月別アーカイブ: 2021年6月

ベースライン調査とは

前向きコホート観察研究を開始するにあたって、「ベースライン」の調査が行われます。

ベースライン調査
調査対象:要因と疾病罹患との関連を調べる研究では、注目している疾病には罹患していない人々を対象とする。当該疾病の既往歴がある者は、因果関係の逆転が起きている可能性があるので除外する。人数は、数千人から数万人のことが多い。検出力は疾病の発生数に強く依存するので、罹患率の低い疾病ほど、追跡期間が短いほど、調査人数は多数必要となる。想定している母集団からの無作為抽出であることが望ましいが、実行可能性から有作為標本にならざるを得ないことが多い。
項目:記述疫学や横断研究によって設定された疫学的仮説や、症例・対照研究や先行研究の結果も考慮して、注目している疾病との関連が疑われる項目について調査項目を決め、その時点における曝露状況を調べる。出生前コホートの場合は、アウトカムが出生時の項目であれば妊娠中の調査、アウトカムが生後のものであれば妊娠中の出生時の調査である。(出生前コホート研究マニュアル https://www.niph.go.jp/soshiki/07shougai/birthcohort/data/part1.pdf)

コホート研究では最初にベースライン調査を行い、対象者の曝露状況を把握します。そして、その集団を追跡し、その後の帰結の発生の有無を把握し、ベースラインデータで曝露群/非曝露群に分けてそれぞれの群での帰結の発生頻度を比較し、曝露と帰結の関係を明らかにするものです。多数の対象者を追跡して帰結の発生の有無を確認するので、1つのコホート研究で1つの曝露/1つの帰結のみの観察というのは稀で、ベースラインで多くの項目のデータを入手し、さまざまな帰結に対して評価を行うのが一般的です。このときに、1人の対象者が曝露Aの解析では曝露群、曝露Bの解析では非曝露群となることもよくあります。(コホート研究(cohort studies)疫学入門〜疾病の原因と病の関係性を明らかにするための考え方)

追跡開始に先立って実施する「ベースライン調査」における身体活動に関連するメイン指標として、これまでに「有酸素能力」、「有酸素能力以外の体力」を測定している。(東京ガススタディ 運動疫学研究 2011;13(2):151-159.

654 名からなる多施設ぜん息コホートのベースラインの臨床情報は、2010 年 3 月から 2014 年 4 月の間に収集されている。症例ごとに登録基準日が設定されており、その時点でのベース ライン臨床情報として、患者背景 (年齢, 性別, BMI, 喫煙歴, 発症経過, 発症年齢, 罹患年数, 家族歴, ペット飼育歴, 病型 (アトピー/非アトピー))、併存症 (胃食道逆流症, アレルギー性鼻 炎, 副鼻腔炎, COPD, NSAIDs 過敏症, 精神疾患)、治療内容 (治療ステップ, 吸入/経口ステロ イド量, 気管支拡張薬, 抗 IgE 抗体)、コントロール状態 (ぜん息コントロールテスト, 治療下 での重症度)、呼吸機能 (スパイロメトリー, 強制オシレーション法)、気道炎症 (呼気一酸化窒 素濃度, 末梢血好酸球数・比率, 血清ペリオスチン値, 血清 TGF-β 値)、アトピー素因 (血清総 IgE 値, ハウスダスト・ヤケヒョウヒダニ・スギ特異的 IgE)などが既に収集されている。(気管支ぜん息の動向等に関する調査研究 https://www.erca.go.jp/yobou/zensoku/investigate/pdf/29-3-1-2_01.pdf)

 

 

前向きコホート研究の例

フラミンガム研究

研究デザインの教科書に必ず紹介されているのが、フラミンガム研究。心血管病の原因(危険因子)を探る目的で実施されたそう。フラミンガム研究によって、喫煙,年齢,高コレステロール,高齢,高血圧などが危険因子として同定された。この研究の「コホート」は何だったかというと、1948年にマサチューセッツ州フラミンガム町で無作為に選ばれ参加に同意した30~62歳の住民5209人。彼らが「前向き」に追跡されて、2年ごとにフォローアップ検診として病歴聴取,身体所見,胸部X線,心電図,各種血液生化学検査が実施された。

