実用新案では、「中身(新規性や進歩性)を審査して拒絶する」ということはありません。 しかし、「門前払い(形式不備など)」による拒絶(却下) は存在します。
この「拒絶がない」と言われる仕組み(無審査登録制度)について整理しましょう。
1. なぜ「拒絶がない」と言われるのか?
特許出願では、特許庁の審査官が「これには新しい発明が含まれているか?」「容易に考えつくものではないか?」といった**中身の審査(実体審査)**を行います。ここでNOと言われると「拒絶査定」を受けます。
一方、実用新案は**「無審査登録制度」**を採用しています。
* 実体審査を行わない: アイデアの新しさや高度さはチェックされません。
* 早期登録: 書類さえ整っていれば、出願から半年程度(特許は数年かかることも)で登録されます。
つまり、「中身がショボいからダメ!」という理由での拒絶は、実用新案には存在しません。
2. でも、絶対に登録されるわけではない?(基礎的要件)
ここが落とし穴です。「何でもかんでも登録できる」わけではありません。
中身の審査はしませんが、**「基礎的要件」と「方式」の審査は行われます。これらをクリアできないと、登録されず却下(実質的な拒絶)**されます。
【ここで引っかかるとダメ(拒絶・却下)】
* 物品の形状・構造ではないもの: 方法(レシピや製造フロー)、液体、プログラムなどは実用新案の保護対象外です。
* 公序良俗に反するもの: 反社会的なデバイスなど。
* 書類の不備: 必須項目が抜けている、手数料が支払われていないなど。
3. 特許と実用新案の「審査」比較表
| 項目 | 特許 (Patent) | 実用新案 (Utility Model) |
|—|—|—|
| 審査の対象 | 実体審査あり
(新規性・進歩性を厳しくチェック) | 実体審査なし
(無審査登録制度) |
| チェック内容 | 発明の高度さ、先行技術との違い | 基礎的要件
(物品であるか、書類不備がないか等) |
| 拒絶の理由 | 「すでに似た技術がある」「容易に発明できる」など | 「保護対象(物品)ではない」「書類が変」など |
| 登録までの期間 | 審査請求から平均14ヶ月〜 | 出願から平均2〜3ヶ月 |
4. 重要な注意点:権利行使のハードル
「拒絶されないなら、とりあえず実用新案を出しておけばいいのでは?」と思うかもしれませんが、ここに大きなリスクがあります。
> 警告・権利行使には「実用新案技術評価書」が必要
>
中身を審査せずに登録してしまっているため、その権利が「本当に有効か(新規性があるか)」は誰にもわかりません。
そのため、他社に対して「権利侵害だ!やめろ!」と警告したり訴えたりする前には、特許庁に評価を依頼し、**「この権利は有効ですよ」というお墨付き(肯定的な評価書)**を得る義務があります。
もし、この評価書で「新規性なし(無効理由あり)」と判定されたまま権利を行使すると、逆に相手から損害賠償を請求されるリスクがあります。
まとめ
* 実用新案には、「中身の良し悪し」による拒絶はない。
* ただし、「形式や対象」が間違っていると却下(拒絶)される。
* 簡単に登録できる分、権利として使う時のハードル(技術評価書)が高い。
「入り口(登録)は広いけれど、出口(権利行使)は狭い」というイメージを持つと分かりやすいかもしれません。
実用新案技術評価書の中身を一言で言うと、**「その権利が『本物(有効)』かどうかの通信簿」**です。
無審査で登録された実用新案に対して、特許庁の審査官が後から**「本当に新規性や進歩性があるか?」**を調査し、その結果をズバリ書いてくれます。
この評価書には、一番重要な**「評価(ランク)」**が記載されています。これがすべての判断基準になります。
1. 運命を分ける「6段階評価」
評価書の中には、請求項(権利範囲)ごとに**「1」~「6」の数字**が書かれています。これが通信簿の成績です。
| 評価ランク | 判定 | 意味(ざっくり) |
|—|—|—|
| 評価 6 | 合格 | 「◯」有効な権利である可能性が高い。
(登録を否定するような文献は見つからなかった) |
| 評価 1~5 | 不合格 | 「×」無効になる可能性が高い。
(すでに似た技術がある、簡単に思いつく、などの理由あり) |
* 評価6(肯定的見解): これが出れば、堂々と「ウチの権利を侵害するな!」と他社に警告できます(※ただし100%絶対ではありません)。
* 評価1~5(否定的見解): これが出てしまった場合、その権利は**「実は無効である(登録されるべきではなかった)」**と判断されたことになります。この状態で他社に警告すると、逆に「無効な権利で脅してきた」として損害賠償請求をされるリスクがあります。
2. 具体的に何が書かれているの?
