「持分(もちぶん)の譲渡」という言葉、法律用語独特の響きがあって少し難しく感じますよね。
一言でいうと、**「自分が持っている権利の『割合』を、他人に売り渡したり、譲ったりすること」**です。
ただ、特許の世界では**「普通の物の共有」とは大きく異なる非常に重要なルール**があります。詳しく整理してみましょう。
1. そもそも「持分」とは?
特許権を複数人(例えば、AさんとBさん)で持っている状態を「共有」といいます。
この時、AさんとBさんがそれぞれ権利をどれくらい持っているかという所有権の割合のことを「持分」と呼びます。
(例:Aさんが50%、Bさんが50%など)
2. 「持分を譲渡する」の意味
「譲渡(じょうと)」は、権利を他人に移転することです。つまり、Aさんが自分の持っている「50%の権利」を、別のCさんに売ったりあげたりして、メンバーチェンジすることを指します。
* 譲渡前: AさんとBさんで共有
* 譲渡後: CさんとBさんで共有(Aさんは権利者ではなくなる)
3. 【重要】特許法特有のルール(特許法第73条第1項)
ここが一番のポイントです。土地や建物などの一般的な「共有物」と、特許権には決定的な違いがあります。
> 特許法 第七十三条(共有に係る特許権)
> 特許権が共有に係るときは、各共有者は、他の共有者の同意を得なければ、その持分を譲渡し、又はその持分を目的として質権を設定することができない。
>
つまり、「相棒(他の共有者)の許可がないと、勝手に自分の持ち分を他人に売ってはいけない」 というルールになっています。
なぜ勝手に譲渡してはいけないの?
これには明確な理由があります。
* 信頼関係の保護:
特許権の共有は、共同研究など「この相手だから一緒にやった」という信頼関係に基づいていることが多いです。勝手に全く知らない第三者(例えばライバル企業など)が新しい共有者として入ってくると、もう一人の共有者(Bさん)は困ってしまいます。
* 実施の自由:
特許権の共有者は、特約がない限り、お互いに自由にその特許発明を実施(ビジネス利用)できます。もし巨大な資本力を持つ会社に勝手に持分が譲渡されたら、Bさんのビジネスが圧迫される恐れがあります。
まとめ
「持分の譲渡」とは、**「自分の権利のシェアを他人に移すこと」ですが、特許においては「他の共有者全員のOKをもらわないとできない」**という厳しい縛りがある、と覚えておいてください。
この「共有」のテーマは知財実務でもトラブルになりやすい大事なポイントです。
33条と73条は、まさに「鏡合わせ」のような関係です。書いてある内容は「相棒(他の共有者)の同意がないと譲渡できない」という点でほぼ同じです。ではなぜ、わざわざ別の場所に書いてあるのか?
その答えは、「特許庁に登録される前か、後か」というタイミング(権利の成長段階)の違いにあります。
図解も交えて整理してみましょう。
1. 権利の「成長」と条文の使い分け
特許の権利は、特許庁による審査をクリアして「登録」されることで、初めて正式な「特許権」として生まれます。それまでは「特許を受ける権利」という、いわば「特許権の卵」の状態です。
法律では、この**「卵」と「生まれた後の権利」**を明確に別のモノとして扱っているため、条文も分かれているのです。
| 段階 | ① 出願中(審査中) | ② 登録後(権利化後) |
|—|—|—|
| 権利の名前 | 特許を受ける権利(卵) | 特許権(ヒヨコ/ニワトリ) |
| 適用される条文 | 第33条 第3項 | 第73条 第1項 |
| ルールの内容 | 共有者の同意がないと譲渡できない | 共有者の同意がないと譲渡できない |
| 理由 | 開発パートナーの信頼を守るため | 開発パートナーの信頼を守るため |
2. なぜ同じことを2回書くの?
