エネルギー代謝の基本原理:炭水化物はどのようにエネルギーを蓄えていて、それを解糖系、TCA回路、電子伝達系がどのように取り出しているのか?

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エネルギー代謝を一言で説明するなら、グルコースC6H12O6を二酸化炭素と水に分解する過程でエネルギーを取り出しているということになろうかと思います。しかし、グルコースのどこにそんなエネルギーが蓄えられていたのでしょうか。また、電子伝達系で電子がさまざまな物質を移動していくことでなぜ、エネルギーが取り出せるのでしょうか。自然が作り出した巧妙なエネルギー代謝の仕組みに驚く一方で、なんとなく腑に落ちないモヤモヤが残ります。しっくりこないということは、まだ理解が足りていないということでしょう。

生化学の教科書を読んでも、エネルギーがどうやって蓄えられているのかの説明があまり直接的ではないように感じます。明確に説明していると感じられるウェブ解説記事や教科書をいくつか紹介しておきます。

レーヴン/ジョンソン生物学

レーヴン/ジョンソン生物学』(上巻)原書第7版 培風館

レーヴン(Raven)/ジョンソン『生物学』では、重力による位置エネルギーの紹介と説明をまず最初にしていて、概念を導入します。マクロな話として運動エネルギーと位置エネルギーを説明しています。そして、本質的な部分で重力による位置エネルギーも電場による位置エネルギーも同じなので、電子のエネルギーに関しては位置エネルギーという概念で説明をしていました。エネルギー代謝を理解するうえで、このRavenの教科書の説明が一番すんなりと頭に入ってきました。重力による物体の位置エネルギーはイメージしやすいですが、電子の位置エネルギーも結局同じことで、電子の位置エネルギーの差が、取り出されているというわけです。

光合成では、光から得たエネルギーを利用し、小さな分子(水と二酸化炭素)をより複雑な分子(糖類)に化合させていく。つまり、得られたエネルギーは位置エネルギーとして糖分子の原子間結合に蓄えられるのである。(144ページ)

化学反応の過程では、化学結合に蓄えられたエネルギーが新しい結合に移動する。実際には、電子がある原子や分子からほかの原子や分子に渡される。(145ページ)

原子や分子が電子を失うことを酸化されるといい、この過程を酸化とよぶ。このよび方は、生物において酸素原子がもっとも一般的な電子の受容体となっていることを反映している。(145ぺージ)

北大オープンコースウェア(OCW)

北大のウェブ教科書でも同様の解説がありました。

電子は原子核の周りを回っています。そのため、運動エネルギーと引きつけられる力による位置エネルギーがあります。分子では、この電子の運動の位置が変わり、それに伴って位置も変わるため位置エネルギーが変化します。このような力は、電子の電荷と関係していますので、原子ごとに異なります。このため、分子をバラバラにして原子の状態にするのに必要なエネルギーは分子ごとに異なることになります。したがって、分子同士の結合の仕方を変えたときに、エネルギーの低い状態に移ろうとします。これはちょうど、
坂を転がるボールと同じようなものです。(第12章 炭素の化学と化学反応 ocw.hokudai.ac.jp)

名城大講義資料

この説明も非常にわかりやすいと思いました。

それぞれの原子軌道について、そこに電子が入った時の「エネルギー」の値が決まっている。普通はこれを略して「原子軌道のエネルギー」と呼ぶ。電子のエネルギーとは、電子が持つ運動エネルギーと位置エネルギーを足したものである。‥ エネルギーの高い電子は、そのエネルギーを他の電子に渡して、より安定な状態に移ろうとする。原子や分子のエネルギーも、その大部分は電子のエネルギーである。従って、原子や分子が化学反応を起こそうとする原動力は、それらを構成している電子がより安定な状態(つまり「エネルギーの低い状態」)に変化しようとすることである。(有機化学基礎 講義資料 第2章「電子構造と共有結合 (2)」 meijo-u.ac.jp/~tnagata/)

 

日本物理学会編『生体とエネルギーの物理』第5章「生体エネルギー変換の戦略」(垣谷俊昭 著)

この本によれば、グルコース中のC-H結合やC-C結合に存在する電子のエネルギー準位は、酸化されてCO2になったときのC-O結合やH2OになったときのH-O結合に比べて、高い状態にあります。酸素は電気陰性度が大きい(=電子のエネルギー準位が低い)ので、CやHの電子にしてみれば、酸素と結合したほうがエネルギーが低い状態になれるというわけです。

この本には酸化還元電位の解説もあり、電子を引き抜くのに必要な仕事という目安として考えればいいということです。酸素は電気陰性度が大きい(=エネルギー準位が低い)ので、電子を引き抜くには大きな仕事量が必要になります(すなわち、酸化還元電位が大きい)。酸化還元電位が大きい物質ほど、電子を受け入れやすいという関係になります。

「電気陰性度」や「酸化還元電位」などいろいろな概念が登場しますが、これらは便利だから使っているだけで、概念としては、「電子のエネルギー準位」という一つのものしかなく、いろいろ言い換えているだけのように思います。

 

生物物理43(3)150-153ページ(2003年) 談話室  グルコースのエネルギーとは?

