発明の進歩性(29条第2項)
(特許の要件)
第二十九条 産業上利用することができる発明をした者は、次に掲げる発明を除き、その発明について特許を受けることができる。
一 特許出願前に日本国内又は外国において公然知られた発明
二 特許出願前に日本国内又は外国において公然実施をされた発明
三 特許出願前に日本国内又は外国において、頒布された刊行物に記載された発明又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となつた発明
2 特許出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が前項各号に掲げる発明に基いて容易に発明をすることができたときは、その発明については、同項の規定にかかわらず、特許を受けることができない。(e-gov.go.jp)
質問:物質特許が切れあとに関連特許で知的財産を保護する戦略は、具体的にどのようなもの?
Gemini:物質特許(基本特許)が切れた後に、周辺の特許で製品を守る戦略は、知財業界ではよく「ライフサイクルマネジメント」や「エバーグリーニング(常緑化)戦略」と呼ばれます。一言で言うと、「物質そのものは誰でも作れるようになるが、『売れる商品』にするための技術は独占し続ける」という戦法です。具体的に何をどうするのか、医薬品業界(この戦略が最も顕著です)を例にして、わかりやすく解説します。
1. 基本的な考え方:城壁を多重にする
物質特許を「本丸(城の中心)」だとすると、それが崩れた後に敵(競合他社・ジェネリックメーカー)が攻め込んでこないように、外堀や内堀(関連特許)をたくさん作っておくイメージです。これにより、競合他社が「物質A」そのものを作れても、「効率的な作り方ができない」「飲みやすい錠剤にできない」「新しい効能を謳えない」という状態を作り出し、参入障壁を維持します。
2. 具体的な「関連特許」の種類と戦略例
物質特許が切れた後に有効な「関連特許」には、主に以下の5つのパターンがあります。
① 製法特許(プロセスの保護)
物質を作るための「より安く、安全で、高純度な新しい作り方」を特許化します。
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戦略: 競合は古い(コストが高い・危険な)方法で作るしかなくなり、価格競争で不利になります。
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例: 「物質Aを作る際、特定の触媒を使うと収率が2倍になる製法」
② 結晶形特許(品質の保護)
同じ物質でも、原子の並び方(結晶形)が違うと安定性や溶けやすさが変わります。最も優れた結晶形を特許化します。
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戦略: 競合が真似できるのは「不安定で湿気りやすい古い結晶形」だけになります。
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例: 「常温で2年保存しても分解しない、物質Aのα型結晶」
③ 製剤特許(使いやすさの保護)
薬を飲みやすくしたり、体内で効きやすくしたりする工夫(配合や形状)を特許化します。
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戦略: 競合は「飲みにくい大きな錠剤」しか出せませんが、自社は「1日1回で済む徐放性製剤」や「口の中で溶けるOD錠」を独占できます。
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例: 「添加剤Bを加えることで、苦味を完全に消した物質Aのシロップ剤」
④ 用途特許(新しい使い道の保護)
その物質が、全く別の病気にも効くことを発見し、特許化します。
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戦略: 競合は「元の病気」用の薬しか売れません。「新しい病気」に使いたい患者層は自社が独占します。
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例: 「元々は高血圧の薬だった物質Aが、実は育毛にも効果があると判明した場合の『育毛剤』としての用途」
⑤ 用法・用量特許(飲み方の保護)
効果を最大化、あるいは副作用を最小化する特定の投与スケジュールを特許化します。
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戦略: 医師が処方しやすい用法を独占します。
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例: 「従来の毎日投与ではなく、週に1回投与するだけで効果が出る用法」
3. ケーススタディ:架空の薬「ナオルン」の場合
具体的なストーリーで見てみましょう。
状況: 画期的な痛み止め成分「ナオルン」の物質特許が来年切れます。ジェネリックメーカーが参入を狙っています。
【貴社の戦略アクション】
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物質特許切れ(基本)
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ジェネリック各社:「よし、これで『ナオルン』成分の薬が作れるぞ!」
