下の動画の説明がわかりやすかったです。またここの弁理士事務所のホームページには特許その他の知的財産権に関するわかりやすい説明がたくさんありました。
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特許の明細書の書き方が今の形式(項ごと)になったのはいつから?1995年の改正から
特許の明細書をみると、段落ごとに番号が振ってあったり、項目立てがなされていたり、かなり形式的な印象を与えます。このような書き方になったのは1995年の法改正がきっかけだそうです。
質問:明細書の書き方で、項目だてるようになったのはいつから?それまではだらだら文章を書いていたの?
Gemini 2.5 Pro:これは非常に鋭いご質問です。特許実務の歴史における重要なポイントです。結論から言うと、現在のような項目立てが義務化・様式化されたのは、1994年(平成6年)の特許法改正(1995年1月1日施行)からです。そして、それ以前の明細書についてのあなたの「だらだら文章」という表現は、まさにその通り、と言ってよいでしょう。
1. いつから項目立てが始まったか?
1994年(平成6年)の特許法改正が決定的な転換点です。
- 改正の理由:この改正は、WTO(世界貿易機関)の設立に伴うTRIPS(トリップス)協定への対応、つまり「国際的なハーモナイゼーション(調和)」が最大の目的でした。
- 改正の内容:それまでの日本の明細書は、欧米の様式と大きく異なり、国際的に理解されにくいものでした。そこで、米国や欧州の様式(PPH, EPCなど)に合わせ、発明の内容を論理的に理解しやすくするため、以下の項目を立てて記載する様式が導入されました。
-
【発明の名称】
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【図面の簡単な説明】
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【発明の詳細な説明】
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【産業上の利用分野】
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【従来の技術】
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【発明が解決しようとする課題】
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【課題を解決するための手段】
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【発明の実施の形態】
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【発明の効果】
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-
【特許請求の範囲】
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2. それまでは「だらだら文章」だったのか?
はい、その認識でほぼ間違いありません。
1994年の改正以前(旧特許法)の明細書は、現在の様式とは全く異なっていました。
- 項目立ての義務がなかった:「課題」や「解決手段」といった決まった項目立てで書く法的な義務がありませんでした。
- 「特許請求の範囲」が文章に埋まっていた:最大の違いは、「特許請求の範囲(クレーム)」が独立したセクションとして存在していなかった点です。明細書の本文(まさに「だらだら文章」)で、発明の背景や構成を説明し、**その文章の最後に「特許請求の範囲は、…である。」**という形で、文章の一部としてクレームが記載されていました。
- 読みにくさ:この形式では、どこまでが発明の説明で、どこからが権利を主張するクレームなのかが非常に分かりにくく、まさに「連続した文章(prose)」でした。発明が解決しようとする課題も、文章全体を読んで解釈する必要がありました。
🗂️ 変更のまとめ
| 時期 | 明細書の様式 | 特徴 |
| ~1994年 | 旧様式(一体型) |
* 項目立ての義務なし。
* 「だらだら文章」で発明を説明。
文章の最後にクレームが埋め込まれて*いた。 |
| 1995年~ | 現行様式(項目立て) |
* TRIPS協定対応(国際調和)のため改正。
【課題】【解決手段】等の項目立てが義務化*された。
* 【特許請求の範囲】が明細書本体とは別のセクションとして明確化された。(※さらに2002年の改正で、明細書と特許請求の範囲は別個の書類として扱われるようになり、分離が徹底されました) |
したがって、あなたが現在学んでいる項目立ての書き方は、国際基準に合わせるために比較的「最近」(1990年代半ば)導入されたものであり、それ以前は全く異なる書き方だった、というのは事実です。
IPランドスケープとは
IPランドスケープとパテントマップの違いを一言で言うと、**「経営判断のための羅針盤(IPランドスケープ)」か、「技術動向の地図(パテントマップ)」**か、という違いがあります。
両者は対立するものではなく、パテントマップ(地図)を使って、IPランドスケープ(航海計画)を描くという包含関係にあります。
以下に詳細、違いの比較表、そしてわかりやすい具体例をまとめました。
1. 定義の違い
