T細胞の分化・成熟、正の選択、負の選択、T細胞受容体(TCR)の構造、TCRシグナリングの多様性

T細胞の分化・成熟

T細胞は胸腺で分化・成熟します。T前駆細胞(prothymocyte)は胸腺に移住して、胸腺細胞thymocyteとしてTCRを発現します。また全てのT細胞はCD3を発現します。つまりCD3はT細胞のマーカーになります。CD4・CD8ダブルネガティブな状態から、CD4・CD8ダブルポジティブな状態へと遷移したのち、T細胞受容体(TCR)を発現するようになります。その後CD4シングルポジティブ(ヘルパーT細胞)またはCD8シングルポジティブ(細胞傷害性T細胞)になります。

  1. 骨髄の造血幹細胞からT細胞の前駆細胞が分化
  2. T細胞の前駆細胞が血液に入り、胸腺に移住 前胸腺細胞prothymoctyeと呼ばれる。
  3. 前胸腺細胞prothymoctyeは、最初はまだCD4,CD8,CD3,TCRを発現していない。
  4. (CD4,CD8ダブルネガティブ)細胞。
  5. 前胸腺細胞prothymoctyeが増殖して、CD4,CD8,CD3,TCRを発現する。(CD4,CD8ダブルポジティブ)細胞。
  6. 胸腺の皮質の部分で皮質上皮細胞によって正の選択をうける。すなわち、MHCとペプチドの複合体(pMHC)と結合しないものは、3~4日で死ぬ。(TCRの可変領域が自己のMHCと結合できないT細胞は死ぬ。自己のMHCを認識できる細胞のみが生き残る。)
  7. pMHCクラスI分子と結合できた細胞はCD8細胞になる。pMHCクラスII分子と結合できた細胞はCD4細胞になる。(シングルポジティブ)
  8. 正の選択で生き残ったT細胞(胸腺細胞)は、皮質ー髄質の境界に移動し、負の選択を受ける。すなわち、自己抗原+MHCの複合体に強く結合する細胞はアポトーシスで死ぬ。自己抗原を認識するT細胞は死ぬということ。
  9. 成熟T細胞として胸腺から出て、循環血中に入る。

骨髄や胸腺は、「一次リンパ器官」と呼ばれます。骨髄は全てのリンパ球が生まれる場所であり、胸腺は一部のリンパ球が「訓練を受ける場所」、また、他のリンパ球は骨髄で「在宅訓練」を受けます。一次リンパ器官を卒業したリンパ球は、外で仕事をすることになります。

  1. リッピンコット イラストレイテッド免疫学 原書2版 丸善出版 (邦訳)90ページ、122ページなど

Differentiation of mature T cells from immature precursor cells in the thymus is dependent upon signals transduced by surface TCR components and is reflected in changing thymocyte expression patterns of CD4 and CD8 surface coreceptor molecules. The earliest precursor thymocytes are CD48 (double negative [DN]) and are signaled in the thymus to differentiate into double-positive (DP) thymocytes (Robey and Fowlkes 1994). Most thymocytes progress no further than the DP stage of development, as their differentiation into mature CD4+8 (CD4SP) or CD48+ (CD8SP) single-positive (SP) T cells requires engagement of surface αβTCR complexes by intrathymic MHC/peptide self-complexes (2728114). Differentiation of immature DP thymocytes into mature SP T cells is referred to as “positive selection” and requires termination of one or the other coreceptor molecule. The choice of which coreceptor molecule to extinguish is referred to as “lineage commitment” (Janeway 1988) and is a critical one for signaled DP thymocytes, as a functionally competent immune system requires each T cell to express TCR and coreceptor molecules with concordant MHC specificities (Ellmeier et al. 1999). That is, immunocompetence requires that TCR with specificity for MHC class II (MHC II) antigenic complexes be expressed on CD4 SP T cells, while TCR with specificity for MHC class I (MHC I) antigenic complexes be expressed on CD8 SP T cells. (Coreceptor Reversal in the Thymus: Signaled CD4+8+ Thymocytes Initially Terminate CD8 Transcription Even When Differentiating into CD8+ T Cells. Immunity Volume 13, Issue 1, 1 July 2000, Pages 59-71)

  1. T細胞はどこでどのようにつくられるの?(河本宏研究室)

正の選択

胸腺で、胸腺上皮細胞は「MHC分子+自己抗原」を細胞表面に呈示しており、T細胞がもしこれを「ゆるく」認識できれば、合格です。将来、なにかしら外来の抗原とこのMHCが結合していた場合には、強く結合できる可能性があるからです。これが正の選択。

  1. (4) どうやって役に立つ細胞を選んでいるのか 9.T細胞はどこでどのようにつくられるの? 一般の方向け記事:免疫のしくみを学ぼう! 河本宏研究室 京都大学

負の選択

胸腺上皮細胞が提示する「MHC分子+自己抗原」に、T細胞受容体が強く結合してしまうと、それは自己を攻撃してしまうことになって困るため、そんなT細胞は死んでもらうことになります。これが負の選択。

  1. (4) どうやって役に立つ細胞を選んでいるのか 9.T細胞はどこでどのようにつくられるの? 一般の方向け記事:免疫のしくみを学ぼう! 河本宏研究室 京都大学

T細胞受容体(TCR)の構造

T細胞受容体は、α鎖とβ鎖が合わさったヘテロ二量体です。遺伝子組み換えによって多様性が作り出されて、一つ一つのT細胞が異なる反応性をもったT細胞受容体をもっています。MHCが提示するペプチドを認識するのがこのT細胞受容体(TCR)の先端部分。

