「物質特許」は、特に化学・医薬分野では非常に重要な概念です。かつての日本との違いや、実務で必須となる要件・判例を整理しました。
1. 物質特許(Product Patent)とは?
**「化学物質そのもの」**に対して与えられる特許のことです。
その物質を「どうやって作ったか(製法)」や「何に使ったか(用途)」に関係なく、その物質(化合物)を作ったり売ったりする行為すべてに権利が及びます。そのため、特許の中でも非常に強力な権利と言われます。
特許の種類と権利範囲の違い
| 特許の種類 | 対象 | 権利範囲(強さ) |
|—|—|—|
| 物質特許 | 化合物そのもの
(例:新規化合物X) | 最強。
他社が「別の製法」で作っても、「別の用途」で売っても侵害になる。 |
| 製法特許 | 作る方法
(例:Xの製造方法) | 限定的。
他社が「全く別の方法」で同じ物質を作った場合は侵害にならない。 |
| 用途特許 | 使い道
(例:Xを成分とする○○剤) | 限定的。
その特定の使い道に対してのみ権利が及ぶ。 |
2. 日本で認められる?(歴史的経緯)
現在は認められます。
しかし、昔は認められていませんでした。この歴史的経緯は試験や実務の背景知識として重要です。
* 1975年(昭和50年)以前:
* 認められていなかった。
* 日本の化学産業が未成熟だったため、強い権利である物質特許を認めると、海外企業に市場を独占される恐れがあったからです。当時は「製法特許」でしか保護されませんでした。
* 1976年(昭和51年)1月1日以降:
* 物質特許の導入。
* 特許法の改正により認められるようになりました。日本の技術力が向上し、国際的な調和(パリ条約など)の観点からも導入が必要になったためです。
3. 根拠条文は?
「物質特許を認める」という条文が新設されたわけではなく、「物質特許を禁じていた条文」が削除されたというのが法的な説明になります。
* 旧・特許法 第32条(削除済み):
かつてこの条文には「不特許事由(特許を受けられないもの)」として以下が挙げられていました。
> 一 飲食嗜好品
> 二 医薬(調合の方法によるものを除く)
> 三 化学方法により製造すべき物質
>
* 現在の特許法 第29条:
旧32条が削除されたことで、要件(新規性・進歩性など)さえ満たせば、通常の第29条に基づき物質そのものも特許の対象となりました。
4. 登録のための要件(審査基準)
通常の特許要件(新規性・進歩性)に加え、化学物質特有のポイントがあります。
* 物質の特定(構造の明示)
* 原則として、化学構造式で特定する必要があります。
* 構造が不明な場合のみ、物理的・化学的性質(融点、スペクトルデータ等)での特定が許されます。
* 有用性の証明(Industrial Applicability)
* 「新しい物質ができた」だけでは特許になりません。その物質が**「何の役に立つのか(有用性)」**を明細書に書く必要があります。
* (例:「この新規化合物は、○○受容体に作用するため、高血圧治療薬として有用である」等)
* 実施可能要件(Enablement)
* 当業者がその物質を実際に作れるように、製造方法を具体的に記載する必要があります。
5. 知っておくべき有名な判例
物質特許に関連して、実務への影響が大きい判例を2つ紹介します。
① プロダクト・バイ・プロセス(PBP)請求項に関する最高裁判決
* 事件名: プラバスタチンナトリウム事件(最判平27.6.5)
* 論点: 「物質の構造を特定できず、『製造方法』によって物質を特定したクレーム(PBPクレーム)」は認められるか?
* 結論: 原則としてNG(明確性要件違反)。
* 「構造や特性による特定が不可能または非現実的である」という特別な事情がある場合のみ例外的に認められる、という厳しい基準が示されました。
* これにより、安易に製法で物質を特定する書き方ができなくなりました。
② 選択発明(Selection Invention)の進歩性
* 概念: 既にある特許(先願)で「一般式(広い範囲)」が開示されている中で、その範囲に含まれる「特定の狭い範囲(下位概念)」の物質を後から特許にする場合。
* 判断基準: 先行発明の明細書に具体的に開示されておらず、かつ、先行発明からは予測できない顕著な効果(異質な効果や、同質でも際立って優れた効果)がある場合に限り、物質特許(選択発明)として認められます。
まとめ
* 物質特許とは: 化学物質そのものの権利(製法特許より強力)。
* 日本では: **1976年(昭和51年)**から導入(旧32条の削除)。
* ポイント: 構造の特定と、**「何に使えるか(有用性)」**の記載が必須。