IPランドスケープ(IP Landscape)
「知財(IP)」を「市場情報」や「事業情報」と組み合わせて分析し、経営戦略や事業戦略の立案に生かすことです。
- 目的: 経営層が「M&Aをするべきか」「どの市場に参入すべきか」「撤退すべきか」を決断するための材料を提供すること。
- 視点: ビジネス全体(技術+市場+競合)。
パテントマップ(Patent Map)
特許情報を整理・加工し、技術の動向や権利関係を可視化した図やグラフのことです。
- 目的: 研究者や知財担当者が「競合の技術力は?」「特許網の穴(ホワイトスペース)はどこか?」「侵害リスクはないか?」を把握すること。
- 視点: 技術と権利(特許データそのもの)。
2. 違いの比較表
| 項目 | パテントマップ | IPランドスケープ |
| 主語(誰のため?) | 技術者・知財担当者 | 経営者・事業責任者 |
| 扱うデータ | 特許情報(出願数、分類、発明者など) | 特許情報 + 市場データ、財務情報、ニュース |
| 分析のゴール | 技術トレンドの把握、クリアランス調査 | 将来の市場予測、アライアンス・M&A先の選定 |
| アウトプット | 技術体系図、ランキングマップ、時系列グラフ | 事業戦略提案書、提携シナリオ、リスク分析 |
| 位置づけ | 現状分析のための「ツール」 | 意思決定のための「手法・プロセス」 |
3. 具体例:自動車メーカーが「空飛ぶクルマ」市場へ参入検討する場合
ある自動車メーカーA社が、「空飛ぶクルマ」事業に参入すべきか悩んでいる場面を想像してください。
【パテントマップ】での報告内容
- 分析: 「空飛ぶクルマ」に関する特許出願数を国別・企業別にグラフ化。
- 結果: 「スタートアップB社が、プロペラ制御技術の特許を大量に持っています。技術力は業界1位です。」
- 結論: 「B社の特許網は強力なので、自社独自開発だと特許侵害のリスクが高いです。」
- (限界): 技術的な壁はわかりますが、じゃあどうビジネスにするかまでは語られません。
【IPランドスケープ】での報告内容
- 分析: パテントマップの情報に加え、市場予測、法規制の動向、B社の資金調達状況を統合。
- 結果: 「B社は技術特許は凄いが、資金繰りが悪化しており量産化のノウハウがない。一方、市場は5年後に急拡大する予測が出ている。」
- 結論(経営提言): 「自社開発で対抗するのではなく、資金難のB社を買収(M&A)または資本提携すべきです。 A社の量産技術とB社の特許を組み合わせれば、参入5年でシェアトップを取れます。」
まとめ
- パテントマップは、「すごい技術を持っているのはどこか?」を教えてくれます。
- IPランドスケープは、「その技術を持つ会社と、どう戦うか(あるいは手を組むか)?」という勝つためのシナリオを提示します。
日本では2021年のコーポレートガバナンス・コード改訂により、上場企業に対して「知財への投資・活用についての開示」が求められるようになり、経営戦略としてIPランドスケープが非常に注目されています。
IPランドスケープを活用した企業の有名な成功事例
日本のIPランドスケープを語る上で、富士フイルムと旭化成はまさに「教科書」とも言える対照的な成功事例です。
- 富士フイルム: 自社の技術を再定義し、**「新しい市場」**を見つけた事例(内発的イノベーション)
- 旭化成: 自社に足りないピースを特定し、**「最強のパートナー」**を買収した事例(外発的イノベーション/M&A)
それぞれ詳しく解説します。
1. 富士フイルム:写真フィルムから「化粧品・医薬品」への華麗なる転身
デジタルカメラの普及で主力の商品(写真フィルム)の市場が消滅するという、企業の存亡に関わる危機に直面した際、IPランドスケープが**「起死回生の羅針盤」**となりました。
何をしたのか?(技術の棚卸しと市場探索)
彼らはパテントマップ的な視点(自社の特許整理)を超えて、「自社の特許技術は、**他のどの業界で競争優位性(勝てる力)**になるか?」という視点で分析を行いました。
IPランドスケープによる発見
写真フィルムの技術を分解すると、以下の3つのコア技術が、全く異なる「化粧品市場」や「医薬品市場」で強力な武器になることが判明しました。
- コラーゲン技術: フィルムの主成分はコラーゲン → 「肌のハリ」に応用可能
- 抗酸化技術: 写真の色あせを防ぐ技術 → 「アンチエイジング(肌の酸化防止)」に応用可能
- ナノ分散技術: 微粒子を均一に並べる技術 → 「成分を肌の奥まで届ける」に応用可能
結果と成果
- 化粧品「アスタリフト」の大ヒット: 既存の化粧品メーカーが真似できない(特許で守られた)独自技術で参入し、レッドオーシャンだった化粧品市場で独自の地位を築きました。
- この分析がなければ、単なる「化学メーカー」として衰退していたかもしれません。
2. 旭化成:M&A(買収)の成功確率を極限まで高める
旭化成は、IPランドスケープを**「M&A(合併・買収)のターゲット選定と意思決定」**に徹底的に活用していることで有名です。特に有名なのが「殺菌用深紫外線LED(UVC-LED)」の事例です。
何をしたのか?(勝てるパートナーの特定)
旭化成は「水や空気をきれいにする殺菌LED」の事業化を目指していましたが、自社技術だけではどうしても解決できない「基板(土台)の品質」という課題がありました。
そこで、世界中の特許情報を解析し、以下の条件を満たす企業を探しました。
- その課題を解決する技術特許を持っているか?
