特許法の条文の番号が変更されない理由

質問:特許法は何条は「削除」とか、何条の2とか付け足したりして、改正されても、第何条という番号が保持されてるのはなぜでしょうか?この不動の順番は、「旧法」以来なのでしょうか?特許法の歴史の中で番号は変化していないのでしょうか。

Gemini:法律の「条文番号」は特許法に限らず、日本の法律全体の「お作法」に関わる深い話です。現在の番号の並び順は、1959年(昭和34年)に決まったもので、それ以前(旧法)とは別物です。

1. 「旧法」と「現行法」の成立年

まず、特許法の歴史における「2つのビッグバン(全面改正)」の日付を押さえましょう。

名称 成立年 備考
(初代)専売特許条例 1885年(明治18年) 日本初の特許制度。
旧法(大正法) 1921年(大正10年) これがいわゆる**「旧法」**と呼ばれるものです。
現行法(昭和法) 1959年(昭和34年) 今、私たちが勉強している法律です。

質問にある「不動の順番」は、1959年(昭和34年)にリセットされて決まったものであり、大正時代の旧法から引き継いだものではありません。

ここがポイント:

1959年の改正は「部分的な手直し」ではなく、**「フルモデルチェンジ(全部改正)」**でした。

だから、この時に条文番号はガラガラポンと作り直されています。

2. なぜ「第◯条の2」とか「削除」にするの?

1959年以降、特許法は何度も改正されています(平成改正、令和改正など)。

それなのに、なぜ番号をズラさない(繰り上げ・繰り下げしない)のでしょうか?理由はズバリ、「社会が大混乱するのを防ぐため(法的安定性)」です。もし、間に新しい条文を入れて、それ以降の番号を全部「+1」してズラしてしまうと、どうなるでしょうか?

  1. 過去の判決文が死ぬ

    • 「最高裁の昭和〇年の判決で、特許法29条についてこう言ってたよね」という議論が、番号が変わると「えっと、今の法律だと30条だっけ?29条だっけ?」と照らし合わせるのが地獄になります。

  2. 契約書が死ぬ

    • 企業間のライセンス契約書に「本契約は特許法79条(先使用権)に基づく…」と書いてあった場合、法律の番号が変わると、契約書の書き直しや読み替えが必要になり、ビジネスが大混乱します。

  3. 教科書が死ぬ

    • 私たち受験生や実務家が「29条は新規性!」「29条の2は拡大先願!」と暗記しているのが、全部パーになります。

だから、日本の法律(立法技術)では、以下のルールを鉄則としています。

  • 新しい条文を入れたい時:

    • その場所に「枝番(えだばん)」をつける。(例:29条の次に「29条の2」を作る)

  • 条文がいらなくなった時:

    • 番号を詰めずに、「削除」という空箱だけ残す。(例:「第〇条 削除」と書いておく)

これを「枝番(えだばん)方式」と呼びます。これによって、昭和34年から現在まで、主要な条文(29条や104条の3など)の番号は「不動」のまま維持されているのです。

3. 歴史の中で番号は変化しなかったの?

しました!ここが誤解しやすいところですが、「明治や大正の旧法」と「今の昭和法」では、番号は全然違います。比較してみましょう。

内容 旧法(大正10年) 現行法(昭和34年)
特許できる発明(要件) 第1条 第29条
新規性の喪失の例外 第4条・第5条 第30条
先願主義 第8条 第39条

全然違いますよね?旧法(大正法)では、いきなり第1条で「発明をした者は特許を受ける権利を有する」みたいな実質的な話から始まっていました。一方、現行法(昭和法)では、第1条は「この法律の目的」、第2条は「定義」…と、現代的な法律の構成(パンデクテン方式に近い整理)に組み直されました。つまり、こういうことです。

  • Q. この不動の順番は、旧法以来?

  • A. いいえ、違います。 1959年(昭和34年)の全面改正の時に、現在の並び順に「リセット」されました。

  • Q. 番号が変化したことはないの?

  • A. 1959年まではありました。 しかし、1959年に現行法ができてからは、「枝番」と「削除」を駆使して、意地でも番号をズラさないように守り続けています。

まとめ

  • 旧法(大正10年法)現行法(昭和34年法)は、番号が全く違う別物。

  • 今の番号(29条=新規性、など)は、1959年生まれ

  • それ以降は、実務の混乱を防ぐために「枝番(〇条の2)」を使って、必死にメインの番号を固定している。

だからこそ、私たちは安心して「79条は先使用権!」と覚えていられるわけですね。(もし毎年番号が変わっていたら、弁理士試験は記憶力の限界を超えてしまいます…笑)