有機化合物の名称のつけ方、IUPACの規則

有機化合物は名称を覚えるのが大変です。同一の化合物なのに正式名称(国際純正・応用化学連合(IUPAC)が決めた規則に基づいた名称)と通称とがあったりよくします。しかしある程度名称のつけ方の規則を覚えてしまうと、楽になりますので、ここで知識を整理しておきたいと思います。

有機化合物とは

もともと有機物(organic)とは生き物のという意味なので、有機化合物は生物にしか合成できない生体を構成する物質という意味合いでした。具体的には炭素の骨格でできた化合物で、水素、酸素、窒素などを含んだものです。ただしCO2など単純な構造は除外して考えます。尿素も有機化合物ですが、無機物と見なされる材料から尿素という有機化合物が人工的に合成されるに至って、生物にしか合成できない物質という概念はなくなりました。生体内でおきる反応も実験室で起きる反応も、本質的な違いは何もないというわけです。これは、地上で起きることと天空(宇宙)で起きることとが、同じ物理法則に従っていることにも似ています。昔は、地上と天界とは異なる原理が支配していると思われていたからです。

通称と正式名称

通称名はもう丸暗記するしかなさそうです。語源がわかれば多少、馴染みになりますが。

グルタル酸(Glutaric acid)は通称名で、構造式は HOOC–(CH2)3–COOHですが、IUPAC名は1,5-ペンタン二酸(1,5-pentanedioic acid)もしくはプロパン-1,3-ジカルボン酸(propane-1,3-dicarboxylic acid)。

グルタルアルデヒド (glutaraldehyde) は通称名で、構造式はHOC-(CH2)3-CHOですが、IUPAC名 1,5-ペンタンジアール (1,5-Pentanedial)。

グルタルなんちゃらというのは、炭素3つの鎖に何かついたものみたいですね。あまりそのあたりを解説したものが見つからないのですが。

グリセロール(glycerol)は、グリセリン(glycerine, glycerin)とも呼ばれますがどちらも一般名で、3価のアルコールです。IUPAC名は 1,2,3-プロパントリオール (propane-1,2,3-triol) のようですが、あまりこんな呼び方は聞かないですね。

グリセルアルデヒド (glyceraldehyde)は一般名で、構造式はHO-CH2-CH(-OH)-CHOであり、 IUPAC名は(R)-2,3-ジヒドロキシプロパナール 語尾のアールはaldehydeのal-から来ていて、アルデヒドであることを示しています。2位と3位の炭素にヒドロキシ基が結合しており、1位の炭素がアルデヒドであるプロパン(炭素4つの鎖)というわけです。

パルミチン酸(palmitic acid 16:0)は通称名で、炭素数16の飽和脂肪酸ですが、IUPAC名はヘキサデカン酸(hexadecanoic acid)。hexaは6、decaは10、hexadecaは16の意味。水素のみ結合したアルカンの名称は、ヘキサデカンで、カルボン酸にする場合はalcaneの語尾-eを-oicに変える規則から、hexadecanoic acidになります。

 

官能基

日本語で官能というと違った意味を持ちますが、化学では官能基は英語functional groupの訳に過ぎず、文字通り特徴的な性質を持ち、機能的にふるまう原子団というものです。自分が高校時代に覚えたカルボキシル基は、現在はカルボキシ基と、「ル」がなくなるという名称変更がなされていました。

官能基の名称と、その官能基を持つ化合物の一般的な総称とが混乱しがちです。

水酸基(ヒドロキシ基 hydroxy group)(旧称:ヒドロキシル基 hydroxyl group)を持つ化合物の総称がアルコール。例:エタノール、メタノール、グリセロール

カルボキシ基(carboxy group 旧称:カルボキシル基 carboxyl group)を持つ化合物の総称が、カルボン酸。例:ギ酸、酢酸。

カルボニル基(carbonyl group) -C(=O)- をもつ化合物のうち一方が水素である化合物の総称はアルデヒド、両方とも炭素である化合物の総称はケトン(ketone)。一方が水素であるカルボニル基のことは、ホルミル基と呼ばれる。

アシル基(acyl group)とはカルボン酸からヒドロキシ基を除いてできる部分構造のこと。酢酸(acetic acid)の構造はCH3COOHで、-OHを除いた CH3C(=O)-がアセチル基(acetyl group)

  1. 基礎講座有機化学395ページ

エステル(ester)は R1-C(=O)-O-R2 の構造を持つ化合物の総称または、この構造のこと。カルボン酸R1-COOHとアルコールR2-OHとが脱水縮合して得られる構造になっています。

 

