手術における止血法は、患者の安全を確保し、手術の成功に不可欠な最も重要な手技の一つです。出血の程度や部位、手術の種類によって多岐にわたる方法が使い分けられます。
以下に、手術の止血法の種類、メリット・デメリット、保険収載(日本)、および診療科領域ごとの特徴をまとめます。
1. 止血法の種類と一般的な特徴
手術における止血法は、大きく「機械的止血」「熱凝固・エネルギー利用止血」「化学的・生物学的止血」に分類されます。
分類 | 代表的な方法 | メリット | デメリット |
機械的止血 | 縫合、結紮(けっさつ)、クリップ、タンポン(ガーゼ圧迫)、止血鉗子による圧迫 | 確実で、広い血管径に対応可能。安価。 | 手術時間を要する。組織への侵襲を伴う。体内に異物(糸など)が残る。 |
熱凝固・ エネルギー利用止血 | 電気メス(モノポーラ・バイポーラ)、レーザー、アルゴンプラズマ凝固(APC)、超音波凝固切開装置(超音波メス) | 迅速かつ簡便。止血と切開を同時に行える。 | 周辺組織への熱損傷のリスク。大きな血管には不向き。 |
化学的・ 生物学的止血 | 局所止血材(コラーゲン、フィブリン糊、ゼラチンスポンジなど)、トロンビン散布 | びまん性の出血(にじむような出血)に有効。組織接着作用を持つものもある。 | 費用が高い。材料による異物反応や感染のリスク。止血に時間を要する場合がある。 |
2. 診療科領域ごとの止血法のまとめ
止血法の選択は、各診療科が扱う臓器や組織の特性に大きく依存します。
2-1. 消化器外科 (General Surgery / Gastroenterological Surgery)
止血法 | メリット | デメリット | 適用される主な状況 |
高周波電気メス | 切開・凝固を同時に迅速に行える。 | 大きな血管束には不向き。熱による組織損傷(腸管縫合不全の原因となるリスク)。 | 腹腔内の切開、小さな血管の止血。 |
超音波凝固切開装置 | 周辺組織への熱損傷が比較的少ない。出血の少ない切離が可能。 | 機器が高価。大きな血管には不向き。 | 肝臓・脾臓・膵臓などの実質臓器の切離、組織の剥離。 |
結紮・縫合 | 確実な止血。特に大血管や血管束の処理に必須。 | 手間がかかる。 | 胃・大腸などの主要血管、門脈系など。 |
内視鏡的止血術 | 低侵襲(手術ではない)。 | 治療可能な出血部位や出血量に限界がある。 | **消化管出血(吐血・下血)**に対するクリップ法、局注法(HSEなど)、APC。 |
局所止血材 (フィブリン糊など) | 臓器実質(特に肝臓、膵臓)の切離面からのにじむ出血に有効。 | 材料費がかかる。 | 肝切除、膵切除後の断端からの止血補強。 |
2-2. 心臓血管外科 (Cardiovascular Surgery)
止血法 | メリット | デメリット | 適用される主な状況 |
血管縫合 | 確実で永続的な止血・血管修復。 | 高度な技術が必要。手術時間が延びる。 | 大動脈、冠動脈、その他の主要血管の切開後の再建・閉鎖。 |
結紮・サージカルクリップ | 迅速かつ確実。 | 太い血管や高圧の部位には不向き。 | 枝血管、吻合部周囲の細い血管。 |
局所止血材 | 縫合が困難な部位や、縫合後のにじむ出血(Oozing)に有効。 | 材料費が高い。 | 人工血管・人工弁の縫合部、心筋からのにじむ出血。 |
電気メス(バイポーラ) | 周囲への熱影響が限定的。 | 止血能力は高くない。 | 心臓・大血管周囲の細い組織の凝固・切離。 |
プロタミン投与 | ヘパリンによる全身の凝固抑制を解除(中和)。 | 量の調節が難しい。アレルギー反応のリスク。 | 人工心肺終了時(全身の凝固能回復)。 |
2-3. 脳神経外科 (Neurosurgery)
止血法 | メリット | デメリット | 適用される主な状況 |
バイポーラ電気凝固 | 神経組織を傷つけにくい。微細な血管の凝固に最適。 | 大きな血管には無効。 | 脳表、脳実質内の微小血管の止血。 |
サージカルクリップ | 迅速。体内に残るが、MRIなどにも対応できることが多い。 | 細かい止血には不向き。 | 硬膜の血管、太めの脳表血管。脳動脈瘤(クリッピング術)。 |
ガーゼ・タンポン圧迫 | 物理的な圧迫で出血を抑える。 | 圧迫による神経組織への影響を考慮する必要がある。 | 脳硬膜や骨からのびまん性出血。 |
ワッテ(吸収性止血材) | 圧迫と同時に止血作用を持つ。 | 組織に付着しすぎると除去が困難になることがある。 | 脳表からのにじむ出血、深部の止血。 |
3. 保険収載(日本)と海外との比較
3-1. 日本の保険収載について
- 手技そのもの: **縫合、結紮、電気メス(モノポーラ・バイポーラ)**などの基本的な止血手技は、通常、個別の点数としては存在せず、**手術の診療報酬点数(Kコード)**の中に包括されています。
- 特定医療材料:
- 局所止血材(フィブリン糊、コラーゲン止血材、ゼラチンスポンジ、特殊な止血パッチなど)や特殊なクリップ、吻合補強材などは、「特定保険医療材料」として材料価格が個別に定められ、保険診療で算定可能です。
- 超音波凝固切開装置やアルゴンプラズマ凝固装置は、手術に使用する医療機器として、その使用に伴う手技料が定められている場合があります(例えば、内視鏡的止血術の点数にマイクロ波凝固療法が包括されるなど)。
- 原則: 日本では、「有効性・安全性が確認され、必要かつ適切なもの」は原則として保険適用されます(保険収載される)。
3-2. 海外(主に欧米)との比較
海外(特にアメリカ)の医療保険制度は、日本と異なり、多様な民間保険が主流であり、保険償還(Reimbursement)の仕組みが異なります。
項目 | 日本 (国民皆保険) | 海外 (主に米国) |
新技術・材料の導入 | 審査を経て薬価/特定医療材料価格が決定される。価格決定まで時間を要する傾向。 | 医療機器・手技の導入は比較的迅速な傾向があるが、保険会社ごとの償還可否が大きく影響する。 |
償還価格 | 国が定めた一律の点数/価格。 | 保険会社と医療機関の契約や、患者の加入プランによって償還額が変動する。 |
費用対効果の重視 | 薬価改定などで費用対効果を重視する傾向が強まっている。 | 医療機器・手技の採用において、**費用対効果(Value)**の議論がより中心となる傾向がある。 |
止血材の使用 | 保険収載された材料を適応内で使用する。 | 革新的な止血材やシーラントが、高い償還価格で普及しやすい傾向がある。 |
総括: 止血法の基本的な手技(縫合、結紮、電気凝固など)は世界共通ですが、日本は国が定めた統一価格で、すべての国民が一定水準の医療を受けられます。一方、海外では、特に最新の医療材料や機器の導入・使用において、民間保険による償還の有無や価格がより大きな影響を与えることがあります。