MAPK(まっぷきなーぜ)経路についての覚え書き

プロンプト:ERKってMAPKのことだっけ?

Gemini 2.5 Pro:

はい、その理解で合っています。ERKはMAPKの一種です。

もう少し詳しく説明すると、以下のような関係になります。

MAPKファミリーの一員としてのERK

MAPKMitogen-Activated Protein Kinase:マイトジェン活性化プロテインキナーゼ)は、細胞内のシグナル伝達に関わる重要なリン酸化酵素の**総称(ファミリー名)**です。細胞が増殖したり、分化したり、ストレスに応答したりする際に、細胞の外からの刺激を核の中の遺伝子に伝える「メッセンジャー」のような役割を担っています。

このMAPKファミリーには、主に以下の3つの主要なグループが存在します。

  • ERK (Extracellular signal-regulated kinase):細胞外シグナル調節キナーゼ
  • JNK (c-Jun N-terminal kinase)
  • p38

つまり、ERKはMAPKファミリーに属する代表的な分子の一つということです。人間でいう「田中さん」という大きな括り(MAPK)の中に、「田中太郎さん」(ERK)や「田中次郎さん」(JNK)がいる、というイメージに近いかもしれません。


なぜ「MAPK/ERK経路」と呼ばれるのか?

ERKはMAPKの中でも最初に見つかり、研究が最も進んでいるため、非常に有名です。そのため、ERKが関わるシグナル伝達経路を指して、単に「MAPK経路」と呼ぶこともあれば、より具体的に「MAPK/ERK経路」や「Ras-Raf-MEK-ERK経路」と呼ぶこともよくあります。

この経路は、細胞の増殖や分化に特に重要な役割を果たしており、がんの研究などでも非常に注目されています。

まとめ

  • MAPK:シグナル伝達に関わるリン酸化酵素のファミリー名(総称)
  • ERK:そのファミリーに属する代表的な分子の一つ

したがって、「ERKはMAPKのこと」という認識は、大枠では正しいと言えます。

 

プロンプト:JNKもMAPKだったの?知らなかった。

Gemini 2.5 Pro:

そうです、そうなんです!JNKもMAPKファミリーの一員です。

ERKが非常に有名なので「MAPKといえばERK」というイメージが強いかもしれませんが、実はMAPKは大きなファミリー(スーパーファミリー)で、その中には役割の違う複数のメンバーがいます。


MAPKの主要な3つのグループ

哺乳類では、MAPKファミリーの中に、特によく研究されている主要な3つのグループがあります。それぞれ、活性化される刺激や細胞内での役割が異なります。

  1. ERK経路
    • 主な役割: 細胞の増殖分化、生存などに関わります。
    • 活性化のきっかけ: 主に成長因子(EGFなど)からのシグナルで活性化されます。
  2. JNK経路 (c-Jun N-terminal Kinase)
    • 主な役割: 細胞のストレス応答アポトーシス(細胞死)、炎症反応などを制御します。
    • 活性化のきっかけ: 紫外線、熱ショック、化学物質などの物理的・化学的なストレスや、炎症性サイトカインなどによって強く活性化されます。
  3. p38経路
    • 主な役割: JNKと似ており、ストレス応答炎症、細胞周期の停止などを担います。
    • 活性化のきっかけ: JNKと同様に、様々な細胞ストレスや炎症性サイトカインで活性化されます。

「アクセル」と「ブレーキ/警告灯」

すごく簡単に例えるなら、こんなイメージです。

  • ERK: 細胞に「増えろ!」「分かれ!」と指令を出すアクセルのような役割。
  • JNK / p38: 細胞が危険に晒されたときに「異常事態だ!」「場合によっては自爆せよ(アポトーシス)!」と警告を出すブレーキや警告灯のような役割。

このように、同じMAPKファミリーに属していても、細胞の状況に応じて異なるシグナルを伝え、全く逆の応答を引き起こすこともある、非常に奥が深い仕組みになっています。JNKもp38も、細胞を守るための重要な役割を担っているんですね。

 

プロンプト:MAPKという呼称は使われてないの?

