生化学の勉強方法、理解の仕方

生化学がカバーする範囲

今の大学の生化学の科目は、教科書を見てみて驚いたのですが、古典的な生化学(糖質、脂質、タンパク質の代謝)だけでなく、分子生物学(DNAの複製、遺伝子の転写、翻訳)や細胞生物学(細胞周期の制御、細胞内情報伝達機構)、生理学(ホルモンの働き)も含んだものになっています。

生化学はそうでなくても、知識の量が膨大でつまらないものという印象だったのが、今やもう本当に勉強することが大変な科目になってしまいました。そんな生化学をどのように勉強していけばよいのでしょうか。

生化学は、生体物質の化学です。化学なので、原子が共有結合して分子がつくられ、分子が化学反応により別の分子になるといったことが基本になります。

狭義の生化学

生化学反応の目的は、生体高分子の異化(分解反応、多くの場合、酸化反応)により高分子から低分子(再度、高分子をつくるための原材料)に分解すること、高分子の材料から同化(合成反応、多くの場合、還元反応)により生体高分子をつくること、エネルギー源となるグルコースなどの酸化反応によりエネルギーを取り出すことです。

分解して再度合成するのなら、最初から分解せずに使えばいいのでは?という疑問が湧くかもしれませんが、ご飯として口の中にいれる栄養は、炭水化物や脂肪など、動物や植物の貯蔵エネルギーの状態の分子です。人間はそれらをそのまま貯蔵エネルギーにしないので、一度分解します。炭水化物(=糖質+食物繊維)(糖質のことを炭水化物とおおざっぱに呼ぶことも多い)は、単糖が重合したものですが、消化吸収の過程で、単糖にまで分解されて体内へ吸収されます。エネルギーが必要なときは、単糖、特にブドウ糖(グルコース)は解糖系と呼ばれる一連の反応(およびその後のクエン酸回路)によって分解され、エネルギーが取り出されます。エネルギーが足りているときは、肝臓と骨格筋では、単糖は重合反応によりグリコーゲンという貯蔵エネルギーになります。また、グルコースが分解されてアセチルCoAにまでなったあと、アセチルCoAが脂肪酸合成に使われ、脂肪酸はグリセロールとエステル結合により中性脂肪に変えられて、脂肪組織に貯蔵エネルギーとして蓄えられます。

生化学(代謝)を学ぶときにおさえるべきポイント

代謝経路を学ぶときには、

  • いつどういう条件のとき(摂食時、食感などの絶食時、絶食の時間が続いた飢餓状態のとき)、
  • どの臓器で(肝臓、骨格筋、腎臓、脂肪組織、その他)、
  • 細胞内のどのコンパートメントで(細胞質、ミトコンドリア、ペルオキシソーム、小胞体、その他)、
  • なんの出発材料から(糖、アセチルCoA、脂肪酸、その他)、
  • 何を最終産物として(糖、ATP、尿酸、尿素、ケトン体、脂肪酸、その他)、
  • 何の目的で(血糖値の維持、その他のホメオスタシスのため、エネルギー産生、など)、
  • どの臓器で使うために(脳などでグルコース代替としてケトン体を、血糖値を上げるために肝臓自身でなく、血糖値には寄与せず筋肉細胞自身で地産地消するためのグリコーゲン分解、など)

その代謝回路の反応が生じるのかを強く意識して勉強するとよいです。代謝の場合は、エネルギーの安定供給(つまりは、生体の恒常性)が目的であることが多いと思います。代謝だけでなく、ホルモンの働きもそうですが、とどのつまりは、生体の恒常性(健康に生きていること)を維持するために全ての出来事が生じていると言えるでしょう。

摂食や飢餓は、外的環境の「変化」として捉えることができます。変化があったときに、生体の恒常性を維持するために生体がどのように応答するのかという観点で物事をみると統一的な理解ができると思います。

代謝経路の調節

生化学で代謝を学ぶときのもう一つの重要な観点は、その代謝経路がどのように調節されているかという点です。調節されるべきは、反応の向きと反応の速さです。速さを決めるのは、一連の反応であれば律速段階となる、最も遅い反応です。反応を促進する因子や抑制する因子が何か(反応を調節するホルモンの存在、あるいは、最終産物が律速段階の反応を司る酵素に作用するなど)も大事です。