T細胞受容体はCD4陽性とCD8陽性の2種類あり、CD4やCD8はMHCと結合することができます。CD8はMHCクラスI分子を認識します。MHCクラスI分子は全ての有核細胞(つまり、核をもたない赤血球を別として、体の全ての細胞)で発現しているので、CD8陽性T細胞は全ての有核細胞を認識することができます。それに対して、CD4はMHCクラスII分子を認識することができますので、MHCクラスII分子を発現する特別な細胞すなわち、樹状細胞、マクロファージ、単球、B細胞をCD4陽性T細胞が認識することになります。

TCRは細胞膜に埋め込まれて細胞の外側に飛び出している構造をしており、細胞質の内部にシグナルを伝えることが単独ではできません。そこでTCRのシグナルを細胞内につたえる仕事をする分子が必要となりますが、その役割を担うのがCD3複合体です。CD3複合体は、ζ鎖のホモ二量体(別名CD247)、ε鎖γ鎖、ε鎖δ鎖からなります)。

TCRシグナリングの多様性

T細胞は複数の細胞内情報伝達系を備えており、刺激に応じて異なる情報伝達経路が作動して、異なる細胞応答を示します。

多数の役者が登場するので、頭の中でしっかり整理しておかないと、わけがわからなくなります。

CD4陽性T細胞の場合ですが、

  1. まずT細胞受容体(TCR)が、ペプチドを提示しているMHCクラスII分子と結合する
  2. CD4がMHCクラスII分子と結合して、T細胞と相手の細胞との間の結合を安定化する
  3. CD4ともともと結合していたチロシンキナーゼLckがCD3複合体のITAMモチーフをリン酸化する
  4. リン酸化されたITAMモチーフに、ZAP-70チロシンキナーゼが結合し、CD3ζ鎖2量体のITAMモチーフをリン酸化する。また、ホスホリパーゼCγ(PLCγ)をリン酸化する。
  5. PLCγは、細胞膜に存在するPIP2DAGIP3とに分解する。
  6. IP3は細胞内のカルシウムストア上にあるIP3受容体Caチャンネルに結合して開口させ、カルシウムイオンを細胞質内へ放出させる。
  7. DAGはプロテインキナーゼC(PKC)を活性化する。
  8. PKCはIκB(inhibitor of NFκB)をリン酸化し、IkBから転写因子NFkBを引き離す。
  9. DAGとカルシウムイオンはプロテインフォスファターゼであるカルシニューリンを活性化する。
  10. カルシニューリンは転写因子NFATを活性化する。
  11. NfKBおよびNFATは核へ移行し、種々の遺伝子の転写を誘導する。
  12. ZAP-70チロシンキナーゼは、LAT(Linker of activation for T cell)をリン酸化し、リン酸化されたLATはグアニンヌクレオチド交換因子(GEF)のであるrasracを活性化する。
  13. rasやracは、Ras-MAPKカスケードを活性化するなどしてAP-1転写因子ファミリーを活性化する。
  14. AP-1は核に移行し遺伝子発現を制御する。

信号情報伝達系はZAP-70の2つの働き(PLCγのリン酸化と、LATのリン酸化)により、2つの情報伝達経路に分岐します。

参考

  1. リッピンコット イラストレイテッド免疫学 原書2版 丸善出版 平成25年 139ページなど
  2. 自己免疫疾患における翻訳後修飾によるT細胞シグナル伝達の調節  松井 幸英  桑原 卓  近藤 元就 抗原を認識したTCRの細胞質領域で最初に生じる反応はSrcファミリータンパク質チロシンキナーゼであるLckの活性化である.
  3. ヒト制御性T細胞は通常型T細胞におけるT細胞受容体誘導性Ca2+、NF-κBおよびNFATシグナル伝達を速やかに抑制する Sci. Signal., 20 December 2011 Vol. 4, Issue 204, p. ra90 [DOI: 10.1126/scisignal.2002179]
  4. T Cell Activation Annu Rev Immunol. 2009 ; 27: 591–619. This year marks the 25th anniversary of the first Annual Review of Immunology article to describe features of the T cell antigen receptor (TCR). doi:10.1146/annurev.immunol.021908.132706.
  5. T細胞活性化の時空間的制御機構 生物物理58(1), 005-011(2018) T細胞は抗原認識受容体=T細胞受容体(TCR)を介して,さまざまな応答を起こす.たった1種類の受容体からなぜこのような多様性が生まれるのか.この理由として,TCR 下流のシグナルが,Ras–MAPK経路,カルシウム―カルモジュリン―カルシニューリン―NFAT経路,NF-κB 経路,アクチン重合,フォスファチジルイノシトール3リン酸―Akt–mTOR経路などの複数のシグナル伝達経路へと分岐し,さらに補助刺激受容体やサイトカイン受容体からのシグナルが修飾することがあげられる1).
  6. T-Cell Receptor (TCR) の概要 ThermoFisher Scientific
  7. T細胞受容体シグナル伝達
  8. 免疫・アレルギーの理解のためのT細胞学 日耳鼻 114: 539―546,2011 「他領域からのトピックス」
  9. T Cells and MHC Proteins Molecular Biology of the Cell. 4th edition.
  10. Major Histocompatibility Complex Restriction (ScienceDirect)