行動遺伝学:子供の才能(勉強、スポーツ、芸術)は親の遺伝子ですでに決まっている?

行動遺伝学の本を読むと、人間の人生の大部分は持って生まれた遺伝子で決まっているという論調のものが多いです。また、商業サービスで、あなたの遺伝子を解析して病気のなりやすさ、子供の場合は知能、芸術やスポーツの才能などを測りますといった大胆な広告も見かけます。

実際のところ、どれくらいが遺伝子ですでに決まっていて、どれくらいが努力でなんとかなる部分なのでしょうか。将棋の羽生棋士や藤井聡氏などを見ていると、やっぱり才能だよなと思います。もちろん細動だけでなく、才能のある人達でなおかつ努力を積み上げた人たち同士の競争として将棋の世界が成り立っているのだと思います。それは、スポーツの世界でも同じ。野球でもサッカーでも柔道でも体操でも陸上でもそうでしょう。数学者、物理学者も同様でしょう。

そうなると我々凡人は一体何をすればいいのだろう、どうやって生きるのがいいのかと悩みます。

カルヴァンの予定説

うろ覚えですが高校の世界史で、人生がうまくいくかどうかは最初から神様によってきめられており、人はただ自分がうまくいくほうの側に入っていることを信じて努力するだけだみたいなことを習ったような気がします。あれはなんだったんだろうと思い返して、調べてみたら、どうやらキリストの教義におけるカルヴァンの予定説の話でした。

人は、神によって救済されているか、あるいは呪われているかどちらかである。前者は、神の国での永遠の生命が与えられ、後者には、永遠の死滅がある。救済か呪いかは、最後の審判において明らかになる。ここまでは、カルヴァン派、プロテスタント、カトリック等にかかわらない、キリスト教の基本的な前提である。予定説は、その上で、次の点を徹底的に強調する。人類のうち誰が救済され、誰が呪われるかは、神によってあらかじめ予定(決定)されており、それは、人間の行為によって変えることはできない。そして、神のその決定は、人間には不可知であり、「判決」がくだされるそのときまではわからない。https://www.webchikuma.jp/articles/-/199?page=2

自分の運命がすでに決まっているがそれを知らない人間はどのように行動するものなのでしょうか。

社会学者のマックス・ヴェーバーは、著書「プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神」の中で、カルヴァン派の予定説が資本主義の発達に寄与したと論じています。救済される人があらかじめ決まっているなら、現世で何をしても無意味に思えますが、逆に人々は「自分こそは救済されるべき選ばれた人間だ」と証明するために、禁欲的に職業に励むようになったのです。https://mindmeister.jp/posts/kaisetu-buki02#index_D9l2TcAN

  1. マックス・ヴェーバー説の現在 ーーー批判的考察の射程ーーー 佐 々 木 博 光
  2. 第17回 資本主義的主体 part6 5 予定説の逆説 大澤 真幸

カルヴァンの真意はどのようなものだったのか、下の説明がわかりやすいと思いました。

カルヴァンはこう続けます。「救いに選ばれている者は、救われた者にふさわしい生活をしているはず。つまり、正しい信仰生活を送ることが、自分が救われた者であるという証明になるのだ!

やる気を出す方法〜カルヴァンの予定説からのアプローチ 小林 2023年11月16日 15:39 https://note.com/ko_ba_ya_shi/n/n7c69f1e9cabd

行動遺伝学の知見から知能も性格も大部分が遺伝子で決まっているという話を聞いたときに、高校時代のこのカルヴァンの話が思い起こされました。すでに決まっていうなら努力することに何の意味があるの?と思うわけです。行動遺伝学に関していうと、知能=遺伝的要因+環境要因(共有環境+非共有環境)となっていて、非共有環境は個人個人が自分で選びとっていけるということなので、自分であるていど人生を変えられるといえます。非共有環境を自分で選びとる積極性もまた遺伝子で決まっていると言われると苦しいですが、自由意志はその時その時の自分の判断と行動なので遺伝子で決まっていないことは明らかでしょう。

