特許の明細書をみると、段落ごとに番号が振ってあったり、項目立てがなされていたり、かなり形式的な印象を与えます。このような書き方になったのは1995年の法改正がきっかけだそうです。
質問:明細書の書き方で、項目だてるようになったのはいつから?それまではだらだら文章を書いていたの?
Gemini 2.5 Pro:これは非常に鋭いご質問です。特許実務の歴史における重要なポイントです。結論から言うと、現在のような項目立てが義務化・様式化されたのは、1994年(平成6年)の特許法改正(1995年1月1日施行)からです。そして、それ以前の明細書についてのあなたの「だらだら文章」という表現は、まさにその通り、と言ってよいでしょう。
1. いつから項目立てが始まったか?
1994年(平成6年)の特許法改正が決定的な転換点です。
- 改正の理由:この改正は、WTO(世界貿易機関)の設立に伴うTRIPS(トリップス)協定への対応、つまり「国際的なハーモナイゼーション(調和)」が最大の目的でした。
- 改正の内容:それまでの日本の明細書は、欧米の様式と大きく異なり、国際的に理解されにくいものでした。そこで、米国や欧州の様式(PPH, EPCなど)に合わせ、発明の内容を論理的に理解しやすくするため、以下の項目を立てて記載する様式が導入されました。
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【発明の名称】
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【図面の簡単な説明】
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【発明の詳細な説明】
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【産業上の利用分野】
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【従来の技術】
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【発明が解決しようとする課題】
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【課題を解決するための手段】
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【発明の実施の形態】
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【発明の効果】
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【特許請求の範囲】
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2. それまでは「だらだら文章」だったのか?
はい、その認識でほぼ間違いありません。
1994年の改正以前(旧特許法)の明細書は、現在の様式とは全く異なっていました。
- 項目立ての義務がなかった:「課題」や「解決手段」といった決まった項目立てで書く法的な義務がありませんでした。
- 「特許請求の範囲」が文章に埋まっていた:最大の違いは、「特許請求の範囲(クレーム)」が独立したセクションとして存在していなかった点です。明細書の本文(まさに「だらだら文章」)で、発明の背景や構成を説明し、**その文章の最後に「特許請求の範囲は、…である。」**という形で、文章の一部としてクレームが記載されていました。
- 読みにくさ:この形式では、どこまでが発明の説明で、どこからが権利を主張するクレームなのかが非常に分かりにくく、まさに「連続した文章(prose)」でした。発明が解決しようとする課題も、文章全体を読んで解釈する必要がありました。
🗂️ 変更のまとめ
| 時期 | 明細書の様式 | 特徴 |
| ~1994年 | 旧様式(一体型) |
* 項目立ての義務なし。
* 「だらだら文章」で発明を説明。
文章の最後にクレームが埋め込まれて*いた。 |
| 1995年~ | 現行様式(項目立て) |
* TRIPS協定対応(国際調和)のため改正。
【課題】【解決手段】等の項目立てが義務化*された。
* 【特許請求の範囲】が明細書本体とは別のセクションとして明確化された。(※さらに2002年の改正で、明細書と特許請求の範囲は別個の書類として扱われるようになり、分離が徹底されました) |
したがって、あなたが現在学んでいる項目立ての書き方は、国際基準に合わせるために比較的「最近」(1990年代半ば)導入されたものであり、それ以前は全く異なる書き方だった、というのは事実です。