- その特許は、他社が回避できない強力なものか?
- まだ大企業に目をつけられていないか?
IPランドスケープによる発見
米国のベンチャー企業「クリスタルIS社」が、非常に高品質な基板製造の特許を独占的に持っていることを突き止めました。
分析の結果、「自社でゼロから開発するよりも、この会社を買収したほうが、特許網ごとその技術を手に入れられ、圧倒的に早く市場を支配できる」という経営判断を下しました。
結果と成果
- クリスタルIS社の買収: 確信を持って買収を行い、その後、コロナ禍などで需要が急増した除菌市場において、旭化成はトップランナーの一角となりました。
- 知財部門が経営会議に同席し、「この会社を買えば、この技術エリアは独占できます」と断言できる体制を作っています。
2社の違いまとめ
| 特徴 | 富士フイルム | 旭化成 |
| 戦略の方向 | 多角化(ピボット) | M&A・事業強化 |
| 問い | 「自分たちの持っている宝(特許)は、他にどこで使えるか?」 | 「自分たちに足りない宝(特許)を、誰が持っているか?」 |
| 成果 | フィルム会社からヘルスケア企業へ変貌 | 戦略的な買収による高収益事業の創出 |
結論
どちらの事例も、「特許の数を数える」のではなく、**「特許情報をビジネスの地図に重ね合わせて、進むべき道を決めた」**という点が共通しています。これがIPランドスケープの真髄です。
ライフサイエンス・医学領域における創薬プロセスの川上から川下までのIPランドスケープ(IPL)活用法
製薬業界・バイオベンチャーにおけるIPランドスケープ活用法
~創薬ターゲット選定からアライアンス戦略まで~
製薬業界における知財(IP)は、単なる「権利保護」にとどまらず、**「数百億円・十数年を要する開発プロジェクトの羅針盤」**として機能します。
研究開発の川上(ターゲット選定)から川下(アライアンス)まで、どのようにIPランドスケープ(IPL)が活用されているか、専門的な視点で解説します。
1. 創薬ターゲット選定における活用
~「Red Ocean」を避け、「White Space」を特定する~
基礎研究段階では、ターゲット分子(受容体、酵素など)に対する競合状況を、「ターゲット × モダリティ」の3次元的視点で分析します。
- Target × Modality(モダリティ)マトリクス分析
単に「その標的分子の特許が出ているか」だけでなく、**「どのモダリティ(創薬手法)で権利化されているか」**を分解します。
- 分析手法: 縦軸に「標的分子(例: ターゲットX)」、横軸に「モダリティ(低分子、抗体、核酸、ペプチド、遺伝子治療、PROTACsなど)」をとったヒートマップを作成します。
- 発見の例:
「ターゲットXに対する低分子阻害剤は、メガファーマが特許網を張り巡らせており参入障壁が高い(Red Ocean)。」
「しかし、**核酸医薬(siRNAやASO)**としての特許出願はまだ少なく、技術的な空白地帯(White Space)である。」
- 意思決定: 「低分子での競争は避け、FTO(Freedom to Operate:事業自由度)が高い核酸医薬プロジェクトとして立ち上げる」という戦略的な決定を導きます。
- 作用機序(MOA)による差別化