  1. フラミンガム心臓研究 コホート研究の開始
  2. 循環器トライアルデータベース Framingham Heart Study

喫煙と肺癌の関連

喫煙と肺癌の関連を最初に疫学的に明らかにしたのは、英国の医師を対象としたコホート研究。

  1. https://scienceshift.jp/epidemiology/#heading3-4

the Rotterdam Study

喫煙が認知症やアルツハイマー病のリスク因子になるかどうかを検証した前向きコホート研究。

  1. Lancet . 1998 Jun 20;351(9119):1840-3. doi: 10.1016/s0140-6736(97)07541-7. Smoking and risk of dementia and Alzheimer’s disease in a population-based cohort study: the Rotterdam Study
  2. 紹介スライド

久山町研究

大規模認知症コホート研究 JPSC-AD

  1. JPSC-AD

JACC Study

JACC Studyと呼ばれるこの研究は、文部科学省(当時文部省)の科学研究費の助成を受け、青木國雄名古屋大学教授(当時)を中心に、多施設が協力して開始されました。このコホート研究は、約12万人の一般の方々の協力を得て、最近の日本人の生活習慣ががんとどのように関連しているかを明らかにすることを目的としています。(JACC Studyとは

多施設ぜん息コホート

目的:多施設ぜん息コホートにおけるバイオマーカーを含めた包括的な患者背景情報を活用し、組み入れ後の増悪情報を収集し、患者背景との関連を検討することで、増悪に関連する因子を同定しようとするもの

コホート:18 歳以上の成人ぜん息患者 654 名

ベースライン臨床情報:

  • 患者背景 (年齢, 性別, BMI, 喫煙歴, 発症経過, 発症年齢, 罹患年数,家族歴, ペット飼育歴, 病型 (アトピー/非アトピー))
  • 併存症 (胃食道逆流症, アレルギー性鼻炎, 副鼻腔炎, COPD, NSAIDs 過敏症, 精神疾患)、
  • 治療内容 (治療ステップ, 吸入/経口ステロイド量, 気管支拡張薬, 抗 IgE 抗体)、
  • コントロール状態 (ぜん息コントロールテスト, 治療下での重症度)、
  • 呼吸機能 (スパイロメトリー, 強制オシレーション法)、
  • 気道炎症 (呼気一酸化窒素濃度, 末梢血好酸球数・比率, 血清ペリオスチン値, 血清 TGF-β 値)、
  • アトピー素因 (血清総IgE 値, ハウスダスト・ヤケヒョウヒダニ・スギ特異的 IgE)

統計学的解析:

  • 2群間比較:増悪の有無で 2 群に分類し、2 群間で上記のベースライン臨床情報を比較し、増悪と関連する因子を抽出する。さらに、入院または救急受診の有無の 2 群間でもベースライン臨床情報を比較する。2 群間の比較は、t検定またはカイ二乗検定で行い、
  • 単変量解析:(2 群間の比較で)有意差を認めた項目については、ロジスティック回帰分析で単変量解析を行う。
  • 多変量解析に単変量解析で有意差を認めた項目から指標を選択し、多変量解析を行う。最終的に、増悪予測式と入院または救急受診予測式を作成する。 

気管支ぜん息の動向等に関する調査研究 ①気管支ぜん息患者の長期経過及び変動要因 バイオマーカーを含めたぜん息増悪因子の同定と層別化指導指針の策定 -多施設ぜん息コホートの検討から研究代表者:長 瀬 洋 之 https://www.erca.go.jp/yobou/zensoku/investigate/pdf/29-3-1-2_01.pdf

揚げものの摂取と冠動脈疾患リスク

  1. 揚げものの摂取と冠動脈疾患リスク Guallar-Castillón P, et al. Consumption of fried foods and risk of coronary heart disease: Spanish cohort of the European Prospective Investigation into Cancer and Nutrition study. BMJ. 2012; 344: e363.
  2. 循環器疫学サイト [疫学レクチャー] 第1回のお題: 疫学研究で「調整のしすぎ」ということはありませんか?

