「後用権(こうようけん)」について、ドラマ仕立てで、「なぜ後用権が生まれ、なぜお金を払うのか」を解説します。
1. 後用権(176条)の基本データ
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条文: 特許法 第176条
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正式名称: 再審により回復した特許権等の効力の制限
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通称: 後用権(こうようけん)
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結論: 事業は続けられるが、「相当の対価(お金)」が必要。
2. 具体的ストーリー
~「嘘と復活」のサスペンスドラマ~
今回のキーワードは「再審(さいしん)」です。これは「裁判のやり直し」のことで、よほどの事がないと起きないレアケースです。
【登場人物】
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Aさん(特許権者): 真面目な発明家。
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X社(悪いライバル): Aさんの特許を潰そうと画策する。
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Bさん(あなた): AさんとX社の争いを知らず、ビジネスをしたい第三者。
【第1幕:汚い手口と敗北】
X社は、Aさんの特許を無効にするために、偽造した証拠書類を特許庁に提出しました。特許庁の審判官はその嘘を見抜けず、Aさんの特許を「無効(最初からなかったこと)」にする審決を下しました。Aさんは泣く泣く権利を失いました。(無効審決の確定)
【第2幕:あなたの参入】
ここであなた(Bさん)が登場します。
「お、Aさんの特許が無効で確定したぞ。これでこの技術は使い放題だ!」
あなたは公的な結果を信じて、工場を建て、製造販売を始めました。この時点では完全に合法です。
【第3幕:真実の発覚と「再審」】
数年後、X社の元社員の内部告発により、証拠が偽造だったことが発覚!
Aさんは怒り狂って「再審(やり直し)」を請求します。
「騙された審決を取り消してくれ!」
認められた結果、無効審決は取り消され、Aさんの特許権は見事に復活しました。
【第4幕:とばっちり】
復活したAさんが、あなた(Bさん)のもとへ来ます。
Aさん:「私の特許は復活した。お前が勝手に使っているのは侵害だ!」
あなた:「いやいや、無効だって国が言ったから信じただけだよ!」
3. 法律の裁き(これが後用権)
この状況、誰も悪くないですよね?
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Aさん: 騙された被害者。権利を奪われていた。
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あなた: 公的な決定を信じただけ。
法律は、この「被害者同士」をどう仲裁するか。それが176条(後用権)です。
法律の結論:
事業継続OK: あなた(Bさん)に後用権を与えます。工場を壊す必要はありません。
対価(お金)は払ってね: あなたはAさんに、**「相当の対価」**を払わなければなりません。
4. なぜ「対価」が必要なのか?
ここが一番のポイントです。中用権(80条)も有料でしたが、後用権(176条)が有料である理由は、特許権者(Aさん)の「無実さ」にあります。
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もし特許料払い忘れ(112条の3)なら: Aさんがズボラなだけ→ あなたはタダでOK。
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今回の再審(176条)なら: Aさんは「嘘の証拠で権利を奪われた被害者」です。Aさんに落度はありません。
法律のロジックはこうです。
「Bさん(あなた)のビジネスは守るけど、Aさんも被害者なんだ。
Aさんは本来なら独占して儲けられたはずなのに、それをBさんが代わりにやっちゃったわけだよね?だったら、せめて『本来払うべきだったレンタル料(対価)』くらいはAさんに渡して、痛みを分かち合おうよ」
これが「衡平(こうへい)の原則」による解決です。
5. 後用権が成立するための「3つの条件」
試験や実務でチェックされるのはこの3点です。
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「再審の請求登録」より前からやっていること
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Aさんが「やり直しだ!」と声を上げる(登録する)前から、あなたがビジネスを始めていること。
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「再審が始まったぞ」と知ってから参入したなら、それは火事場泥棒なので守られません。
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善意であること(超重要)
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ここでの善意とは、「特許が復活することを知らなかった」という意味です。
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もしあなたが「X社の証拠は偽造らしいから、たぶんAさんの特許は復活するな」とウラ事情を知っていて(悪意)、その隙に参入したなら、後用権は認められません。
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対価を払うこと
6. まとめ:3つの権利の「決定版」比較
この表が頭に入っていれば、この分野は卒業です。
| 権利の名前 | 条文 | 状況(原因) | お金(対価) | 理由(覚え方) |
| 中用権 | 80条 | 無効審判で権利者が交代 | 有料 | 権利者同士の調整だから |
| 後用権 | 176条 | 再審(嘘がバレて復活) | 有料 | 元権利者も被害者だから |
| 回復後の実施権 | 112条の3 | 特許料の払い忘れ | 無料 (タダ) | 権利者がズボラなだけだから |
後用権は、「再審ドラマの被害者同士の痛み分け(だから有料)」と覚えておけば完璧です!
