平成23年4月28日の最高裁判決(放出制御組成物事件/パシーフカプセル事件)は、医薬品の**特許権の存続期間の延長登録(特許法67条関係※)**において、非常に重要な転換点となった判例です。
以前の実務運用を大きく覆し、製薬企業が**「新たな効能・効果」や「用法・用量」**を追加した際に、特許期間の延長を認めやすくした画期的な判決です。
ポイントを整理して解説します。
判例の基本情報
* 事件名: 放出制御組成物 事件(通称:パシーフカプセル事件)
* 判決日: 最高裁 平成23年(2011年) 4月28日
* 争点: 「先行処分(前の承認)」がある場合、後行処分(新しい承認)に基づいて特許期間の延長登録ができるか?
* 結論: できる(特許庁の拒絶審決を取り消し)
> ※注:法改正により条文番号等は変動しますが、本質的な議論は現在の特許法67条の4(延長登録の要件)等の解釈に直結します。
1. 事件の背景(何が問題だったのか)
特許権者は、鎮痛薬(モルヒネ塩酸塩)に関する製剤特許(放出制御組成物)を持っていました。
* 先行処分(前の承認): すでにこの薬は、「中等度から高度の疼痛」を対象として承認されていました。
* 後行処分(今回の承認): 新たに**「中等度から高度の癌性疼痛」という効能・効果を追加し、かつ「1日1回経口投与」**という新しい用法・用量で承認を受けました。
特許権者は、「この新しい承認を得るために時間がかかり、その間、癌性疼痛・1日1回投与という形態で特許発明を実施できなかった」として、延長登録出願を行いました。
特許庁の判断(従来の運用)
特許庁は拒絶しました。
* 理由: 「前の承認ですでに『疼痛』一般に対する製造販売は許可されていた。今回の『癌性疼痛』も『疼痛』に含まれるから、前の承認によって特許発明の実施は可能だったはずだ(=新たな承認を待つ必要はなかった)。」
つまり、**「成分と効能が実質的にカブっているなら、延長は認めない」**という厳しい運用でした。
2. 最高裁の判断(ここが重要!)
最高裁は特許庁の判断を覆し、特許権者(製薬会社)の主張を認めました。
判決のロジック(実質的同一性の基準)
最高裁は、延長登録を認めるかどうかの判断基準として、以下の新しい枠組みを示しました。
* 禁止されていた行為の特定:
薬事法(現:薬機法)の承認を受けるまでは、その承認対象となる「特定の効能・効果」や「用法・用量」で医薬品を製造販売することは禁止されている。
* 比較の対象:
「先行処分(前の承認)」と「後行処分(今回の承認)」を比較する。
* 実質的同一性のテスト:
先行処分によって製造販売が可能となっていた範囲と、今回の処分対象が**「実質的に同一」であれば延長は認められない**。
しかし、「実質的に同一でない」ならば、延長を認めるべきである。
具体的なあてはめ
* 先行処分は「1日2回投与」などが前提で、「1日1回投与」という用法は含まれていなかった。
* 今回の承認(後行処分)は「1日1回投与」を認めるものである。
* 薬事法上、別個の審査・承認が必要であり、先行処分があったからといって、今回の「1日1回投与」を自由に実施できたわけではない。
結論:
先行処分と後行処分は実質的に同一ではない。したがって、今回の承認を待っていた期間について、特許期間の延長を認めるべきである。
3. この判決の影響と意義
この判決は、実務に以下の大きな変化をもたらしました。
① ライフサイクルマネジメントの強化
製薬企業にとって、既存薬に「新しい効能」や「新しい飲み方(用法)」を追加開発するインセンティブが増しました。後から追加した適応症についても、特許期間を延長できる可能性が高まったからです。
② 審査基準の変更
これ以降、特許庁の審査基準が改訂され、**「承認事項(効能・効果、用法・用量)が少しでも異なれば、基本的には延長を認める」**という方向へシフトしました。
| 項目 | 以前の運用(特許庁) | 判決後の運用(最高裁基準) |
|—|—|—|
| 判断基準 | 「発明の実施」全体として見る。
一部でも実施できていれば延長不可。 | **「処分(承認)の内容」を見る。
その承認固有の範囲が禁止されていたなら延長可。 |
| 結果 | 追加効能・用法での延長は困難** | 追加効能・用法での延長が容易に |
勉強ノートのまとめ(暗記ポイント)
この判決を一言で覚えるなら:
> 「パシーフカプセル事件は、先行処分があっても『用法・用量』や『効能・効果』が異なれば、実質的同一ではないとして延長を認めた判決」
>
キーワード
* 実質的同一性(先行処分と後行処分の比較)
* 禁止されていた行為の解除
* 用途特許・製剤特許の保護強化