また、多くの化学反応は可逆反応ですが、化学反応がどちらの向きに進むのかが、どのように決まるのか(これは反応前後のギブスの自由エネルギーの差が負か正かで決まる)、生化学反応は酵素が触媒しますが、その酵素活性の調節がどのようになされているのかを知ることも重要です。ギブスの自由エネルギー差には、生成物と反応物の量比も寄与しますが、それとはまったく別の仕組みとして、一連の化学反応により最終的な生成物が産生される場合、その最終産物が一連の化学反応の最初のほうの反応を触媒する酵素に結合して酵素活性を調節することもあります。酵素は反応の活性化エネルギーを下げる(=反応の速さを速める)働きをするだけであり、化学反応の向きを決めるわけではないことに注意を要します。

  1. 第 1 章 生体の機能とタンパク質(tokokita-h.spec.ed.jp 埼玉県立所沢北高等学校) 細胞内で複数の酵素によって連続的に化学反応が進む代謝経路においては,一般に,一連の化学反応の結果つくられた最終産物が代謝経路の初期の反応に作用する酵素にはたらいて,反応系全体の進行を調節している。

ホルモンによる代謝の調節

代謝経路がどのように調節されているかという点においては、化学反応の枠組みを越えて、ホルモンなどによる調節、そのホルモンが細胞内情報伝達機構を動かして、代謝に関わる酵素の活性をタンパク質レベル(リン酸化など)で調節したり、その遺伝子発現を調節したりするメカニズムも押さえておく必要があります。

大学レベルの生化学で覚えるべきホルモンの数は30種類を超えるくらいありますので、定期試験の直前になって一度に全部暗記しようとするのは無謀です。ちょっとずつ覚えていくしかありません。しかし、覚えるための要領というものがあります。

  • 体の状態がどうなったときに分泌されるのか(多くの場合、ホルモンの働きは恒常性の維持ですので、どんな変化に対してそれ打ち消す方向で作用するのか)(血圧の上下、血糖値の上下、血中カルシウムイオン濃度の上下、など)
  • 体のどの部位から分泌されるのか(視床下部、下垂体、副腎、甲状腺、副甲状腺、性腺など)
  • 体のどの部位に働きかけるのか(標的)(視床下部、下垂体、副腎、甲状腺、副甲状腺、性腺など)
  • 標的となる部位でさらに別のホルモンが分泌されるか(視床下部→下垂体→副腎皮質 など)
  • 水溶性か脂溶性か(甲状腺ホルモンや性ホルモンは脂溶性)
  • 拮抗する働きをもつホルモンは何か(インスリンvs.グルカゴン、カルシトニンvs.副甲状腺、など)

といったところに注意を払いましょう。

エネルギーの形態による生化学の理解

使うためのエネルギーの形態:ATP

人間はエネルギーがないと生きていけません。動く(=筋肉が収縮する)のにもエネルギーが必要(=ATPが加水分解されて放出されるエネルギーにより筋繊維が収縮)です。ものを考える(=神経細胞で活動電位が発生する)のにもエネルギーが必要です(=ATP加水分解でえられるエネルギーを利用して、イオンを汲み上げるポンプを動かし、イオン濃度の勾配の維持)。「使える形のエネルギー=ATP」だと言えます。しかし、ATPは貯蔵や輸送されることはありません。細胞内で用事調整されます。

輸送可能なエネルギーの形態:グルコース

血流に乗って輸送できて、ATPを即座につくるためのエネルギー源が、グルコースです。ですから、血液中のグルコースの量、すなわち、血糖値が非常に重要なのです。

飢餓時のグルコースの代替となるケトン体も、輸送できるエネルギー源です。脂肪酸も(脳には入っていけないため脳では利用できませんが)、輸送できる(アルブミンと結合することにより血液中を移動可能)エネルギー源と言えます。