遺伝、共有環境、非共有環境の影響

Behavior genetic analyses of personality traits typically partition variance or covariance into three parts: that due to genes, that due to shared environment, and a residual—usually labeled “unshared environment.” (In most applications, this last component includes the effects of measurement errors and various nonlinearities and interactions as well.)

https://www.sciencedirect.com/science/article/abs/pii/S0191886911003473

非共有環境

  1. How nonshared environmental factors come to correlate with heredity Dev Psychopathol. Author manuscript; available in PMC 2022 Aug 1. Published in final edited form as: Dev Psychopathol. 2022 Feb; 34(1): 321–333. Published online 2020 Oct 29. doi: 10.1017/S0954579420001017 PMCID: PMC8081739

遺伝的要因がパーソナリティに関与する証拠:家畜

パーソナリティが遺伝することは、野生動物の家畜化から明らかでしょう。人間に従順など特定の気質を持つ個体の掛け合わせの結果、新たな種が確立したわけですから、遺伝子の相違がその背景にあることは自明です。

  1. Genes, Environment, and Personality THOMAS J. BOUCHARD, JR. SCIENCE 17 Jun 1994 Vol 264, Issue 5166 pp. 1700-1701 DOI: 10.1126/science.8209250 https://www.researchgate.net/publication/14990529_Genes_Environment_and_Personality それまでのパーソナリティ研究の潮流をまとめたレビュー論文。ビッグ5や双子研究など。

イヌ←オオカミ:4.5~1万年前

オオカミの攻撃性を減らしたものがイヌなのかと思っていたのですが、2022年のレビュー論文(Trends in Cognitive Sciences)を読むと、攻撃性が少ないとはいえないとう主張がなされています。

  1. Being a Dog: A Review of the Domestication Process by Domenico Tancredi andIrene Cardinali Genes 2023, 14(5), 992; https://doi.org/10.3390/genes14050992
  2. Comparing wolves and dogs: current status and implications for human ‘self-domestication’ (PDF) Trends in Cognitive Sciences April 2022, Vol. 26, No. 4 dogs do not show increased socio-cognitive skills and they are not less aggressive than wolves. Rather, compared with wolves, dogs seek to avoid conflicts, specifically with higher ranking conspecifics and humans, and might have an increased inclination to follow rules, making them amenable social partners.
  3. Whole genome resequencing of the Iranian native dogs and wolves to unravel variome during dog domestication BMC Genomics volume 21, Article number: 207 (2020) https://bmcgenomics.biomedcentral.com/articles/10.1186/s12864-020-6619-8
  4. Comparison of village dog and wolf genomes highlights the role of the neural crest in dog domestication BMC Biology volume 16, Article number: 64 (2018) Published: 28 June 2018 https://bmcbiol.biomedcentral.com/articles/10.1186/s12915-018-0535-2
  5. DoGSD: the dog and wolf genome SNP database Nucleic Acids Res. 2015 Jan 28; 43(Database issue): D777–D783. Published online 2014 Nov 17. doi: 10.1093/nar/gku1174 PMCID: PMC4383968 PMID: 25404132
  6. Domestication of the Dog from the Wolf Was Promoted by Enhanced Excitatory Synaptic Plasticity: A Hypothesis Genome Biol Evol. 2014 Nov; 6(11): 3115–3121. Published online 2014 Nov 5. doi: 10.1093/gbe/evu245 PMCID: PMC4255776 (PDF)
  7. https://schertzanimalhospital.com/blog/dogs-and-wolves/