と言う記事にも、エネルギーがどこに蓄えられているのか(=化学結合)に関する考察・解説があります。

グルコースがエネルギー物質であるというとき, それはグルコースの酸化反応 1/6 C6H12O6 + O2 → CO2 + H2O における∆rH˚<0をさしている(∆rH˚は反応によるエンタルピー変化の値). もとよりエネルギーは相対的な値であり, グルコースのエネルギーの絶対値を云々することはできないから, 酸化反応によっていかほどまでエネルギー水準が降下するか, これが意味のある設問である. (生物物理43(3)150-153ページ(2003年) 談話室  グルコースのエネルギーとは?

上記の指摘は当たり前なのですが、グルコースが蓄えているエネルギーという言い方をしてしまうと、グルコースに関して何か絶対的な数値を思い浮かべてしまうため、初めて学ぶ人に誤解させてしまいがちな物言いだと思います。そのことに注意して読めば、下の教科書の解説もわかりやすい(というか、他ではあまりあからさまに書いていない言葉遣いで書かれている)。

何故電子を失うことが酸化なのか、それは酸素の電気陰性度が大きい(異原子間の共有結合において、酸素は電子を自分のほうに引き付ける力が強い)からというわけです。

酸化還元反応は生命におけるエネルギーの流れにおいて重要な役割をになっている。というのは、原子から原子へ受け渡される電子自体がエネルギーを運ぶからである。(145ぺージ)

電子がある原子から飛び出し(酸化)ほかの原子に移動する(還元)と、電子に与えられたエネルギーも一緒に移動し、その電子は異動先の原子でエネルギーレベルの高い電子軌道に入ることになる。与えられたエネルギーは化学的な位置エネルギーとして蓄えられ、その電子が本来のエネルギーレベルに戻るときに原子からエネルギーが放出されるのである。‥ 還元型の分子は酸化型の分子に比べて多くのエネルギーを持っていることになる。(145ページ)

どんな教科書でも結局は同じことを説明しているはずなのですが、ちょっとした言葉遣いの違いによって、理解のしやすさがだいぶ変わってきます。もちろん、学ぶ側の予備知識の量の違いも大きく影響します。

電子のエネルギーと化学反応
電子は「低いエネルギーの状態」になろうとする
(水が「低い方に流れる」のと同じ)
(水:重力のエネルギー、電子:電気的エネルギー)
・「低いエネルギー」を目指して電子の状態が変わる
→ 原子間の結合が変わる
→ 化学反応が起きる

(https://www2.meijo-u.ac.jp/~tnagata/education/ochemb/2019/ochemb_02_slides.pdf)

上の説明は、とても分かりやすいです。当たり前すぎてなかなか教科書に書かれていないことが述べられていると思いました。

もう一つの説明

今までは(上の説明では)、炭水化物の中の炭素‐炭素間、あるいは炭素ー水素間で共有されている電子対のエネルギー準位について考えてきましたが、ネットをいろいろみていたら、酸素分子のもつ電子のエネルギーが最大であり従来の考え方は間違っているという議論がありました。

  1. Oxygen Is the High-Energy Molecule Powering Complex Multicellular Life: Fundamental Corrections to Traditional Bioenergetics Klaus Schmidt-Rohr* Cite this: ACS Omega 2020, 5, 5, 2221–2233 Publication Date:January 28, 2020 https://doi.org/10.1021/acsomega.9b03352

従来のエネルギー代謝の考え方に対する修正という過激な論文タイトルです。要旨も過激でした。

  • crucial role of the highest-energy molecule involved, O2
  • The chemical energy utilized by most complex multicellular organisms is not predominantly stored in glucose or fat, but rather in O2 with its relatively weak (i.e., high-energy) double bond.
  • Accordingly, reactions of O2 with organic molecules are highly exergonic, while other reactions of glucose, fat, NAD(P)H, or ubiquinol (QH2) are not, as demonstrated in anaerobic respiration with its meager energy output.
  • The notion that “reduced molecules” such as alkanes or fatty acids are energy-rich is shown to be incorrect
  • Glucose contains a moderate amount of chemical energy per bond (<20% compared to O2)
  • the “terminal” aerobic respiration reaction with O2 does a large free energy change occur due to the release of oxygen’s stored chemical energy
  • The actual reaction of O2 in complex IV of the inner mitochondrial membrane does not even involve any organic fuel molecule and yet releases >1 MJ when 6 mol of O2 reacts
  • The traditional presentation that relegated O2 to the role of a low-energy terminal acceptor for depleted electrons has not explained these salient observations and must be abandoned.
  • Its central notion that electrons release energy because they move from a high-energy donor to a low-energy acceptor is demonstrably false
Just a moment...