Gemini 2.5 Pro:

いいえ、そんなことはありません! 「MAPK」という呼称は、現在も科学の世界で広く使われています。

ただし、その使われ方にはいくつかの文脈があります。以前の会話でERKやJNKがMAPKファミリーの一員であると知って驚かれたように、その使い分けが少し紛らわしいかもしれません。

現在の使われ方は、主に以下の3つのパターンに分けられます。


1. 総称(ファミリー名)としての「MAPK」

最も一般的で正確な使い方です。ERK、JNK、p38など、複数の異なるキナーゼ(リン酸化酵素)をすべて含んだ大きなグループの総称として「MAPKファミリー」や「MAPK経路」という言葉が使われます。

  • 使用例:
    • 「MAPKシグナル伝達経路は、細胞の増殖、分化、ストレス応答など多様な生命現象を制御している。」
    • 「哺乳類には、主にERK、JNK、p38という3つの主要なMAPKファミリーが存在する。」

これは、「脊椎動物」という言葉が、魚類、両生類、爬虫類、鳥類、哺乳類すべてを指す総称として使われるのと同じようなものです。


2. ERK経路の通称・代表としての「MAPK」

MAPKファミリーの中で、ERK経路は最初に見つかり、特によく研究されてきました。そのため、文脈によっては**「MAPK経路」という言葉が、ほぼ「ERK経路」を指す通称として使われる**ことが非常に多いです。

特にがん研究の分野では、「Ras-Raf-MEK-ERK経路」の異常が多いため、「MAPK経路の異常」や「MAPK阻害薬」と言う場合、多くはERK経路をターゲットにしたものを指しています。

  • 使用例:
    • 「このがん細胞ではMAPK経路が恒常的に活性化している。」(多くの場合、ERK経路を指す)
    • 「新規MAPK阻害薬の開発が進められている。」(多くの場合、MEKやRAFといったERK経路の阻害薬を指す)

3. カスケードの最終因子としての「MAPK」

MAPKのシグナル伝達は、MAPKKK → MAPKK → MAPK という3段階のリレー形式になっています。この3番目の最終的なキナーゼそのものを指して「MAPK」と呼ぶこともあります。

この使い分けを明確にするために、論文などでは以下のように区別して書かれることもあります。

  • MAP3K (または MAPKKK)
  • MAP2K (または MAPKK)
  • MAPK

まとめ

「MAPK」という言葉は決して死語ではなく、現在も活発に使われています。

ただし、それが「ファミリー全体の総称」として使われているのか、それとも「特定のERK経路の通称」として使われているのかは、話している分野や文脈によって判断する必要があります。この二面性が、少しややこしく感じる原因かもしれませんね。

 

プロンプト:日本人研究者がMAPK、MAPKK, MAPKKKを初めて同定したけど、これらは今から振り返るとどれだったの?

Gemini 2.5 Pro:

はい、素晴らしいご質問です。後藤由希子博士と西田栄介博士らによる研究は、シグナル伝達分野における金字塔です。彼らが世界で初めて精製・同定し、そのカスケード(連鎖反応)を証明した分子群は、今から振り返ると以下のものに相当します。

彼らが発見したのは、現在「古典的MAPK/ERK経路」として知られる、最も代表的なシグナル伝達経路の主要メンバーです。


当時の発見と現在の名称の対応

  • MAPKKK (MAPキナーゼキナーゼキナーゼ)
    • c-Raf (またはRaf-1)
    • カスケードの最上流(に近い位置)で、MAPKKをリン酸化する因子として同定されました。
  • MAPKK (MAPキナーゼキナーゼ)
    • MEK (またはMKK)
    • MAPKKKによって活性化され、次にMAPKをリン酸化する「中間管理職」的な役割の因子として同定されました。
  • MAPK (MAPキナーゼ)
    • ERK (p42/p44 MAPK)
    • カスケードの最終因子で、MAPKKによって活性化され、核内の転写因子などをリン酸化して細胞に応答を引き起こす実行役として同定されました。

発見の歴史的意義 🔬

当時は、細胞の外からの刺激がどのようにして核内の遺伝子に伝わるのか、その具体的な分子メカニズムは大きな謎でした。

後藤博士らの研究は、

「あるタンパク質(MAPKKK)が、次のタンパク質(MAPKK)をリン酸化してONにし、そのタンパク質がさらに次のタンパク質(MAPK)をリン酸化してONにする」

という、リン酸化が連鎖する「キナーゼカスケード」という概念を、世界で初めて生化学的に証明した点で非常に画期的でした。

最初は機能(~をリン酸化するキナーゼ)でしか名前がなかった分子群に、c-Raf、MEK、ERKという具体的な名前と実体を与え、その関係性を明確にしたのです。この発見が、その後のシグナル伝達研究や、がんなどの疾患研究、そして創薬の爆発的な発展の礎となりました。

 

プロンプト:MAPK経路でノーベル賞は出てる?