貯蔵エネルギー:グリコーゲン、中性脂肪

エネルギーの供給が需要を上回る状況であれば、エネルギーは貯蓄に回されます。その場合、貯蔵エネルギーの形態が何かというと、筋肉や肝臓で作られて蓄えられるグリコーゲンであり、また、脂肪組織でつくられて蓄えられる中性脂肪です。これらは特定の臓器で貯蔵されていますが、いざ体がエネルギーを必要としたときには、分解して、エネルギー源として利用されます。肝臓は、他の臓器にエネルギー源を供給するために非常に重要な役割を担う臓器です。一方、筋肉では、グリコーゲンは筋肉が自分で使うために分解されます。その理由は、筋肉にはグルコース-6-ホスファターゼが存在しないため、グルコースにまでは変換されずにグルコース-6-リン酸から解糖系に入るためです。筋肉のグリコーゲンはグルコースにはならないのです!それとは対照的に、肝臓は、グルコース-6-ホスファターゼによってグルコース-6-リン酸をグルコースにまで変換し、グルコースを血中に放出して、全身での利用に供します。筋肉は利己的で、肝臓は他己的なんですね。

貯蔵エネルギーとしてグリコーゲンと中性脂肪とがあると聞くと、じゃあどっちをどう使うの?という疑問が湧きます。ご飯を食べて数時間して次のご飯を食べる直前は腹ペコになっていますが、そのときの(つまり食間の)エネルギーはどうやって供給されているのかというと、グリコーゲンが分解されています。筋肉は自分で蓄えたグリコーゲンを分解して解糖系をまわしていますし、肝臓は肝臓に蓄えたグリコーゲンを分解してグルコースをつくり、全身に供給します。食間の血糖値を維持するために、肝臓が大きな役割を果たしているわけです。それに対して、中性脂肪はグリコーゲンよりも遅いタイミングで活躍します。なので、運動選手が運動するときは当然、「食間」なわけですが、まずはグリコーゲンが分解されてできたエネルギーを使って運動しているのです。中性脂肪は、絶食状態が続いてグリコーゲンが使われたあとで、重要になります。災害に巻き込まれて何日間も食べるものがないという状況に陥った場合には、中性脂肪が多くある人のほうが生き伸びるチャンスは大きいと言えます。

グリコーゲンと中性脂肪の使い分けは、スポーツ選手にとってことさら重要です。マラソンのように長時間運動する場合には、グリコーゲンは枯渇して脂肪が燃料になります。

フルマラソンの距離、42.195kmを走るためには、体重60kgの人なら2500kcalのエネルギーが必要ですが、身体に蓄えることのできる糖質は2000kcalほど。カーボローディングでより多くの糖質を身体に蓄えて、マラソンへの準備をする人もいますが、いずれにしても足りない分は脂肪を燃料にしないと、マラソンを走り切ることができません。(脂肪をエネルギー源にして走れるカラダをつくろう glico.com)

  1. カーボ・ローディング(Carbohydrate Loading)(ウィキペディア)グリコーゲンを通常より多く体に貯蔵するための運動量の調節および栄養摂取法。グリコーゲン・ローディングとも呼ばれる。

筋肉におけるATP再生

筋肉では筋収縮のためにATPが消費されます。ATPは保存されているものではないので、もともとあったATPは筋収縮であっというまに消費されます。では、どうするか?筋肉にはクレアチンリン酸が多量に存在しており、クレアチンリン酸がリン酸をADPに転移することによりATPを再生しています。

  1. クレアチンリン酸 / CrP(くれあちんりんさん)  e-ヘルスネット 厚生労働省

これは、「ATP-クレアチンリン酸系(ATP-CP系)」と称されます。ATP-CP系が働けるのはせいぜい10秒たらずと言われています。これくらい短い時間に強度の運動をするときは、呼吸せずに無酸素運動をしていると言われます。

運動を続けると、クレアチンリン酸も枯渇します。そうなると、普通にエネルギー代謝経路(解糖系、クエン酸回路、電子伝達系)をつかってATPを産生するしかありません。この場合は、電子伝達系における最終的な電子の受け手として、酸素が必要になります。

恒常性の調節機構という視点からの生化学の理解

恒常性の調節というと生理学の守備範囲ですが、生化学ともオーバーラップしています。恒常性を調節するために化学反応が生じるのであれば生化学というわけです。無理やり線引きをする必要はありません。何の恒常性?ということでいえば、

  1. 血糖値
  2. 血圧
  3. 体液の浸透圧
  4. 血中カルシウムイオン濃度
  5. 体温

などが考えられます。