心筋細胞は「エネルギーの雑食(metabolic omnivore)」と呼ばれ、さまざまな物質を原料にできますが、通常時(安静時・非空腹時)は、エネルギー源の約 60〜90% を遊離脂肪酸の酸化によってまかなっています。なぜ心筋がグルコース(糖)よりも脂肪酸を好むのか、その仕組みと理由を整理して解説します。
なぜ「脂肪酸」がメインなのか?
心臓は一生休まず動き続けるため、膨大なエネルギー(ATP)を常に必要とします。
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エネルギー密度の高さ: 脂肪酸はグルコースに比べて1分子あたりのエネルギー産生量が圧倒的に多いです(例:パルミチン酸1分子から106個のATP、グルコース1分子から約30〜32個のATP)。
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貯蔵の限界: 心臓はグリコーゲン(糖の貯蔵形態)をわずかしか蓄えられません。そのため、血中から効率よく大量のエネルギーを取り出す必要があり、脂肪酸がそのニーズに合致しています。
グルコースとの使い分け(代謝の柔軟性)
心臓はグルコースを全く使わないわけではありません。状況に応じて燃料を切り替える「代謝の柔軟性(Metabolic Flexibility)」を持っています。
| 状況 | 主なエネルギー源 | 理由 |
| 安静時・通常時 | 遊離脂肪酸 (60-90%) | 安定した大量のエネルギー供給のため |
| 食後 | グルコース / 乳酸 | インスリンにより糖の取り込みが増えるため |
| 激しい運動時 | 乳酸 / グルコース | 血中乳酸濃度が上がり、速やかに酸化できるため |
| 胎児期 | グルコース | 低酸素環境に適応するため(糖代謝は酸素消費が少なくて済む) |
補足:ランドル効果(Randle cycle)
生化学的なメカニズムとして、「脂肪酸の酸化が進むと、糖の利用が抑制される」という仕組み(ランドル効果)があります。
脂肪酸から作られたアセチルCoAなどが、グルコースを分解する酵素(ピルビン酸デヒドロゲナーゼなど)を阻害するため、脂肪酸がある環境では自然と糖の使用が抑えられるようになっています。まとめると、心筋は、基本的には「脂肪酸」をメイン燃料とし、必要に応じて「ケトン体」や「乳酸」、「グルコース」を使い分けるハイブリッドエンジンなような性質を持っています。
脂肪酸を除いて考えた場合、平常時(特に食後や通常の活動時)の心筋は ケトン体よりもグルコースを多く利用しています。心筋のエネルギー消費の内訳を「脂肪酸以外」に注目して整理すると、以下のようになります。
1. 平常時のエネルギー源の順位(脂肪酸を除く)
通常の状態(非空腹時)において、心筋がATPを作るために利用する基質の割合は概ね以下の通りです。
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遊離脂肪酸:約 60〜70% (メイン)
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グルコース(糖)および乳酸:約 20〜30%
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ケトン体:約 5% 未満
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その他(アミノ酸など):わずか
このように、平常時はケトン体の血中濃度自体が非常に低いため、心筋にとっても「たまに流れてくるサブの燃料」程度の扱いです。一方で、グルコースは常に一定量が血液中に存在し、心筋細胞へ安定的に取り込まれているため、利用優先度はグルコースの方が上になります。
2. なぜ「ケトン体」が注目されるのか?
平常時は影の薄いケトン体ですが、特定の条件下ではグルコースを追い抜くほどのポテンシャルを持っています。
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飢餓・絶食時: 血糖値が下がり、肝臓でケトン体が大量に作られると、心筋はグルコースよりもケトン体を優先してエネルギー源として使い始めます。
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心不全の時: 心臓の機能が低下すると、脂肪酸をうまく燃やせなくなります。このとき、心筋は「省エネで効率の良い燃料」としてケトン体への依存度を高めることがわかってきました。これを「ケトン体代謝へのシフト」と呼び、心不全治療の新たな鍵として研究が進んでいます。
3. 乳酸の存在も忘れてはいけない
実は「脂肪酸以外」で言うと、心臓は乳酸(Lactate)も非常に好んで消費します。激しい運動時などで血中の乳酸濃度が上がると、心臓はそれを素早く取り込み、グルコースよりも優先してエネルギーに変えることができます。「骨格筋が出したゴミ(乳酸)を、心臓が燃料として再利用する」という非常に効率的なリサイクルシステムが働いています。
まとめ
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平常時: グルコース > ケトン体
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空腹・絶食時: ケトン体 > グルコース
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運動時: 乳酸 > グルコース
平常時は圧倒的にグルコースの出番の方が多い、というのが答えになります。
(Gemini 3)