疫学研究で因果関係がいえるのかについて

  1. 因果関係 疫学の「考え方」

交絡の調整

  1. 交 絡 EBMのための臨床疫学入門講座

参考

  1. 出生前コホート研究マニュアル https://www.niph.go.jp/soshiki/07shougai/birthcohort/data/part1.pdf コホート研究全般に関する解説も詳細かつ実にわかりやすい。
  2. 日本の大規模コホート研究(日本疫学会)
  3. EBM実践のための医学文献評価選定マニュアル
  4. 疫学コア 症例対照研究 https://ocw.kyoto-u.ac.jp/wp-content/uploads/2010/04/2010_ekigakukoa.pdf
  5. http://www.imed3.med.osaka-u.ac.jp/c-research/c-research01.html
  6. 第3回日本栄養改善学会「実践栄養学研究集中セミナー」 2008.1.12.名古屋 最終版資料 栄養疫学の基礎① デザインと解析 国立保健医療科学院 技術評価部 横山徹爾 https://www.niph.go.jp/soshiki/gijutsu/staffs/yokoyama/etc/kaizen2008jan.pdf
  7. 勤労者における抑うつ状態と体力との関連の縦断的研究 第58巻第 4 号「厚生の指標」2011年 4 月 https://www.hws-kyokai.or.jp/images/ronbun/all/201104-3.pdf
  8. ーエビデンスを評価するための観察研究の基礎知識と2大テーマ検証への応用ー  コホートをまず決めてから、暴露因子の有無で分けている図を示していて、理解しやすい。
  9. あなたもデータに騙されています 観察研究 日本臨床麻酔学会第35回大会特別企画
  10. 薬剤疫学研究入門 そのデザインと解析 -製薬企業の臨床開発部門で働く生物統計家のために- 平成 22 年 10 月 日本製薬工業協会 医薬品評価委員会 統計・DM 部会

 

 

科研費申請書のお手本をKAKENやプロジェクトウェブサイトで見つけて真似しよう

大型の科研費を採択されている人は例外なく、説明の文章のわかりやすさがずば抜けています。ですから、大型プロジェクトのウェブサイトで読める文章は、科研費申請書の書き方の良いお手本になります。

基盤研究(S)組織修復・再生における間葉系細胞のダイナミズム:統合型研究
概要を説明したウェブページですが、何が問題点なのか、何を明らかにしたいのかが非常に明瞭に示されています。

KAKENデータベースも、科研費申請書を書く際のお手本となる文章の宝庫です。こちらは、自分の研究テーマのキーワードや、自分が応募予定の審査種目、研究種目(基盤研究(C)とか挑戦的研究(萌芽)など)に合わせて検索可能なので、自分と同じような立場の人が、どれくらいうまい文章を書いて採択されているのかを見ることができます。

KAKENの採択課題を眺めていて、「研究開始時の研究の概要」などの文章のうまさが印象的だったものを紹介します。

難治性免疫疾患の原因である、IL-17産生性ヘルパーT細胞 (Th17)は、生体内で長期間生存する「しつこさ(persistency)」を示し、これが免疫難病の治療抵抗性および治療後再発の主因と考えられる。予備検討で、T細胞の副刺激阻害薬(CD28阻害薬)であるアバタセプトが、Th17依存性自己免疫マウスモデルの発症を抑制するにもかかわらず、治療後のマウスには、抑制されたTh17が「しつこく生存」しており、この細胞が、治療終了後に分裂、活性化して再発の原因となると考えている。本研究では、治療後に残存した自己反応性メモリーT細胞の生存機構を解析し、これをターゲットとする新規治療法を目指す。https://kaken.nii.ac.jp/ja/grant/KAKENHI-PROJECT-22K19446/

ちなみにこの研究課題名は、

アバタセプト抵抗性「しつこい」記憶T細胞を除去する方法の探索

というもので、アバタセプトって何?しつこいって何?と思いながら読み始めたのですが、それらの語句が丁寧にわかりやすく文章中で説明されていました。文章の体1文の冒頭に「難治性免疫疾患」という言葉があり、これが主題であることがわかります。しつこさという言葉はかなり砕けた物言いなので、インパクトがあるわけですが、原語persistencyという言葉も併せて紹介していて、この分野で使われている言葉であろうことが推測されます。2文めで予備検討の結果を紹介することにより、自分たちの研究成果に基づいた研究計画の提案であることをしっかりとアピールしています。また、「しつこい」ということが実験的に何を意味するのかも明確に説明されています。最後の文で、何をやるのか、どのようなモチベーションでそれをやるのかが述べられています。「しつこい」という日常語でもある言葉がもつインパクトを利用して、非常に印象に残る説明になっていると思いました。