175条と176条
質問:175条も、176条にそっくりなんだけど?
Gemini:「175条と176条はそっくり!」「双子の兄弟」のような条文です。結論から言うと、「176条(後用権)が主役で、175条は脇役」という力関係で覚えておけばOKです。なぜ175条が「脇役」なのか、そして「何のためにあるのか」を、176条と比較しながらサクッと解説します。
1. 175条と176条の「守る相手」の違い
この2つは、「特許が死んで生き返った(再審)」という状況は全く同じですが、「誰を救うか」が違います。
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176条(後用権) →「全くの他人(第三者)」を救う
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前回解説した通り、無効になったのを見て「ラッキー」と思って参入してきたBさんです。
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175条 →「元の身内(ライセンスを受けていた人など)」を救う
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ここがポイントです。
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2. 175条の具体的な出番(元・ライセンシーの救済)
175条が役に立つのは、主に第2項(元のライセンシーの保護)のケースです。
ドラマで見てみましょう。
【登場人物】
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Aさん(大家): 特許権者。
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Cさん(店子): Aさんと契約して、ライセンス料を払って工場をやっていた人(ライセンシー)。
【ストーリー】
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特許死亡: Aさんの特許が、無効審判で死にました。
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契約終了: Cさんは思います。「特許が消えたなら、もうAさんにライセンス料を払う必要はないな」。契約は終了し、Cさんはタダで工場を続けました。
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特許復活(再審): その後、Aさんが再審で勝ち、特許が復活しました!
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問題発生: AさんがCさんに言います。「特許が復活したぞ! 契約は切れてるんだから、勝手に使ってるお前は特許権侵害だ! 出ていけ!」
【175条の救い】
Cさんにとって、「出ていけ」は酷ですよね。そこで175条は、「元々借りていた人(Cさん)」にも、176条の第三者と同じように、使い続ける権利を与えます。
結論:
Cさんは工場を続けてOK。
ただし、Aさんに「相当の対価」を払うこと(やっぱり有料!)。
3. なぜ175条は「脇役」なのか?
実は、175条の第1項には「特許権者自身(Aさん)」も保護すると書いてあるのですが、これには「法律上のツッコミどころ」があります。
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175条1項: 「特許が復活したら、特許権者(Aさん)にも実施権を与えるよ」
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ツッコミ: 「いやいや、復活したらAさんが特許の持ち主(オーナー)なんだから、わざわざ『使う権利』を与えなくても、自分の物なんだから自由に使えるでしょ!」
このため、175条の1項は「念のための規定(確認的な規定)」と言われており、実務や試験で深く問われることは稀です。
だから、「175条は、元々借りていた人(ライセンシー)を守るための条文」という理解で十分なのです。
まとめ:セットでの覚え方
試験対策としては、以下のように頭の中を整理しておけば完璧です。
| 条文 | 守る相手 | 状況 | 対価 | 重要度 |
| 176条 | 赤の他人 (第三者) | 「無効だ!参入だ!」 | 必要 | ★★★★★ (超重要) |
| 175条 | 元の身内 (ライセンシー) | 「無効なら契約終了だ!」 | 必要 | ★★ (おまけ) |
「どちらも再審で復活した時の話で、どちらもお金(対価)は払う」この共通点さえ押さえておけば、「176条の弟分がいるんだな」くらいの認識で、175条を個別に暗記する必要はありません。