特許法
(特許出願)
第三十六条 特許を受けようとする者は、次に掲げる事項を記載した願書を特許庁長官に提出しなければならない。
一 特許出願人の氏名又は名称及び住所又は居所
二 発明者の氏名及び住所又は居所
2 願書には、明細書、特許請求の範囲、必要な図面及び要約書を添付しなければならない。
3 前項の明細書には、次に掲げる事項を記載しなければならない。
一 発明の名称
二 図面の簡単な説明
三 発明の詳細な説明
4 前項第三号の発明の詳細な説明の記載は、次の各号に適合するものでなければならない。
一 経済産業省令で定めるところにより、その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものであること。
(特許法 https://laws.e-gov.go.jp/law/334AC0000000121)
経済産業省令 特許法施行規則
(発明の詳細な説明の記載)
第二十四条の二 特許法第三十六条第四項第一号の経済産業省令で定めるところによる記載は、発明が解決しようとする課題及びその解決手段その他のその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が発明の技術上の意義を理解するために必要な事項を記載することによりしなければならない。
(経済産業省令 特許施行規則 https://laws.e-gov.go.jp/law/335M50000400010#Mp-Ch_3-At_24_2)
抗体特許の要件は機能か構造か
抗体医薬における特許戦略は、ご指摘の通り「機能(エピトープや結合親和性)で広く網をかけるか」vs 「構造(アミノ酸配列)で確実に権利化するか」というジレンマが最大の争点です。
近年、特に米国最高裁の判決(Amgen v. Sanofi)により、このランドスケープは劇的に変化しました。研究者としての視点も踏まえつつ、日米欧の違いと最新の戦略をまとめます。
1. 中心的課題:機能 vs 構造(配列)
抗体特許におけるクレーム(請求項)の特定方法は、大きく分けて以下の3つの階層があります。
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機能的クレーム(Functional Claims): 最も広い。
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エピトープクレーム(Epitope Claims): 中間的。
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構造的クレーム(Sequence Claims): 最も狭いが確実。
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例:「配列番号1(VH)および配列番号2(VL)のCDRを含む抗体」
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メリット:特許として成立しやすい(明確性・実施可能性が高い)。
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デメリット:わずかに配列を変えた「デザインアラウンド(回避設計)」を許すリスクがある。
2. 最大の転換点:米国「アムジェン対サノフィ」判決
これまでの「機能で広く取る」戦略に冷や水を浴びせたのが、この判例です。
米国最高裁判決(Amgen v. Sanofi, 2023)
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事案: アムジェン社がPCSK9というタンパク質に結合する抗体に関して、「特定のエピトープに結合し、PCSK9をブロックする」という広範な機能的クレーム(Genus claim)で特許を取得。サノフィ社を訴えた。
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判決: アムジェン敗訴(特許無効)。
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理由: 「実施可能要件(Enablement)」の欠如。数種類の抗体の配列を開示しただけで、その機能定義に当てはまる「数百万の抗体候補」すべてを独占することは許されないと判断されました。「多大な実験(Undue experimentation)」なしに当業者が他の抗体を作れなければならない、という非常に厳しい基準が示されました。
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教訓: 米国では、もはや「少数の実例だけで、機能的に定義された広範な抗体特許を取ることはほぼ不可能」になりました。
3. 国・地域による戦略の違い
米国が厳格化したことで、グローバル戦略にねじれが生じています。
| 項目 |
米国 (US) |
日本 (JP) |
欧州 (EPO) |
| 機能的クレーム |