ヤギ←野生のヤギ:紀元前7000年 西アジア

ヒツジ←アジアムフロン:紀元前6000年 メソポタミア

ブタ←ヨーロッパイノシシ:紀元前4000年以前 メソポタミア

ウシ←オーロックス(すでに絶滅):紀元前6000年 メソポタミア

ウマ←野生のウマ

ロバ←野生のロバ

ネコ←リビヤヤマネコ:紀元前3000年 エジプト

ニワトリ←野鶏

ラクダ:紀元前930〜900年ころ

  1. 家畜化という進化ー人間はいかに動物を変えたか 2019/9/5 リチャード・C・フランシス (著), 西尾香苗 (翻訳) https://www.hakuyo-sha.co.jp/science/kachiku/ リチャード・C・フランシスニューヨーク州立大学ストーニーブルック校で神経生物学と行動学の博士号を取得したのち、カリフォルニア大学バークレー校とスタンフォード大学で進化神経生物学と性的発達の研究をおこなった。現在はサイエンス・ライターとして活動
  2. https://wadaken.top/textbook/textbook14/PDF/rekisi.pdf
  3. https://honkawa2.sakura.ne.jp/0455.html
  4. ラクダの家畜化は紀元前10世紀2014.02.1 ナショナルジオグラフィックhttps://natgeo.nikkeibp.co.jp/nng/article/news/14/8886/

性格を決める遺伝子は存在するのか

不安傾向な人の遺伝子型といった論文報告はありますが、だからといってそれを「不安遺伝子」と呼べるかというと話はそれほど単純ではないようです。メンデルの法則の遺伝子と表現型との関係のように単一遺伝子で説明がつくわけではなく、人間の性格を決める遺伝子は数百あるのが一般的なため、一つ一つの遺伝子の寄与はかなり小さいのだそうです。

性格のような複雑な性質は,たくさんの遺伝子の影響を受けますから,どれか1つの遺伝子を「神経質の遺伝子」と呼ぶことはできません。たとえば神経伝達物質の1つ,セロトニンに関わる遺伝子の短いタイプをもつ人は長いタイプの人より不安が高くなりやすいという傾向が報告されていますが,その遺伝子だけで説明できるのはほんの数パーセントですし,セロトニンは体や心のさまざまなはたらきに関係しているので,不安遺伝子と呼ぶことはできません。

https://psych.or.jp/interest/ff-07/

パーソナリティ研究の潮流

現在のパーソナリティ研究には,2 つの大きな 潮流がある。

その 1 つは,Allport & Odbert (1936) 以来の性格記述語因子分析的研究を基にしてい る系譜で,McCrae & Costa (1987) にほぼ完成を見 た性格の 5 因子モデル,通称 Big 5 である。性格 特性として,神経症傾向,外向性,経験への開放 性,協調性,誠実性という 5 つの次元が仮定さ れ,NEO-PI-R (Costa & McCrae, 1992) の各国語版 によってその因子構造の妥当性が世界的に確認さ れており,日本もその例外ではない(和田, 1996)。

その一方で,もう 1 つの流れとして,生物学的 パーソナリティ理論がある。これは,パーソナリ ティの基盤と何らかの生物学的要因との対応に, 人間のパーソナリティの構造的な妥当性を見出そ うとするものであり,Eysenck (1963, 1967) 以来の 気質研究がこれに相当する。

気質は,これまで多くの研究者によって定義さ れてきたが (Thomas & Chess, 1977; Zuckerman, 2005),それらを総じてまとめてみると,気質と は,(1) 比較的安定的で,パーソナリティ特性の根幹を成す,(2) 幼少期の早い段階から顕れる, (3) 動物研究において,対応関係を持つ行動特性 がある,(4) 自律神経系や内分泌系といった生理 学的反応もしくは大脳生理学的,遺伝的な諸要因 と関連している,(5) 人生経験などの環境刺激と 遺伝子型の相互作用によって変化する,と考えら れている。

Eysenck は当初神経症傾向と外向性という独立 した 2 次元を持つモデルを仮定した。Eysenck (1967) は,外向性(– 内向性)次元の生物学的基 盤は,脳幹網様体と大脳皮質の覚醒水準の個人差 であろうと,上行性網様体賦活系説に基づいた説 明をしている。Eysenck モデルは,脳機能を基盤 とした「生物学的パーソナリティ理論」という研 究領域を確立し,生物学と心理学を架橋する実証 可能な仮説を数多く生み出し,この分野の研究と 議論を活性化させた。