同じ標的でも、特許請求項(クレーム)における「作用メカニズム」を分析します。競合が「結合阻害(アンタゴニスト)」を押さえている場合、IPL分析を通じて「アロステリック制御」や「標的タンパク質分解(Degrader)」など、異なるMOAでの権利化の可能性を探ります。
2. アライアンス・パートナリング戦略における活用
~「死の谷」を越えるための最適なパートナー探し~
バイオベンチャーやアカデミア発のシーズを実用化する際、「誰と組むか」は死活問題です。IPLはここで、技術の価値証明とマッチングに使われます。
- 補完技術(Missing Piece)の探索
自社の技術(シーズ)を医薬品にするために欠けている技術(プラットフォーム)を持つ相手を探します。
- 例: 自社が優れた抗体配列を持っているが、薬物送達技術(DDS)がない場合。
- 分析: 特定のDDS技術(例:脂質ナノ粒子技術など)の特許を持ち、かつ**「過去に他社へのライセンス供与実績がある(=オープンイノベーションに積極的)」**企業を特許データベースから抽出します。
- パイプラインの「穴」を持つメガファーマの特定
メガファーマの特許出願動向と、臨床試験データベース(ClinicalTrials.gov等)を突き合わせます。
- 分析: 「メガファーマA社は、がん領域に注力しているが、主力薬の特許切れ(パテントクリフ)が近い。しかし、次世代モダリティ(例:ADC)のパイプラインが不足している。」
- 提案: 自社がそのモダリティのシーズを持っている場合、A社は**「喉から手が出るほど欲しい相手」**と特定できます。交渉時に「御社のパイプラインの空白を埋められます」という強力なロジックになります。
3. 具体的なケーススタディ:アルツハイマー病抗体の場合(仮想事例)
ある研究チームが、「アミロイドβ(Aβ)の凝集を阻害する新しい抗体」を発見したとします。しかし、Aβ抗体は先行薬や多数の特許が存在する激戦区です。
IPLによる戦略立案:
- エピトープ・マッピングの徹底分析:
- 先行抗体が結合しているAβのアミノ酸配列(エピトープ)を特許明細書からすべて抽出・マップ化します。
- 発見: 「N末端や中央部は特許で埋まっているが、**凝集過程で特異的に現れる特定の立体構造(コンフォメーション・エピトープ)**に対する権利はまだ狭い。」
- 出願戦略: 単なる物質特許ではなく、「特定の立体構造を認識して結合する機能」にフォーカスしたクレームを作成し、既存特許を回避します。
- BBB通過技術とのクロスオーバー:
- 「抗体は脳に入りにくい」という課題に対し、脳への送達技術(BBB通過キャリアなど)の特許ランドスケープを重ね合わせます。
- 戦略: 単独開発にこだわらず、「BBB通過技術を持つ製薬会社」との共同研究を前提とした特許網を構築し、早期の導出(ライセンスアウト)を狙うシナリオを描きます。
まとめ:研究者にとってのメリット
このように、IPランドスケープは企業の知財部だけのものではありません。
- 研究資金(グラント)申請: 「本研究のターゲットは、特許分析の結果、空白地帯であり、かつ臨床ニーズが高い」と記載することで、**「出口戦略の解像度」**が劇的に高まります。
- 研究のピボット: 早い段階で「この分子は特許的に手詰まり」とわかれば、ターゲットをサブタイプに変えたり、適応疾患をシフトしたりと、無駄な研究時間を削減できます。
(Gemini 2.5 Pro)
特許の審査では入手困難な文献であっても「既知」とみなされるの?
