冠微小循環とは
一般に約100~150μm未満の血管系を微小循環と称している.(冠微小循環の視覚化 pp.873-877 呼吸と循環 53巻8号 2005年8月)
冠動脈はepicardialarteryから心筋に入り込み,分枝して冠小動脈になる(>100-150μm:large arterial microvessels / small arteries, <100-150μm: small arterial-microvesels / arterioles). 分枝に従い, 血管径を減じ, 毛細血管前小動脈 (precapillary), 内皮細胞と周皮細胞(pericyte)からなる毛細血管(<10μm:capiillary)を経て, 小脈(venule〈70μm)に移行する. 冠小動脈は中外膜の3層構造を有する筋性動脈である. このレベルでは中膜は4~6層の平滑筋細胞から構成される. 末梢に進むに従い, 中膜の厚さを減じ, precapillaryレベルの中膜は1層の平滑筋細胞になる. 終末小動脈の中膜は不連続となり, 平滑筋細胞も散在するようになる. 小脈は内皮細胞のみから構成されるが, 血管の増大に伴い中膜の平滑筋細胞が認められるようになる.(冠微小循環の基礎知識 心臓Vol.40 No.7(2008))
冠微小循環の生理学的役割
心臓には約45mlの血液が含まれ、動脈系、毛細血管、静脈系に約1/3ずつ存在する。冠微小循環は直径200μm以下の血管径の総称であり、左心室筋重量の約8%の血液が含まれている。動脈系の微小循環は直径200~100μmの小動脈(small artery)と100μm以下の細動脈(arteriole)に分けられる。両者は血管抵抗の75%を担っており、抵抗血管とも呼ばれている。細小動脈の役割は、体血圧が変動しても自動的に抵抗を調節することにより毛細血管内圧を25~30mmHgで一定に保つことである(自動調節能 autoregulation)。これは、毛細血管における酸素や栄養の交換を安定的に行う”恒常性の維持”のためである。毛細血管には冠微小循環の血液の90%が存在し、容量血管としての働きをもつ。拡張期に冠動脈から心筋に流れ込む血液を心筋内圧を上昇させることなく全て収容することができる。(急性心筋梗塞における冠微小循環障害の病態と治療戦略 岡山医学会雑誌 2009 JStage)
冠血流の自動調節能
冠血流量は、灌流圧が一定であれば血管抵抗により決まる。冠血管抵抗に対する心外膜側の太い動脈の関与は生理的状態では少なく、細動脈などの抵抗血管により規定される。反応性充血やジピリダモール、アデノシンなどの薬物による冠拡張でみられるように、冠血流は安静時の5~6倍程度まで増加しうる。労作などにより心筋酸素消費量が増加すると、細動脈が拡張し、冠血管抵抗を減じ血流量を増やすことにより供給を維持する。一方、冠灌流圧の変化に対しても、心筋酸素消費量が一定であれば70~130mmHgの範囲では冠血流量を一定に保持する働きがあり(autoregulation,自動調節能)、動脈硬化などによる80%程度までの内径狭窄では、その末梢部の圧の多少の低下にもかかわらず虚血とはならない。(冠血流予備能〈coronary flow reserve〉 トーアエイヨ―)
冠微小循環が抱える根音的な問題
左冠動脈前下行枝および回旋枝は, 左心室心外膜表面を走行し, 途中直角に心筋膜下層に向かって走行して内膜下層心筋部位に微小血管として分布する. この冠血流が途えると心筋組織に虚血が生じる. 特に心筋膜下層は, 心筋にして直角に走行する冠血管が周囲の心筋が収縮する度に圧迫されるため, 常に虚血になる危険に曝されている. (心臓微小循環 日薬理誌 1999)
冠微小循環障害
冠微小循環障害(CMD)には機能性と構造性の2類型があることが明らかになりつつある。イギリスKings CollegeのRahmanらは、86名の狭心症患者を対象として、この分類の確定を報告している。… 著者らは、機能性CMDでは心筋‐冠動脈カップリング不全が酸素需要増をまねく一方、構造性CMDでは全身性内皮細胞障害による心筋過活動を介して血流供給が相対的不足となる、という機構を提唱している。(メディカルオンライン)
- Physiological Stratification of Patients With Angina Due to Coronary Microvascular Dysfunction. Journal of the American College of Cardiology Volume 75, Issue 20, 26 May 2020, Pages 2538-2549