Gemini 2.5 Pro:

MAPK経路とノーベル賞:直接の受賞はないが、その根幹をなす発見は受賞している

結論から言うと、「MAPK経路の発見」そのものが直接の理由となってノーベル賞が授与されたことは、まだありません。

しかし、これはMAPK経路の重要性が低いという意味では全くありません。むしろ、MAPK経路の理解の根幹をなす、極めて重要な発見に対してノーベル賞が贈られています。


根幹技術へのノーベル賞:1992年 フィッシャー博士とクレブス博士

MAPK経路は、リン酸基が次々とタンパク質に結合していく「リン酸化リレー(キナーゼカスケード)」によってシグナルを伝達します。この**「タンパク質の可逆的なリン酸化」が、細胞内のシグナルON/OFFスイッチとして機能する基本的なメカニズムであることを発見したのが、エドモンド・フィッシャー博士とエドヴィン・クレブス博士**です。

彼らはこの業績により、1992年にノーベル生理学・医学賞を受賞しました。

  • 受賞理由: 「生体制御メカニズムとしての可逆的タンパク質リン酸化の発見」(for their discoveries concerning reversible protein phosphorylation as a biological regulatory mechanism)

彼らの発見がなければ、MAPK経路をはじめとする現代のシグナル伝達研究は成り立ちませんでした。つまり、MAPK経路の発見者たちは、いわばフィッシャー博士とクレブス博士が見つけた「スイッチ」という部品を使って、細胞内の精巧な「電気回路(=MAPK経路)」の配線を解明した、と考えることができます。


なぜMAPK経路そのものには贈られていないのか?

ノーベル賞は、一つの経路の発見のように多くの研究者が少しずつ貢献した研究よりも、全く新しい概念や、測定・分析を可能にする画期的な「技術」を開発した研究者に贈られることが多い傾向があります。

「タンパク質のリン酸化」は、生命現象を理解する上でパラダイムシフトを起こした革命的な発見でした。一方で、MAPK経路の解明は、その概念の上で多くの優れた研究者(前述の後藤由希子博士らを含む)が貢献し、少しずつ全体像が明らかになっていったという経緯があります。貢献者が多岐にわたることも、受賞者を選定する上で一つのハードルになっているのかもしれません。

まとめ

  • MAPK経路そのものに対するノーベル賞は出ていない。
  • しかし、MAPK経路の動作原理である**「タンパク質の可逆的リン酸化」を発見したフィッシャー博士とクレブス博士**は、1992年にノーベル賞を受賞している。

MAPK経路は、がんの研究や創薬において今や不可欠なターゲットであり、その重要性は計り知れません。将来、この経路のさらなる重要な機能の発見や、画期的な治療薬の開発などに対して、ノーベル賞が贈られる可能性は十分に考えられます。

 

プロンプト:他のシグナル経路にはノーベル賞でてる?JAK/STATとかIP3とか?

Gemini 2.5 Pro:

はい、MAPK経路以外にも、数多くのシグナル伝達経路の発見がノーベル賞の対象となっています。 細胞内の情報伝達の仕組みの解明は、生命科学における最も重要なテーマの一つだからです。

ご質問にあったものも含め、代表的な例をいくつかご紹介します。


まだ受賞していないが「ノーベル賞級」とされる発見

まず、ご質問にあった経路についてです。これらは非常に重要な発見ですが、現時点ではまだノーベル賞の直接の受賞には至っていません。しかし、多くの科学者が「受賞に値する」と考えています。

  • JAK-STAT経路: サイトカインなどのシグナルを核へ直接伝える、非常にエレガントで重要な経路です。発見者であるジェームス・ダーネル博士らは、ラスカー賞など他の多くの権威ある賞を受賞しており、ノーベル賞の有力候補と長年言われています。
  • IP3 (イノシトール三リン酸) 経路: 細胞内のカルシウムイオン濃度を制御する中心的な役割を担うセカンドメッセンジャーです。この発見者であるマイケル・ベリッジ卿もまた、ラスカー賞などを受賞しており、細胞内シグナル伝達の理解に不可欠な貢献をしました。