未知のものが自然の懐に横たわっているか、あるいは誰も読まない価値のない写本のページの中に埋もれているかは、実際には何の違いもありません。なぜなら、科学の血流に入り込んでおらず、その中で種のように循環していないアイデアは、私たちにとっては実際上、存在しないのと同然だからです。https://elicit.com/blog/literature-based-discovery
疑問:特許の要件として、例えば、異国で書籍として出版されたけどすぐに絶版になって、誰も入手できないような場合、それでもそれは既知とみなされる?あとから掘り起こされたときに。
Gemini 2.5 Pro:
ご質問のケースは、特許法上の**「公知」(Known)または「先行技術」(Prior Art)**の判断において非常に重要なポイントになります。
結論から言うと、一般的に、異国で書籍として出版された場合、すぐに絶版になり誰も入手できなくなったとしても、それが「公然と知られた」または「刊行物に記載された」という要件を満たしていれば、原則として既知(先行技術)とみなされます。
💡 特許の「既知」性の判断基準
特許の要件である**新規性(Novelty)**を判断する際、その発明が出願日より前に「既知」であったかどうかが問われます。既知とされるための主な基準は以下の通りです。
1. 刊行物への記載(Printed Publication)
- 要件の核心: 書籍や雑誌、公開された特許公報などに記載され、公衆が入手可能な状態に置かれたという事実が重要です。
- 絶版の影響: 絶版になり誰も入手できなくなったとしても、一度でも公衆に配布・閲覧可能となった時点で、その書籍に記載された内容は「刊行物に記載された発明」となります。
- 後の入手困難性は、過去に公開された事実を打ち消しません。図書館などに一冊でも収蔵され、閲覧可能だった履歴があれば、先行技術としての地位を失いません。
- 「異国」の影響: どこの国で出版されたかは関係ありません。世界中のあらゆる刊行物が先行技術となり得ます(世界新規性の原則)。
2. 公然知られた発明(Publicly Known)
- 要件の核心: 不特定多数の人がその内容を知り得る状況にあったことです。
- 書籍として出版・販売された場合、それは不特定多数への提供にあたるため、この要件も満たし得ます。
📚 あとから「掘り起こされた」場合
時間が経ってからその絶版本が発見・提出されたとしても、特許審査においては、その書籍が出願日よりも前に発行・公開されていたことを証明できれば、そこに記載された内容は先行技術として扱われます。
したがって、「すぐに絶版になり誰も入手できない」という状況は、特許の新規性判断においては、その書籍が一度公開されたという事実を覆す理由にはなりません。
この原則は、特許制度が発明の重複を避け、知識の開示を促すという目的から導かれています。どこかに一度でも開示された知識は、その後に忘れ去られたとしても、新しい特許を与える対象とはしない、という考え方です。
質問:それが自費出版だった場合は?10冊しか出版されていなかったら?
Gemini 2.5 Pro:
特許の新規性判断において、それが自費出版であったり、**出版部数が極端に少なかったり(例:10冊)**しても、原則として「既知」(先行技術)とみなされる可能性が高いです。
📚 自費出版・少部数の場合の判断
特許法が「刊行物に記載された発明」を先行技術と見なす際に重要となるのは、その情報が公衆に対して利用可能になったかどうかという事実です。
1. 公開性(Availability to the Public)が鍵
- 出版の主体は問わない: 自費出版(私的な出版)か、商業出版か、あるいは研究機関のレポートかといった出版の主体や形態は重要ではありません。重要なのは、不特定多数の人がその情報にアクセスできる状況に置かれたかどうかです。
- 部数は関係ない: たとえ10冊しか発行されなかったとしても、その10冊が図書館、大学、書店など、不特定多数の人が自由に閲覧・入手できる場所に置かれ、実際にその機会が与えられていたのであれば、それは「刊行物」として扱われます。
- 例えば、10冊が国立図書館や主要な大学図書館に寄贈され、カタログに登録されて誰でも閲覧可能になっていた場合、それは「公開された」と判断されます。
2. 「秘密性」が保たれていたかどうかの確認
もし、その10冊が秘密保持契約のもと、特定の関係者(例:協力企業の役員のみ)に機密情報として配布されていたに過ぎない場合は、公にされたとは見なされず、先行技術にならない可能性があります。
しかし、自費出版で**「販売」された、または「寄贈」**という形で一般に提供されたのであれば、秘密性は失われ、「公然と知られた」情報として扱われます。
📌 まとめ
| 要件 | 判断のポイント | 先行技術となる可能性 |
| 自費出版 | 出版の主体は関係ない。 | 高い |
| 10冊 | 部数は関係ない。 | 高い |
| 決定的な要素 | 不特定多数の人が閲覧・入手できる状態に置かれたかどうか。 | 公開されていればYes |