書類はシンプルで、主に以下の3つの要素で構成されています。
* 評価の結論(ランク)
* 例:「請求項1に係る考案:評価6」
* 引用文献(証拠)
* 評価1~5(不合格)の場合、「なぜダメなのか」を示す証拠として、過去の特許や論文(先行技術文献)がリストアップされます。
* 「この文献Aに、あなたのアイデアと同じことが書いてありますよ」という指摘です。
* 対比説明
* あなたの考案と、引用文献の技術を比べ、「どこが同じで、どこが容易に思いつくか」という審査官のロジックが書かれています。
3. もし「不合格(評価1~5)」だったらどうする?
評価書を見て「うわ、評価2(進歩性なし)だ…」となっても、即座に権利が消滅するわけではありません。しかし、そのままでは使い物にならない(武器にならない)権利です。
この場合、選択肢は主に2つです。
* 訂正する(訂正請求):
* 権利の範囲を狭く絞り込む(例:「椅子」→「〇〇な機能を持つ金属製の椅子」)ことで、引用文献との違いを明確にし、有効な権利に変えようと試みます。
* ※ただし、訂正できる回数や時期には制限があります。
* 諦める(放棄):
* 権利を維持する価値がないと判断し、権利を放棄します(無駄な年金コストをカット)。
まとめ
* 実用新案技術評価書は、「権利の有効性を判定する通信簿」。
* **「評価6」**だけが、権利行使のチケットになる。
* **「評価1~5」**が出たら、そのままでは使えない(訂正するか諦める)。
こう見ると、**「とりあえず登録は簡単だけど、いざ『評価書』を取ってみたらボロボロ(評価1~5)だった」**というケースが実用新案には非常に多いのです。これが「実用新案は使いにくい」と言われる最大の理由ですね。
実用新案の最も怖いところであり、特許と大きく違う点ですが、評価書の評価が悪かったからといって、「その評価はおかしい!審判だ!」と不服を申し立てる(審判請求する)ことはできません。
評価書の結果はあくまで「特許庁の鑑定意見」であって、「処分(行政決定)」ではないため、争う道が閉ざされているのです。
少し複雑な部分なので、2つのパターンに分けて整理しましょう。
パターンA:訂正はできたが、評価が低いままだった場合
(「訂正して範囲を絞ったけど、それでも『評価1(新規性なし)』と言われた」ケース)
* 審判・訴訟: できません。
* 理由: 実用新案技術評価書の結果に対しては、法的に文句を言う手段がありません。「この評価書は間違っている!」と裁判所に訴えることもできません。
* 結果: その実用新案権は「死に体(使えない権利)」のまま残り、権利行使を諦めるしかなくなります。
パターンB:訂正そのものが認められなかった場合
(「訂正のルール(範囲を広げてはいけない等)を破っているため、訂正を却下する」と言われたケース)
* 審判・訴訟: できます。
* 流れ: 特 許庁に対して「訂正を認めてくれ」という審判を起こし、それでもダメなら知財高裁へ訴訟(審決取消訴訟)に行くことができます。
* 実情: ただし、これはあくまで「訂正の手続き」の話です。これに勝っても、評価書の評価(ランク)が良くなる保証はありません。
では、いつ「審判」や「訴訟」になるのか?