ノーベル賞を受賞したシグナル伝達関連の発見

以下は、実際にノーベル賞を受賞したシグナル伝達の発見です。

1. Gタンパク質とGPCR(2つの賞が関連)

私たちの体で最も多様なシグナル(ホルモン、神経伝達物質、匂い、光など)を受け取る「アンテナ」とその伝達の仕組みです。

  • 2012年 化学賞: ロバート・レフコウィッツ博士、ブライアン・コビルカ博士
    • 発見: Gタンパク質共役受容体(GPCR)の構造と機能の解明。細胞の「アンテナ」そのものの正体を突き止めました。
  • 1994年 生理学・医学賞: アルフレッド・ギルマン博士、マーティン・ロッドベル博士
    • 発見: GPCRが受け取ったシグナルを細胞内に伝える「中継役」であるGタンパク質の発見。

2. セカンドメッセンジャー (cAMP, NO)

細胞の外からの第一のシグナル(ホルモンなど)を、細胞内の様々な場所に伝える第二の伝達物質(セカンドメッセンジャー)の発見です。

  • 1971年 生理学・医学賞: エール・サザランド博士
    • 発見: 最初のセカンドメッセンジャーであるサイクリックAMP (cAMP)の発見。シグナル伝達という概念の基礎を築きました。
  • 1998年 生理学・医学賞: ロバート・ファーチゴット博士、ルイ・イグナロ博士、フェリド・ムラド博士
    • 発見: 一酸化窒素 (NO)が体内でシグナル伝達分子として機能することを発見。ガスがメッセンジャーになるという驚きの発見でした。

3. タンパク質のリン酸化(MAPK経路の基礎)

これは以前お話しした通り、ほぼすべてのシグナル伝達に関わる基本的な「ON/OFFスイッチ」の発見です。

  • 1992年 生理学・医学賞: エドモンド・フィッシャー博士、エドヴィン・クレブス博士
    • 発見: タンパク質の可逆的なリン酸化という、細胞制御の基本原理を発見。

このように、細胞のシグナル伝達分野はノーベル賞の「宝庫」と言えるほど、生命の根幹に関わる重要な発見が数多くなされています。

 

プロンプト:MAPKって、Mitogen-activated protein kinaseじゃなくて、当初は、Microtubule-associated protein kinaseじゃなかったっけ?

Gemini 2.5 Pro:

鋭いご指摘ですね!その通りです。その歴史的経緯は、科学的な発見がどのように進展していくかを示す、非常に興味深いエピソードです。

結論から言うと、はい、MAPKは当初「Microtubule-associated protein kinase」(微小管結合タンパク質キナーゼ)として発見・命名されました。


発見当初:Microtubule-associated protein (MAP) kinase

1980年代後半、研究者たちは細胞の分裂や成長を促すシグナル(マイトジェン刺激)を与えると、特定のタンパク質がリン酸化されることを見つけていました。その中で、リン酸化される標的タンパク質の一つがMAP2 (Microtubule-associated protein 2) でした。

そして、このMAP2をリン酸化する酵素(キナーゼ)として単離・精製されたのが、のちのMAPKです。標的の名前が「MAP2」だったため、その酵素はごく自然に「MAPキナーゼ」と名付けられました。この時点での「MAP」は、Microtubule-associated protein を指していたのです。


名前の変更:Mitogen-activated protein (MAP) kinase

しかし、その後の研究で、この酵素の正体がより明確になってきました。

  1. 多様な標的: この酵素がリン酸化するのはMAP2だけでなく、細胞の増殖や分化に関わる、より多くの重要なタンパク質(転写因子など)であることが判明しました。
  2. 活性化のきっかけ: この酵素は、特にマイトジェン(Mitogen)、つまり細胞分裂を誘発する物質からのシグナルによって強力に活性化されることが明らかになりました。

これらの知見から、この酵素の本質的な役割は「微小管に結合するタンパク質をリン酸化すること」だけにとどまらず、より広範な「マイトジェン刺激に応じて活性化されるタンパク質キナーゼ」であると理解されるようになりました。

その結果、実態に合わせて名前が変更され、同じ「MAPK」という略称を保ちつつも、その意味は「Mitogen-activated protein kinase」となったのです。


まとめ

  • 当初 (1980年代後半):
    • 名前: Microtubule-associated protein kinase (MAP kinase)
    • 理由: 標的分子の一つである「MAP2」をリン酸化する酵素として発見されたため。
  • 現在:
    • 名前: Mitogen-activated protein kinase (MAPK)
    • 理由: 細胞増殖因子(マイトジェン)によって活性化されるという、より本質的な機能が解明されたため。

このように、科学的な発見は、当初の現象や見え方から名前がつけられ、その後の研究で本質が明らかになるにつれて、より適切な名前に変わっていくことがあります。MAPKの名称の変遷は、その典型的な例と言えます。