したがって、その10冊の自費出版の書籍が、一度でも一般の流通や図書館の棚に置かれていたという事実が証明できれば、それは「先行技術」として特許の新規性を否定する根拠になり得ます。
質問:刊行されたという記録は必要ってことね。別にその10冊しか現存しない1冊を特許審査官が読むわけじゃないよね。
Gemini 2.5 Pro:その通りです。非常に正確な理解です。
特許審査において重要なのは、「刊行されたという記録(証拠)」であり、現存する書籍そのものを審査官が読む必要はありません。
💡 審査における「証拠」の役割
特許審査官が必要とするのは、以下の事実を証明する証拠です。
1. 刊行物の存在と公開日
その書籍が「いつ(公開日)」、「どこで(発行場所)」、「どのように(一般にアクセス可能であったか)」公開されたかを証明する記録が必要です。
- 具体的な証拠の例:
- 国立図書館や大学図書館などの目録(カタログ)の記録。
- 書籍の奥付(発行日、著者名、発行者名が記載されたページ)の画像またはコピー。
- 当時の販売記録や新聞広告。
2. 内容の立証
その書籍に、出願された発明と同じ内容が具体的に記載されていることを示す必要があります。
- 審査官は、現存する1冊(またはそのコピー)に目を通し、その記載内容と特許請求の範囲を比較します。
- たとえ10冊しか存在しなくても、その1冊のコピーやデジタル画像が証拠として提出され、それが出願日より前に刊行されたと証明されれば、新規性否定の根拠となります。
結論
特許審査で先行技術として認められるための要件は、
- 公衆がアクセス可能な状態に置かれたという「記録(証拠)」があること(公開性の立証)。
- その刊行物に、発明と同じ技術的内容が「記載されていること」(内容の立証)。
現存部数が少ないことは、先行技術としての効力を失わせる理由にはなりません。重要なのは、「一度、公の知識となり得る状態にあった」という事実です。
特許出願における「補正」amendmentとは
特許出願における「補正」amendmentとは
特許申請における「補正」とは、出願人が特許庁に提出した出願書類(明細書、特許請求の範囲、図面など)の内容を修正・訂正する手続のことです。
審査官から拒絶理由が通知された場合、その理由を解消するために行われることが多いですが、出願人が自発的に行うことも可能です。
📅 いつ補正できるか?
補正は、出願が特許庁で審査中である限り可能ですが、時期によって許される補正の範囲(内容)が異なります。
主な補正のタイミングは以下の通りです。
- 自発補正
- 時期: 出願してから、特許庁から最初の審査結果(拒絶理由通知など)が来るまでの間。
- 拒絶理由通知への応答時
- 時期: 審査官から「拒絶理由通知」を受けた後、指定された応答期間内。
- 最初の拒絶理由通知か、最後(2回目以降)の拒絶理由通知かによって、補正できる範囲がさらに制限されます。
- 拒絶査定不服審判の請求時
- 時期: 審査の結果、「拒絶査定」が出た場合、それを不服として審判を請求する時。
⚠️ 補正の重要なルール(制限)
補正は自由に行えるわけではなく、守らなければならない厳格なルールがあります。
1. 新規事項の追加の禁止(最重要)
最も重要なルールは、「新規事項(New Matter)」を追加してはならないという点です(特許法第17条の2第3項)。
- 補正は、あくまで出願当初に提出した明細書、特許請求の範囲、図面(=「当初明細書等」)に記載されていた事項の範囲内で行わなければなりません。
- 当初明細書等に書かれていなかった新しい技術情報、発明の課題、効果などを後から追加することは認められません。
- 理由: もし後から新しい内容を追加できてしまうと、他者より早く出願した「先願」としての地位を不当に利用することになるためです(先願主義の原則に反します)。
[例]
- 許される補正: 当初明細書に「A、B、Cから選ばれる」と記載されていたものを、「A」に限定する補正。
- 許されない補正(新規事項): 当初明細書にAのことしか書かれていなかったのに、拒絶理由を回避するために「Dという新しい要素」を追加する補正。
このルールに違反した補正は、拒絶理由や特許無効の理由となります。
2. 時期による補正目的の制限
審査が進むにつれて、認められる補正の範囲は狭くなります。
特に、「最後の拒絶理由通知」の後や**「拒絶査定不服審判」の請求時**に行う補正は、その目的が以下のように厳しく限定されます。
- 請求項の削除: 特許請求する項目(請求項)を削除する。
- 特許請求の範囲の減縮: 発明の範囲を狭める(例:構成要素を追加して権利範囲を限定する)。
- 誤記の訂正: 明らかな書き間違いを直す。
- 不明瞭な記載の釈明: 意味が分かりにくかった部分を明確にする。
(Gemini 2.5 Pro)
理解を深めるために
疑問:こんなシナリオ、「特許を取った商品を自社が販売しているとする。他者が類似商品を発売した。その類似点を含めた補正を、もとの特許に対して行った。この新たな特許権を用いて、類似商品の販売差し止めを求めた。」ってありえる?ナシ?