no reflow現象
急性心筋梗塞症例の治療目標は,梗塞責任血管の速やかな再疎通である。なかには責任血管が再疎通しても冠微小循環に構造的障害が生じたために十分な心筋血流が得られない症例が存在し,noreflow現象と呼ばれている。(急性冠症候群の最近の動向 治療 虚血再灌流時の微小循環保護:現状と展望 CARDIAC PRACTICE Vol.22 No.2, 67-71, 2011)
心血管イベントの予測因子としての冠微小血管機能障害
冠動脈疾患の診療は、主に冠動脈狭窄や心筋虚血検査によって行われてきた。しかしながら、近年の筆者らの臨床研究によって、狭窄や虚血がなくても血管径が100μm未満の冠微小血管機能が障害している患者が存在し、心血管イベントの強い予測因子であることが明らかとなった。冠微小血管そのものを描出することはできないが、心臓PET装置と心筋血流トレーサを用いることでアデノシン負荷時と安静時血流量の比から、非侵襲的かつ定量的に冠血流予備能を算出することが可能である。(冠微小循環機能評価 北海道大学 研究シーズ集)
冠血流予備能(CFR)とは
冠血流予備能(CFR)とは安静時に比較して最大冠拡張時に何倍増やすことができるかを示す指標である。… CFRは局所的狭窄のみでなく、瀰慢性病変の存在や微小循環障害の存在によっても低下する。(CFRとFFR ―その類似点と相違点― 日本心臓核医学会誌 Vol.19-1 jastage.jst.go.jp)
部分冠血流予備比(FFR)とは
下の記事の説明が、FFRの定義が最も詳細です。
FFRとは圧センサー付きガイドワイヤー(pressure guidewire)を用いて冠動脈狭窄の遠位部圧を計測し、最大充血状態(抵抗血管を最大拡張した状態)での病
変部圧較差から重症度評価を行うものである。狭窄のない正常冠動脈では心筋外血管に抵抗、すなわち圧較差は存在しないため、その心筋灌流圧は(Pa-Pv)と
なり(Pa:大動脈圧、Pv:中心静脈圧)、細小動脈血管抵抗をRとすると、正常最大心筋灌流量QN,max=(Pa-Pv)/Rで表わされる。狭窄が存在すると狭窄遠位部圧(Pd)は低下し、その際の心筋灌流圧は(Pd-Pv)となるため、狭窄存在下の最大心筋灌流量QS,max=(PdPv)/Rとなる。FFRは次のように定義される。
FFR = 狭窄存在下の最大心筋灌流量 / 正常最大心筋灌流量 = QS,max / QN,max
抵抗血管を最大拡張の状態とするとその抵抗値Rは最小となり、また一定となる。Pa、Pdに対しPvが十分低いと仮定すると、
FFR=QS,max/QN,max=(Pd-Pv)/(Pa-Pv)≒Pd/Pa
正常血管である場合のFFR=1.0であり、FFRが0.75に低下しているということは、その血管が正常であった場合に得られる最大血流量の75%の血液を供給しうるということを意味する。(FFR を用いた心筋虚血の評価 田中信大 Nobuhiro Tanaka 東京医科大学 循環器内科 日本心臓核医学会誌 Vol.16-1)
下の記事は図解してあってわかりやすい。
狭窄の存在下での最大増加血流量が、その狭窄が存在しないと仮定した場合の最大増加血流量に対してどの程度の割合なのかを表す指標を FFR(心筋血流予備量比)といいます。 カテーテル検査ではプレッシャーワイヤーというカテーテルを用いて、薬剤により最大充血させた狭窄病変の FFR を計測することで、その狭窄病変が PCI 適応なのかそうではない のかを鑑別することができます。
FFR = Pd / Pa
Pa: 大動脈圧(ガイディングカテーテルの先端の部位で測定)
Pb:狭窄病変遠位部の冠内圧(プレッシャーワイヤーの先端の部位で測定)(葛西昌医会病院 臨床工学科 MEだより 第91号)
最大冠拡張状態では冠動脈圧と冠血流は比例関係になるため、冠内圧の比が冠血流量の比とみなすことができる。以上の理由から、薬剤により最大冠拡張誘発時のPdとPaの比を部分冠血流予備比(FFR)と定義することができる。… FFR0.75以下は虚血陽性、0.75-0.8はグレイゾーン、0.8以上は虚血陰性と診断できる。… 虚血のカットオフは0.75、PCIによるイベント抑制が期待できるカットオフは0.67とされている。(CFRとFFR ―その類似点と相違点― 日本心臓核医学会誌 Vol.19-1 jastage.jst.go.jp)