極めて困難 (Amgen判決以降)。構造と機能の相関(Structure-function relationship)の厳密な開示が必要。 |
可能だが厳しい。サポート要件(36条6項1号)違反となりやすい。「発明の詳細な説明」に記載された範囲を超えると判断され、減縮を迫られることが多い。 |
可能。ただし、クレームされた範囲全体にわたって効果が得られること(Plausibility)が求められる。実験データのない拡張には厳しい。 |
| エピトープ特定 |
構造的特徴(配列)とのリンクがないと、記載要件違反になりやすい。 |
許容される傾向にあるが、実際に取得・確認できた抗体のバリエーションが少ないと、範囲を限定される。 |
比較的好意的だが、明細書での定義(結合実験データなど)が厳密に求められる。 |
| 配列特定 |
CDR配列(全6箇所)による特定が標準的(Full structural coverage)。 |
CDR特定が基本だが、高い相同性(例:90%以上)を持つ配列を含める戦略も有効。 |
同様。 |
4. 推奨される特許戦略(ハイブリッド・アプローチ)
現状、機能だけで広い権利を取ることはリスクが高いため、以下の「多層的な」戦略が推奨されます。
① クレームの階層化(Layering)
出願時に多様な範囲のクレームを用意しておきます。
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Claim 1 (チャレンジ枠): 機能的定義(結合活性+エピトープ)。米国では拒絶される前提だが、日・欧での権利化や、競合への牽制として残す。
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Claim 2 (準広範枠): 「特定のCDR配列を有し、かつ◯◯の機能を持つ」あるいは「配列番号Xと90%以上の相同性を有し、かつ機能を持つ」という書き方。
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Claim 3 (安全地帯): 具体的なCDR配列(または可変領域全体の配列)による特定。確実に権利化する部分。
② 実施例の充実(Quantity matters)
アムジェン判決を乗り越える(あるいは日本でサポート要件を満たす)には、「たまたま見つけた数個の抗体」では足りません。
③ 周辺特許での要塞化
物質特許(配列)の回避設計を防ぐために、以下で脇を固めます。
結論
これからの抗体特許は、「機能的クレームという『魔法の杖』は折れた」という前提で動くべきです。特定の配列(CDR)で確実な権利を取りつつ、「構造的バリエーション(相同性)」や「共通する構造的特徴」を大量の実験データで裏付けて、少しでも権利範囲を外側に広げていく、という泥臭い戦略が最も有効になります。
(Gemini)
アムジェンの抗体特許の争いは、非常に混沌とした印象があります。ちょっと古い論説や教科書を読むと、結論が逆になっているので要注意です。最終的に、アメリカでも日本でもアムジェンの抗体特許は認められないという結論になったようです。
令和7年4月16日判決言渡
令和5年(ネ)第10107号 損害賠償請求控訴事件(原審・東京地方裁判所令
和2年(ワ)第8642号)
口頭弁論終結日 令和7年1月29日
判 決
控訴人 アムジエン・インコーポレーテツド
被控訴人 サノフィ株式会社
主 文
1 本件控訴を棄却する。
2 控訴費用は控訴人の負担とする。
3 この判決に対する上告及び上告受理申立てのための付加期間を30
日と定める。
事実及び理由
以下、略称等は、特に断らない限り、原判決の表記による。また、原判決中の「原
告」、「被告」はそれぞれ「控訴人」、「被控訴人」に読み替える。
第1 控訴の趣旨
1 原判決を取り消す。
2 被控訴人は、控訴人に対し、10億円及びこれに対する令和2年6月23日
から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。https://www.courts.go.jp/assets/hanrei/hanrei-pdf-94092.pdf
上の文書の読み取り方が最初よくわからなくて、「被控訴人(サノフィ)は控訴人(アムジェン)に対して10億円を払え」というのを読んでアムジェンが勝ったのかと誤解してしまいましたが、これはアムジェンの控訴内容に過ぎず、その控訴が棄却された判決ということになります。
日米ともに「機能だけで広く定義された抗体特許は認めない」という同じ方向性で決着しました。これが現在の抗体特許における世界的なトレンド(決定的な流れ)と考えて間違いありません。日本の判決と、米国の判決を比較して、なぜこれが「トレンド」と言えるのか整理します。
1. 日米の判決の共通点:アムジェンの敗因
両国とも、アムジェンが主張した「機能的クレーム(参照抗体と競合する抗体)」を無効にしました。
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日本(今回の判決)のロジック:
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サポート要件違反: クレームでは「参照抗体と競合する抗体」と広く定義していますが、その中には「中和活性(薬効)を持たない抗体」も含まれてしまうことが実験で示されました(乙2号証など)。
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明細書に書かれた発明の範囲を超えて、効果が保証されないものまで権利化しようとしたため、「サポート要件」を満たさないと判断されました。
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アムジェンが後から持ち出した「EGFaミミック(特定のエピトープに結合する)」という概念も、出願当時の明細書や技術常識からは導き出せないとして退けられました。
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米国(最高裁判決)のロジック:
結論: 法律の条文(日本はサポート要件、米国は実施可能要件)は違いますが、「少数の具体例(構造)を開示しただけで、機能的な定義によって広大な領土(権利範囲)を独占することは許さない」という司法判断は完全に一致しています。
2. これが「抗体特許のトレンド」である理由
かつては、新しい抗原を見つければ、その抗原に結合する抗体を「機能」で広く押さえることが許容されていました。しかし、技術が進歩し、抗体医薬が巨大産業になった現在、特許庁や裁判所は以下のスタンスにシフトしています。
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「機能」から「構造」へ:
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予測可能性の重視:
まとめ
「機能クレームで広く網をかける時代の終わり」が明確になりました。今後の抗体特許戦略は、「どれだけ多様な構造(配列)の抗体を実際に取得し、実験データを積み上げられるか」という、質より「量」と「泥臭い実験」が勝負の鍵を握るトレンドになっています。
(Gemni)
特許の教科書『化学・バイオ特許の出願戦略 改訂11版』(2025年6月20日出版, 発明推進協会)(73ページ)に、 PCSK9に対するモノクロ―ナル抗体事件(知財高判平成30.12.27平29(行ケ)10226 が紹介されていて、請求項が例として紹介されていましたが、これはもはやお手本としてはいけないということになったようです。
Gemini:その教科書が「機能的クレーム(競合抗体による特定)の書き方の『成功例』」として2018年(平成30年)の判決を紹介しているのであれば、その記述は現在では「真似をしてはいけない例」になってしまっています。なぜそのようなことが起きているのか資料(2025年の判決文)に基づいて整理します。
1. 教科書が引用している「平成30年判決」とは?
教科書に載っている「平成29年(行ケ)10226号(平成30年12月27日判決)」は、今回ご提示いただいた資料の中で「第1回各審決取消訴訟」と呼ばれているものです。
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当時の状況: この時点では、特許庁も知財高裁もアムジェンの特許を「有効」と判断しました。
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当時の結論: 「サノフィの請求を棄却する(=アムジェンの特許は維持される)」。
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教科書の視点: おそらく、「競合する抗体」という機能的な表現を使うことで、広い権利範囲を確保できた「上手なクレーム作成の事例」として紹介していたのだと思われます。
2. 最新の「令和7年(2025年)判決」で何が起きたか?
しかし、資料(令和7年4月16日判決)は、その後の「第2シーズン(ちゃぶ台返し)」の結果です。
3. 教科書の記述はどう扱うべきか?
その後の無効判決(2023年の知財高裁判決や今回の2025年判決)があるため、教科書で紹介されている2018年の判決に基いた例に則ってクレームを書くと、現在では以下の理由で拒絶・無効化される可能性が高いです。
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サポート要件違反: 「機能(競合)」で定義した範囲の中に、効果がないものが含まれていると見なされます。
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実施可能要件違反: 広範な抗体をスクリーニングする過度な負担を強いると見なされます。
その教科書の該当部分は、「かつてはこれで特許が取れた時代もあった」という歴史的資料として読むべきであり、「これからの戦略の指針」にしてはいけません。最新の判例に基づけば、「機能的クレームに頼らず、構造(配列)で特定し、かつ十分な実験データでサポートされたクレームを書く」ことが唯一の正解です。
(Gemini)