官能基を含む化合物の名称

カルボニル基を主鎖に含む場合は接頭語oxo-(オキソ)をつける。例 2-オキソグルタル酸(2-oxogluraric acid 別称:α‐ケトグルタル酸)HOOC-CH2-CH2-C(=O)-COOH (=O)はオキソ基(oxo-)

 

アルカン

炭素の鎖と水素のみからなり、二重結合などを含まないものはアルカン(alkane)と呼ばれます。有機化合物の名称がつけられるときの名前の土台になるので、これはもう丸暗記するしかありません。ただし、通称も存在するのでそれも知っておく必要があります。

  1. CH3 メタン
  2. CH3CH3 エタン
  3. CH3CH2CH3 プロパン
  4. CH3CH2CH2CH3 ブタン
  5. CH3CH2CH2CH2CH3 ペンタン
  6. CH3CH2CH2CH2CH2CH3 ヘキサン
  7. 炭素数11 ウンデカン
  8. 炭素数12 ドデカン
  9. 炭素数15 ペンタデカン (pentadecane)
  10. 炭素数20 エイコサン(eicosane, またはイコサン icosane)

 

有機化合物命名法の理解度チェック

記憶力に自信がなくなった年配の人向けのサプリに「記憶の番人」というものがあります。たもぎ茸エキスが入っている機能性食品で、有効成分はエルゴチオネイン。IUPACによる化学名は、(2S)-3-(2-sulfanylidene-1,3-dihydroimidazol-4-yl)-2-(trimethylazaniumyl)propanoateというものだそう。IUPAC名から構造がわかるはずなのですが、実際のところどうでしょうか。

プロパン酸の2位に窒素を含む何かの構造でそこにメチル基が3つついているもの、プロパン酸の3位の炭素にイミダゾール誘導体がついていること、それはイミダゾールの4位で結合していること。イミダゾールの1位と3位の窒素には水素が結合していること、イミダゾールの2位になにか硫黄を含み二重構造を含むものがあること、くらいしかわかりませんでした。構造式を見てしまって逆にわかったのは、sulfanylideneというのは硫黄Sが二重結合したものでした。azaniumというのはアンモニウムイオンの別名でした。下のリンク先の有機化合物命名法が詳細かつ簡潔まとまっています。

  1. 有機化合物命名法 (PDF) (maruzen-publishing.co.jp) カチオン 接尾語 –onium(オニウム)、ヘテロ原子の種類を示す接頭語 窒素 aza(アザ) 、語尾 –yl、一つの炭素から2個の水素を除いてできる2価の基は,1価の基名に-idene(イデン)をつけて命名、1993年の補足ではalkanylideneという命名は二重結合につながる場合に限定、
  2. Thiol prefixes for nomenclature (chemistry.stackexchange.com) Mercapto- and sulfanyl- are both prefixes for use with the −SH group (known as a thiol), while thio- is used to denote the “sulfur” equivalent of an oxygen-containing functional group. Sulfanyl- “In these [1993] recommendations, the prefix “sulfanyl-” is preferred to “mercapto-” which was used in previous editions of the IUPAC Nomenclature of Organic Chemistry.”
  3. アンモニウム(ウィキペディア)代置命名法においては、NH4+はアザニウム(azanium)と呼ばれる。
  4. 厚生労働科学研究費補助金(医薬品・医療機器等レギュラトリーサイエンス政策研究事業) 分担研究報告書 分担研究課題 食薬区分の判断に関する検討 エルゴチオネインは,L-Ergothioneineの別名を持ち,化学名をIUPAC命名法にて表記すると(2S)-3-(2-sulfanylidene-1,3-dihydroimidazol-4-yl)-2-(trimethylazaniumyl)propanoateとなる.エルゴチオネインについて,LD50が2000mg/kg(Rat,oral)以上と報告され,また,亜慢性毒性としてNOAELが800mg/kgbw/day(Rat,oral)と報告されている.また,エルゴチオネインについて,国内外で医薬品としての使用実績はなく,また,国内外で食経験もない.国外でサプリメントとして販売されているが,特段に健康被害は報告されていない.エルゴチオネインは,キノコインゲン豆などの多くの食品に含有され,例えば,シイタケ,エリンギ,ブナシメジ,ナメコ,マッシュルーム,タモギタケなどの食用のキノコに含まれ,特にタモギタケに豊富に含まれている.
  5. (2R)-3-(2-sulfanylidene-1,3-dihydroimidazol-4-yl)-2-(trimethylazaniumyl)propanoate pubchem.ncbi.nlm.nih.gov エルゴチオネインの構造式