方法 心臓カテーテル検査に続いて行います。 冠動脈拡張剤(ATP: アデノシン)を点滴投与しながら、プレッシャーワイヤーという装置(外径: 約0.36mm)を冠動脈に挿入してFFRを測定します。 通常、数分間で終了します。(冠血流予備量比(FFR)測定 Fractional Flow Reserve 阪和記念病院)
血管造影を基準に行うカテーテル治療が薬物療法と比較して予後を改善しないという報告がある一方で、部分冠血流予備量比(FFR)に基づいたカテーテル治療が予後を改善することが報告され、ガイドラインにおいても虚血に基づいた治療適応の決定が推奨されている。(血流予備能定量化の臨床的意義 日本心臓核医学会誌 Vol.18-1)
- 心筋血流予備量比(FFR) /冠攣縮薬物誘発試験|左心カテーテルの検査 (2020/07/20 看護roo! 『本当に大切なことが1冊でわかる循環器』より転載。)
瞬時血流予備量比(iFR;instantaneous wave-free ratio)
【背景】 冠動脈狭窄重症度指標としてのFFRの意義は確立しているが、より非侵襲的なiFR(instantaneous wave-free ratio)とPd/Pa(resting distal coronary artery pressure/aortic pressure)がどの程度それを代替できるかは不明である。Stony Brook University Medical CenterのJeremiasら(The RESOLVE Study)は、1768名の患者を対象としてこの問題を検討した。 【結論】 iFRとPd/Paはともに80%程度の正確度でFFRを評価でき、一部病変ではその正確度は>=90%となりえる。(FFRをiFR・Pd/Paで代替する? メディカルオンライン)
冠血流予備量比(FFR)とともにカテーテル検査室で得られる虚血指標である瞬時血流予備量比(instantaneouswave-FreeRatio:iFR)の有用性について、2017年3月の米国心臓病学会(ACC)で、大規模臨床研究であるDEFINE-FLAIR試験1)*とiFR-SWEDEHEART試験2)**の結果が報告された。(7月に京都で開催された第26回日本心血管インターベンション治療学会学術集会(CVIT2017)の共催セミナー「FFR*を極める」では、わが国のFFRの第一人者である田中信大先生(東京医科大学八王子医療センター循環器内科)と、大規模臨床試験のFAME試験にも参加し「FFRの父」とも呼ばれるNicoH.J.Pijls先生〔Catharina Hospital (オランダ)〕が登壇し、FFRの可能性と虚血指標についての最新動向を発表した。2017年9月25日 http://friends-live.jp/)
PCIを適用する病変の選択
FAMEstudyでは、多枝病変患者におけるFFRガイドのPCI手技の有用性について検討された4)。血管造影所見のみで適応を決定しPCIを施行した群に比して、全病変のFFR評価を行い、FFR0.80未満の病変についてのみPCIを施行した群の方が、心イベント数のみでなく医療費も抑制すると報告された。また解剖学的な重症度指標であるSYNTAXscoreを、FFR値を勘案して有意な病変に対してスコア化するFunctionalSYNTAXscoreは、より治療後のイベント発生を予測することに有用であった5)。非侵襲的負荷試験と比べ、個々の病変枝ごとの虚血の有無を判定できるFFRは、実臨床におけるPCIの治療戦略を立てる上で、非常に有用な情報を与えてくれる指標といえる。(FFR を用いた心筋虚血の評価 日本心臓核医学会誌 Vol.16-1)
冠循環研究の歴史
冠循環にかかわる歴史は古く,冠動脈“coronaryarteries”の名付け親はGalen(130-200)[1]である.古代ギリシャで競技の優勝者に対して,冠として授与されたアポロンの霊木である月桂樹の輪から由来しているといわれる.その後,10数世紀を経て血液循環の確立で有名なHarvey(1578-1657)[1]が冠血管には心筋内の血行路があり,それが心筋を栄養することを的確に指摘している(図1).( 冠循環 岡山大学大学院医歯学総合研究科システム循環生理学 梶谷 文彦 LECTURES 日生誌 Vol. 66,No. 6 2004)
冠微小循環に関する科研費研究課題
研究課題名に冠微小循環を含む研究課題のリストです。
- Rhoキナーゼを介した心筋症の冠微小循環障害による心筋リモデリングの機序解明 2019-04-01 – 2022-03-31 基盤研究(C)
- 非虚血性心不全における冠微小循環障害のメカニズム解明と治療戦略開発 2018-04-01 – 2021-03-31 基盤研究(C)
