神経堤細胞(しんけいていさいぼう)neural crest cellsとは?

発生学の勉強をすると、外胚葉、内胚葉、中胚葉がでてきてそれぞれ将来どんな臓器や器官になるのかを学びます。しかしこの三胚葉に加えて、もうひとつ重要な細胞があります。それが、神経堤(しんけいてい)細胞です。英語はneural crest cellsで、それを直訳すると神経冠(しんけいかん)細胞となります。昔は、神経堤細胞という呼び方よりも、神経冠細胞という呼び方のほうが多かったように記憶しています。どちらも同じものを指しています。

  1. WNT signaling, the development of the sympathoadrenal–paraganglionic system and neuroblastoma (ResearchGate.com) March 2018 Cellular and Molecular Life Sciences 75(9–10) DOI:10.1007/s00018-017-2685-8

生物学を学ぶ上での落とし穴は、似た名前なのに全く別物を指していることもあれば、同一のものなのに違った複数の呼び名があったりすることです。初めて学ぶ人は混乱して大変なのですが、なぜかそのへんをきちんと説明しくれていなかったりします。

神経堤細胞は非常に重要な細胞の一群なのですが、自分の中ではどうもふわふわとした、あいまいな存在でした。今ひとつ、何をやっている細胞たちなのかがバシッとつかめていなかったのです。それは当然といえば当然で、実にいろいろな器官を形成するからなのです。しかも神経堤細胞の「起源」も曖昧で、神経管が閉じるまえの土手の部分、つまり『堤」の部分に起源があります。神経管が閉じるころに、そこから内部に入ってきて胚の中を移動して目的地に達したらそこで分化する細胞たちです。移動していく細胞なので、発生学の教科書の図によっては、どの時期の神経堤細胞を描写したのかによって、描かれている存在場所や様子が異なっていたりして、それがまた理解を曖昧にさせる要因だと思います。

  1. The Emerging Roles of the Cephalic Neural Crest in Brain Development and Developmental Encephalopathies Emmanuel Bruet,† Diego Amarante-Silva,† Tatiana Gorojankina, and Sophie Creuzet*  Int J Mol Sci. 2023 Jun; 24(12): 9844. Published online 2023 Jun 7. doi: 10.3390/ijms24129844 PMCID: PMC10298279 PMID: 37372994

神経堤細胞の起源はどの部位か

神経堤細胞は、細胞移動を開始する前にはどの部分にいたのか?というと、それは、神経版と表皮の間の領域です。神経板が分化する前は、表皮だけですが、その一部が「神経誘導」によって将来神経管になるべき部分、すなわち神経板になります。すると神経版と表皮はひとつづきの平面ですから、両者には境界が存在します。この境界部分に存在する細胞が、周りから分子シグナルを受けて、神経堤細胞になるべき細胞が分化してくるようです。

According to the most recent data, the earliest stages of neural crest induction may occur as early as gastrulation, but according to the classical model, the neural crest arises as the result of inductive actions by the adjacent non-neural ectoderm and possibly nearby mesoderm on the neural plate (Fig. 12.1). The ectodermal inductive signals are bone morphogenetic proteins (BMPs) and WntsFibroblast growth factor-8 (FGF-8) from mesoderm plays a role in neural crest induction in amphibians, and it seems to be involved in mammals as well. https://basicmedicalkey.com/neural-crest/

 

この論文 Insights into neural crest development and evolution from genomic analysis. Simões-Costa M 1 , Bronner ME Author information Genome Research, 01 Jul 2013, 23(7):1069-1080 https://doi.org/10.1101/gr.157586.113 PMID: 23817048 PMCID: PMC3698500 のFigure 1

An external file that holds a picture, illustration, etc. Object name is 1069fig1.jpg

がわかりやすいと思います。緑色に着色された細胞が神経堤細胞(将来神経堤細胞になる細胞)です。

  1. Distribution of fibronectin in the early phase of avian cephalic neural crest cell migration J L Duband, J P Thiery Dev Biol . 1982 Oct;93(2):308-23. doi: 10.1016/0012-1606(82)90120-8. この論文の図が『神経堤細胞』(東京大学出版会 UP BIOLOGY)5ページ図1.3に紹介されているみたいですが、ネットで無料で見られるわけではないため論文の中身が確認できませんでした。
  2. https://jackwestin.com/resources/mcat-content/embryogenesis/stages-of-early-development-order-and-general-features-of-each

 

神経堤細胞の移動

神経堤細胞はもともと上皮系の細胞だったわけですから、上皮系細胞の特徴としてきっちりと隣同士と細胞接着していて、裏打ちとして基底膜 basal membraneがあるわけです。そこから内部に細胞移動するということはすなわち、移動する部分において基底膜が破壊されて細胞が内部に移動することになります。

この論文 Eric Theveneau, Roberto Mayor, Neural crest delamination and migration: From epithelium-to-mesenchyme transition to collective cell migration, Developmental Biology, Volume 366, Issue 1, 2012, Pages 34-54, ISSN 0012-1606, https://doi.org/10.1016/j.ydbio.2011.12.041. に、そのステップに関するわかりやすい図がありました。がん化した上皮細胞が転移するために細胞の中に移動していくのと非常に似たことが起きているというわけです。

神経堤細胞の移動を説明する図はたいていの教科書では断面図を見せていますが、神経堤細胞は体軸方向に広い範囲で生じていますので、断面図だけだと今ひとつイメージがわきにくいと思います。上と同じ論文の中の、上からみた神経堤細胞の移動の様子の図がわかりやすいと思います。