ちょっと意表を突かれた気分です。2020年の論文ですが、現在どのように評価されているのでしょうか。

  1. This article is cited by 52 publications.

炭水化物が燃焼して(=酸素分子の存在下で酸化されて)水と二酸化炭素が生じることによりエネルギーが取り出されるわけですが、その取り出されるエネルギーはもともと何だったかといえば、貢献度でいうと炭水化物が蓄えていたものよりも酸素が蓄えていたもののほうがはるかに大きいというのが著者の主張のようです。

  • O2という最も高エネルギーな分子の重要な役割
  • 化学エネルギーは、主にブドウ糖や脂肪にではなく、比較的弱い(つまり高エネルギーな)二重結合を持つO2に蓄えられている
  • アルカンや脂肪酸などの「還元された分子」がエネルギー豊富であるとする考え方は正しくない
  • O2を用いた「末端」の好気呼吸反応では、酸素の蓄えられた化学エネルギーの放出により大きな自由エネルギー変化が生じます
  • ミトコンドリア内膜の複合体IVでのO2の実際の反応には、有機燃料分子が関与しておらず、それでも6 molのO2が反応すると1 MJ以上が放出されます
  • O2が電子不足の末端受容体としての低エネルギーの役割に限定された従来の説明は、これらの観察を説明しておらず、放出されたエネルギーは高エネルギー供与体から低エネルギー受容体への電子の移動によるものとする中心的な概念は明らかに誤っています
  • 末端」の好気呼吸における低い「末端」還元ポテンシャルは、重要な反応物であるO2の非常に高いエネルギーに帰因できます。これは、O2のない対応する半反応との比較で確認されています。
  • 電子は主に酸素ではなく水素によって受け入れられます
  • 重要であるのは、グルコース、NAD(P)H、またはATPではなく、O2である。

(https://pubs.acs.org/doi/10.1021/acsomega.9b03352 英語要旨の一部をChatGPT-3.5で日本語に翻訳)

論文中では、下のthat以下の解釈は間違いだと断定しています。それこそ自分のこれまでの理解だったのですが。。。

If students combine these concepts, they may reasonably (but incorrectly) conclude that the energy of combustion mostly derives from the bond energies of organic “fuel” molecules and that the energy differences are due to different electron affinities; for instance, the final step of aerobic respiration with transfer of electrons to oxygen is interpreted as the low-energy endpoint of the sequence of reactions.

電子が流れるとなぜ仕事ができるのか

生化学の教科書を読むと、電子が移動していくということが書かれていますが、それがなぜエネルギーを取り出す(仕事をする)ことになるのでしょうか。電子が移動する際に、位置エネルギーの高いところから低い所へ移動するので、それにより失われたエネルギーは何か別の形になっているはずです(エネルギーは形態がかわるだけで、量的には不変なので)。電子伝達系では、プロトン勾配に逆らってプロトンを輸送したりする仕事がなされるわけです。つまりプロトン勾配によってエネルギーが蓄えられるようになったのですね。

  1. 電力と電力量 高校物理をあきらめる前に(yukimura-physics.com)

生きることの意味

人間は生きている限り、栄養素からエネルギーを取り出し続けています。どうやってそうしているのかといえば、有機物の炭素―炭素間、あるいは炭素ー水素間の電子(これらの位置エネルギーは比較的高い)が、組み替えられて二酸化炭素や水といった、炭素ー酸素間、あるいは、水素ー酸素間の電子(これらの位置エネルギーは低い)になったときの、その位置エネルギーの差を別のエネルギーの形(ATPの高エネルギーリン酸結合)にしているわけです。つまり、電子が落ち着くべき場所(=一番位置エネルギーが低い場所)に落ち着くことが、生きているということだと言えます。それを端的に表現したのが、ノーベル賞を受賞しているハンガリーの生理学者の言葉です。

「人生とは、電子が自分の居場所を探しているだけのことだ。」

Life is nothing but an electron looking for a place to rest. Hungarian Nobel prize winner, Albert Szent-Györgyi

A Spoonful of Molybdenum, some Ulysses and the Origin of Life
Microbial Extracellular Electron Transfer is a Far-Out Metabolism | ASM.org
Specialized microbes move electrons to the extracellular space to “breathe” rocks and make electricity. We summarize which microbes can do this and how they fun...
Szentgyorgyi, A. (2019) Life Is Nothing But an Electron Looking for a Place to Rest. - References - Scientific Research Publishing
Szentgyorgyi, A. (2019) Life Is Nothing But an Electron Looking for a Place to Rest.

生化学を学んでエネルギー代謝の原理を知ると、セント=ジェルジ・アルベルトのこの言葉が深く心に染み入ります。

参考サイト

  1. 酸化還元反応式 だいたいわかる高校化学(基礎)
  2. 呼吸鎖の各酸化還元電位 スライドプレーヤー 酸化還元対NAD+/NADH + H+ の標準酸化還元電位E0’= -0.32 V, 酸化還元対1/2 O2 / H2O の標準酸化還元電位E0’=0.82 V など
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