- 難治性冠攣縮性狭心症患者における冠微小循環障害バイオマーカーに関する検討 2016-04-01 – 2019-03-31 基盤研究(C)
- 急性心筋梗塞における内皮Toll様受容体を介した冠微小循環傷害の分子機序の解明 2016-04-01 – 2019-03-31 基盤研究(C)
- 近赤外線蛍光顕微鏡による糖尿病性冠微小循環障害時の心内膜側虚血発症メカニズム解明 2016-04-01 – 2019-03-31 基盤研究(C)
- 心臓の機械的負荷への適応機構解明:カルシウム動態と冠微小循環リモデリング 2011 – 2012 研究活動スタート支援
- 心筋内ラジカル分子計測による糖尿病性心内膜側冠微小循環障害発症メカニズムの解明 2010 – 2012 基盤研究(B)
- 毛細血管径・血流計測用生体顕微鏡開発と糖尿病性冠微小循環障害発症解明及び血行再建 2007 – 2009 基盤研究(B)
- 循環フィジオームの推進-冠微小循環、心筋アクチン・ミオシン架橋連関を中心に- 2005 – 2008 基盤研究(A)
- 胎児脳および冠微小循環障害におけるアデノシンによる虚血部位のサルベージ 2004 – 2005 基盤研究(C)
- 細径ペンシル型生体顕微鏡開発と心筋虚血再灌流時冠微小循環障害発症メカニズムの解明 2004 – 2006 基盤研究(B)
- 新生ラットにおける冠微小循環系と心筋の相互依存性増殖過程の医工学的解析 2003 – 2004 若手研究(B)
- 心筋虚血再潅流障害時冠微小循環の解明と治療戦略 2003 – 2004 基盤研究(C)
- 虚血後リモデリング心臓の冠微小循環制御に対する麻酔薬の作用 2003 – 2006 基盤研究(B)
- 虚血性心疾患における冠微小循環調節の破綻とRhoA/Rho-kinase系の役割 2002 – 2003 基盤研究(C)
- 糖尿病の病態による冠微小循環機能障害の検討:微小循環機能改善へのアプローチ 2002 – 2003 基盤研究(C)
- SPring-8大型放射光による冠微小循環と心筋クロスブリッジ機能の解析 2001 – 2004 基盤研究(S)
- 冠微小循環に及ぼす虚血再潅流傷害の特性と麻酔薬の作用に関する研究 2000 – 2002 奨励研究(A)
- L-NAME摂取ブタにおける心筋内小動脈狭窄病変の冠微小循環に与える影響 2000 – 2001 基盤研究(C)
- NADH蛍光・血流分布の同時測定による糖尿病・高血圧時の冠微小循環異常の解析 1999 – 2000 基盤研究(C)
- ロータブレーター(PTCRA)に伴う冠微小循環障害の機序の解明 1999 – 2000 基盤研究(C)
- 冠微小循環虚血時における局所血流・代謝分布異常とミクロメカニクス障害の解析 1998 – 1999 基盤研究(C)
- 脳・冠微小循環発生動態の3次元解析と内皮細胞の機能の変遷 1998 – 1999 基盤研究(C)
- 冠微小循環ミクロメカニクスの情報分子伝達系を介した統合調節機構の解析 1998 – 1999 基盤研究(A)
- 針状レンズ生体顕微鏡による高血圧肥大心の心内膜側冠微小循環の経時的障害過程の解析 1997 – 1999 基盤研究(B)
- 冠微小循環の内皮機能及び自己調節機能に与えるリゾレシチンの影響 1996 基盤研究(C)
- 分子血流トレーサを用いた冠微小循環heterogeneity評価法の確立 1996 – 1997 基盤研究(A)
- 冠微小循環調節における血行力学刺激と生体分子情報伝達を介した統合機構の解析 1996 – 1997 国際学術研究
- 分子血流トレーサを用いた冠微小循環調節系の時間的応答の解明 1995 奨励研究(A)
- Hi bernating myocardiumの冠微小循環動態の解明と診断法の確立 1995 奨励研究(A)
- 磁性流体機能の応用による冠微小循環血流制御システムの開発 1995 – 1996 基盤研究(B)
- 生体内における冠微小循環制禦機構へのG蛋白の関与 1993 一般研究(C)
- 虚血域冠微小循環からみた冠静脈洞閉塞法の心筋保護効果とその機序に関する基礎的研究 1992 奨励研究(A)
- CCDマイクロスコープによるヒト冠微小循環の術中計測 1992 – 1993 一般研究(C)
- 血管内皮ー白血球混合培養系を用いた冠徴小循環酸素ラジカル代謝り解析 1989 – 1990 一般研究(C)
参考
- 瀰漫(び まん)ある風潮などが広がること。はびこること。蔓延。(WEBLIO)