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製剤特許の発動(防衛ライン1)
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貴社:「実は最近、成分をナノ化して『即効性(飲んで5分で効く)』を持つ錠剤の特許を取りました」
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ジェネリック:「えっ、我々が作れるのは『飲んで30分後に効く』古いタイプだけか…これでは勝てない」
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用途特許の発動(防衛ライン2)
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貴社:「さらに、ナオルンが『偏頭痛』にも効くことを発見し、用途特許を取りました」
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ジェネリック:「我々は『筋肉痛』用の薬としてしか販売できない。偏頭痛患者には売れないのか…」
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結果
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医師や患者は、即効性があり偏頭痛にも使える貴社の「新ナオルン」を選び続けます。ジェネリックは安くてもシェアを奪えません。
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4. 注意点とリスク
この戦略は強力ですが、無敵ではありません。
- 進歩性(Inventive Step)のハードル: 単に「混ぜるものを変えただけ」「形を変えただけ」では特許庁に拒絶されます。「予期せぬ顕著な効果(想像以上に安定した、副作用が激減した等)」が必要です。
- パテント・クリフ(特許の崖): どんなに周辺特許を固めても、いつかは全ての特許が切れます。それまでの時間稼ぎであることを理解し、その間に次の新製品(次世代物質)を開発する必要があります。
- 虫食い(スキニーラベリング): 用途特許などで守っても、ジェネリックメーカーが「その特許に触れる効能だけを削除して(筋肉痛用としてだけ)」販売してくることがあります。
まとめ
物質特許切れ後の戦略とは、「物質そのものの独占」から「付加価値(作り方・使いやすさ・新しい効能)の独占」へとシフトすることです。これにより、実質的な市場独占期間を延長し、収益を維持します。
質問:関連が深い条文は?
Gemini:物質特許切れ後の「エバーグリーニング(常緑化)」を成功させるために、避けて通れない最大の難関(ラスボス)となるのが、特許法第29条第2項「進歩性」です。なぜこの条文が「エバーグリーニング」とこれほど深く関連しているのか、その「構造的な理由」を整理してお答えします。
1. 「エバーグリーニング」=「進歩性」との戦い
エバーグリーニングとは、古い物質(公知になったもの)を少し改良して、新しい特許を取る戦略です。しかし、特許庁の審査官は、この第29条第2項という「剣」を使って、バッサリと切り捨てに来ます。
- 審査官の論法(29条2項): 「元の物質はもう有名ですよね(公知)。それを単に『飲みやすくした』とか『結晶を変えた』なんて改良は、当業者なら誰でも簡単に思いつく(容易考案)ことですよね? だから特許はあげません」
これに対抗し、特許をもぎ取る(常緑化する)ためには、この「容易ではない(進歩性がある)」ということを証明しなければなりません。
2. 勝負の決め手:「予期せぬ顕著な効果」
では、どうやって「進歩性がある」と認めさせるのか?ここで使われるのが、以前少し触れた「予期せぬ顕著な効果(Remarkable Effect)」という概念です。これがエバーグリーニングの合言葉です。
- × ダメな主張(進歩性なし):「工夫したら、予想通り安定しました」→ 審査官:「予想通りなら、誰でもできるね。拒絶。」
- 〇 勝てる主張(進歩性あり):「工夫したら、常識では考えられないほど安定しました(予想を超えた)。あるいは、副作用が奇跡的に消えました」→ 審査官:「ほう、それは予想外だ。ただの改良以上の価値がある。特許を認めよう。」
つまり、エバーグリーニング戦略とは、「第29条第2項(進歩性の壁)を乗り越えるための『予期せぬ効果』を必死で探し出す活動」と言い換えることもできます。
3. 整理:関連する条文の役割分担
これまでの議論を整理すると、物質特許切れ戦略には「3人の主要な登場人物(条文)」がいます。
| 条文 | キャッチコピー | 戦略上の役割 |
| 第67条(存続期間の延長) | 「寿命を延ばす薬」 | 今の特許(物質そのもの)を、5年だけ延命させる制度。 |
| 第29条第2項(進歩性) | 「厳しい関所」 | 次の特許(周辺特許)を取ろうとする時、「それは容易だ」と邪魔してくる最大の壁。 |
| 第36条第5項(多項制) | 「戦術的な網」 | 上記の壁を乗り越えて特許を取る際、「広く・狭く」書いて取りこぼしを防ぐ書き方のテクニック。 |
まとめ
「新しい特許を次々と生やして常緑化する(攻める)」という文脈においては、第29条第2項(進歩性)が最も深く関連し、かつ最も高いハードルとなる条文です。このハードルを越えるロジックを組み立てるのが、知財担当者の腕の見せ所なのです。