TCA回路での重要事項
個々の中間代謝産物の名前を覚えるよりも大事なことを列挙しておきます。
- クエン酸1分子あたり、この回路一周することで、NADHが3分子、FADH2分子が1分子、GTPが1分子、CO2が2分子生じる。
- この回路のなかの脱炭酸反応産生するCO2および、ピルビン酸(C3)がアセチルCoA (アセチル基はC2)になる際の脱炭酸反応が、人間が肺で呼吸するときに吐き出す二酸化炭素CO2.
- NADH,FADH2は電子供与体として、次のステップである電子伝達系で使われる。
- GTPはATPをつくるのに使われる。
- TCA回路そのものでは直接ATPが産生されない。(注:GDP→GTPでなく直接ADP→ATPがつくられる動物種・臓器もあるため、教科書によって記述が異なることがある)
TCA回路の暗記
ATPやアセチルCoAの構造式を覚え、解糖系の反応物と働く酵素を覚え、次にやるべきは、TCA回路を覚えることでしょう。大学院入試の前には全部暗記しましたが、もうすっかり忘れています。どうすれば、長い間覚えていられるのでしょうか。
やはり語呂合わせや歌で覚えるしかなさそうです。
日本語でのTCA回路の語呂合わせ
日本語で、語呂合わせで覚える方法がありました。「おくいあさこ不倫」で覚えられます。奥井朝子不倫なのか奥居麻子不倫なのか、奥井亜佐子不倫なのか、奥井亜沙子不倫なのか、奥井阿紗子不倫なのかはわかりませんが、
- 「お」きさろ酢酸(オキサロ酢酸)
- 「く」えん酸(クエン酸)
- 「い」そくえん酸(イソクエン酸)
- 「あ」るふぁーけとぐるたる酸(α‐ケトグルタル酸)
- 「さ」くしにるCoA(サクシニルCoA または スクシニルCoA)
- 「こ」はく酸(コハク酸)
- 「ふ」まる酸(フマル酸)
- 「りん」ご酸(リンゴ酸)
の8個の化合物です。クエン酸回路という名前ですが、オキサロ酢酸がクエン酸になるところから、この語呂合わせはスタートします。サクシニルCoA よりも、 スクシニルCoAと呼ばれるほうが多いと思いますが、サクシニルCoAという呼び名も使われているようです。
- 代謝疾患分野|サクシニル-CoA:3-ケト酸CoAトランスフェラーゼ欠損症(平成22年度)(難病情報センター)
- 「奥井あさこ」不倫 星薬科大学教授 ・ファルマシアアドバ イザー 辻 勉 フアルマシア Vol.45 No.6 2009 これは先日教室で耳にした学生達の会話の一部です.聞いてみると.生化学でのTCAサイクル(クエン酸回路)に登場する代謝中間体の名称と順序の語呂合せだそうです.「オ」キサロ酢酸→「ク」エン酸→「イ」ソクエン酸→「ア」ルファーケトグルタル酸→「サ」クシニルCoA→「コ」ハク酸→「フ」マル酸→「リン」ゴ酸 の頭文字を繋いだものだそうで,なかなか良くできており妙に感心してしまいました.
さて、構造式ですが。
クエン酸
クレブス回路、クエン酸回路、TCA回路といろいろな名前で呼ばれますが、この回路は、解糖系でできたピルビン酸がアセチルCoAになって、そのアセチル基が使われることでクエン酸が再生されるところから始まります。クエン酸という名前を知っていても、構造式は思い浮かびません。構造式を覚える手がかりになるのは、TCA回路という名前です。これはトリカルボン酸回路の略で、つまりカルボン酸が三つあるということです。クエン酸の構造は、カルボン酸(カルボキシ基)が3つついていることを知っていれば、CH2(COOH)-C(OH)(COOH)-CH2(COOH) は覚えやすいでしょう。真ん中の炭素には、水酸基がついているのは、覚えておくしかありません。
イソクエン酸
イソという名前(isomer 異性体)が示すとおり、クエン酸の異性体で、水酸基が炭素一つ移動して、
HO-CH(COOH)-CH(COOH)-CH2(COOH) になります。
α‐ケトグルタル酸
さて、イソクエン酸HO-CH(COOH)-CH(COOH)-CH2(COOH) の水酸基がついた炭素 C(-OH)-は酸化されてカルボニル基 -C(=O)-になります。この酸化反応と同時にNADH+が還元されてNADHが産生します。続いておこる脱炭酸反応により二酸化炭素が産生されます。脱炭酸が起きるカルボキシ基は真ん中の炭素についたものです。
-OOC-C(=O)-CH2-CH2(COO-)
炭素6個の化合物から二酸化炭素が抜けたので、炭素5個の化合物になりました。
- Isocitrate Dehydrogenase (NADP) sciencedirect.com
スクシニルCoA
さて、脱炭酸反応は、続けて起こります。スクシニルCoAという名前が示すようにsuccinilate(コハク酸)にCoAが結合した化合物です。α‐ケトグルタル酸のケトン基がついている炭素のカルボキシ基で脱炭酸反応が起きます。また触媒する酵素がデヒドロゲナーゼですので水素ものぞかれます。そこにCoAが結合しますので、CoA-S-C(=O)-CH2-CH2(COO -) となることがわかります。-S-はCoAのチオール基のSを明示的に書いたものです。
- Alpha-ketoglutarate dehydrogenase: a target and generator of oxidative stress Laszlo Tretter and Vera Adam-Vizi Published:04 November 2005 https://doi.org/10.1098/rstb.2005.1764
