特許出願における「補正」amendmentとは
特許申請における「補正」とは、出願人が特許庁に提出した出願書類(明細書、特許請求の範囲、図面など)の内容を修正・訂正する手続のことです。
審査官から拒絶理由が通知された場合、その理由を解消するために行われることが多いですが、出願人が自発的に行うことも可能です。
📅 いつ補正できるか?
補正は、出願が特許庁で審査中である限り可能ですが、時期によって許される補正の範囲(内容)が異なります。
主な補正のタイミングは以下の通りです。
- 自発補正
- 時期: 出願してから、特許庁から最初の審査結果(拒絶理由通知など)が来るまでの間。
- 拒絶理由通知への応答時
- 時期: 審査官から「拒絶理由通知」を受けた後、指定された応答期間内。
- 最初の拒絶理由通知か、最後(2回目以降)の拒絶理由通知かによって、補正できる範囲がさらに制限されます。
- 拒絶査定不服審判の請求時
- 時期: 審査の結果、「拒絶査定」が出た場合、それを不服として審判を請求する時。
⚠️ 補正の重要なルール(制限)
補正は自由に行えるわけではなく、守らなければならない厳格なルールがあります。
1. 新規事項の追加の禁止(最重要)
最も重要なルールは、「新規事項(New Matter)」を追加してはならないという点です(特許法第17条の2第3項)。
- 補正は、あくまで出願当初に提出した明細書、特許請求の範囲、図面(=「当初明細書等」)に記載されていた事項の範囲内で行わなければなりません。
- 当初明細書等に書かれていなかった新しい技術情報、発明の課題、効果などを後から追加することは認められません。
- 理由: もし後から新しい内容を追加できてしまうと、他者より早く出願した「先願」としての地位を不当に利用することになるためです(先願主義の原則に反します)。
[例]
- 許される補正: 当初明細書に「A、B、Cから選ばれる」と記載されていたものを、「A」に限定する補正。
- 許されない補正(新規事項): 当初明細書にAのことしか書かれていなかったのに、拒絶理由を回避するために「Dという新しい要素」を追加する補正。
このルールに違反した補正は、拒絶理由や特許無効の理由となります。
2. 時期による補正目的の制限
審査が進むにつれて、認められる補正の範囲は狭くなります。
特に、「最後の拒絶理由通知」の後や**「拒絶査定不服審判」の請求時**に行う補正は、その目的が以下のように厳しく限定されます。
- 請求項の削除: 特許請求する項目(請求項)を削除する。
- 特許請求の範囲の減縮: 発明の範囲を狭める(例:構成要素を追加して権利範囲を限定する)。
- 誤記の訂正: 明らかな書き間違いを直す。
- 不明瞭な記載の釈明: 意味が分かりにくかった部分を明確にする。
(Gemini 2.5 Pro)
理解を深めるために
疑問:こんなシナリオ、「特許を取った商品を自社が販売しているとする。他者が類似商品を発売した。その類似点を含めた補正を、もとの特許に対して行った。この新たな特許権を用いて、類似商品の販売差し止めを求めた。」ってありえる?ナシ?
Gemini 2.5 Pro:
ご質問のシナリオは、基本的に「ナシ」(不可能)です。
その中核となる理由は、一度成立した特許権の範囲を、後から「補正」や「訂正」によって広げることは法律で固く禁じられているからです。
🚫 なぜ不可能なのか?
ご提示のシナリオには、特許実務上の重要な誤解が含まれています。ポイントは「補正」という言葉の使い方です。
- 「補正」 (審査中)
- 「補正」は、主に出願してから特許になる前(審査段階)に行う手続きです。
- この段階であっても、出願当初の明細書に書いていなかった新しい内容(新規事項)を追加することはできません。
- 「訂正」 (特許成立後)
- ユーザーのシナリオ(特許を取った後)で行う手続きは、正確には「補正」ではなく「訂正」(訂正審判や訂正請求)と呼びます。
- この「訂正」で認められているのは、以下の3つの目的に限られます。
- クレーム(特許請求の範囲)を狭くする(減縮)
- 誤記や誤訳を直す
- わかりにくい記載を明確にする
- そして最も重要なルールが、特許法第126条第6項に定められています。それは、「訂正は、実質的に特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものであつてはならない」というものです。
第百二十六条6 第一項の明細書、特許請求の範囲又は図面の訂正は、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものであつてはならない。https://laws.e-gov.go.jp/law/334AC0000000121#Mp-Ch_6-At_126
🎯 シナリオの問題点
ユーザーのシナリオは「他者の類似商品が出てきた」→「その類似点を含むように特許の内容を広げる」というものです。
これは、まさに法律が禁止している「クレーム(権利範囲)の実質的な拡張」に該当します。したがって、そのような「訂正」は特許庁に絶対に認められません。
もしこれが認められてしまうと、他社は「この特許はここまでだから、この範囲を避けて新商品を開発しよう」と判断したのに、後から特許権者が「やっぱりお前の商品もウチの権利範囲に入れる」と”後出しジャンケン”ができてしまいます。
これでは安心して事業ができなくなるため、権利範囲を後から広げることは厳しく禁止されています。
💡 では、どう戦うのか?