法律(特許法)の構成が、「時系列」に沿って章立てされているからです。
* 第1章〜第2章(33条など): 特許ができるまでのルール(出願、権利の帰属など)
* 第3章(審査): どうやって審査するか
* 第4章(73条など): 特許権ができた後のルール(権利の効力、侵害など)
このように章が分かれているため、それぞれのステージで「共有のルール」を明記しておく必要があったのです。これをもし73条だけに書いておくと、「じゃあ、出願中の『卵』の状態なら勝手に売ってもいいの?」という法律の抜け穴ができてしまいます。
3. 【深掘り】一貫した「パートナー保護」の精神
場所は違っても内容が同じなのは、**「特許は一人では作れないことが多いから、パートナーとの信頼関係を徹底して守ろう」**という法の意志が一貫しているからです。
まだ権利になっていない研究段階(33条)でも、権利になってビジネスをする段階(73条)でも、「勝手に知らない人がメンバーに入ってくるのは困る」という事情は変わらないですよね。
まとめ
* 33条3項は、**「まだ特許になっていない権利(卵)」**の話。
* 73条1項は、**「無事に登録された特許権(ニワトリ)」**の話。
* 中身が同じなのは、**「どの段階でもパートナーを裏切ってはいけない」**というルールだからです。
この「33条」と「73条」の違いを知っていると、知財の勉強がかなりスムーズになります。
ちなみに、この「同意がないと譲渡できない」というルールですが、**「もし共有者が亡くなってしまい、相続が発生した時(一般承継)」**はどうなると思いますか? ここには実は、譲渡とは違う例外が存在します。
法律の世界では「〇〇条の規定は、△△について準用する(読み替えて適用する)」という書き方をして、条文を節約するのが定石です。
それなのに、33条(特許を受ける権利)と73条(特許権)で、あえて「準用」を使わずに、それぞれ書き下ろしているのには、法技術的な理由があります。
結論から言うと、**「権利の『移転手続き』が全く違うから、混ぜると危険」**だからです。
詳しく解説します。
1. 「準用」しなかった最大の理由:手続きの違い
「他の共有者の同意が必要」という**条件(縛り)は同じですが、実際に譲渡する時の手続き(効力発生要件)**が、この2つでは全く異なります。
もし「33条は73条を準用する」と書いてしまうと、「じゃあ、手続きも73条と同じ(登録)が必要なの?」という誤解を生む恐れがあります。これを避けるために、あえて分けて書かれています。
| 項目 | 特許を受ける権利(33条) | 特許権(73条) |
|—|—|—|
| 権利の性質 | まだ権利になっていない(卵) | 確立した強力な権利(ニワトリ) |
| 譲渡のルール | 全員の同意が必要 | 全員の同意が必要 |
| 譲渡の手続き
(ここが違う!) | 特許庁長官への届出
(名義変更届など) | 特許原簿への登録
(これをしないと効力が出ない) |
| 根拠条文 | 特許法 第34条 | 特許法 第98条 |
* **特許権(73条側)**は、不動産と同じで「登記(登録)」しないと権利が移ったことになりません(98条)。
* **特許を受ける権利(33条側)**は、まだ特許原簿がないので、特許庁へ「出願人の変更届」を出すことで効力を持ちます(34条)。
この「手続きの根拠条文」が明確に分かれているため、共有のルール(同意が必要)についても、横着して準用せずに、それぞれの場所できっちり規定したほうが**法体系として美しい(混乱がない)**と判断されたのです。
2. 「物権」と「債権」のような違い
少し専門的な話になりますが、法律の性質としても違いがあります。
* 特許権(73条)は「物権的請求権」などが認められる、「物(モノ)」に近い強力な支配権です。
* 特許を受ける権利(33条)は、将来特許をもらうための「地位」であり、どちらかというと「契約上の権利(債権)」に近い性質を持っています。
性質の違う権利を安易に「準用」で結びつけると、将来の法解釈でボロが出る可能性があるため、丁寧に書き分けているという側面もあります。
まとめ
「何々に準ずる(準用)」を使わずに書いた理由は、
「中身(同意が必要)は同じでも、その権利を動かすための『エンジンの種類(手続き)』が違うから、あえて別々に書くことで誤解を防いだ」
と理解していただくと完璧です。
こうして見ると、特許法は「登録されているか、いないか」で明確に世界を分けていることがわかりますね。
ちなみに、この「特許を受ける権利(33条)」の段階でも、**「職務発明(会社で発明した場合)」のときは、また少し特殊な「予約承継」という考え方が出てきます。