実用新案で泥沼の戦い(審判・訴訟)になるのは、あなたが**「ダメ元で権利行使をした時」や「ライバルに喧嘩を売られた時」**です。
1. 無効審判(むこうしんぱん)
ライバル会社が、「お前の実用新案はショボいから消してやる」と特許庁に訴え出ることです。
* ここで初めて、特許庁の審判官(3人組)が本格的に**「この権利は有効か無効か」**をジャッジします。
* ここで「無効」という審決(判決のようなもの)が出されると、権利は初めから無かったことになります。
2. 審決取消訴訟(しんけつとりけしそしょう)
上記の無効審判で負けた側(権利者またはライバル)が、**「特許庁の判断はおかしい!裁判所で決着だ!」**と訴えるケースです。
* 場所は**「知的財産高等裁判所(知財高裁)」**になります。
恐怖の「実用新案あるある」ルート
実用新案における「失敗の典型例」を見ると、リスクがよく分かります。
* 登録: 無審査ですぐ登録。「やった!権利化できた!」
* 警告: ライバルの真似商品を見つけ、「権利侵害だ!」と警告状を送る。
* 反撃: ライバルが「評価書取ってみろよ、どうせ無効だろ」と言い返す。
* 評価: 慌てて評価書を請求したら**「評価2(進歩性なし)」**が出る。
* 詰み:
* 評価書に対して不服申立(審判)はできない。
* 警告してしまったため、ライバルから「不当な権利行使で営業妨害された」として損害賠償請求される。
まとめ
* 評価書の結果(中身)には、文句(審判・訴訟)を言えない。 一発勝負に近い。
* 訂正の手続きミスに対しては、争うことができる。
* 本格的な審判・訴訟になるのは、ライバルから「無効審判」を請求された時。
「手軽に取れるけれど、一度『ダメ(低い評価)』というレッテルを貼られると、名誉挽回のチャンスがほとんどない」。これが実用新案の厳しさです。
こうなると、「じゃあ最初から特許で出しておけば、審査官とやり取り(意見書・補正書)して粘れたのに…」という後悔につながりやすいんですね。
ここまで「怖い話」ばかりしてしまったので、「なんでこんな制度があるの?」と不思議に思いますよね。
実は、ビジネスの現場では、「あえて実用新案を選ぶ」という賢い戦略が存在します。特許にはない**「スピード」と「手軽さ」**が最大の武器になるからです。
実用新案が輝く4つのメリットを整理しましょう。
1. 圧倒的なスピード(ライフサイクルの短い商品に最適)
特許は権利になるまで数年かかりますが、実用新案は出願から2〜3ヶ月で登録されます。
【こんな商品に最強】
* スマホケース、文房具、流行のおもちゃ
* 「半年〜1年でブームが終わる商品」や「来月のクリスマス商戦に間に合わせたい商品」の場合、特許を待っていたら商機を逃します。
* 「商品発売と同時に『登録第◯◯号』とパッケージに書きたい!」というニーズに応えられます。
2. コストが安い(「小さなお宝」を守る)
審査がない分、費用が格段に安く済みます。
* 特許: 出願〜登録まで数十万円〜(弁理士費用含むと高い)
* 実用新案: その半分〜3分の1程度で済むことも。
* 「ちょっとした工夫(改良)」で、そこまで莫大な利益は見込めないけれど、他社にタダで真似されるのは嫌だ…という**「小粒なアイデア」**を守るのに適しています。
3. 「カカシ」としての抑止力
ここが実用的なメリットです。評価書がなくても、登録さえされていれば**「実用新案権」という立派な権利**です。
* 他社への心理的プレッシャー:
ライバル会社があなたの製品を見て「真似したいな」と思った時、パッケージに「実用新案登録済」と書いてあると躊躇します。
「この権利が有効か無効か」を調べるには、お金を払って評価書を取ったり、弁理士に相談したりする必要があります。**「わざわざ調査するコストや手間」自体が参入障壁(カカシ効果)**になるのです。
4. 実は「後出しジャンケン」ができる(特許への変更)
これが一番の裏技です。
とりあえず実用新案で出しておいて、**「やっぱりこれ、すごく売れた! もっと強力に守りたい!」となった場合、一定条件下なら後から特許出願に切り替える(変更する)**ことができます。