その類似商品に対しては、「補正」や「訂正」で権利を広げて対抗することはできません。
もし戦うのであれば、元の(補正・訂正する前の)特許権で勝負するしかありません。
その際、主な争点となるのは以下の2つです。
- 文言侵害(直接侵害)
- 類似商品が、あなたの元の特許のクレームに書かれた構成要件をすべて満たしているかどうか。
- 満たしていれば、差し止めを求めることができます。
- 均等侵害(均等論)
- たとえクレームの文言通りではなく、一部が異なっていたとしても、「実質的に同じ」と判断されれば侵害とみなされる可能性があります。(これが均等論です)
- 均等論が認められるには厳しい要件がありますが、クレームの文言をわずかに変えただけの模倣品に対しては有効な手段となり得ます。
結論
- 特許成立後に、他社の類似品をカバーするために権利範囲を広げる「補正(訂正)」は不可能です。
- 類似品と戦うには、元の特許権の範囲(または均等論)で勝負する必要があります。
質問:補正 の場合は、拡げるのもアリ?
Gemini 2.5 Pro:
いいえ、ご質問の意図するような「拡張」は、「補正」であってもできません。
ここでも法律の厳格なルールがあります。
🚫 「新規事項の追加」の禁止
「補正」は、おっしゃる通り特許になる前の審査段階で行う手続きです。
しかし、この「補正」で許されるのは、出願当初に提出した明細書、特許請求の範囲、または図面に書かれている事項の範囲内での修正だけです。
これを「新規事項(しんきじこう)の追加の禁止」といい、特許法第17条の2第3項で定められています。
🕵️ シナリオに当てはめると
最初のシナリオ(他社の類似商品)に当てはめてみましょう。
- あなたの元の出願に「A+B」という技術が書かれていたとします。
- 審査中に、他社が「A+B+C」という類似商品を出してきました。
- あなたが「C」という特徴をご自身の出願に追加しようと「補正」を考えます。
この時、もし「C」という特徴が、あなたの出願当初の書類(明細書や図面)のどこにも書かれていなかった場合、それを追加する「補正」は「新規事項の追加」とみなされ、法律違反として絶対に認められません。
⚖️ 「補正」と「訂正」のルールの違い
ここでルールを整理します。どちらにしても、他社の後発品を見てから権利を広げることはできないようになっています。
- 1. 特許になる前(=補正)
- ルール: 新規事項の追加はダメ。
- (出願時に書いていなかったことを追加できない)
- 2. 特許になった後(=訂正)
- ルール: 権利範囲の拡張はダメ。
- (たとえ出願時に書いていたことでも、一度確定した権利を広げることはできない)
結論:
他社の類似品を見てからその特徴(=類似点)を取り込もうとする行為は、特許前なら「新規事項の追加」として、特許後なら「権利範囲の拡張」として、いずれにせよ法律で禁止されています。
質問:明細書に書かれているところまでは、拡げられるよね。
Gemini 2.5 Pro:
はい、その理解は非常に重要です。
ただし、どの段階での話かによって、答えが「はい」と「いいえ」に明確に分かれます。
1. 特許になる前(審査段階)の「補正」の場合 → はい(条件付き)
おっしゃる通り、特許になる前の「補正」の絶対的な限界は、「出願当初の明細書、特許請求の範囲、または図面に書かれていた事項の範囲内」です。
これを「新規事項(しんきじこう)の追加の禁止」(特許法第17条の2第3項)と呼びます。
- 例:
- 元のクレーム: 「AとBからなる装置」
- 元の明細書: 「本発明はAとBからなる装置である。なお、Aだけでも良いし、AとCを組み合わせても良い。」
- 補正: クレームを「Aからなる装置」に変更する。
この場合、クレームの範囲は「A+B」から「A」へと『拡張』していますが、その「A」は元の明細書に書かれていたため、「新規事項の追加」にはあたりません。
⚠️ ただし、実務上の重大な注意点があります
このような「拡張」的な補正が自由にできるのは、原則として「審査官からの最初の拒絶理由通知(きょぜつりゆうつうち)を受け取る前まで」です。
一度、拒絶理由通知を受け取った後は、補正は原則として「特許請求の範囲を狭くする(減縮)」「誤記を訂正する」「分かりにくいのを明確にする」ことなどに制限されます(特許法第17条の2第5項)。
したがって、審査官が「A+B」で審査した後で、クレームを「A」に『拡張』する補正は、この制限に違反するとして認められない可能性が非常に高いです。
2. 特許になった後(権利発生後)の「訂正」の場合 → いいえ(絶対不可)
これが、前回の回答(シナリオは「ナシ」)の核心です。
一度特許権が成立した後は、「訂正」(訂正審判や訂正請求)という手続きになります。
この「訂正」では、たとえ元の明細書に書いてあったとしても、特許請求の範囲(クレーム)を実質的に拡張することは法律で固く禁止されています。(特許法第126条第6項)
- 例:
- 成立した特許: 「AとBからなる装置」
- 元の明細書: 「Aだけでも良い」と書いてあった。
- 訂正: クレームを「Aからなる装置」に『拡張』する。
- 結果: これは絶対に認められません。
特許になった後の「訂正」で認められるのは、あくまで権利範囲を「狭める(減縮する)」ことだけです。
結論
- 理論上の限界: 「明細書に書かれているところまで」が補正の限界です。
- 実務上の運用:
- 特許前 (補正): 権利を『拡げる』補正は、拒絶理由通知を受ける前なら可能。受けた後は原則不可。
- 特許後 (訂正): 権利を『拡げる』訂正は、明細書に書いてあっても絶対に不可。
したがって、最初のシナリオ(他社の類似品が出てきたから、それに合わせて権利を拡げる)は、
- 特許「前」であれば、タイミング(拒絶理由通知の前)次第では可能かもしれません。
- 特許「後」であれば、100%不可能です。
参考
- 特許法第 126 条第 6 項の意義 ―訂正 2016-390005号について― 小宮山 聰 パテント 2017 Vol. 70 No. 2 page 91- https://jpaa-patent.info/patent/viewPdf/2864