別の例を紹介します。

腸内細菌叢腸管バリア機能は相互に影響し合って恒常性を維持しているが、腸管バリア機能を維持する機序の全容は未解明である。腸管バリア機能の低下は、消化管疾患のみならず全身の疾患の発症に関わることから、腸管バリア機能低下に働く腸内細菌を明らかにし、この腸内細菌が腸管バリアの破綻に働く機序の一端を明らかにすることが出来れば、炎症性腸疾患、アレルギー、ガン、神経変性、老化などの病態の理解と治療法の開発に貢献することになり、科学的および社会的インパクトを有する創造性ある研究課題である。https://kaken.nii.ac.jp/ja/grant/KAKENHI-PROJECT-22K19420/

これも第1文の冒頭で、腸内細菌叢腸管バリア機能の相互作用について述べられているので、これが主題であることがわかります。そして相互作用があることはknownであるけれども、腸管バリア機能が維持される機序の全容はunknownであると説明して、knownとunknownとの間の知識のギャップを示して問題提起をしています。2文めは、1文で説明した内容を受けて、腸内細菌が腸管バリアの破綻に働く機序を調べることが目的であること、さらに、その研究の意義を説明しています。オーソドックスな書き方ですが、文章中では先に述べたことをきちんとあとで受けて、論理的に整合性のある文章になっていて、パズルのピースがきっちり合わさった印象を持ちました。

もう一つ別の例を紹介します。

B型肝炎ウイルス(HBV) は、ヒトを宿主とするウイルスでありマウスには感染しない。HBV感染症で最も問題となるのは、肝硬変や肝細胞癌などの重症肝疾患である。この病態を実験的に解明するためには動物モデルが欠かせないが、現在実用的な動物モデルがない。本研究では、HBV複製を支える上でヒト肝細胞には存在するが、マウス肝細胞に欠けている宿主因子を見つけ、それをマウス肝細胞に補填することで、HBVマウス感染モデルを作ることを目指す。https://kaken.nii.ac.jp/ja/grant/KAKENHI-PROJECT-22K19447/

B型肝炎ウイルス(HBV)がどんなウイルスなのかを自分は全然知らずに読み始めましたが、そのような無知な自分でも蚊帳の外に置かれないような、丁寧な説明になっています。今回の研究目的にとって一番重要な「マウスには感染しない」ということが第1文で説明されています。次の文で、HBVの重大さが簡単に説明されています。さらに、適切な動物モデルが存在しないという、問題提起がなされています。そして、その問題を解決する方法の提案が次に述べられます。何をするのか、どうしてするのか、どうやってするのか、どんな意義があるのかが、完全に予備知識ゼロの人間が読んでも伝わるように書かれており、印象に残りました。

 

KAKENデータベースを眺めていると、必ずしも全ての文章が上手く書けているとは思いません。お手本になると自分で思える文章を探して、なぜその文章がわかりやすかったのか、なぜ説得力があると思えるのかを分析して、そのカラクリを真似して自分の申請書を書いてみるといいでしょう。

 

科研費申請書の書き方

 

科研費の教科書

 

上皮間葉転換(EMT)とは

上皮間葉転換とは

上皮間葉転換(EMT)は、様々な増殖因子刺激(TGFβ、EGF、HGFなど)に応じて、上皮細胞が上皮マーカーであるE-カドヘリン(細胞同士を連結して繋ぎ止める分子)の発現を失い、運動能の高い間葉系細胞の性質を獲得する現象です。EMTは器官形成創傷治癒組織線維化など、様々な生理的・病理的生命現象に関与しますが、細胞が高い運動能を獲得して浸潤・転移する際にも重要であることが知られています。(新規ERK基質分子MCRIP1による上皮間葉転換の制御~ERKシグナルによる癌抑制遺伝子のジーン・サイレンシング~ Molecular Cell Vol.58, 35-46, 2015年4月2日 東京大学医科学研究所

 

χ2乗検定とは

暴露因子Eの有無とアウトカムOの有無が表のようになった場合、

アウトカム あり アウトカム なし
暴露因子 あり a b e = a + b
暴露因子

なし

c d f  = c + d
g = a + c h = b + d n = a + b + c + d

観察値と期待値の差の2乗を期待値で割った値を、項目ごとに合計した値をχ0 2乗 と呼びます。この値は、自由度(2-1)x(2-1)のχ2乗分布に従うことが知られています。

暴露因子ありでアウトカムありの観察値a の期待値は、e* g/n となります。

他も同様。

χ0 2乗 = (a – eg/n)^2 / (eg/n) + …

 

参考

  1. 臨床研究と論文作成のコツ 東京医学社 172ページ