質問:物質特許が切れあとに関連特許で知的財産を保護する戦略は、具体的にどのようなもの?
Gemini:物質特許(基本特許)が切れた後に、周辺の特許で製品を守る戦略は、知財業界ではよく「ライフサイクルマネジメント」や「エバーグリーニング(常緑化)戦略」と呼ばれます。一言で言うと、「物質そのものは誰でも作れるようになるが、『売れる商品』にするための技術は独占し続ける」という戦法です。具体的に何をどうするのか、医薬品業界(この戦略が最も顕著です)を例にして、わかりやすく解説します。
1. 基本的な考え方:城壁を多重にする
物質特許を「本丸(城の中心)」だとすると、それが崩れた後に敵(競合他社・ジェネリックメーカー)が攻め込んでこないように、外堀や内堀(関連特許)をたくさん作っておくイメージです。これにより、競合他社が「物質A」そのものを作れても、「効率的な作り方ができない」「飲みやすい錠剤にできない」「新しい効能を謳えない」という状態を作り出し、参入障壁を維持します。
2. 具体的な「関連特許」の種類と戦略例
物質特許が切れた後に有効な「関連特許」には、主に以下の5つのパターンがあります。
① 製法特許(プロセスの保護)
物質を作るための「より安く、安全で、高純度な新しい作り方」を特許化します。
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戦略: 競合は古い(コストが高い・危険な)方法で作るしかなくなり、価格競争で不利になります。
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例: 「物質Aを作る際、特定の触媒を使うと収率が2倍になる製法」
② 結晶形特許(品質の保護)
同じ物質でも、原子の並び方(結晶形)が違うと安定性や溶けやすさが変わります。最も優れた結晶形を特許化します。
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戦略: 競合が真似できるのは「不安定で湿気りやすい古い結晶形」だけになります。
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例: 「常温で2年保存しても分解しない、物質Aのα型結晶」
③ 製剤特許(使いやすさの保護)
薬を飲みやすくしたり、体内で効きやすくしたりする工夫(配合や形状)を特許化します。
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戦略: 競合は「飲みにくい大きな錠剤」しか出せませんが、自社は「1日1回で済む徐放性製剤」や「口の中で溶けるOD錠」を独占できます。
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例: 「添加剤Bを加えることで、苦味を完全に消した物質Aのシロップ剤」
④ 用途特許(新しい使い道の保護)
その物質が、全く別の病気にも効くことを発見し、特許化します。
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戦略: 競合は「元の病気」用の薬しか売れません。「新しい病気」に使いたい患者層は自社が独占します。
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例: 「元々は高血圧の薬だった物質Aが、実は育毛にも効果があると判明した場合の『育毛剤』としての用途」
⑤ 用法・用量特許(飲み方の保護)
効果を最大化、あるいは副作用を最小化する特定の投与スケジュールを特許化します。
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戦略: 医師が処方しやすい用法を独占します。
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例: 「従来の毎日投与ではなく、週に1回投与するだけで効果が出る用法」
3. ケーススタディ:架空の薬「ナオルン」の場合
具体的なストーリーで見てみましょう。
状況: 画期的な痛み止め成分「ナオルン」の物質特許が来年切れます。ジェネリックメーカーが参入を狙っています。
【貴社の戦略アクション】
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物質特許切れ(基本)
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ジェネリック各社:「よし、これで『ナオルン』成分の薬が作れるぞ!」
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製剤特許の発動(防衛ライン1)
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貴社:「実は最近、成分をナノ化して『即効性(飲んで5分で効く)』を持つ錠剤の特許を取りました」
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ジェネリック:「えっ、我々が作れるのは『飲んで30分後に効く』古いタイプだけか…これでは勝てない」
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用途特許の発動(防衛ライン2)
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貴社:「さらに、ナオルンが『偏頭痛』にも効くことを発見し、用途特許を取りました」
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ジェネリック:「我々は『筋肉痛』用の薬としてしか販売できない。偏頭痛患者には売れないのか…」
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結果
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医師や患者は、即効性があり偏頭痛にも使える貴社の「新ナオルン」を選び続けます。ジェネリックは安くてもシェアを奪えません。
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4. 注意点とリスク
この戦略は強力ですが、無敵ではありません。
- 進歩性(Inventive Step)のハードル: 単に「混ぜるものを変えただけ」「形を変えただけ」では特許庁に拒絶されます。「予期せぬ顕著な効果(想像以上に安定した、副作用が激減した等)」が必要です。
- パテント・クリフ(特許の崖): どんなに周辺特許を固めても、いつかは全ての特許が切れます。それまでの時間稼ぎであることを理解し、その間に次の新製品(次世代物質)を開発する必要があります。
- 虫食い(スキニーラベリング): 用途特許などで守っても、ジェネリックメーカーが「その特許に触れる効能だけを削除して(筋肉痛用としてだけ)」販売してくることがあります。
まとめ
物質特許切れ後の戦略とは、「物質そのものの独占」から「付加価値(作り方・使いやすさ・新しい効能)の独占」へとシフトすることです。これにより、実質的な市場独占期間を延長し、収益を維持します。