現実の出願日(特許権の存続期間の起算点となる日)は、「後願(こうがん)の日」 です。
ここが知財学習で非常に混乱しやすいポイントですよね。「優先権」という名前から「出願日そのものが過去に遡る(遡及する)」と勘違いしやすいのですが、出願日はあくまで後願の日です。
整理して覚えましょう。
1. 「出願日」と「判断基準日」の違い
国内優先権制度では、以下の2つを分けて考えることが鉄則です。
* 現実の出願日(手続・存続期間) \rightarrow 後願の日
* 願書を特許庁に提出したその日が「出願日」です。
* 特許権の存続期間(出願から20年)のカウントも、この後願の日からスタートします。
* 新規性・進歩性の判断基準日(審査) \rightarrow 先願の日
* 「新しい発明か?」「容易に考え出せたか?」を審査する際、先願に含まれていた内容については、タイムマシンに乗って先願の日を基準に判断してもらえます。これが優先権のメリットです。
2. 図解でイメージする
3. 先願と後願の扱いの違い(まとめ表)
| 項目 | 基準となる日 | 解説 |
|—|—|—|
| 願書の出願日 | 後願の日 | 願書を提出した日そのものです。 |
| 特許期間(20年)の起算日 | 後願の日 | 先願の日から20年ではありません(ここが重要!)。 |
| 新規性・進歩性の判断 | 先願の日* | *先願に記載されていた内容についてのみ遡ります。 |
| 後願で新たに追加した内容 | 後願の日 | 新しく追加した技術は、優先権の利益を受けられず、後願の日で判断されます。 |
| 先願の運命 | みなし取下げ | 先願は、後願の日から1年4ヶ月後に自動的に取り下げられたものとみなされ、消滅します。 |
> 勉強ノートのメモ:
> もし「出願日そのもの」が先願の日に遡ってしまうと、特許期間(20年)も先願の日からスタートすることになり、権利期間が短くなって出願人が損をしてしまいます。だから「出願日は後願、審査の基準は先願」というふうに分けているのです。
>
この「内容によって基準日が違う」という点は、弁理士試験や実務でも非常によく問われるポイントです。
国内優先権の「効果(判断基準)」と「期間計算」を規定しているメインの条文は、特許法第41条です。
また、特許権の存続期間については特許法第67条が関係します。
この2つを組み合わせることで、「判断は先願の日、期間は後願の日」というルールが成り立っています。詳しく条文の構造を見てみましょう。
1. 「審査の基準日が遡る」根拠
条文:特許法第41条 第2項
この条文には、「以下の規定の適用については、その特許出願は、先の出願の時にしたものとみなす」と書かれています。
> 特許法第41条第2項(抜粋・要約)
> 第一項の規定による優先権の主張を伴う特許出願(後願)に係る発明のうち、当該優先権の主張の基礎とした先の出願(先願)の願書に最初に添付した明細書等に記載された発明についての……第二十九条(新規性)、第二十九条の二(拡大先願)……の規定の適用については、当該特許出願は、当該先の出願の時にしたものとみなす。
>
* ポイント: ここで「第29条(新規性)や第29条の2(進歩性などの基礎)については、先願の日に出したものとみなすよ」と限定的に書いてあるのがミソです。
2. 「存続期間は遡らない」根拠
条文:特許法第41条 第2項(の「書かれていないこと」) & 第67条
第41条第2項は、あくまで「新規性などの審査判断については遡る」と言っているだけで、「第67条(存続期間)についても遡る」とは書いていません。
法律の世界では「書いていないことは適用されない」のが原則です。そのため、存続期間については原則どおり以下の条文が適用されます。
> 特許法第67条第1項
> 特許権の存続期間は、特許出願の日から二十年をもつて終了する。
>
* 結論: 第41条で「出願日を遡らせる」という例外規定がないため、第67条の「特許出願の日」は、そのまま**「現実に願書を出した日(後願の日)」**となります。
条文の読み方まとめ
| 疑問 | 根拠となる条文のロジック |
|—|—|
| なぜ審査は先願基準? | 第41条第2項に「第29条等の適用については、先の出願の時にしたものとみなす」と明記されているから。 |
| なぜ期間は後願基準? | 第41条第2項の「みなす」対象リストに、第67条(存続期間)が含まれていないから(=原則通り後願の日からカウント)。 |
このように、「何が遡及(そきゅう)して、何が遡及しないのか」は、第41条第2項のリストに入っているかどうかで決まります。
> 勉強ノートのメモ:
> 条文集(法文集)を持っている場合は、第41条第2項の条文番号(「第二十九条、第二十九条の二……」と並んでいる部分)をマーカーで引いておくと、「ここにあるものだけがタイムマシンに乗れる!」と視覚的に覚えられますよ。
パリ条約(43条)の優先権も「考え方のロジック」は同じです。
国内優先権と同じく、「出願日は後願、審査の基準は先願(優先日)」 となります。
これも非常に重要なので、国内優先権との違い(先願の運命)と合わせて整理しましょう。
1. パリ条約優先権のロジック(国内優先権と同じ)
| 項目 | 基準となる日 | 解説 |
|—|—|—|
| 願書の出願日 | 日本への出願日 | 実際に日本に願書を出した日が「出願日」です。 |
| 特許期間(20年)の起算日 | 日本への出願日 | 第一国の出願日(優先日)から20年ではありません。日本に出した日からスタートです。 |
| 新規性・進歩性の判断 | 第一国の出願日 | 第一国出願の内容については、タイムマシンに乗って優先日基準で審査されます。 |
2. 条文の根拠(ここが少し違います)
結果は同じでも、根拠となる法律の構成が少し異なります。
* 国内優先権(特許法41条)の場合:
* 日本の特許法の中で「審査については先願の時に出したものとみなす」と定義しています。
* パリ条約優先権(特許法43条+パリ条約4条B)の場合:
* 特許法43条は「手続き」の規定です。
* 「遡って審査してもらえる効果」そのものは、パリ条約第4条B(優先期間中の行為によって無効とされない)という国際条約の効力によって発生します。
3. 【超重要】国内優先権との決定的な違い
試験や実務で間違えやすいのは、「先願(最初の出願)がどうなるか」です。
| 項目 | 国内優先権 (41条) | パリ条約優先権 (43条) |
|—|—|—|
| 先願(もとの出願)の運命 | 死にます(みなし取下げ) | 生きます(併存可能) |
| 理由 | 日本国内で同じ内容の特許が2つあると邪魔(重複)だから、古い方は消すルール。 | 各国の特許は独立している(パリ条約4条の2「特許独立の原則」)ため、アメリカの特許と日本の特許は別々に存在できる。 |
> 勉強ノートのメモ:
> * 国内優先権 = 「古い自分を捨てて、新しい自分(完全版)に生まれ変わる」イメージ。
> * パリ条約 = 「海外に兄弟(分身)を作る」イメージ。元の国の出願もそのまま権利化できます。
>
まとめ
「出願日は後願(日本出願日)、審査は先願(優先日)」という日付のルールは共通です!
ただし、「元の出願が消えるか残るか」だけ逆になるので、そこだけ注意してくださいね。