MHC restriction(MHC拘束性)とは
MHC分子の溝の部分に、抗原となるペプチドが結合し、その両者をT細胞の抗原受容体が認識するのでした。このようなときに、もしMHC分子が他人のMHC分子だったとすると、もはやこのT細胞受容体は、この抗原ペプチドを認識しなくなります。あくまで同一個体内のそのMHC分子とその抗原ペプチドの組み合わせを、そのT細胞受容体が認識することができたのです。このように、他人のMHCだと認識しないということをMHC拘束性と呼んでいるそうです。そのようなことになる理由は、T細胞の発生・成熟過程にあります。
成熟したT細胞は「制の選択」を受けた際に使われたMHCと同じ表現型のMHCによって提示される抗原ペプチドしか認識することができなくなる。(免疫学コア講義)
- 矢田純一 医系 免疫学 改訂16版 中外医学社 第5章リンパ球の働き 3.T細胞の抗原認識 84ページ
- 免疫学コア講義 南山堂 改訂4版 第5章 主要組織適合遺伝子複合体 28ページ
MHC拘束性 というのは MHC restrictionの訳ですが、MHC restriction の意味を理解するにはrestrictという動詞の意味をわかればよいです。A is restricted to B.でAがBの範囲内に制限されているという意味です。Smoking is restricted to that room.(アルクの例文)という例文を考えるとわかりやすいでしょう。何が、何の範囲に制限されているのかというと、T細胞による抗原ペプチドの認識が、「自己のMHCに結合しているペプチド」の範囲に制限されているということです。つまり、他己のMHCに結合しているそのペプチドは認識できないのです。
Survival of naive T cells depends on the interaction of the TCR with MHC molecules of the same allele/isotype they were restricted to in the thymus.(https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC2585836/)
日本語訳の「拘束性」というのはちょっとわかりにくいです。「ある範囲に制限されている」と理解したほうが、自分はしっくりきます。
It is known that during the education of T lymphocytes in the thymus, T cells are MHC restricted i.e. they only recognize self MHC complexed with peptides. (https://www.riverpublishers.com/journal_read_html_article.php?j=IJTS/2016/1/003)
別の文例も見ておきます。
The fact to be explained is that the recognition of peptide (P) is a signal via the TCR only when it is coordinated with the recognition of a given allele of the MHC-encoded restricting element. (https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC2464364/)
もう一つ別の表現。CD1a分子は非古典的MHCクラスI分子に分類されるものですが、CD1aが提示する抗原しか認識しないという制限がかかっている場合に、CD1a-restrictedという言い方をします。MHC restrictionやMHC-restrictedという言葉遣いと同じ考え方によるものです。
CD1a is expressed on Langerhans cells (LCs) and dendritic cells (DCs), where it mediates T cell recognition of glycolipid and lipopeptide antigens that contain either one or two alkyl chains. We demonstrate here that CD1a-restricted T cells can discriminate the peptide component of didehydroxymycobactin lipopeptides. (Molecular Mechanism of Lipopeptide Presentation by CD1a 2005年)
参考文献など
- A Disquisition on MHC Restriction and T Cell Recognition in Five Acts. Viral Immunol. April 2020; 33(3): 153–159. Published online 2020 Apr 15. doi: 10.1089/vim.2019.0182. The seminal discovery in the early 1970s, credited to Peter Doherty and Rolf Zinkernagel, of major histocompatibility complex (MHC) restriction exhibited by cytotoxic T cells represented a major conceptual advance in understanding antigen recognition by conventional T cells.
- Major histocompatibility complex class I-restricted alloreactive CD4+ T cells. Immunology. 2004 May; 112(1): 54–63. doi: 10.1111/j.1365-2567.2004.01857.x PMCID: PMC1782457 PMID: 15096184 Although it is well established that CD4+ T cells generally recognize major histocompatibility complex (MHC) class II molecules, MHC class I-reactive CD4+ T cells have occasionally been reported.
令和3年度 秋季講義:新型コロナと免疫:免疫は味方か敵か?ワクチンの仕組みは?(京都大学春秋講義) のYOUTUBE動画を見ていたら、TCR(A2402拘束性)という言葉が出てきました。Geminiに解説してもらいます。
Gemini:
これは、がん免疫療法やワクチンの研究開発において非常に重要な専門用語です。
「TCR(A2402拘束性)」とは?
簡潔に言うと、「HLA-A*2402という“お皿”に乗った抗原ペプチド”だけ”を認識できるT細胞受容体(TCR)」という意味です。
これは、T細胞が抗原を認識する際の、非常に厳格な「ルールの縛り」を示しています。
詳しい解説:鍵穴と鍵の関係
T細胞が抗原(ウイルスの断片や、がん細胞の目印)を認識する仕組みは、**「鍵穴」と「鍵」**の関係に例えられます。
- HLA(鍵穴):
- 細胞の表面にある「お皿」で、抗原ペプチドを乗せています。
- このHLAには非常に多くの種類(型)があり、「HLA-A」「HLA-B」「HLA-C」などに分かれ、さらに細かい番号(アリル)で分類されます。
- ご質問のHLA-A*2402(エイ・ニーヨンマルニ)は、その「鍵穴」の特定の型番です。
- 抗原ペプチド(鍵のギザギザ):
- ウイルスやがん細胞のタンパク質の断片です。これが「異物」や「異常」の目印となります。
- TCR(鍵):
- T細胞の表面にある受容体で、これが「鍵」の役割を果たします。
- TCRは、**「特定の鍵穴(HLA)」と「特定の鍵のギザギザ(抗原ペプチド)」**がセットになった状態を認識します。
「A2402拘束性」の意味
TCRは、「A2402という鍵穴」にぴったりはまるように作られています。
- A2402拘束性のTCR(鍵)が働くケース:
- 【鍵穴:A2402】 + 【ギザギザ:特定のがん抗原X】
- → 鍵が回り、T細胞が活性化して攻撃する。
- A2402拘束性のTCR(鍵)が働かないケース:
- たとえ同じ「がん抗原X(ギザギザ)」が提示されていても、それが別の「鍵穴(例:HLA-A*0201)」に乗っていた場合
- → 鍵がはまらず、T細胞は認識も攻撃もできません。
このルールを「MHC拘束性(HLA拘束性)」と呼びます。
なぜ「日本人の6割」の話が出てくるのか?
ご指摘の通り、HLA-A*2402は、日本人集団において最も頻度が高い(最も多くの人が持っている)HLAタイプであり、約6割の人が(両親のどちらかから)この型を受け継いでいます。
これが、がん免疫療法の開発において非常に重要になります。
- ある「がん抗原」を見つけ、それを認識する「TCR」を治療薬(TCR-T細胞療法など)として開発したとします。
- もし、そのTCRが「A2402拘束性」であれば、その治療薬は日本人のがん患者さんの約6割に使える可能性があるということになります。
- 逆に、非常に珍しいHLAタイプにしか反応しないTCRを開発しても、ごく一部の患者さんしか治療できません。
したがって、研究開発において「A2402拘束性」のTCRや抗原ペプチドを探すことは、できるだけ多くの日本人患者をカバーできる治療法を作る上で、最も効率的で重要な戦略の一つなのです。