Gemini 2.5 Pro:
ご質問のシナリオは、基本的に「ナシ」(不可能)です。
その中核となる理由は、一度成立した特許権の範囲を、後から「補正」や「訂正」によって広げることは法律で固く禁じられているからです。
🚫 なぜ不可能なのか?
ご提示のシナリオには、特許実務上の重要な誤解が含まれています。ポイントは「補正」という言葉の使い方です。
- 「補正」 (審査中)
- 「補正」は、主に出願してから特許になる前(審査段階)に行う手続きです。
- この段階であっても、出願当初の明細書に書いていなかった新しい内容(新規事項)を追加することはできません。
- 「訂正」 (特許成立後)
- ユーザーのシナリオ(特許を取った後)で行う手続きは、正確には「補正」ではなく「訂正」(訂正審判や訂正請求)と呼びます。
- この「訂正」で認められているのは、以下の3つの目的に限られます。
- クレーム(特許請求の範囲)を狭くする(減縮)
- 誤記や誤訳を直す
- わかりにくい記載を明確にする
- そして最も重要なルールが、特許法第126条第6項に定められています。それは、「訂正は、実質的に特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものであつてはならない」というものです。
第百二十六条6 第一項の明細書、特許請求の範囲又は図面の訂正は、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものであつてはならない。https://laws.e-gov.go.jp/law/334AC0000000121#Mp-Ch_6-At_126
🎯 シナリオの問題点
ユーザーのシナリオは「他者の類似商品が出てきた」→「その類似点を含むように特許の内容を広げる」というものです。
これは、まさに法律が禁止している「クレーム(権利範囲)の実質的な拡張」に該当します。したがって、そのような「訂正」は特許庁に絶対に認められません。
もしこれが認められてしまうと、他社は「この特許はここまでだから、この範囲を避けて新商品を開発しよう」と判断したのに、後から特許権者が「やっぱりお前の商品もウチの権利範囲に入れる」と”後出しジャンケン”ができてしまいます。
これでは安心して事業ができなくなるため、権利範囲を後から広げることは厳しく禁止されています。
💡 では、どう戦うのか?
その類似商品に対しては、「補正」や「訂正」で権利を広げて対抗することはできません。
もし戦うのであれば、元の(補正・訂正する前の)特許権で勝負するしかありません。
その際、主な争点となるのは以下の2つです。
- 文言侵害(直接侵害)
- 類似商品が、あなたの元の特許のクレームに書かれた構成要件をすべて満たしているかどうか。
- 満たしていれば、差し止めを求めることができます。
- 均等侵害(均等論)
- たとえクレームの文言通りではなく、一部が異なっていたとしても、「実質的に同じ」と判断されれば侵害とみなされる可能性があります。(これが均等論です)
- 均等論が認められるには厳しい要件がありますが、クレームの文言をわずかに変えただけの模倣品に対しては有効な手段となり得ます。
結論
- 特許成立後に、他社の類似品をカバーするために権利範囲を広げる「補正(訂正)」は不可能です。
- 類似品と戦うには、元の特許権の範囲(または均等論)で勝負する必要があります。
質問:補正 の場合は、拡げるのもアリ?