コハク酸
スクシニルCoA CoA-S-C(=O)-CH2-CH2(COO -) からCoAが外れて、そこに水酸基がつきます。CoAのチオールエステル結合は、「高エネルギー結合」のひとつであり、この結合がきれることでたくさんのエネルギーが放出され、そのエネルギーはGDPをGTPにすることに使われます(共役する)。
– O-C(=O)-CH2-CH2(COO -) 同じことですが少し書き直すと
– OOC-CH2-CH2-COO - 対称的な構造をしていることがわかります。
ここで、酸素の数が合わないような気がして、一体どこから来たのだろうという疑問が生じました。加水分解と考えると、
CoA-S-C(=O)-CH2-CH2(COO -) + H2O ⇒ CoA-SH + HO-C(=O)-CH2-CH2(COO -)
つじつまがあいます。ところが、話はそう単純ではありません。
スクシニルCoAはステップ5において加水分解されてコハク酸となるが、この反応は水分子による単純な求核アシル置換反応のように思われる。しかし、酵素に結合したチオエステルが加水分解される解糖系のステップ6,7でみられたように、この反応は見かけよりは複雑である。スクシニルCoAシンテターゼにより触媒されるこの”加水分解反応”は、水分子は関与しない。(マクマリー生化学反応機構 186ページ)
上の教科書では加水分解という言葉をちょっと使っていますが、見かけは加水分解だけど実は水は登場しないと注意を促しています。
これは、全体の反応を考えると、疑問が解消しました。
スクシニルCoA + 無機リン酸 + GDP ⇒ コハク酸 + CoA + GTP
が全体としての反応です。無機リン酸(inorganic phosphate)はPiと略記されることが多いですが、オルトリン酸(正リン酸 orthophosphate) H3PO4のこと。水素が電離する個数によって、H3PO4, H2PO4 -, HPO4 2-, PO4 3- となります。スクシニルCoAからいきなりコハク酸になるのではなくて、スクシニルCoAと無機リン酸( OPO3H 2-)が反応して、succinyl phosphate(日本語名???)がまずできます。
-OOC-CH2-CH2-C(=O)-S-CoA + OPO3H 2- ⇒ -OOC-CH2-CH2-C(=O)-OPO3 2- + HS-CoA
次にsuccinyl phosphateのリン酸基がGDPに転移されてGTPを生じ、自身はコハク酸になります。
-OOC-CH2-CH2-C(=O)-OPO3 2- + GDP ⇒ -OOC-CH2-CH2-C(=O)-O – + GTP
無機リン酸からもらった酸素でした。
- 無機リン酸 photosyn.jp
- Step 5 of the Krebs cycle: Succinyl-CoA Synthetase proteopedia.org
フマル酸
コハク酸の骨格部分の2つの炭素から水素が除かれて二重結合が導入されます。異性体がありえますが、フマル酸はトランス型です。ちなみに、シス型の異性体は、マレイン酸(maleic acid)です。
HC(-COOH)=CH-COOH
リンゴ酸
フマル酸に水分子が反応して二重結合があったところに水酸基がひとつ導入されます。
HOOC-CH(-OH)-CH2-COOH
オキサロ酢酸
リンゴ酸から水素が除かれて、水酸基だったところはケトン基に変わります。
HOOC-C(=O)-CH2-COOH
オキサロ酢酸もα‐ケト酸であることが構造式から読み取れます。
クエン酸
オキサロ酢酸HOOC-C(=O)-CH2-COOHに、アセチルCoAからアセチル基がもらわれて(アルドール反応)、クエン酸に戻ります。HOOC-CH2-C(OH)(COOH)-CH2-COOH
クエン酸回路は8個の化合物からなって、一見複雑ですが、化合物名を覚え、酵素名を覚え、反応を考えれば、案外構造式は書き下せるものだと思いました。クエン酸から出発してぐるっと一周するのを3,4回も書けいていると、自然に覚えられます。
TCA回路を覚えさせられるのは日本の学生だけでなく、世界でも同じ。英語の語呂合わせもあるみたいです。
TCA回路の中間代謝物の名称の語呂合わせ(英語)
下の動画に、Can I Keep Selling Substances For Money, Officer? という文で覚えましょうと、覚えかたの語呂が紹介されていました。
早速試してみました。これは、いけます。2回くらい白紙に書き出してみたら、頭に入りました。
- Citrate
- Isocitrate
- Ketoglutarate
- Succinyl CoA
- Succinate
- Fumarate
- Malate
- Oxalo acetate
の8つの化合物が自分の頭の中から出てきます。初めてTCA回路を勉強する人には難しいかもしれませんが、一度TCA回路を学んでいて、化合物名やその英語名をある程度聞いていて、なかなか覚えられないという状態の人であれば、お勧めの語呂合わせだと思います。