この Eysenck モデルと競合するような形で生ま れたのが,Gray (1970, 1981, 1982, 1987) による気 質モデルであり,彼自身はこのモデルを強化感受 性理論 (Reinforcement Sensitivity Theory; RST) と 呼んでいる。具体的には,Gray は,人間の行動は 2 つの大きな動機づけシステムの競合によって制 御されていると述べ,Behavioral Inhibition System (行動抑制系;以下 BIS)と Behavioral Activation System(行動賦活系;以下 BAS)の 2 つを定義し ている。

BIS は,罰の信号や欲求不満を引き起こすよう な無報酬の信号,新奇性の条件刺激を受けて活性 化される動機づけシステムで,潜在的な脅威刺激 やその予期に際して注意を喚起し,自らの行動を 抑制するように作用する。行動抑制の典型例とし ては,罰の条件刺激に対する受動的回避,無報酬 の信号に対する消去などが考えられ,BIS の活性 化に伴ってネガティブ感情が喚起される。また, BIS は中隔・海馬システムへ投射するセロトニン 神経系と関連があると想定されている (Gray, 1982)。

一方の BAS は,報酬や罰の不在を知らせる条件 刺激を受けて活性化される動機づけシステムで, 目標の達成に向けて,行動を解発する機能を担う とされる。BAS によって賦活される行動の典型例 は言うまでもなく接近であり,作動結果としてポ ジティブ感情が喚起される。また,BAS の実行器 官としては中脳辺縁系ドーパミン作動系が想定さ れている (Gray, 1994)。 Gray モデルにおける BIS/BAS の 2 次元と Eysenck モデルにおける神経症傾向/外向性の 2 次元との関係は以下のように異なっていて,両者 は一対一対応の関係にはない。

Gray の気質モデル ― BIS/BAS 尺度日本語版の作成と双生児法による行動遺伝学的 検討 パーソナリティ研究 2007 第 15 巻 第 3 号 276–289 日本パーソナリティ心理学会 2007 https://www.jstage.jst.go.jp/article/personality/15/3/15_3_276/_pdf

性格を決める軸

 personality is structured into a number of basic dimensions, with traits differentiating broad behavioural approach vs avoidance motivation

two motivational systems correspond to extraversion (vs introversion) and neuroticism (with emotional stability as the opposing pole)

Extraversion is characterized by a general motivation to approach new situations, high levels of energy and sociability as well as positive emotionality

Individuals high in neuroticism react more strongly to stressful stimuli, are more likely to avoid novel situations and potentially aversive stimuli.

https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC5789008/

ビッグ5と遺伝子

ドーパミン

  1. Dopamine genes are linked to Extraversion and Neuroticism personality traits, but only in demanding climates Sci Rep. 2018; 8: 1733. Published online 2018 Jan 29. doi: 10.1038/s41598-017-18784-y PMCID: PMC5789008 PMID: 29379052

セロトニン

マウスの研究

  1. Serotonin drives aggression and social behaviours of laboratory mice in a semi-natural environment https://www.biorxiv.org/content/10.1101/2024.02.02.578690v1.full
  2. Exaggerated aggression and decreased anxiety in mice deficient in brain serotonin Transl Psychiatry. 2012 May; 2(5): e122. Published online 2012 May 29. doi: 10.1038/tp.2012.44 PMCID: PMC3365263 PMID: 22832966 https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC3365263/
  3. RGS2 drives male aggression in mice via the serotonergic system Communications Biology volume 2, Article number: 373 (2019) Published: 11 October 2019

行動遺伝学の論文

  1. Behavior genetics research on personality: Moving beyond traits to examine characteristic adaptations Phuong Linh L. Nguyen, Moin Syed, Matt McGue First published: 11 June 2021 https://doi.org/10.1111/spc3.12628
  2. An ACE in the hole: Twin family models for applied behavioral genetics research The Leadership Quarterly Volume 24, Issue 4, August 2013, Pages 572-594 The Leadership Quarterly https://doi.org/10.1016/j.leaqua.2013.04.001 本文全体は有料
  3. Genome-wide association scan for five major dimensions of personality Mol Psychiatry . 2010 Jun;15(6):647-56. doi: 10.1038/mp.2008.113. Epub 2008 Oct 28. https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/18957941/