Gemini 2.5 Pro:
いいえ、ご質問の意図するような「拡張」は、「補正」であってもできません。
ここでも法律の厳格なルールがあります。
🚫 「新規事項の追加」の禁止
「補正」は、おっしゃる通り特許になる前の審査段階で行う手続きです。
しかし、この「補正」で許されるのは、出願当初に提出した明細書、特許請求の範囲、または図面に書かれている事項の範囲内での修正だけです。
これを「新規事項(しんきじこう)の追加の禁止」といい、特許法第17条の2第3項で定められています。
🕵️ シナリオに当てはめると
最初のシナリオ(他社の類似商品)に当てはめてみましょう。
- あなたの元の出願に「A+B」という技術が書かれていたとします。
- 審査中に、他社が「A+B+C」という類似商品を出してきました。
- あなたが「C」という特徴をご自身の出願に追加しようと「補正」を考えます。
この時、もし「C」という特徴が、あなたの出願当初の書類(明細書や図面)のどこにも書かれていなかった場合、それを追加する「補正」は「新規事項の追加」とみなされ、法律違反として絶対に認められません。
⚖️ 「補正」と「訂正」のルールの違い
ここでルールを整理します。どちらにしても、他社の後発品を見てから権利を広げることはできないようになっています。
- 1. 特許になる前(=補正)
- ルール: 新規事項の追加はダメ。
- (出願時に書いていなかったことを追加できない)
- 2. 特許になった後(=訂正)
- ルール: 権利範囲の拡張はダメ。
- (たとえ出願時に書いていたことでも、一度確定した権利を広げることはできない)
結論:
他社の類似品を見てからその特徴(=類似点)を取り込もうとする行為は、特許前なら「新規事項の追加」として、特許後なら「権利範囲の拡張」として、いずれにせよ法律で禁止されています。
質問:明細書に書かれているところまでは、拡げられるよね。
Gemini 2.5 Pro:
はい、その理解は非常に重要です。
ただし、どの段階での話かによって、答えが「はい」と「いいえ」に明確に分かれます。
1. 特許になる前(審査段階)の「補正」の場合 → はい(条件付き)
おっしゃる通り、特許になる前の「補正」の絶対的な限界は、「出願当初の明細書、特許請求の範囲、または図面に書かれていた事項の範囲内」です。
これを「新規事項(しんきじこう)の追加の禁止」(特許法第17条の2第3項)と呼びます。
- 例:
- 元のクレーム: 「AとBからなる装置」
- 元の明細書: 「本発明はAとBからなる装置である。なお、Aだけでも良いし、AとCを組み合わせても良い。」
- 補正: クレームを「Aからなる装置」に変更する。
この場合、クレームの範囲は「A+B」から「A」へと『拡張』していますが、その「A」は元の明細書に書かれていたため、「新規事項の追加」にはあたりません。
⚠️ ただし、実務上の重大な注意点があります
このような「拡張」的な補正が自由にできるのは、原則として「審査官からの最初の拒絶理由通知(きょぜつりゆうつうち)を受け取る前まで」です。
一度、拒絶理由通知を受け取った後は、補正は原則として「特許請求の範囲を狭くする(減縮)」「誤記を訂正する」「分かりにくいのを明確にする」ことなどに制限されます(特許法第17条の2第5項)。
したがって、審査官が「A+B」で審査した後で、クレームを「A」に『拡張』する補正は、この制限に違反するとして認められない可能性が非常に高いです。
2. 特許になった後(権利発生後)の「訂正」の場合 → いいえ(絶対不可)
これが、前回の回答(シナリオは「ナシ」)の核心です。
一度特許権が成立した後は、「訂正」(訂正審判や訂正請求)という手続きになります。
この「訂正」では、たとえ元の明細書に書いてあったとしても、特許請求の範囲(クレーム)を実質的に拡張することは法律で固く禁止されています。(特許法第126条第6項)
- 例:
- 成立した特許: 「AとBからなる装置」
- 元の明細書: 「Aだけでも良い」と書いてあった。
- 訂正: クレームを「Aからなる装置」に『拡張』する。
- 結果: これは絶対に認められません。
特許になった後の「訂正」で認められるのは、あくまで権利範囲を「狭める(減縮する)」ことだけです。
結論
- 理論上の限界: 「明細書に書かれているところまで」が補正の限界です。
- 実務上の運用:
- 特許前 (補正): 権利を『拡げる』補正は、拒絶理由通知を受ける前なら可能。受けた後は原則不可。
- 特許後 (訂正): 権利を『拡げる』訂正は、明細書に書いてあっても絶対に不可。
したがって、最初のシナリオ(他社の類似品が出てきたから、それに合わせて権利を拡げる)は、
- 特許「前」であれば、タイミング(拒絶理由通知の前)次第では可能かもしれません。
- 特許「後」であれば、100%不可能です。
参考
- 特許法第 126 条第 6 項の意義 ―訂正 2016-390005号について― 小宮山 聰 パテント 2017 Vol. 70 No. 2 page 91- https://jpaa-patent.info/patent/viewPdf/2864