バイオ特許の歴史的転換点となった「アムジェンvsサノフィ(PCSK9)事件」。結論から言えば、日米ともにアムジェンの敗訴(特許無効)で幕を閉じましたが、そこに至る**「法的ロジック(無効理由)」**には、興味深い違いがあります。本記事では、この世紀の特許論争の論点を、日米の法制度と判決文を引用しながら徹底比較します。
1. 争点:何が問題だったのか?
全ての発端は、アムジェンが取得した特許の**「クレーム(請求項)の書き方」**にありました。
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対象: PCSK9に結合し、LDLRとの結合を阻害する(中和する)抗体。
- アムジェンの主張(機能的クレーム):「私が発見した特定の抗体(26個の実施例)だけでなく、**『同じ場所に結合して、同じように中和する機能を持つ抗体』**なら、構造(アミノ酸配列)がどうであれ、すべて私の権利である」
- サノフィの反論:「その定義だと、理論上数百万種類の抗体が含まれる。アムジェンはごく一部(26個)しか作り方を教えていない。残りの膨大な抗体まで独占するのは、発明の公開(代償)と独占権のバランスを欠いている」
2. アメリカでの判断: 「実施可能要件」の壁
米国連邦最高裁は、2023年5月、アムジェンの特許を**「実施可能要件(Enablement)」違反**として無効にしました。
根拠条文:米国特許法 112条(a)
35 U.S.C. § 112(a)
“The specification shall contain a written description of the invention, and of the manner and process of making and using it, in such full, clear, concise, and exact terms as to enable any person skilled in the art … to make and use the same…”
(明細書は、当業者がその発明を作り、かつ使用することができるように(enable)、十分、明確、簡潔かつ正確な用語で記述しなければならない…)
判決のロジック:「過度な実験(Undue Experimentation)」
最高裁(ゴーサッチ判事)は、以下の論理でアムジェンを断罪しました。
- 「作るための努力」が重すぎる:クレームされた範囲(Genus)に含まれる数百万の抗体を作るには、アムジェンが開示した方法(スクリーニング)だけでは不十分。研究者は無作為に抗体を作り、一つひとつテストする**「トライ&エラー」**を繰り返さなければならない。
- 構造と機能は予測不能:サノフィが示した実験データの通り、アミノ酸を一つ変えただけで機能が失われることがある。つまり、構造から機能を予測できないため、論理的な設計ができず、手当たり次第の実験が必要になる。
決定的な判決文(名言)
最高裁は、アムジェンの開示を「発明」ではなく「宿題」だと切り捨てました。
“That is not enablement; it is a research assignment.”
(それは実施可能要件を満たすものではない。それは**『研究課題(Research Assignment)』**である。)
Amgen Inc. v. Sanofi, 598 U.S. 594 (2023)
3. 日本での判断: 「サポート要件」の壁
日本の知財高裁(大合議)は、2023年1月、アムジェンの特許を**「サポート要件」違反**として無効にしました。
※米国と異なり、日本は「作り方(Enablement)」よりも「記載の整合性(Support)」を問題視しました。
根拠条文:特許法 第36条第6項第1号
特許法 第36条第6項第1号
「特許請求の範囲の記載は、…次の各号に適合するものでなければならない。
一 特許を受けようとする発明が発明の詳細な説明に記載したものであること。」
判決のロジック:「一般化・拡張できない」
知財高裁は、以下の論理を展開しました。
- 未知のメカニズムまで含んでいる:クレームは「競合阻害」という機能で定義されているため、明細書に書かれたメカニズムとは異なる結合様式や、異なる構造を持つ抗体まで含まれてしまう。
- 一部の例から全体は言えない:抗体の構造と機能の相関関係は予測し難い(Unpredictable)。したがって、少数の実施例(26個)のみに基づいて、クレーム範囲全体(数百万個)にわたって課題解決できると一般化・拡張することはできない。
決定的な判決文
「発明の詳細な説明に、クレームに含まれる広範な抗体等まで拡張ないし一般化できるといえるだけの具体的な例の記載があるか、そうでなくても、当業者が…(中略)…課題を解決できると認識できる程度の記載があることを要する」
知財高裁 令和2年(行ケ)第10093号
4. 日米比較まとめ
| 項目 | 🇺🇸 アメリカ (Supreme Court) | 🇯🇵 日本 (知財高裁 大合議) |
| 無効理由 | 実施可能要件 (Enablement) | サポート要件 (Support Requirement) |
| 重視した点 |
「実験の手間・労力」
(How to make) |
「説明の論理・整合性」
(Description vs Scope) |
| キーワード |
過度な実験
(Undue Experimentation)
研究課題
(Research Assignment) |
拡張ないし一般化
(Generalization)
予測し難い
(Unpredictable) |
| 判断の核心 | スクリーニングで正解を見つけるのは「宝探し」であり、発明の完成とは言えない。 | 一部の例だけで、異なるメカニズムを含む全範囲を独占する理屈が通っていない。 |
5. 結論: 「機能的クレーム」の終焉
日米で適用した条文やロジックのアプローチは異なりますが、到達した結論は完全に一致しています。
それは、**「構造と機能の関係が予測できないバイオ分野において、少数の実施例だけで広範な権利(機能的クレーム)を独占することは、もはや許されない」**ということです。
アムジェン敗訴は、特許実務における「機能的クレーム時代の終わり」と、「構造(配列)に基づいた堅実なクレーム作成の重要性」を世界に知らしめました。
読者へのNext Step
より詳細な原文を確認したい方は、以下のリンクを参照してください。
(This blog article was generated by manus. Prompt used: アムジェンvsサノフィの特許論争の論点をまとめて。アメリカでの判断と日本での判断を対比させて。必要に応じて特許法の条文や判決文を引用して、根拠を示しながら。)