お酒(アルコール)の飲みすぎが体に悪い理由を生化学的に説明すると

お酒は適度に飲むと健康に良いと言われますが、大量に摂取するといろいろ不具合が生じます。そもそも代謝がおっつかなくてエタノールの血中濃度が高すぎると、エタノールそのものが毒になります。また、中間代謝物であるアルデヒド自体にも毒性があります。アルコール代謝が最後まで進んだとしても、やはり問題が生じますが、どのような問題なのかを生化学的に考えてみたいと思います。

お酒(アルコール)はエタノールですが、エタノールCH3-CH2-OHは酸化されてアセトアルデヒドCH3-CHOになり、さらに酸化されて酢酸CH3-COOHになります。この2つの酸化反応でNAD+が還元されるので、2当量のNADHが産生されます。つまり、アルコールを大量に摂取すると、NADHが大量に産生されることになります。

肝臓で産生された酢酸は、骨格筋、心臓、腎臓などでアセチルCoAに変換されてエネルギー源となります。

  1. 食事とスタミナ(hobab.fc2web.com)
  2. 酢酸の生理機能

NADHが大量に産生されたときに、代謝系のどこが影響を受けるかというと、例えば、乳酸からピルビン酸が作られる過程があります。乳酸がピルビン酸になるときにはNAD+が使われてNADHが生じます。すでにNADHが飲酒により大量に存在すると、乳酸→ピルビン酸という反応が進まなくなります。その結果、乳酸→ピルビン酸→糖新生 の経路が抑制されます。もし糖が十分にない場合には糖新生が抑制される結果、低血糖になってしまいます。また乳酸が代謝されないため、乳酸アシドーシスになる恐れがあります。

化学反応が起きるかどうかを決めるのは、反応前後のギブス自由エネルギーの差でした。それは、

ΔG=ΔG0+RT ln 「生成物濃度」/「反応物濃度」

と書けます。エネルギー代謝の反応が進むためには

ΔG=ΔG0+RT ln 「生成物濃度」/「反応物濃度」

「生成物濃度」/「反応物濃度」が大事で、[NADH]/[NAD+]が大きくなってしまうと(比が1よりおおきいとその対数は0よりおおきくなる)、この第2項が負にならなくなって、結果的に右辺全体として負にならなくなってしまいます。するとギブス自由エネルギー差が負にならなくなり、反応が進みません。クエン酸回路をまわしたり、脂肪酸をβ酸化するのは、[NADH]/[NAD+] の比が小さい(NADHが少ない)状態で、NADHを産生することが目的なわけです。NADHが多量に存在して[NADH]/[NAD+]の比が大きいということは、クエン酸回路や脂肪酸β酸化がまわらない、つまり阻害されるということになります。肝臓で脂肪酸の分解ができないということは、肝臓に脂肪がたまる一方になり、つまりは脂肪肝と呼ばれる病的な状態になってしまいます。

  1. マークス臨床医学 第29章 エタノール代謝 498~510ページ
  2. 畠山『生化学』164ページ
  3. GLUCOSE | Metabolism and Maintenance of Blood Glucose Level V. Marks, in Encyclopedia of Human Nutrition (Second Edition), 2005
  4. Ethanol-induced oxidative stress: basic knowledge Genes Nutr. 2010 Jun; 5(2): 101–109. Published online 2009 Dec 24. doi: 10.1007/s12263-009-0159-9 PMCID: PMC2885167 PMID: 20606811

 

急性アルコール中毒(死)

短時間での大量飲酒(一気飲みなど)で死亡する場合は、上で説明した代謝がそもそもおっつかなくて、アルコールが肝臓で処理されるのが間に合わなくて血液中のアルコール濃度が高くなりすぎて、脳にアルコールが入り、神経系の働きを直接乱してしまうことが原因のようです。

  1. 急性アルコール中毒 ドクターズファイル 血液に溶けたアルコールが脳に作用し、まひなどの症状を起こすことで発症

 

お酒に弱い人・お酒が飲めない人

世の中には一定数、お酒が全く飲めない人が存在します。その人達がお酒が飲めない理由は、エタノールの代謝でアルデヒドから酢酸に変換する酵素ALDHを持っていないか、働きが弱いからだと考えられます。アセトアルデヒドは毒性があり、吐き気や動悸、二日酔いなどの原因となります。

エタノール → アセトアルデヒド

アルコール脱水素酵素(alcohol dehydrogenase: ADH

アセトアルデヒド → 酢酸

アルデヒド脱水素酵素(aldehyde dehydrogenase:ALDH)

ADHには、ADH1BとADH1Cの型があります。ALDHには、ALDH1とALDH2があり、ALDH2が主要な働きをする酵素。ALDH1は補助的です。ALDH2の活性の強さが、お酒の強さを決めると言われているようです。

  1. アルコール代謝関連遺伝子(アルコール・アルデヒド脱水素酵素)と飲酒量に基づく胃がん罹患について
  2. 1B型アルコール脱水素酵素 1B型アルコール脱水素酵素は、エタノールをアセトアルデヒドに酸化する酵素の一つです。かつてADH2と呼ばれていました。現在の正式名はADH1Bです。
  3. 2型アルデヒド脱水素酵素 2型アルデヒド脱水素酵素は、エタノールの代謝産物のアセトアルデヒドを分解する主要な酵素です。ALDH2と略します。日本、中国、韓国などの東アジアのひとでは遺伝子の点突然変異により、酵素の働きが弱いひとが多くみられます。
  4. アルデヒド脱水素酵素2(ALDH2)の構造・機能の基礎と ALDH2遺伝子多型の重要性