業の製品が、越後製菓の特許要件Bを完全に満たす必要があります。

  • 要件 B: 「側周表面 のみ に切り込みを有する

  • 佐藤製品: 「側周表面に切り込みがあり、かつ上面にも切り込みがある」

この場合、佐藤製品は「上面にも切り込みがある」ため、越後製菓の特許が要求する「のみ」という限定要件を充足しません。つまり、特許要件 B を欠くと判断されます。

全要件充足の原則により、侵害は成立しないことになります。


2. 💡 なぜ「一部になっている」だけでは侵害にならないのか?

ご指摘の通り、佐藤製品は越後製菓の特許発明の一部(側面の切り込み)を含んでいます。しかし、特許法上の「侵害」は、「余分な構成の付加」によって簡単に回避されてしまうことがあります。

⭕ 侵害が回避される理由(付加・限定)

特許の請求の範囲に**「のみ」**という限定詞が入っていると、その要件を厳格に解釈します。

  • 側面のみ」という特許に対して、「側面+上面」という製品は、「上面」という**余分な構成(付加)**を有しているため、特許の範囲外(非侵害)となります。

特許権の範囲は、特許請求の範囲という法律上の文言によってカチッと定められるため、「特許発明の主要部分が含まれているから侵害だ」という感覚的な判断は適用されません。まさに、この事件の越後製菓の補正拒絶の論点は、この「のみ」という限定が、特許権の範囲を決定的に狭めてしまうことを示しています。


3. ⚖️ 結論

もし越後製菓が「側面のみ」という限定特許を取得できていたら、佐藤食品工業は「上面の切り込み」という余分な構成を付加することで、容易に特許侵害を回避し、合法的に市場で製品を販売できた可能性が高いと言えます。

質問:全要件充足の原則 って特許法の第何条に書いてある?

Gemini:「全要件充足の原則」(オール・エレメント・ルール)は、日本の特許法において明文で「この条文に全要件充足の原則が書いてある」と規定されているわけではありませんしかし、その根拠となるのは、特許権の技術的範囲を定める以下の条文です。


🔑 根拠条文:特許法 第70条第1項

全要件充足の原則の法的根拠は、特許法第70条第1項の規定と、それに基づく裁判所の解釈にあります。

特許法 第70条第1項

$$\text{特許発明の技術的範囲は、特許請求の範囲の記載に基づいて定めなければならない。}$$

原則の導出

この条文は、「特許権の及ぶ範囲は、特許請求の範囲(クレーム)の記載に基づいて決まる」と定めています。

特許請求の範囲には、その発明を構成する要素(構成要件)が記載されています。

  1. 特許発明の技術的範囲を定めるためには、特許請求の範囲のすべての構成要件を抽出します。

  2. 侵害品(イ号製品)が、その抽出されたすべての構成要件一つ残らず(すべて)充足している場合に限り、特許発明の技術的範囲に属すると判断されます。

この解釈の積み重ねが、全要件充足の原則(構成要件を一つでも欠くと侵害は成立しない)として確立しているのです。


補足:均等論との関係

全要件充足の原則は文言侵害(文字通りの侵害)を判断する際の基本原則です。しかし、これだけでは特許権の保護が不十分になるため、この原則の例外として、構成要件の一部が異なっていても実質的に同じであれば侵害と認める均等論が、最高裁判所の判例(東京高裁大合議判決)によって確立されています。

特許が成立するまでの経過

質問:ブログ記事 https://www.ondatechno.com/jp/report/patent/hanrei/p2449/ によれば、越後製菓は、新規事項の追加の補正をやろうとしてダメ出しをくらってたってこと。そして、その際、明確に「上面ではなく」という意図があったってこと。この経過はなぜ高裁は取り入れなかったの?

Gemini:ご提示いただいた情報は、この特許紛争の経緯において非常に重要な論点であり、特に**出願経過(プロセキューション・ヒストリー)**が高裁でどのように扱われたか、という点に直結します。

1. 越後製菓の補正と「のみ」の削除の事実

ご指摘の通り、越後製菓は審査の過程で、以下の補正を試みました。

  1. 当初の補正案: 「上側表面部の側周表面のみに…切り込み」という限定を加える。

  2. 特許庁の判断: この「のみ」という限定は、出願当初の明細書に記載されていない**新規事項の追加(特許法第17条の2第3項違反)**に当たるため、認められない。

  3. 越後製菓の対応: 特許を受けるために、「のみ」を削除し、「上側表面部の側周表面に…切り込み」という表現で特許を取得した。

この経過から、越後製菓が出願当初、「上面に切り込みがないこと」を必須の要件としていなかったが、審査途中でそれを限定しようとした明確な意図があったことは明らかです。


2. 裁判所の判断(高裁大合議)が「出願経過」を取り入れなかった理由

特許侵害訴訟において、裁判所が**出願経過(プロセキューション・ヒストリー)**をどこまで参酌するかは、非常に難しい問題です。

知財高裁の大合議判決が、越後製菓の「のみ」を削除した経緯を、特許請求の範囲の解釈に取り入れなかった(または重要視しなかった)主な理由は、特許権の効力範囲の決定に関する日本の原則に基づいています。

① 権利範囲は「最終的な請求の範囲」で決まる

日本の特許法において、特許権の効力は、最終的に特許として成立した「特許請求の範囲」の記載に基づいて定まります。

  • 審査の過程で限定が拒絶され、その限定を削除して成立させた場合、裁判所は「削除した限定は、特許権の範囲に含まれていない」と解釈します。

越後製菓は、「のみ」という限定を削除して特許を成立させました。高裁は、この「のみ」が削除された事実をもって、「発明者は上面への切り込みがないことを必須要件とする限定を最終的に放棄した」とみなしたと考えられます。

② 明細書の記載と矛盾しない解釈を優先

高裁は、前述の通り明細書【0007】の記述が、「上面への切り込みを忌避している」という強い限定を意味するとは解釈しませんでした。

その上で、「のみ」の削除という出願経過は、明細書の記載(【0007】)を特許請求の範囲を限定する方向に解釈する材料としては不十分である、と判断したのです。

❌ 裁判所の論理(推定)

もし、「のみ」という限定を特許請求の範囲に含めていたなら、佐藤食品工業の製品(上面にも切り込みがある)は非侵害となったはずです。しかし、「のみ」を削除したことにより、特許請求の範囲は広くなり、佐藤食品工業の製品も侵害となる、という流れを採用しました。


💡 知的財産権訴訟における教訓

このケースは、特許審査の過程で「限定を試みたが拒絶され、その限定を削除して特許を成立させた」場合、その削除された限定は将来の侵害訴訟において、権利の範囲を狭める材料としてほとんど使えない、という教訓を示しています。越後製菓の「上面に切り込みがない」という意図(真意)よりも、特許請求の範囲の文言と、その成立に至るプロセスで何を 最終的に 放棄したかが、権利範囲の解釈において重視された結果と言えます。