さて、次に構造式をどうやって覚えるかです。なにしろ、「呼吸」の過程なので、二酸化炭素CO2が発生します。クエン酸はC6(炭素6個)ですが、CO2が発生するとCの数が減っていきます。ですので、Cの数およびCO2の発生がどこで生じるかに気をつけたほうが、覚えやすくなります。
- Citrate C6
- Isocitrate C6
- α-Ketoglutarate C5 脱炭酸反応で、CO2発生
- Succinyl CoA C4 脱炭酸反応で、CO2発生
- Succinate C4
- Fumarate C4
- Malate C4
- Oxalo acetate C4
- Citrate C6 (アセチルCoAから、アセチル基(C2)をもらったので、Cの数が2増えて、もとに戻った)
ということになります。クエン酸が異性化してイソクエン酸になったあと、次々と脱炭酸反応が起き、C6,C5,C4ときてその後はC4のままで、最後にアセチルCoAからアセチル基(C2)をもらうことで、C6にもどり、一周すると覚えればいいでしょう。
TCA回路の酵素名の語呂合わせ(英語)
さて、上の動画では、酵素名の覚えかたも紹介されていたので、まずは酵素名から覚えましょう。
So, At Disco, Divil Sipped Five Drinks. と覚えるのだそうです。ここで、SはSyntase(合成酵素)、DはDehydrogenase(脱水素酵素)で、AとFだけは、そのまま、Aconitaseと、Fumaraseと覚えるしかありません。
- Citrate → Isocitrate [Aconitase] At
- Isocitrate → α-Ketoglutarate [Isocitrate dehydrogenase] Disco
- α-Ketoglutarate → Succinyl CoA [α-ketoglutarate dehydrogenase] Devil
- Succinyl CoA → Succinate [Succinyl CoA synthetase] Sipped
- Succinate → Fumarate [Succinate dehydrogenase] Down
- Fumarate → Malate [Fumarase] Five
- Malate → Oxalo acetate [Malate dehydrogenase] Drinks
- Oxalo acetate → Citrate [Citrate synthase] So,
Succinyl CoA synthetaseだけは、合成酵素なのに生成物ではなく反応物の名前が来ます。これは、逆反応も触媒するもので、逆反応のほうで名前がついたからなんでしょうね。
あと、Sは合成酵素といっても、synthase(シンターゼ)とsynthetase(シンテターゼ)の区別があります。ややこしいですね。例えばATPを合成する酵素は、ATPシンターゼです。シンテターゼは、高エネルギーリン酸結合の加水分解と共役して何かを結合させる酵素のようです。
- シンターゼとシンセターゼの違い(ultrabem.com)
コハク酸(Succinate)からスクシニルCoA(Succinyl CoA)を合成するときに、スクシニルCoAシンテターゼ(Succinyl CoA synthetase)が働くわけですが、その際GTPを加水分解します。今、TCA回路ではこの逆反応なので、GDPからGTPが生成されます。TCA回路では実はATPは一つもできませんが、GTPが一つできるんですね。このGTPは、このあとADPからATPを産生するのに使われますので、トータルで産生されるATPを数えるときには、数にカウントされます。
上の語呂合わせでは、synthaseとsynthetaseとの区別をつけていなかったというのが、要注意だと思いました。
また、自分の手元の教科書だと、
aconitaseのことは、aconitic acid hydratase アコニット酸ヒドラターゼ で紹介されており、
fumarate は、 fumarate hydratase フマル酸ヒドラターゼ となっています。酵素には名前が複数あることがるので、ややこしい。違う人が違う呼び方をするかもしれないので、結局、全部覚えるはめになります。
まあ、機械的に丸暗記するより、こういう語呂合わせでもいいので手がかりがあったほうが覚えやすいのは確かです。
クエン酸回路の図
自分にとって見やすい図を一つ決めておくと、いいです。
中間代謝物の構造と酵素
- 畠山 生化学 80ページ 図4-11
収支の概略
- 畠山 生化学 82ページ 図4-12
- https://www.sciencedirect.com/topics/neuroscience/citric-acid-cycle
参考
- マクマリー生化学反応機構 4・4 クエン酸回路 180ページ~
- Bruice Organic Chemistry 5th edition Chapter 25 The Organic mechanisms of the coenzymes ・Metabolism page 1038 Figure 25.3 The citric acid cycle
- 畠山 生化学 80ページ 図4-11
- 酸と塩基の強さ NHK高校講座