* 条件: 出願から3年以内、かつ「評価書」をまだ請求していないこと。
* 戦略:
* とりあえず安くて早い実用新案でキープ。
* 商品がヒットしたら、特許に変更してガッチリ守る。
* 売れなかったら、そのまま実用新案で終わらせる(コスト節約)。
* ※この「様子見」ができるのは大きなメリットです。
まとめ:特許 vs 実用新案の使い分け
| 判断基準 | 特許 を選ぶべき | 実用新案 を選ぶべき |
|—|—|—|
| 技術の寿命 | 長い(5年〜20年使える基幹技術) | 短い(1〜3年で陳腐化する流行品) |
| 重要度・収益 | 社運をかける大発明、高収益が見込める | ちょっとした改良、隙間商品のアイデア |
| 目的 | 独占的にガッツリ権利行使したい | 「登録済」と表示して牽制したい、早期に権利化したい |
| 予算 | 潤沢にある | 抑えたい |
「なんでもかんでも特許」ではなく、**「この商品は寿命が短いから、あえて実用新案でサクッと権利化して、ブームが去ったら捨てる」**という使い方が、実用新案のプロの活用法ですね。
実用新案における「形式不備」には、実は2つのレベルがあります。それぞれ根拠条文が異なります。
結論から言うと、実用新案法特有の**「第14条(出願の却下)」**が最も重要です。
1. 【最重要】「基礎的要件」違反による却下
「中身の審査はしないけど、最低限これは守ってね」という実用新案特有のルール(基礎的要件)を守らなかった場合の却下です。
> 実用新案法 第14条(出願の却下)
> 特許庁長官は、・・・(中略)・・・手続の補正をすべきことを命じた場合において、その者が指定された期間内にその補正をしないときは、その実用新案登録出願を却下することができる。
>
この「前段階」として、「直せ!」と命令する条文があります。
> 実用新案法 第6条の2(審査官による命令)
> 特許庁長官は、実用新案登録出願が次の各号のいずれかに該当するときは、・・・(中略)・・・手続の補正をすべきことを命ずることができる。
>
【第6条の2 でチェックされる「基礎的要件」】
* 物品の形状、構造ではないもの(方法、材料、プログラムなど)
* 公序良俗違反
* 請求項の記載不備(書き方が不明確など)
* 単一性違反(無関係な発明を一度に出願している)
→ これらに違反すると第6条の2で補正命令が出て、無視すると第14条で却下されます。
2. 一般的な「方式」違反による却下
これは特許など他の知財と共通する、「書類のハンコがない」「手数料が足りない」といった事務的なミスです。
実用新案法が、特許法のルールを「借ります(準用)」という形をとっています。
> 実用新案法 第2条の3(特許法の準用)
> 特許法第17条(手続の補正)及び第18条(手続の却下)・・・の規定は、実用新案登録出願に準用する。
>
> (読み替え後のイメージ)
> 手数料未納や様式違反がある場合、特許庁長官は補正を命じ、それに従わない場合は手続を却下する。
>
条文構造のまとめ
| 却下の種類 | 引っかかる内容 | 根拠条文(命令 → 却下) |
|—|—|—|
| ① 基礎的要件違反
(実用新案特有) | ・物品ではない(方法など)
・公序良俗違反
・記載がグチャグチャ | 第6条の2(補正命令)
↓
第14条(出願の却下) |
| ② 方式違反
(全法域共通) | ・手数料を払っていない
・願書の必須項目が空欄
・誤字脱字 | 第2条の3 で準用する
特許法 第17条(補正命令)
↓
特許法 第18条(手続の却下) |
勉強ノートのポイント
試験や実務で**「実用新案の却下」と言われたら、まずは第14条(基礎的要件違反)**を思い浮かべるのが正解です。なぜなら、これこそが「無審査登録制度の防波堤」だからです。
普通の「方式違反(第2条の3)」は事務的なミスですが、「基礎的要件違反(第14条)」は**「実用新案として保護できる対象か?」という、実体審査に限りなく近いチェック**を行っている点が重要です。