「選択発明」は、特に化学や医薬の分野で頻出する重要テーマですが、実は条文を探してもその言葉は見つかりません。
選択発明(Selection Invention)とは?
1. 結論:特許法の何条?
「選択発明」という言葉が書かれた条文はありません。
これは特許法の条文上の用語ではなく、特許・実用新案審査基準(第III部 第2章 第4節 7.)で定義されている概念です。
法的な根拠としては、主に以下の2つの条文の解釈・運用によって判断されます。
* 第29条第1項(新規性): 先行技術に具体的に開示されていないか?
* 第29条第2項(進歩性): その選択に容易想到性がないか?
2. 定義(審査基準の要約)
選択発明とは、一言で言えば**「先行技術の『大きな枠(上位概念)』の中から、あえて書かれていない『特定の点(下位概念)』を選び出し、そこに独自の価値を見出した発明」**です。
> 審査基準上の定義
> 刊行物等において上位概念で表現された発明から選択された、その上位概念に包含される下位概念で表現された発明であって、刊行物等に具体的に開示されていないもの。
>
※「具体的に開示されていない」ことが前提なので、もし先行文献にその選択肢がピンポイントで載っていたら、選択発明ではなく単なる「新規性なし」となります。
試験・実務で問われる「登録要件」
選択発明として特許が認められる(=進歩性がある)ためには、以下の条件をクリアする必要があります。ここが最大の山場です。
要件:予期せぬ顕著な効果
単に選んだだけでは「誰でも選べるでしょ(容易想到)」となって拒絶されます。
進歩性が認められるには、その選択した発明が、先行技術(上位概念)と比較して、以下のいずれかの効果を有している必要があります。
* 異質な効果(Qualitative difference)
* 先行技術とは性質の異なる有利な効果。
* 例:先行技術は「洗浄剤」としての効果しか知られていなかったが、特定のものを選んだら「殺菌作用」もあった。
* 同質ですが際立って優れた効果(Quantitative difference)
* 性質は同じだが、際立って(顕著に)優れている効果。
* 例:先行技術も「殺虫効果」があるが、特定の化合物を選んだら、効果が100倍になった、毒性が極端に減った、など。
【重要キーワード】
論文試験等では**「刊行物に記載されていない有利な効果であって、当業者が予測できないもの」**というフレーズがキーになります。
イメージ図(概念)
* 先行技術(上位概念):
* 「金属Aと金属Bを混ぜた合金」(配合比率は0%~100%の範囲なら何でもいいよ、と書いてある)
* 選択発明(下位概念):
* 「金属Aが32.5%、金属Bが67.5%の合金」
* 理由:この比率の時だけ、なぜか強度が劇的に跳ね上がる(臨界的意義がある)から。
関連用語
* 数値限定発明: 選択発明の一種として扱われることが多いです。広い数値範囲から特定の狭い範囲を選択する場合です。
* 動機づけ: 逆に、先行文献に「特にこの範囲が好ましい」という記載(示唆)があると、その範囲を選択することは「容易」とされ、進歩性が否定されやすくなります。
* **「選択発明の進歩性」**に関する有名な判例(ピリミジン誘導体事件)
「ピリミジン誘導体事件」は、選択発明の進歩性を判断する上で、**「効果の予測困難性」**がいかに重要かを示した、非常に有名なリーディングケース(東京高判昭60.9.10)です。
ざっくり言うと、**「形(化学構造)が似ていても、効果が全然違えば特許になる!」**ということを勝たせた事件です。
事件の概要(ストーリー)
* 本願発明(出願人側)
* ある特定の「ピリミジン誘導体」(化学物質)を発明しました。
* 用途は「殺虫・殺ダニ剤」です。
* 引用発明(特許庁側・拒絶理由)
* 先に公開されていた文献には、非常に広い一般式(マークーシュ形式)が書かれていました。
* 本願の物質は、この一般式の範囲内に文字の上では含まれていました(=上位概念には含まれる)。
* しかし、その文献には、本願の具体的な物質名は書かれていませんでした。
【争点】
特許庁は「一般式に含まれているし、似たような構造の化合物が載っているんだから、この特定の物質を作ることも容易だ(進歩性なし)」として拒絶しました。これに対し、出願人が不服を申し立てて裁判になりました。
裁判所の判断(ここが重要!)
裁判所は、特許庁の判断を覆し、**特許(進歩性あり)**を認めました。
勝因:効果の「質」と「量」
裁判所は以下のようにロジックを展開しました。
* 構成の困難性は低いかもしれない
* 確かに、化学構造が似ている化合物を作ることは、当業者ならできるかもしれない。
* しかし、効果が予測できないなら別だ
* 引用文献に載っている類似化合物は、殺虫効果が弱かったり、毒性が強かったりした。
* 一方、本願発明(選択された特定の化合物)は、毒性が低く、かつ優れた殺虫効力を持っていた。
* 結論
* この「優れた効果」は、先行文献からは予測できないものである。
* したがって、たとえ構造が類似していても、進歩性はある。
この判例から学ぶべき「試験対策ポイント」
この判例は、現在の審査基準の基礎になっています。以下のフレーズを頭に入れておきましょう。
1. 構造が似ていても諦めない
化学や医薬の分野では、構造が少し変わるだけで薬効が激変することがあります。構造の類似性(構成の困難性)だけでなく、**「効果の顕著性」**が進歩性の決定打になります。
2. 比較対象は「もっとも近い具体例」
進歩性を主張するときは、先行文献の「広い枠(一般式)」と比較するのではなく、その文献に具体的に書かれている類似化合物と比較して、いかに効果が優れているかを証明する必要があります。
> 判決文のエッセンス(超訳)
> 「先行文献の一般式に含まれるからといって、具体的な記載がない以上、その特別な効果を予測するのは無理でしょ? だから進歩性はあります。」
>
まとめ
| 項目 | 内容 |
|—|—|
| 事件名 | ピリミジン誘導体事件(東京高判昭60.9.10) |
| テーマ | 選択発明の進歩性(第29条第2項) |
| 教訓 | **「予期せぬ顕著な効果」**があれば、構造が似ていても特許になる。 |